2017.07.20

意識は肉体の中にあるのか外にあるのか

魂というべきか,精神というべきか,どのように呼んだらよいか議論があると思うが,とりあえずここでは意識と呼んでおこう。

意識がこの肉体の中の神経ネットワーク上にあるのか,それとも肉体の外にあるのか,地味だが長い論争が続いている。

先日のトカナの記事:

【ガチ】“魂”は天国に行かないことが判明! 英化学者『意識はこの世に留まり,存在し続ける』」(2017年7月17日)

で紹介されているのは「外」派の意見である。「外」派の考えはこれまでにもロジャー・ペンローズダグラス・ホスフタッターによって唱えられてきた。

「外」派の考え方を,ものすごくざっくりと述べると,次のようになる:

  • 神経ネットワークを含め,肉体というのはテレビやラジオのような受信機
  • 受信機が時空間に漂う情報を拾うことによって意識が顕在化する

要するに,「人体テレビ仮説」

「外」派の中で最近特に注目を浴びているのがハメロフの「微小管(びしょうかん: microtubule)量子コンピュータ」説である。

微小管というのは細胞骨格の一つで,チューブリンというタンパク質でできた微小な管である。

2015年1月に出たワイアード日本版Vol.14からこの説についての記述を引用しよう:

「ハメロフがこの生体構造に目をつけた理由は,麻酔がどのように意識だけを消失させるか明らかにするヒントが微小管にあったからだ。『麻酔薬の働きはとても選択的なんだ。意識をブロックしても,脳のほかの活動は正常に機能する』。

これまでの研究によると,ニューロンの樹状突起の微小管にあるチューブリンの隙間に麻酔薬の分子が嵌まり込んで,意識に必要だと思われる双極子的な振動を分散させていることが示唆されている。となると,微小管の働きは意識の発生に重要な役割を果たしているはずだとハメロフは考えた。

『ゾウリムシのような単細胞生物でも,学習したり,餌を探したり,天敵を避けたり,生殖して子孫を残したりするんだ。ニューロンもシナプスもないのに,どうしてこんな賢い行動をすると思う?ゾウリムシの繊毛は微小管でできている。これがコンピューターのように情報のプロセスを処理しているんだよ』」
("Death in a quantum space ハメロフ博士の世界一ぶっとんだ死の話 意識と『量子もつれ』と不滅の魂" by Sanae Akiyama, ワイアード日本版Vol.14,2015年1月, pp.28 -29)

ハメロフはこうも言う:

「意識は,物質でできた肉体から離れてそのまま宇宙に留まるんだ。時間の概念がない,夢に出てくる無意識にも似た量子の世界だよ。ひょっとすると『量子もつれ』によって塊になった量子情報が『魂』と呼ばれるものなのかもしれないな」
("Death in a quantum space ハメロフ博士の世界一ぶっとんだ死の話 意識と『量子もつれ』と不滅の魂" by Sanae Akiyama, ワイアード日本版Vol.14,2015年1月, p.31)

もちろん,「外」派に対する「内」派の主張もある。神経ネットワーク上に意識が存在するという考え方である。

この神経ネットワークとは,我々の頭蓋骨の中にある炭素由来の生物学的神経ネットワークだけに限られるものではない。

以前,ニック・ボストロムの「シミュレーション仮説」を「われわれはシミュレーションの中に生きている/われわれはオメガポイントに達し得ない」という記事で紹介したが,そのとき,意識はシリコン製のCPUの中にも宿る可能性があるという「Substrate-indepenence (基盤独立性)の仮説」に触れた。この仮説は,とにかく神経系と同程度の複雑な情報処理の構造があれば,そこに意識が存在する,という考え方である。AIもいずれは意識を持つかもしれない。というか既に持っているかも。

複雑で動的なシステムは自然の計算機と見なすことができる。そうすれば,地球だって(ガイア仮説),マグマの対流(スティーヴン・バクスター『ジーリー・クロニクル』の「クワックス」)だって意識を持つ可能性がある。あらゆるところに知的な存在を認め得る「内」派「内」派で魅力的な考え方だ。とは言え,システムが壊れた時,意識は消え,いわゆる死を迎える。

