2017.04.20

「キネマ旬報」4月下旬号は"神"号:鈴木清順追悼,そして「ゴースト・イン・ザ・シェル」

「キネマ旬報」2017年4月下旬号を読んでいるんだけど,これは小生にとっての"神"号だと思う。

巻頭特集の「追悼・映画監督 鈴木清順 世界は一瞬のうちに変貌する」は,清順の作品世界,映画製作のテクニック,個人的なエピソードがコンパクトにまとまっていて非常にうれしい企画だ。

今年の初めに「『野良猫ロック ワイルドジャンボ』と『ツィゴイネルワイゼン』を見てきた」(2017年1月9日)という記事を書いた。

そのときは,俳優としての藤田敏八に注目して『ツィゴイネルワイゼン』に関する短い文章を書いたのだが,そのひと月後の2月13日に93歳で清順は逝った。なんか軽い奇縁を感じた。

巻頭特集に続くのが「『ゴースト・イン・ザ・シェル』とANIMEの魂」という特集記事。スカーレット・ヨハンソンではなく,ジョハンソンと書くのがキネ旬らしくて良い。

インタビューに対してスカーレットはこう語っている:

「すべての『攻殻機動隊』シリーズに対し,私たちが込めた思いを評価してほしい。
この映画は,オリジナルへのラブレターみたいな作品なの。」(52ページ)

この思いは少なくとも押井守には伝わっている:

「僕はわりと気に入ったというか,20年前のアニメでやりたかったことにかなり近い。
もしかしたら自分がかつて妄想した映画に一番近いかもしれない。」(57ページ)

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2017.04.19

直虎面白いよ,直虎

おんな城主直虎」をずっと見ている。

3月26日放映の第12回「おんな城主直虎」の回はカトマンズ出張中で見られなかったが,それ以外は一応全部見た。

視聴率が低いという話で心配だったのだが,ハッシュタグ「#おんな城主直虎」を覗いてみると,えらく盛り上がっているので,なんか安心した。

こんなにも詳細に国人領主の悲哀を描いたドラマはなかったと思う。

いや,あったか。「毛利元就」とか。真田氏も国人領主だったが,あれは異常。

いずれにせよ,国人領主は大名と領民の板挟みになって大変。小生の先祖は遠州の百姓だもんで,直虎様のご苦労は,ハアわかるだよ。

4月16日放映の第15回「おんな城主 対 おんな大名」は神回。

中野直之のツンデレ&無双,小野但馬守政次の報われぬ思い,龍潭寺警備保障の安定のクオリティ,寿桂尼の威厳,そして,直虎の男装の麗人っぷり。

これまでちょっとダラダラした感じだった「直虎」が一気に引き締まった。


◆   ◆   ◆


ところで,この後見人争い&徳政令騒動はいつ頃の話なんだろう?

以前紹介した,小和田哲男『井伊直虎 戦国井伊一族と東国動乱史』を紐解いてみる。

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同書152頁から153頁によれば,次郎法師が井伊氏の家督としてふるまい始めたことがはっきりわかるのは,永禄8(1565)年9月15日付けの「龍潭寺寄進状之事」という資料からだという。

ということは虎松(後の直政)の後見人として認められたのは永禄8年より前ということになる。

徳政令騒動の方はというと,同書164頁から167頁に,永禄9(1566)年に今川氏真が井伊谷祝田(いいのや・ほうだ)に徳政令を出したこと,そして,次郎法師と銭主・瀬戸方久が結託して徳政令を凍結したらしいこと(「瀬戸文書」)が,述べられている。

ちなみにこの「瀬戸文書」からわかるように,ムロツヨシ演ずる瀬戸方久は実在の人物である。

ということで,後見人争い&徳政令騒動は永禄8(1565)年~9(1566)年頃の話である。

次郎法師(直虎)は天文5(1536)年ごろの生まれだと推定されており,これをもとに計算すると,次郎法師30歳の折の出来事,ということになる。

ちなみに,小和田哲男『井伊直虎 戦国井伊一族と東国動乱史』167頁を読むと,次郎法師と方久は徳政令を一時凍結したものの,永禄11(1568)年10月には,今川氏の圧力によって井伊谷に徳政が実施されたとのことである。

