2018.09.15

『菊とギロチン』観てきた

この週末,YCAMで瀬々敬久監督『菊とギロチン』を観てきた。

荒々しく若々しい素晴らしい映画だった。189分もの長編なのに,それを感じさせない。

青春映画だ。以前,映画批評家の山根貞夫氏がYCAM「藤田敏八特集」のトークイベント(参照)で,加藤泰「映画は青春のものである」という言葉を引用していたが,この映画はまさにそれ。

全編に流れるジャンベや甚句(というかイッチャナ節?)が心地よい。

タイトルが登場するタイミングも良い。タイトルは2回登場するのだが,2回目に登場するのが,エンディング間際でなく,物語がクライマックスを迎えた時だというのが驚き。

関東大震災直後,徐々に閉塞感が強まっていく日本が舞台。実在のアナーキスト集団「ギロチン社」と女相撲・玉岩興行一座が出会う,という凄いアイディア。政治集団を描く映画はいくつもあるが,女相撲を描いた映画はおそらく史上初めて。

本作の温度の高さ,暴風雨のような勢いを伝えるには,(本作を観るのが一番だが)パンフレットに寄せられた鈴木邦男のメッセージを読むと良い:

実にタイムリーな映画だ!いや,映画ではないな。
これは大正アナキストが時代を超えて,
現代日本に投げつけてきた爆弾だ。
(鈴木邦男)

女相撲の描き方については,女相撲に縁のある人々からも高評価を得ているようだ。パンフレットでは伝説の女力士・若緑の息子さんが本作を褒めていた。

女力士を演じた女優たちは日大相撲部の指導を受けて訓練を積んだという。たしかに動きが本格的だ。取り組みのシーンでは観ていて身体が動いた。


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配役も素晴らしい。若いながらも挫折を味わい,冷笑と熱意,諦念と希望とが入り混じった複雑なキャラクターを演ずるのは,演技に定評のある東出昌大韓英恵である。

東出昌大は映画にドラマに引っ張りだこの俳優なので今更説明不要だろう。アナーキスト・中濱鐵を演じている。中濱鐵は,世の中を変える,大杉栄の仇を討つ,という燃えるような意志を持つ一方で,女と酒に溺れる自堕落な生活を続けている。この矛盾した役を破綻させずにうまくこなしている。

韓英恵は,つい先日観た『霊的ボリシェビキ』で主演を務めていた(参照)が,今や飛ぶ鳥を落とす勢いの凄い女優だ。1990年生まれ,静岡の星。本作や『霊的ボリシェビキ』だけでなく,今年は『大和【カリフォルニア】』,『西北西』と立て続けに主役を務めており,休む暇もない程。だが,プロは休んではいけない。引退したらいくらでも休めるとオシムは言っていた。本作では十勝川という四股名の女力士をやっている。十勝川は朝鮮半島出身。浅草で遊女をしていたが,大震災直後の朝鮮人虐殺を逃れて,玉岩興行女相撲に身を寄せている,という設定。興行先では体を売って男から金を巻き上げている。そんな複雑な役,韓英恵じゃないと無理だろう。

一途で不器用な女と男を演じるのは,新人・木竜麻生(きりゅう・まい)寛一郎(かんいちろう)である。

木竜麻生はかつての能年ちゃんを髣髴とさせるような一途な眼差しがいい。本作では花菊という女力士を演じている。花菊はDV夫から逃れて玉岩興行に身を寄せている。女相撲は駆け込み寺の機能も持っているのである。花菊は強くなりたいという一心で稽古を重ね,ついに内無双を体得した。

寛一郎は佐藤浩市の息子である。文学青年のようなか細い印象のアナーキスト・古田大次郎を演じる。ストイックというか奥手っぽいが,次第に花菊に思いを寄せるようになる。一途さが余り余って,最後には感情も行動も爆発する。本当に爆発する。

ということで,男女4人,演技に定評のある2人とフレッシュな2人の組み合わせが,画面に安心感と緊張感をもたらしていてとても良い。

この4人以外の俳優陣も結構豪華で,嶋田久作がいたり,井浦新がいたりする。三治と玉虎の悲恋(?)の話もいい。そういえば,女力士のトップに君臨する大関・玉椿を演じていたのは嘉門洋子だった。かつてのグラドルがいまや貫禄ある女将さんを演じるようになるとは。


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中濱鐵(東出昌大)は獄中で詩集『黒パン』を刊行する。その中の詩が,本作の後半では引用される。

『黒パン』の「黒」とはアナーキズムの旗印,黒旗だろうと思う。そして,「パン」とはかの有名な,クロポトキン著・幸徳秋水訳『麺麭(パン)の略取』を意味するのだと思うがいかがだろうか?