さて,小生がどちらに傾いているかというと,時空間に意識が漂っていると考える「外」派かなぁ。

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2017.06.19

科研費のルールが変更になった件

多くの大学の研究者にとって,最大の研究資金源となっているのが「科学研究費助成事業」,いわゆる「科研費」である。

秋口に申請書を書いて応募し,採択されれば春から数十万円から数百万円の研究費を使えるようになる。採択率は分野や種目によって異なるが,平成28年度の基盤研究Cを例にとれば,応募総数38,049件で,採択率は29.9%。

これが得られるかどうかは死活問題。なにしろ,昨今では各大学が財政的に困窮し,一人当たりの研究費が年間10万円を切っているところも珍しくない。

昨年末に科研費の審査ルールが変更になったことを知らない人もが多いので,一応,メモ的に紹介する。

平成30年度助成に係る審査からはこんな感じになる:

  • 審査区分表が変わる
    • 「分科細目表」は廃止
    • →新審査区分の新設
  • 種目の新設・廃止
    • 挑戦的萌芽廃止→ 挑戦研究新設
    • 若手A廃止→ 基盤研究Bに統合
    • 若手B廃止→ 若手研究新設
  • 「若手」の定義の変更
    • 年齢制限撤廃
    • "young researcher"から"early career researcher (博士学位取得から8年以内)"に
  • 種目によって審査方法が変わる
    • 基盤(B, C)と若手→ 2段階書面審査,「小区分」が審査区分に
    • 挑戦的・基盤(A)→ 総合審査,「中区分」が審査区分に
    • 基盤(S)→ 総合審査,「大区分」が審査区分に

平成29年度助成の「分科細目表」と平成30年度助成の「審査区分表(総表)」とを比べてみると,医学・工学以外はずいぶんと分類の仕方が変わっているので要注意。

例えば「科学社会学・科学技術史」を例にとってみる:

平成29年度助成の「分科細目表」では「細目番号1901」,分野は「総合領域」,系は「総合系」

となっていたが,

平成30年度助成の「審査区分表(総表)」では「小区分01080」,「中区分1:思想,芸術およびその関連分野」,「大区分A」

となった。科研費に応募しようと思う大学研究者(あと,公的機関の研究者)はちゃんと新しい表を見て,自分の専門分野がどこに引っ越したか確認すること。

詳細は「日本学術振興会」の解説ページ「科研費改革の動向について」を参照のこと。


◆   ◆   ◆


ちなみに,科研費総額は年間2300億円弱。科研費を必要とする研究者はだいたい10万人。均等に配分したら230万円。科研費全部を競争的資金にしないで,1000億円ぐらいを研究費が無くて苦しんでいる研究者にも100万円ずつ配分したら慈雨となり,随分と科学技術が発達すると思うのだが,そういうことを言っちゃダメなんでしょうね。

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2017.05.11

おや,浅田彰先生が・・・フランス大統領選挙その他についてご発言

9年ぶりに浅田彰先生のご発言について触れる(前記事は,2008年4月5月。小生も年を取ったもんだ)。

"REAL KYOTO"というサイトに浅田彰先生が結構な長文を寄せている:

フランス大統領選挙の後で」(2017年5月8日)

単にフランスやEUの話に留まらず,一貫した視点で日本国内の政治情勢にまで話を展開する当たり,さすが。

ーー仕事をしながら欧州議会のTV中継を聞いていました,ある議員がなかなかいい演説しているので顔を挙げたらマリーヌ・ルペンでしたーー語学力があることを匂わせつつマリーヌ・ルペンについて語るあたり,浅田彰先生らしいと思った。

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2017.01.05

お節介な顔認識テクノロジーに対抗する

さて,本日も英語の勉強ということで,the guardian紙のサイトを見ていたわけだが,面白そうな記事を見つけた:

"Anti-surveillance clothing aims to hide wearers from facial recognition" (by Alex Hern, the guardian, Wednesday 4 January 2017)

ベルリンを拠点として活動しているアーティスト兼技術屋のアダム・ハーヴィー(Adam Harvey)が,顔認識(顔認証)技術に抵抗する衣服を開発している,というニュースである。