このあたりのことはドラマでは描かれるのだろうか? まあ,永禄11年12月には武田氏が今川領に侵攻するので,それどころではなくなるわけだが。

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2017.04.13

『ゴースト・イン・ザ・シェル』が公開されたわけで

予想通り,賛否両論。

アニメ(1995年公開押井守版)の正しい実写化だ」「オリジナル(押井守版)には及ばない」「音楽はスティーブ・アオキのRemix版よりも川井憲次のオリジナルの方がいい」「ハリウッド版で盛り上がるニワカがうるさい」「ホワイトウォッシングだ」云々云々。

で,小生の見解であるが,ルパート・サンダース監督・スカーレット・ヨハンソン主演のハリウッド版『ゴースト・イン・ザ・シェル』は

「あり」「OK」「Good job」「支持」「肯定」

である。

前に「小説・漫画の映画化を擁護する」(2015年5月29日)という記事を書いたが,そこで紹介したアンドレ・バザンの意見と同様に,この映画を肯定する。

アンドレ・バザンは「不純な映画のために」(『映画とは何か(上)』所収)という論考の中で,文学の映画化を擁護した。

その弁を踏まえれば,ハリウッド版『ゴースト・イン・ザ・シェル』についてこういうことができるだろう:

  • 士郎正宗の原作にせよ,押井守版にせよ(あと神山健治版にせよ),これまでの作品群に新たなファンをもたらすだろう
  • ハリウッド版があかんかったとしても,士郎正宗版や押井守版を評価する者たちにとっては,士郎正宗版や押井守版を害するものとはなりえない
  • 士郎正宗版や押井守版を知らない観客にとっては,ハリウッド版で満足するか,さらに士郎正宗版や押井守版に興味を持つか,二つに一つである

押井守版のファンであるルパート・サンダース監督やWETAのスタッフのこの作品にかける熱意を見る限り,これまでの「攻殻機動隊」作品群にはプラスの影響こそあれ,何も失うものはないと思う。


◆   ◆   ◆


映画音楽についても同様。

川井憲次のオリジナルが良いのは当然。

だが,スティーブ・アオキのRemixはオリジナルの凄さをさらに多くの人々に届けるのに成功していると思う。

どうでもいいけど,スティーブ・アオキはデヴォン青木の異母兄。あと,ライブ会場の皆さんは「アオキ」ではなく「エイ・オー・キー」と言ってますね。


ちなみに,下のUMF TVのインタビュー動画で語っているように,スティーブ・アオキにとって押井守版は,十代の時のお気に入りアニメであり,今回音楽を担当できたことを誇りに思っているとのこと。


◆   ◆   ◆


シロマサ先生のペン先から始まり,押井守,神山健治ら日本のクリエーターたちにリレーされていったバトンは,さらにルパート・サンダースらハリウッドのクリエーターたちに受け継がれた。

「漫画研究団体アトラス」からハリウッド。グレートジャーニーですね。

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2017.04.01

「ブラタモリ」が「防災教育推進協会 特別賞」を受賞

タモリの高低差マニア,崖マニアとしての本領が発揮されている「ブラタモリ」という番組が好きなのだが,この番組,3月26日に「防災教育推進協会 特別賞」を受賞したそうだ。

防災教育推進協会によれば,表彰理由は以下の通り:

「子どもから大人まで幅広い世代に人気を博している『ブラタモリ』は,日本全国の町々を歩きながら,その土地の歴史や地形の成り立ちを解説し,過去の災害と教訓などの防災上の知識を学ぶことができます。当財団としても良き教材として番組を推奨しております。自然災害の多い日本において,『ブラタモリ』は防災教育に大いに役立つ番組であり,これからも息の長い番組として放送を続けられることを念願すると同時に,その功績を『特別賞』として表彰することといたしました。」

『第4回表彰式 JBK ジュニア防災検定 報告書』(平成29 年3 月28日,一般財団法人防災教育推進協会)より

「河岸段丘」という言葉はブラタモリで知った。

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2017.03.25

古事記ファン必見,ディズニーアニメ『モアナと伝説の海』

タイへ向かう飛行機の中でディズニーアニメ『モアナと伝説の海』を見たのだが,これは良い!!