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↑公式パンフレット(定価1000円(税込み))。読み応えたっぷり。

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2018.09.10

山岡信貴監督『縄文にハマる人々』を観てきた

週末にYCAMで山岡信貴監督『縄文にハマる人々』を観てきた。

縄文時代に魅せられた人々を追ったドキュメンタリー映画。もちろん,大量の縄文土器も登場する。

いとうせいこうも登場するが,この人のハマり具合はまだかわいいレベルである。縄文ストレッチ創設者や縄文造形家など,人生を縄文に捧げた人々もいて凄い。

願望としては,諸星大二郎や星野之宣も登場すれば完ぺきだったのに,と思うが,隴を得て蜀を望む,の類となるから,本作に出てきた人々だけでも十分すぎるだろう。

登場したある人は「日本の歴史のほとんどを縄文時代が占めて,ほんのわずかの部分が弥生から現代までだ」と力説する。またほかの人は「縄文は世界にもまれなオリジナリティあふれる文化の時代で,弥生は外来の退化した文化の時代」とまで主張する。

この映画に登場する数えきれないほどの縄文土器や遺跡の数々を観ていくと,だんだんと彼らの主張が説得力を増していく。映画の力ってすごい。

登場した土器の中で老生のお気に入りは「人面香炉形土器」である。イザナミの出産と死,そして冥界神への変貌を一つの土器で表したかのような,凄い作品である。

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映画の終わり近く,「第13章 縄文の終わり」のあたりで,生と死の表現として,家畜の屠殺映像が出てきたのは余分な気がする。全体的にユーモラスな記帳の映画だったので,スパイスを効かせようとしたのかもしれないが,やりすぎの感がある。

上映が終わって帰るとき,わりと観客が大勢いたことに気が付いた。やはり,いま,縄文がアツいのか?

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2018.08.29

アピチャッポン・ウィーラセタクン監督『ブンミおじさんの森』を観た

だいぶ前に録画したままとなっていた,アピチャッポン・ウィーラセタクン監督『ブンミおじさんの森』(2010年)を観た。

タイのイサーン地方で農園を営むブンミおじさん。死を前にして,義理の妹ジェンと甥(?)のトンを呼び寄せる。3人が夕食をとっていると,ブンミおじさんの妻フェイの幽霊,行方不明になった息子のブンソンが現れる。たいして驚くこともなく,彼らを迎えるブンミおじさんたち。映画はだんだんと不思議な方向に展開していく…。

これもマジックリアリズムの手法というのだろうか。最後の最後には驚かされた。

イサーンの風景はラオスの風景と似ている。もともと同じ国(ランサーン王国)だったわけだし。観ていて先週まで滞在してたラオスのことを思い出した。

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この作品,第63回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞したのだが,その時の審査委員長がティム・バートンだと聞いて納得した。

一昨年だったと思うが,YCAMで同じくアピチャッポン・ウィーラセタクンの『光の墓』を爆音上映していた。観る機会を逸していたのが悔やまれる。

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2018.08.27

映画を音楽としてとらえる

坂本龍一キョージュはタルコフスキーを音楽家として見ており,タルコフスキーの架空の映画のサウンドトラックを作った。それが,"Async"である。

樋口泰人氏は映画の上映をライブとして見ており,上映会場の音響設備の特性に合わせて調整を行い,上映を開始する。それが爆音上映である。

映画を音楽としてとらえる,映画を聴く,という共通点。

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爆音の効能:没入感 Release 2.0

映画とは何か』の中でアンドレ・バザンが,映画のスクリーンは外界に開いた窓だ,というようなことを言っていたと思う。

映画を見ているとき,われわれはスクリーンの先に奥行きを感じながら見ているのである。

だが,通常の映画館は没入感の点ではRelease 1.0~1.7ぐらいの感じである。たとえ,サラウンドシステムがあろうと。

なぜなら,シートから向こう側を眺めるという状態のままだからである。3D映画になって,ようやく没入感 Release 1.9といったところか。映像がスクリーンから飛び出てくるのはいいが,それが,視聴者の身体に物理的に作用するわけではないから。

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爆音は違う。音がせり出し,視聴者の体を揺り動かすからだ。ここにきて,没入感 Release 2.0以上になる。

爆音上映の考案者である樋口氏の言葉を引用しよう:

「爆音上映での音は,われわれの身体に向かってくる。攻撃されているのではなく,ただ単に,手を伸ばせば触れるようなものとして,音の存在を確認できるのである。だからわれわれは,あくまでもこの場にいながら,その場にいるような感覚を得る。もっとはっきり言うと,どこにいるのかわからなくなるのだ。『自分』という領域を確保することができなくなる,というか。我を忘れたり,あるいは我をその場に確保したまま観賞したりというのではなく,『我』という存在自体を無理矢理曖昧にさせられて,映画と重なり合ってしまうのである。」(樋口泰人『映画は爆音でささやく 99-09』,p.214)