このアダム・ハーヴィー,以前,「顔認識を拒否する化粧法」を開発して発表していた。その化粧法は,Wired誌でも取り上げられていた(参考)が,"CV Dazzle"というネーミングだった。

今回,ハーヴィーが提案しているのは,顔と誤認識させるテキスタイル・パターン(布地の柄)である。ガーディアン紙に写真が掲載されているので,そちらを見ていただきたいが,コンピュータがそのテキスタイル・パターンを見ると何百・何千という顔を認識してしまい,来ている人の顔を認識できなくなるというわけである。いわば,顔の飽和攻撃。

ハーヴィーがこのような対抗技術を開発している動機は,もちろんプライバシーの擁護,ということであるが,さらに言えば,人間の外観から人間の価値を決定しようとする誤った考え方への批判という意味もある。

ガーディアンの記事によれば,顔認識システムは,マーケティングから犯罪抑止まで応用されつつあるという。上海交通大学の研究者は,口や鼻の位置関係から犯罪性を見破ることができるとまで言っているという。

こういったお節介な顔認識テクノロジーはフランシス・ゴルトンらの優生学を思い起こさせる,とハーヴィーは言う。犯罪者は犯罪を実行する人々のことであって,犯罪者に見える人々のことではない,ということが忘れ去られているわけだ。


◆   ◆   ◆


ここで小生が思い出したのが,2013年9月にガーディアン紙でスラヴォイ・ジジェクが語っていたことである(参考)。本記事に関連する部分を再録してみる:

現在,大量の個人情報が国家によって収集されているが,それは膨大過ぎて情報機関のコンピュータをフル活用しても処理しきれないほどである。すると場合によってはコンピュータ・プログラムのバグによって,普通の市民がテロリストと誤認される可能性もある。なぜテロリスト判断されたのか,理由もわからずに。
"Without knowing why, without doing anything illegal, we can all be listed as potential terrorists." (Slavoj Zizek)

顔認識システムが誤った進化を遂げると,我々は何かの拍子に,犯罪者としてリストアップされ,ネット上で曝され,クレジットカードの使用を停止され,生存すらできなくなる可能性があるというわけである。

我々には認識されない自由というのも必要だろう。

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2016.09.08

(続)日曜言語学者の憂鬱:"B"と"V"の関係を考える

以前,「ベータ(β)はいつヴィータとなりたまいしか?」という記事で,ギリシャ語の”β”という文字が,/b/という子音ではなく,/v/という子音を表すのに使われていることを述べた。

古代ギリシャ語では”β”は,/b/という子音を表すのに使われていたものの,ニコラス・バフチン『現代ギリシア語研究入門』の子音に関する記事によれば,”β”の/v/化は紀元前4~3世紀に地中海各地ですでに始まっていたのだそうだ。

日本語ではもともと/v/の発音は無かった。/v/の発音を表現するため,近代に入って「ヴ」という書き方をするようになったものの,日常の日本語会話の中で「ブ」と「ヴ」を区別して発音することは皆無である。

ギリシャ語の場合は歴史的に/b/から/v/へとシフト,日本語の場合は,/b/と/v/を/b/に統合,というように,/b/と/v/を等価に扱っている。

他の例はないだろうかと調べてみたら,スペイン語でも/b/と/v/を/b/に統合していることがわかった。スペイン語では"Victoria"は「ヴィクトリア」ではなく「ビクトリア」なのである。スペイン語の影響を受けているバスク語でも/b/と/v/を/b/に統合している。

音声学において/b/と/v/はともに下唇を用いて調音される音,唇音(しんおん,Labial consonant)に属している。

唇音はさらに,両唇音Bilabial consonant)と唇歯音Labiodental consonant)に分かれ,/b/は両唇音に,/v/は唇歯音に属している。

/b/と/v/の交替や統合は,唇音の中での交替や統合として考えれば一応は納得ができるが,小生のような日曜言語学者ではなく,プロの言語学者の見解はどうだろうか?

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2016.06.28

大名の石高はパレートの夢を見るか?

