2021.03.11

3月の月忌法要

3月11日。

世間では東日本大震災から10年を迎える日。

そして我が家では,おこま逝去から1年と1か月の日である。

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↑在りし日のおこま。2017年8月31日撮影。

後ろ姿もなかなか良い。

 

最近はかつておこま嬢がいた場所に,オリセちゃんがいて寛いでいたりする。

思い出と現在の二重写し。

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2020.07.11

7月の月忌法要

7月11日。

愛猫おこま嬢が逝去して5回目の月命日である。

出張先で小さな花束を2つ買ってきた。

それらのうち1つをおこまの祭壇に備えて読経。

月日は流れていく。

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在りし日のおこま。2017年7月30日撮影。今から約3年前の姿である。

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2020.06.11

6月の月忌法要

6月11日。

愛猫おこま嬢が逝去して4回目の月命日である。季節は巡って向暑の候。

そういえば先月20日,おこまの100日忌に当たる日,家人が3匹の三毛猫の夢を見たという。また,最近でもおこまらしき猫が家に侵入してくる夢を見たという。おこま嬢は今でもメッセージを送信してくるのかもしれない。

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↑窓際に座るおこま嬢。2017年5月30日に撮影したもの。

3年前のだいたい今頃のお姿である。涼んでいるのか,外の音や匂いを堪能しているのか。

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2020.05.11

5月の月忌法要

5月11日。

愛猫おこま嬢が逝去して3回目の月命日。

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↑2017年10月8日に撮影したもの。

エディフィスの空箱でくつろぐのが好きな娘であった。

家人がおこまの祭壇に新しい花を供えた。

夕食後,家人とともに祭壇の前で読経。

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2020.04.27

『アルテミオ・クルスの死』読了

フエンテス作・木村榮一訳『アルテミオ・クルスの死』(岩波文庫)を読み終わった。

メキシコの大富豪,アルテミオ・クルスの臨終における独白と回想で構成されたおよそ500頁の長編小説。

未来のみを見つめ,激動の時代を乗り切ってきた成り上がり者にとって,未来を閉ざされた時に残ったのは,過去の記憶だけだった。

現在(アルテミオ・クルスの臨終)の様子を描くために,アルテミオ・クルス自身の独白,つまり一人称「わし」が用いられている。

そして回想シーンには三人称「彼」を使って,アルテミオ・クルスの言動が描かれている。

この2つの人称だけでも小説は成立すると思うが,これらに加えて,何者かがアルテミオ・クルスに語り掛ける形式,つまり二人称「お前」による叙述のパートが加わるのがこの小説の特異なところである。

二人称パートはかなり難解で手ごわいパートであるが,これが無ければ,この小説は重厚なものとはならなかっただろう。アルテミオ・クルスを「お前」と呼ぶ何者かは一体誰か?アルテミオ・クルス自身かもしれないが,アルテミオ・クルスが知らないようなことも知っているので,神の視点に立つ誰かかもしれない。

「お前」と呼ぶ何者かはアルテミオ・クルスの記憶をつないでいくナビゲーターのような役割をしていて,

  • 1941年7月6日(23頁~),
  • 1919年5月20日(52頁~),
  • 1913年12月4日(94頁~),
  • 1924年6月3日(137頁~),
  • 1927年11月23日(191頁~),
  • 1947年9月11日(227頁~),
  • 1915年10月22日(261頁~),
  • 1934年8月12日(325頁~),
  • 1939年2月3日(355頁~),
  • 1955年12月31日(390頁~),
  • 1903年1月18日(438頁~),そして
  • 1889年4月9日(489頁~)

の各エピソード(三人称パート)に読者とアルテミオ・クルスとを導いていく。

どのエピソードもそれだけで短編小説になりそうなものばかりで,本書はそういう素材を惜しげもなく使ったぜいたくな長編小説だといえる。

ちなみに1939年2月3日のエピソードだけは特殊で「彼」はアルテミオ・クルスではなくその息子,ロレンソを指す。ロレンソはアルテミオ・クルスの分身のようなものであり,アルテミオ・クルスが選ばなかった人生,海を越えてスペインに渡り義勇軍として斃れるという人生を選んだ。