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ラーフル・ジャイン監督『人間機械』を爆音で観てきた

YCAM爆音映画祭2018最終日。

昨日から,しりとりのように映画を連ねて観ている。

『犬ヶ島』→黒澤明→『乱』→時代劇超大作→『バーフバリ』

さて,『バーフバリ』から一夜明けた日曜の朝は,インドつながりでラーフル・ジャイン監督『人間機械』を観てきたわけである。

インド・グジャラート州の繊維工場の作業風景をひたすら撮ったドキュメンタリー映画である。

嘘か本当か,樋口泰人氏がこの映画をラインナップに加えた理由は,『人間機械』というタイトルからクラフトワークの"The Man Machine (Die Mensch-Maschine)"を連想したからであるという。ところが,映画『人間機械』の原題は単に"Machines"だったという。配給会社の担当者に謀られたということだった。だから――テクノ音楽の映画だと思ってみてください,というのが樋口氏の上映前の弁。

上映が始まるや否や,繊維工場の轟音を全身で受け止めることになる。リズミカルな轟音とともに舐めるようにカメラが移動し,過酷な職場が美しく見えてくる。「人と機械の関係をめぐる美しくも悲しい映像エッセイ」(De Volkskrant)というオランダ紙のコメントの通りだ。

この映画,工場に100本ものマイクを仕掛けて録音したという。100トラックもの音の編集なんてぞっとする,と樋口氏は言っていた。執拗な精神を持っていなくては,この映画を完成させることはできなかっただろう。これがデビュー作だというから全く恐れ入る。


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本作の余韻冷めやらぬまま,会場を後にしたところ,ロビーにてご休憩中の樋口泰人氏を見かけた。迷惑を顧みず,手元にあった氏の著書『映画は爆音でささやく 99-09』の見返しにサインをお願いした。

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"Let's Rock Again!"

良い言葉をいただき感謝。


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2018.08.26

山口の夏,爆音の夏(2018)

今年もYCAMで開催中の爆音映画祭に行ってきた。

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一昨年(2016年)は「マッドマックス・怒りのデスロード」,「インターステラー」,「プリンス/サイン・オブ・ザ・タイムズ」を,去年は(2017年)は「地獄の黙示録」,「野火」,「シン・ゴジラ」を観たわけだが,今年はというと・・・

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  • ウェス・アンダーソン監督『犬ヶ島』(2018年)
  • 黒澤明監督『乱 4Kデジタル修復版』(1985年)
  • S.S.ラージャウマリ『バーフバリ 王の凱旋』(2017年)

の3つを同じ日に立て続けに見たわけである。

この並びには明らかな意図がある。

ウェス・アンダーソン監督『犬ヶ島』は黒澤明からの影響が強烈に感じられる作品。神主は『乱』の仲代達矢(一文字秀虎),小林市長は『天国と地獄』の三船敏郎(権藤金吾)がモデルだろうと思われるし,犬たちと少年が移動するときには『七人の侍』のテーマ曲が流れる。

そして『犬ヶ島』の後に続くのが,黒澤明『乱』である。仲代達矢の怪演,武満徹の音楽が爆音で大迫力で迫る。『乱』の観客にはご年配の方が多かったのだが,「面白かったねー」と好評。若い人向けっぽい爆音だが,時代劇を上映すれば,むしろシニアのファンが増えるかも。落ちてきた聴力にもちょうどいいかも。

『乱』のあとは『バーフバリ』二部作。時代劇超大作,宿命に翻弄される主人公たち,そして映画音楽,という3つの要素で『乱』と『バーフバリ』は共通する。

『バーブバリ 王の凱旋』を見ると,インドの映画技術がここまで来たか,と感心。とくにCGは高水準に達している。日本ではもうここまでのものは作れないかも。

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『乱』と『バーフバリ』のポスターが並ぶとなんか凄い。バーブバリとデーヴァセーナが一文字秀虎を射ているように見える。

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2018.07.29

BSプレミアムで吉岡秀隆主演『悪魔が来りて笛を吹く』を観た

この土曜日の晩,BSプレミアムで吉岡秀隆主演『悪魔が来りて笛を吹く』を観た。

かつては石坂浩二,渥美清,西田敏行,古谷一行,最近では長谷川博己,といった人々が演じてきた金田一耕助だが,今回は吉岡秀隆が演じている。これはこれで凄く味わい深い。

25分間,台本にして30ページに及ぶという,ほとんど金田一耕助の独白で占められた謎解きのシーンには圧倒されっぱなし。

華族・新宮家の兄妹を演じる,村上淳と筒井真理子。この二人の怪演からも目が離せない。


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2018.07.21

高橋洋監督・脚本『霊的ボリシェビキ』を観てきた

霊的世界へのアクセスを試みる前衛党の皆さんが百物語を実施したら,こんなことが起きた――という話。

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霊×ボリシェビキというネーミングですでにこの映画は成功している。