前から気になっていたことをやってみた。

江戸時代の大名の石高の分布はひょっとしたらパレートの法則(ざっくり言うと「80-20の法則」)に従うのではないかと。

パレートの法則というのは経験則で,全体の数値の大部分(8割)は,全体を構成する要素の一部(2割)が生み出している,というような内容。

これを大名の石高でいえば,全国の石高の8割を2割の大名が占めている,ということになる。

果たしてそうだろうか?

とりあえず,寛文印知に基づいて,17世紀中ごろの大名の石高をまとめてみる。

次の表に示すのが,大名の石高を高い順に並べた結果である(全部で227家):

ただし,Wikipediaにも記載されているように,甲府徳川家,舘林徳川家,御三家については寛文印知の対象外だったので,それらの石高はあまり正確でない。

また,ここに挙げた石高には大名以外の大領主,例えば公家,門跡,寺社等は含まれていない。あと,重要なことだが幕府直轄地も入っていない。

以上のデータを使って,大名を石高の高い順に並べてみたのが下のグラフである:

Kanbun01
各大名の石高(石高の高い順に並べた結果)

1位はもちろん加賀百万石で知られる前田家。次が伊達で,尾張名古屋の徳川家,島津,そして紀伊和歌山の徳川家と続く。5位までで全大名の石高の2割近くになる。

このグラフの縦軸を対数表示にしたのが次の図である:

Kanbun02
各大名の石高(指数表示。石高の高い順に並べた結果)

200位以下は10,000石ちょうどの大名ばかりなので,直線的になってしまう。

必ずしもきれいな回帰ができないが,指数関数で回帰した結果も重ね合わせてみた。


次に,大名を石高の高い順に並べ,それらの石高を累積してみた結果を示す。

Kanbun03
累積石高(石高の高い順に並べた結果)

随分ときれいな曲線となった。上位20%,すなわち45位までの石高の合計は1237万石で全体に占める割合は67.8%だった。約7割。惜しくもパレートの法則には届かなかった。

ただし上述したようにここでは幕府直轄地の石高が入っていない。それを入れたらパレートの法則にしたがう結果が出るかも。

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2015.10.22

椋鳥通信に見るノーベル賞の話題

年末が迫るにつれ,ノーベル賞が話題になるというのは百年前も同じだったようである。

鴎外は1911年12月1日発の椋鳥通信でノーベル賞受賞者の噂と結果について書いている。

まず,予想(噂)はこうだった:

○今年のノベル賞金を医学ではAllvar Gullstrand (Upsara)が貰う筈。目の屈折機を研究した人である。……○今年のノーベル賞金を受ける人々の候補は理学でEdison, Tesla(並にアメリカ)Bjerknes(ノルウェエゲン)化学でNernst(ベルリン)Svedberg(スウェエデン)文学でMaeterlinck(ベルジック)Heidenstam, Strindberg(並にスウェエデン)Troels, Pontoppiddan(並にデネマルク)平和事業でEllen Keyである。(22~23ページ)

で,結果はこうなった:

○ノベル賞金は化学がMadame Curieになるらしい。夫人は二度目に賞金を受けるのである。文学は矢張Maeterlinckになりそうだが,Schoenherrにしようかという意見もある。併しHauptmannが受けていないのに,ショオンヘルが受けるのもいかがのものか。 ○ノベル賞金を理学で受けるものはMax Planck (Berlin), W. Wien (Wuerzburg)の二人らしい。 ○Madame CurieがLangevinと失踪したと云う話が取り消された。二人共Bruxellesの学会に出ていると云うのである。(31ページ)

キュリー夫人は「ラジウムとポロニウムの発見,ラジウムの性質およびその化合物の研究」の業績で二度目のノーベルを受賞した。ちなみに一度目の受賞は1903年の物理学賞である。

椋鳥通信の記事が事実と異なるのは物理学賞。ヴィーンは「熱放射の諸法則に関する発見」によりノーベル物理学賞を受賞したが,マックス・プランクは受賞していない。プランクが受賞するのは1918年である。

最後の部分は余計な話題であるが,夫亡き後のキュリー夫人が夫の教え子ランジュバンと不倫関係にあるというゴシップ記事である。ランジュバンには妻がいた。ノーベル賞予想に絡めて候補者のスキャンダルを取り上げるのが鴎外流。