老生が気に入っているエピソードは1947年9月11日と1955年12月31日のものである。栄華を極めたアルテミオ・クルスが老いていく様子が描かれていて諸行無常。

最後の1889年4月9日のエピソードはアルテミオ・クルス誕生の瞬間が描かれている。このエピソードを挟んで「わし」「お前」「彼」の3パートが目まぐるしく入れ替わり,死の瞬間へと収斂していく描写が見事である。

アルテミオ・クルスの誕生の瞬間と死の瞬間の接続は,宇宙の始まりと終わり,ビッグ・バンとビッグ・クランチとが同一の点であるという宇宙論を彷彿とさせる。

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2020.04.11

4月の月忌法要

4月11日。

おこまが逝去して2回目の月命日。

祭壇の前でささやかな月忌法要を行った。

昨日,ツマがLITOFUという花屋さんでおこま嬢に献じる花を買ってきた:

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トルコ桔梗,花弁の巻いたガーベラ,猫じゃらしのような形で赤紫色のツインキャンドルなど,春らしい彩り。

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(↑在りし日のおこま嬢。2017年12月24日撮影)

今日も唱えることにする。

सर्वमङलम (sarva mangalam) すべてに吉祥あれ。

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2020.03.31

忌明を迎える

おこまが逝去した日から数えて50日目,つまり忌明(きめい)を迎えた。

この50日の間,我が家も世の中も激変した。

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(↑在りし日のおこま嬢。2018年9月30日撮影)

おこまが亡くなるというのは,青天の霹靂,まさかのことだったが,COVID-19感染症が広がり,社会経済が変化し,爆笑王が急逝したのもまた,まさかのことだった。

今日で令和元年度(平成31年度)が終わる。一年間の出来事を振り返りたいところだがそんな暇もなく,新たに押し寄せる出来事の数々に対処していかなくてはならない。

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2020.03.30

四十九日を迎える

おこまが逝去した日から数えて49日目,つまり四十九日を迎えた。大練忌(だいれんき)とも言う。

今日はおこま嬢生前最後の写真をアップする。2020年2月9日(日)の晩,ツマの膝の上で寝ているところを撮ったもの。

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まさかこの2日後の2月11日におこまが亡くなるとは思わなかった。

考えてみれば,そのころは現在のように世界がコロナ禍に見舞われることも想像していなかった。

朝に死し,夕に生まるるならひ,ただ水の泡にぞ似たりける。(『方丈記』)

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2020.03.23

六七日を迎える

おこまが逝去した日から数えて42日目,つまり六七日(むなのか/むなぬか/ろくなのか)を迎えた。檀弘忌(だんこうき)とも言う。仏と同じ檀に上る時期を意味するのだそうだ。

今日は3年半ぐらい前のおこま嬢の写真をアップする。撮影したのは2016年8月19日の晩。絨毯の上でうつらうつらしている。

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家族として迎え入れてから半年以上が経ち,すっかり馴染んでいるようだ。

どんなことを考えていたんだろうね。

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2020.03.16

五七日を迎える

おこまが逝去した日から数えて35日目,つまり五七日(いつなのか/いつなぬか/ごなのか)を迎えた。小練忌(しょうれんき)とも言う。

おこま嬢の野良猫時代の写真をアップする。ツマが2014年12月28日に撮ったものである。当時の拙宅のウッドデッキの上で寒さをしのいでいる。

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この頃はまだおこまという名前をつけていなかったと思う。

おこまにはライバルの三毛猫,通称ショートテイルがいたことは以前書いた。

ショートテイルは今も健在で,先週土曜日にも拙宅の裏で日向ぼっこや毛づくろいなどをして過ごしていた。

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