「霊的ボリシェビキ」概念は武田崇元氏が提唱したもので,この概念に憑依された高橋洋監督が映画として結実させたのが,これである。

分類としてはホラーに入るのだが,あまり怖くないというのがいい。

この映画の怖さを1ボリシェビキと定義すると,この間見たヨルゴス・ランティモス監督『聖なる鹿殺し: the KILLING of a SACRED DEER』参考)の怖さは100ボリシェビキぐらい,トム・フォード監督『ノクターナル・アニマルズ』参考)の怖さは30ボリシェビキぐらいある。

ホラーではないにもかかわらず,鈴木清純監督『ツィゴイネルワイゼン』参考)や大林宣彦監督『花筐』参考)ですら10ボリシェビキぐらいの怖さだ。

怖くないのに何がいいのか,というと,それはこの映画の持つカルト性である。

だいたい,降霊の場を清めるためにレーニン&スターリンの肖像画の前でボリシェビキ党歌を歌う冒頭のタイトルバックとか,参加者を杖で制裁する霊媒・宮路(長宗我部洋子)ややたら叫ぶ長尾(南谷朝子)といった過剰演技の女性陣とか,全員が銃で粛正されてしまうエンディングとか,どれをとってもカルト映画の香気が芬々。革命党の栄枯盛衰を短時間で見せられるような演出にはとても引き付けられる。

死刑囚の話をした三田を演じた伊藤洋三郎は,語り口がとても良い。怖い話が稲川淳二並みに上手い。聞き入ってしまった。

反逆的な安藤を演じた巴山祐樹は共感されない,みんなから嫌われる演技がとてもいい。生贄にされるのもむべなるかな。

それにしても主役ともいうべき橘由紀子を演じた韓英恵。顔の角度,表情を僅かに変化させるだけで,多くを語ることができる。能面のようだ。特に目。目の変化を見るだけで,何事がおこっているのかが観客に伝わる。上手い。この女性なら憑依されるだろうという期待に見事に応えてくれる。

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2018.07.02

末井昭原作・冨永昌敬監督『素敵なダイナマイトスキャンダル』観てきた

日曜日にYCAMで観た2本の映画のうちの二つ目は冨永昌敬監督『素敵なダイナマイトスキャンダル』(2018年)である。「写真時代」「パチンコ必勝ガイド」編集長として名高い末井昭氏の若き日を描いた作品。

「芸術は爆発だったりすることもあるのだが,僕の場合,お母さんが爆発だった――」という有名な一節から物語は始まる。

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ダイナマイト心中で母を失った田舎の少年はやがて大都市に出て,工員,看板描き,イラストレーターを経て,編集者となる。そして,新感覚のカルチャー・エロ雑誌を創刊,大ヒットさせる(さらに発禁処分を受ける)。

母親のダイナマイト心中という悲惨な出来事が,むしろ末井氏の周りに才能ある人々を集めるポジティブな作用をもたらしているというのが面白い。末井氏(演じるは柄本佑)は劇中で「母は爆発で僕を岡山の田舎から東京に吹き飛ばしてくれた」というようなことを言って,母に感謝している。

母(演じるは尾野真千子)に対して,どうしようもないのが父(村上淳)で,そのどうしようもないところは,

『流れる雲のように』第3話(末井昭,青林工藝舎・放電横丁,2013年12月2日)

に描かれているので是非,ご一読ありたい。

いろいろと規制がある一方で,大らかさを感じる昭和時代。その空気が十分に伝わってくる。

末井昭役の柄本佑の演技がとても良い。俳優ではなく裏方の仕事がしたかったというだけあって,デザイナーや編集者の仕事ぶりが板についている。

末井氏の糟糠の妻を演じる前田敦子の演技も良い。美声ではないし,ちょっと訛っているのが自然である。あっちゃん頑張っている。この糟糠の妻と末井氏は後に別れており,そのあたりのことは

『結婚』(末井昭,平凡社)

で触れられている。これもご一読ありたい。

愛人・笛子を三浦透子が演じているが,バタ子さんこと田畑智子に似た感じ。メンヘラ―の演技が上手いし怖い。

末井氏の雑誌の検閲を担当する警視庁諸橋係長を松重豊が演じているが,妙な真面目さと訛の混じった語り口に,観客からも笑いがこぼれた。

エンディングには末井昭氏ご本人と尾野真千子によるデュエット曲「山の音」(菊池成孔)流れるが,ヘタウマの妙ですごく良い曲になっている。

褒めるところばかりの面白い映画だった。昭和万歳。

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