ちなみに,ノーベル生理学・医学賞は予想通りAllvar Gullstrandが受賞した。

で,文学の方はというと予想通りメーテルリンクが受賞した:

○ノベル賞金を受ける文学者はMaeterlinckと決定したそうだ。(34ページ)

このあと,鴎外は面白いお遊びを披露している。1901~1910年のノーベル文学賞受賞者の名前を並べてみるとメーテルリンクの名前が浮かび上がるというのである:

Nobellaureate_3

左が受賞者の名前,右が受賞年である。

ちょっと無理やりの感があるが,メーテルリンクの綴りが11文字であるのに対して,過去10年間に11人の受賞者がいたため,こういうお遊びができたわけである。

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2015.10.07

【ノーベル賞】どうして記者会見中に大臣からの電話が来るのか?

大村智先生が医学生理学賞を,梶田隆章先生が物理学賞を,というように連日ノーベル賞の話題で盛り上がっているのだが,気になるのが午後9時前に開かれる記者会見。

記者会見自体が気になるのではない。

どうして記者会見を中断するような形で文部科学大臣からの電話が入るのだろうか? それがとても気になる。

大臣室でテレビを見ていたら記者会見が始まったので,それであわてて電話を入れたということだろうか? 大村智先生の時は安倍ちゃんのお電話も加わっていた。安倍ちゃんの場合は9時ごろからTPP大筋合意というこれまた重要な記者会見もあったわけで,そちらが落ち着いてからの祝電でも良かったのではないだろうか?

余談ですけど,下村氏のあとは馳氏が文部科学大臣就任だそうで。鈴木大地スポーツ庁長官と並んでマッスル系がそろい踏み。

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2015.09.24

言葉は増えるよどこまでも:スコットランド語では雪に関連する単語が421もある件

にわかに興味を持ってラグビーワールドカップ見たんだけど,日本はスコットランドに大敗。この間の南ア戦はまぐれだったのだろうか?

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それはさておき,ガーディアン紙によると,スコットランド語には421もの雪に関する単語があるという。

グラスゴー大学のプロジェクト"Historical Thesaurus of Scots"で明らかになった。

"Whiteout: new Scottish thesaurus has 421 words for snow" (by Alison Flood, the guardian, Sep. 23, 2015)

たしか,イヌイットには雪に関する単語が50以上あるとかいう話(それは都市伝説という説もある。下記参照)だが,スコットランド語はそれをはるかにしのぐ語彙を有しているというわけである。

正確には雪に関する類語(thesaurus)の数だから,同じものを指す別の表現もあったり,古語もあったり,物としての雪の単語もあったり,現象・気象としての雪の単語もあったり,ということだろうから,雪を421通りに分類しているわけではない。

具体例としてガーディアン紙では次のようなものを取り上げている:

  • snaw: 雪
  • sneesl: 雪が降り始める
  • skelf: 大きな雪片
  • feefle: 雪が隅で舞う
  • flindrikin: ちょっと雪が降っている状態
  • spitters: 風に飛ばされる小さな雪片
  • snaw-pouther: 細かな風雪

ちなみに,"Historical Thesaurus of Scots"では気象とスポーツに関する言葉を集めている。というのもスコットランド人の会話は天気かスポーツの話で始まるからだという。

ちなみに,スポーツの中で最も類語が多く収集されたのはフットボールでもゴルフでもなく,「おはじき」だったということ。「おはじき」関連語は369もあるとか。


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イヌイットには雪に関する単語が50以上あるとかいう都市伝説(?)

雪とイヌイットの結びつきの強さを示す例として,「イヌイットには雪に関する単語が50以上ある」という話がまことしやかに伝えられている。小生も何度か目にしたことがある。

しかし,この話は都市伝説であるとGeoffrey Pullumというエディンバラ大の英語学者が1991年に書いている:

"The Great Eskimo Vocabulary Hoax"

この論説ではイヌイット(エスキモー)の雪に関する単語数が増加する経緯が次のように示されている。

Franz Boasが1911年に出版した"The Handbook of North American Indians"の中で,雪に関する単語が4つ紹介されているのが最初。

それをアマチュア言語研究家Benjamin Lee WhorfがMITの広報誌に寄せた記事"Science and linguistics"の中で引用した際,イヌイットの雪に関する単語が7つ以上あるかのように紹介したのが次の段階。