古事記,というか日本の神話ファンは必見である。

最近はあまり神話関係の記事を書いていないのだが,以前,ポリネシアの神話と日本神話の類似性についての記事を書いたことがある(「ポリネシアの神話」2012年7月13日)

『モアナと伝説の海』はポリネシアの神話を題材とする作品だが,小生などはどうしても日本神話との類似性を見出してしまう。

『モアナと伝説の海』はこんな感じの話である:

とある島に生まれ育った族長の娘・モアナは冒険心に富んだ少女だった。しかし,島の掟により,島民たちは環礁よりも外に出られなかった。ある時,モアナは祖母の教えによって自分たちが大海原を航海する民族であることを再発見し,生まれ故郷の島を飛び出した。そして,半神マウイとともに冒険に出,闇を封じ込め,世界に再び平穏をもたらした。モアナは帰郷後,島民たちとともに,再び大航海に乗り出す。

この映画に出てくる半神(demigod)・マウイは,人類に火をもたらしたという点でプロメテウスのようでもあるが,むしろ日本神話におけるスサノオ(スサノヲ)に近いと思った。なにしろ,風と海を司る半神。スサノオも海洋を支配する神であるとともに,暴風神であるとも言われている。マウイとスサノオ。暴力的な側面とともに,人々に恵をもたらすという側面を持っている点がよく似ている。どちらも「まれびと」やんか。

ポリネシアの神話では釣り針が重要なアイテムとなっている。この映画でも,釣り針は重要で,マウイは巨大な釣り針を武器として用いたり,変身の道具として用いたりしている。日本神話の中にも釣り針が重要なアイテムとなっている説話があることはご存じだろう。いわゆる「海幸山幸」神話である。

モアナとマウイに立ちはだかる敵がいる。テ・カアという溶岩の化け物である。噴火による造山活動を神格化したものだろう。ハワイ神話におけるペレや日本神話における三島神(参照:「林田憲明『火山島の神話』を読む」2014年10月21日)を思い起こさせる。

というように,『モアナと伝説の海』はポリネシア神話と日本神話に共通するモチーフが重層的に散りばめられていて,非常に興味深い。

ついでながら,この映画の中盤と最後には,壮大なサウンドとともに大海原を大船団で旅する人々の姿が描かれるのだが,これが,太古,太平洋中に広がっていった人々,一部は日本にもやってきただろうポリネシア系の人々(星野之宣「火の民族」仮説ですな)のことを思い起こさせ,感動的ですらある。

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2017.03.06

(続)35mmフィルムでアニメーションを―『マイマイ新子と千年の魔法』

YCAMで35mmフィルムでアニメーションを上映する企画があり,この日曜日に2本の映画を見てきたことは既に述べた。

2本見たうちの2本目は,これもいま乗りに乗っている片渕須直監督の2009年の作品,『マイマイ新子と千年の魔法』。

ちなみに「マイマイ」とはつむじのこと。

お気づきだろうと思うが,先の記事で取り上げた新海誠監督は『君の名は。』によって,片渕須直監督は『この世界の片隅に』によって,昨年の邦画界において耳目を集めたわけである(あと庵野監督の『シン・ゴジラ』)。(狙ったんだろうけど)おかげさまで,YCAMのシアターは久々の満員御礼状態。こうしたアニメーションの興隆に,巨匠宮崎も引退宣言を撤回するわけである。

この映画,高樹のぶ子の「マイマイ新子」が原作。原作者が生まれ育った昭和30年代の防府が舞台となっている。

想像力豊かで行動的な小学生・青木新子と転校生・島津貴伊子の友情を軸に少年少女の成長を描く。

楽しいことばかりではない,この話の中では,親しい人の別離や死も描かれる。いつの時代でも,小学生には小学生なりの喜びや悲しみや葛藤があり,日常は発見や驚異に満ち溢れているのである。

このアニメーション映画の特徴は,ロケ地取材がしっかりとしていて,防府市国衙付近の風景が美しく描かれていることである(参照:山口県フィルム・コミッション「マイマイ新子と千年の魔法」)。新子や貴伊子の想像の中で昭和30年代と1000年前の防府の風景が二重写しになるのが面白い。


『秒速5センチメートル』と『マイマイ新子と千年の魔法』とを立て続けに見たことを踏まえて,「アニメーションにしかできないこと」について考えているのだが,それは,機械的ないし物理的に風景をリアルに描き出すのではなく,心象風景をリアルに描き出すことができる,ということではなかろうかと仮説提示しておく。

今,心象風景といったが,廣松渉を引くまでもなく,人間というのは風景をそのまま見ているのではく,気持ちを付加して風景を見ているということを言いたい。鏡で見る自分と写真に写った自分とが違うというのはよく知られた現象である。

先ほど「風景が美しく描かれている」と書いたが,美しく感じられる物事(モノや動き,表情)を抽出し,美しい色調に調整して,心象風景にマッチした映像を提示するという作為があるわけである。そういう作為こそが,アニメーションにおけるリアルさの追求なのではなかろうか? そういうのは従来の映画でもやっているし,CGを利用した映画の場合にはさらに重視されているといえるわけだが,アニメーションにとっては,より本質的な部分ではないかと思う。そういう意味では色彩設計はアニメーションの命だろう。

この映画,マッドハウス制作ながら,色彩設計はジブリ風に見える。監督が『名探偵ホームズ』や『魔女の宅急便』で演出補を務めていたからだろうか? しかし,夜になって山越しに銀河が美しく輝いているのが見えるあたり,新海監督作品と共通の美意識を感じる。いまのアニメーションの風景描写の特徴と言えようか。

登場人物たちの山口弁(吉佐方言?)も味わいがあってええですいね。最後には貴伊子も山口弁に染まるし。

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ごらん。この世界はこんなにも輝いている―35mmフィルムでアニメーションを―『秒速5センチメートル』

DCP上映が当たり前になってきたこのご時勢,YCAMでアナログ=35mmフィルムでアニメーションを上映する企画があり,この日曜日に見てきた。

併せて2本。1本目はいま乗りに乗っている新海誠監督の2007年の作品,『秒速5センチメートル』。

「桜花抄」,「コスモナウト」,「秒速5センチメートル」の3話で構成されたアニメーション。それぞれ主人公・遠野貴樹の小中学校,高校,社会人時代の心の動きを,美しい映像と印象的なセリフとともに描いている。

印象的なセリフ?

例えば,「桜花抄」冒頭,篠原明里が遠野貴樹に語るこれ:

「ねえ,秒速5センチなんだって。
桜の花の落ちるスピード。
秒速5センチメートル。」

これで物語全体の基調が決まった。

このセリフ,映画を見た人の半数は映画館を出た後で口にしているものと思われる。少なくとも小生はそう。でも,これが小学生のセリフだというのが驚き。アノマリカリスとかハルキゲニアとかカンブリア紀の生物談議に花咲かせたりして。末恐ろしや(と思ったら,高校,社会人と成長するにつれ凡庸になっていく)。


映像美は,新海監督作品の特徴なので,改めて言うまでもないだろう。夕暮れの雲越しに銀河系が透けて見えるとか,朝日に輝く高層ビル群とか。

小生もツマも両毛線沿線はわりと知ったところなので,貴樹が明里を訪ねて岩舟駅に向かうあたりはわりとワクワクして見た。あんなに雪降らないって。それにしても,あの寂れた両毛線沿線がこんなにも美しく抒情的に描かれるのは驚き。新海監督の手にかかると自転車の籠に捨てられた空き缶ですら,詩になってしまう。


最終話「秒速5センチメートル」が終わりに差し掛かる頃,もう戻れない過去のフラッシュバック映像に山崎まさよしの名曲"One more time, One more chance"が重なり,見る者のせつない気持ちは最高潮に達する。

ようやくわかった。これは映像詩だ。ああそうか,新海誠監督はアニメーションにしかできないことをやってのけたんだな。


――――――――――
【情報】

2017年3月17日(深夜3:25~4:30)にテレ朝で『秒速5センチメートル』を放映するとか。

テレビやBlu-rayもいいけど,劇場の大画面と音響システムで味わいたいものです。

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2017.02.24

「X-MEN」スピンオフ・ドラマ「レギオン (LEGION)」がすさまじく面白い件

FOXで「X-MEN」のスピンオフ・ドラマ「レギオン (LEGION)」をやっているのだが,すさまじく面白い。

主人公デイヴィッドは統合失調症と診断されて,精神病院通いが続いていたのだが,実はそれは病気ではなく,超能力だった…という話。この超能力を巡って二つの組織が衝突し合っている模様。

デイヴィッドが自分の能力をコントロールできるようにするため,「記憶療法 (Memory work)」が実施されているのだが,その最中,記憶と現実,脳の内外の出来事が入り乱れて,まるで映画「インセプション (Inception)」を見ているかのような奇妙で魅力的で混乱した映像世界が展開されている。

記憶の中の幼いディヴィッドは,恐怖絵本"The World's Angriest Boy in the World"の主人公"Angriest Boy"に追いかけられるのだが,その映像が滑稽でありながらとても怖い。

ちなみに主人公デイヴィッドを演ずるのは「ダウントン・アビー」でマシューを演じたイケメン俳優:ダン・スティーヴンスである。「ダウントン・アビー」では気品を感じさせたダン・スティーヴンスが,ここでは痩せこけて目のギラギラした危ない感じの男になっている。

「レギオン (LEGION)」第3話の冒頭ではなぜか「鶴の恩返し」のあらすじが紹介されるのだが,いったいこれはどういう位置づけなのだろうか?