このあと,様々な文献の中でイヌイットの雪に関する単語数は変動し続ける:

  • Roger Brown "Words and Things"(1958): 3
  • Carol Eastman "Aspects of Language and Culture"(1975): many
  • Lanford Wilson "The fifth of July"(1978): 50
  • New York Times (Feb. 9, 1984): 100
  • Cleveland TV weather forecast (1984): 200
  • New York Times (Feb. 9, 1988): four dozen = 48

ということで,Geoffrey Pullumによって,「イヌイットには雪に関する単語が50以上ある」という話は根拠の乏しい都市伝説であると批判された。

ところがその後,やっぱり「イヌイットには雪に関する単語が50以上ある」という話が出てくる:

"There really are 50 Eskimo words for 'snow'"(by David Robson, The Washington Post, Jan. 14, 2013)

これは,"New Scientist"誌の記事がワシントンポストに転載されたものである。

この記事では,イヌイットとともに「エスキモー」と総称されているユピク(Yupik)という民族グループには40の雪に関する言葉が,また,カナダのイヌイットのグループでは53の雪に関する言葉があるということが紹介されている。また,サーミ人には少なくとも180もの雪氷に関する単語があることも紹介されている。

ということで,「イヌイットには雪に関する単語が50以上ある」という説は一時的には都市伝説扱いを受けたものの,最新の研究成果によって復活した,といえる状況にある。


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だが,ここで疑問が一つ。違う言語グループで単語の数を競うのは意味があるのだろうか?ということ。

ヨーロッパの言語の多くは「屈折語」である。そのうちの英語なんかはほとんど「孤立語」と化している。まあ,屈折語にせよ,孤立語にせよ,単語と単語とが明確に分かれている。

これに対し,イヌイットやユピクの言語は「抱合語(複総合的言語, Polysynthetic language)」と呼ばれる。簡単に言うと,1単語で1つの文章を表現するような言語である。

イヌイットには雪に関する単語が50以上あるのが事実としても,それは,他の言語において単語同士をくっつけて作った複合語に比すべきではなかろうか?

複合語で良ければ,日本語だって多く雪に関する言葉を準備することができる。

例えば,"Weblio"の「雪 - 気象 - 気象 - 同じ種類の言葉」には雪に関する90以上の言葉が並んでいる。こんな風に:

「雪,時々にわか雪,残る雪,帷子雪,弱い雪,圧雪,万年雪,霧雪,年の雪,晴雪,・・・・」

ここにはないが,「細雪(ささめゆき)」だって雪に関する表現である。日本語は造語力がすごいので,思いついたらまだまだ用意できる。

複総合的言語でないスコットランド語で421もの雪に関する単語がある,というのはやはりすごいことである。

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2015.08.01

「きぼう」/国際宇宙ステーション(ISS)を見た件

昨晩(7月31日),うちのツマが「夜8時半ぐらいに国際宇宙ステーションが見られる」と言ったので,夫婦そろって庭に出て観察した。

そうしたら,マイナス1~2等星ぐらいの明るさの物体が,飛行機が移動するぐらいの速度で南の空から東の空に飛び去るのが見えた。

下の図は7月31日8時半ぐらいの国際宇宙ステーションの軌道。全国的に見やすい状況だったのがわかる。

Kibo

(JAXA 宇宙航空研究開発機構ウェブページ「『きぼう』を見よう」より)

ちなみにJAXAのサイトには「『きぼう』/ISSを写真に撮ろう!」というコーナーがあるのだが,常連たちの写真がすごい。単なる光点として撮影しているのではなく,長時間露光で軌道を捕らえたり,超望遠レンズでISSの姿を捕らえたり,ものすごく凝っている。

興味をお持ちの方には「皆様から送っていただいた『きぼう』の写真」のページをご覧いただきたく。


【追伸】

ちなみに国際宇宙ステーションは2016年に廃棄という話があった(参考)。来年でお払い箱かと思ったら,2024年までの使用延長というホワイトハウスからの声明も出ている:

"Obama Administration Extends International Space Station until at Least 2024" (the White House, January 08, 2014)

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