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2017.02.05

映画『沈黙 サイレンス』を見てきた

いつもと違い,今日は普通のシネコン,シネマスクエア7でマーティン・スコセッシ監督の『沈黙 サイレンス』を見てきた。

幕府によるキリシタン迫害によって棄教したとされるフェレイラ神父を追って,日本に密入国した宣教師たちの苦難を描いた作品である。

遠藤周作原作。ストーリーはシンプルだが,迫害の描写が真に迫っているのと,上映時間がとても長い(162分)のが特徴。

フェレイラ神父をリーアム・ニーソンが,フェレイラ神父を追って日本に潜入したセバスチャン・ロドリゴ神父とフランシス・ガルペ神父をアンドリュー・ガーフィールドとアダム・ドライバーがそれぞれ演じている。アダム・ドライバーといえば,「スターウォーズ フォースの覚醒」でダーク・ヒーロー,カイロ・レンを演じて一躍有名になった俳優。

こうしたハリウッド俳優たちに負けじと好演しているのが日本人俳優勢。悪とも呼べない哀れな存在として描かれるキチジローを窪塚洋介が演じているほか,迫害されるキリシタンの農民たちを,塚本晋也(モキチ),小松菜奈(モニカ),加瀬亮(ジュアン),笈田ヨシ(ジイサマ)といった芸達者な俳優たちが演じている。小松菜奈はここ数年,「ディストラクション・ベイビーズ」ほか,ありとあらゆる話題作に出演しているが,まだ20歳そこそこなので,末恐ろしいほどである。

キリシタンを迫害する役人たちを演じているのは,イッセー尾形(井上筑後守)や浅野忠信(通辞)たち。浅野忠信は国際派俳優としてハリウッドでも知られているが,イッセー尾形もソクーロフの『太陽』で主演を果たしており,すでに国際的に通用するポジションにいる。

イッセー尾形の演技はスコセッシも褒めたぐらいのハイレベルだが,それを脇においても特筆すべきは水磔で処刑されるモキチを演じた塚本晋也だろう。日本語版の予告編映像では冒頭を飾るほどである。映画のロケーションは台湾だったそうだが,あの波を食らったら生きてはおれまい。

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2017.01.29

ソクーロフ『フランコフォニア ルーブルの記憶』を見てきた

美術館シリーズ第2弾。

YCAMでアレクサンドル・ソクーロフの『フランコフォニア ルーブルの記憶』を見てきた。

Francofoniia

この映画の主軸は,第二次世界大戦時,ルーブル美術館館長ジャック・ジョジャールとドイツ国防軍美術担当将校ヴォルフ・メッテルニヒ伯爵とがルーブルの美術品を守ったという逸話である。かつて「ルーブル美術館を救った男」というドキュメンタリーで紹介されたこともある。

だが,ソクーロフのこと,こういう美談をまっすぐに描いたりはしない。

1939年~40年のパリを舞台としてジョジャール館長とメッテルニヒ伯爵を中心にドラマが展開されているかと思うと,静寂に包まれたルーブル美術館の中で,ナポレオン一世が絵画や彫刻のコレクションを紹介して回ったり,共和国のシンボルマリアンヌが「自由,平等,博愛」とつぶやきながら彷徨ったりする様子が描かれたりする。

また,急に現代に戻って,大しけの中,コンテナ船(美術品を運んでいるのだそうだ)が今にも沈みそうになっている映像も差し込まれる。

さらに,第二次世界大戦中,建物も収蔵品も保全されたルーブルと,爆撃に遭い壊滅的な被害を受けたエルミタージュとの比較に関する考察も入る。ドイツ軍の美術品保護・修復作業の再評価も。

美しいが複雑な構成で,こういうのは映像詩というのだろうと思う。


Frankofonia original trailer from Budapest Film Zrt. on Vimeo.

小生はこの映画を見て,『太陽』と同じようなテーマを見出した。それは何かというと「破壊の中で,美や伝統を守ろうとする者を描く」というテーマである。

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