2019.02.08

袁清林『中国の環境保護とその歴史』メモ(その1)

袁清林著・久保卓哉訳『中国の環境保護とその歴史』を読んでいる。

中国の史書から自然環境の保護に関する事項を集め,整理した本であるが,面白い。以下は自分用の備忘録。

「第1章 序論」より

(環境の定義)

中国では1979年9月13日の第五期全国人民代表大会常務委員会第十一回会議原則で通過した「中華人民共和国環境保護法(試行)」第3条において環境を以下のように定義している:

「環境とは,大気,水,土地,地下資源,森林,草原,野生動物,野生植物,水生生物,名勝古蹟,景勝遊覧区,温泉,療養区,自然保護区,生活居住区等である」

名勝や景勝地が入っているのが面白い。日本ならば景観というところだろう。


(環境問題)

現在直面している環境問題は大きく2つに分かれる。ひとつは「生態と自然資源の破壊」,もうひとつは「環境の汚染」である。


(環境保護)

上述の環境問題への取り組みとして「自然保護」と「汚染制御」がある。古代においては環境保護とは「自然保護」のことだった。古代の環境保護:自然保護は現代の環境科学の誕生と発展に影響を及ぼしていると考えられる。


「第2章 中国の原始人類の環境」より

中国の新石器時代は7000年前に始まる。この時代に原始的な農業と人工的な住居の建設が始まった。これによりヒトは自然の克服,環境の改造を始めた。神農氏,有巣氏の業績はこの時代のヒトの活動を表しているのだろうとか郭沫若は考えている。

4000年以上前はの治世に比定される。両帝の業績として猛獣駆除(伯益が担当)と治水(が担当)が挙げられる。猛獣駆除は現代人から見ると環境破壊にほかならないが,当時の人々からすればやむを得ないことである。

夏殷時代の北方地域は現在よりも温暖湿潤であった。詩経には森林の豊かさがうたわれている。

殷代には狩猟区の管理,周代には山林の保護が行われた。

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2019.02.04

文化は植物,文明は動物

文化と文明の違いについて考えている。

結論的には文化は植物,文明は動物に例えることができそうだ。

参考になったのは以前紹介した,青木正規『人類文明の黎明と暮れ方』(講談社学術文庫)と,先日読んだ,桜井由躬雄『緑色の野帖』(めこん)である。

青木正規は『人類文明の黎明と暮れ方』でこう書いてある:

文化は何かといえば,「その地域や時代の環境に人々が適応するための方法もしくは戦略である」と定義することができる。(23頁)
文化は環境適応のための方法であり戦略であるといったが,その環境適応への努力から解放された段階を「文明」と呼べるのではないだろうか。(24頁)

そして桜井由躬雄は『緑色の野帖』でこう書いている:

文化はそれぞれの自然の環境の中で,その環境を利用し,その環境に適応した人々の生活要素が集積され,伝承されたものだ。(10頁)
文明はもともとは文化の中で生まれたものだが,環境をこえて伝播する能力をもった生活様式だ。(10頁)

両者はほぼ同じことを言っている。

文化は地域に根付く,そして文明は越境すると。

文化も文明もある条件下でしか生存できないものであるが,地域に密着している度合い,移動のスピードによって,植物または動物に分類しうると思う。

栽培と文化がともに"culture"であることを思い出そう。文化を植物と切り離して語ることはできない。

以前,本ブログ1001回目の記事として「日本の農耕文化の起源:ニジェール河畔からのはるかな旅」というのを書いた。

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なんだ,文化だって移動するじゃないか,と思うだろう。

その通り。環境に適応していれば,文化は植物と同じように(というか植物とともに)移植可能だ。だが,環境が適合する限りにおいて。

これに対して文明に対する環境の制約は緩やかだ。かつてリビアに生まれたイエネコが穀物と書籍の番人として世界中に広がったように,動物たる文明は人々の求めに応じて越境し広がる。

われわれはいま,「現代文明」という人類史上初の単独の文明に統合されつつある。

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自然科学とか理論とか

自然科学とか理論とか、短くうまく説明している文章はないものかと書物の間を逍遥している。

とりあえず最近読んだ本で見つかったものを紹介する。

自然科学について

「科学的哲学的考へ方は自然界人間界宇宙界にある物の存在の関係を何かしらの法則という組織の中で統一し整頓することである。

自然界宇宙界の構成は何かしらの要素が一定の関係のもとに結合された組織である。

この「一定の関係」は動かすことの出来ない関係であるが、科学者や哲学者はこの関係の法則を発見するために、この関係を統一し整頓して考へるのである。」

西脇順三郎『あむばるわりあ』「詩情(あとがき)」より


理論について

「理論とはすなわち「現実の理論」のことにほかならず、言いかえれば、普遍のことがらを「事実」そのものにそくして説明することである。」

コセリウ著 田中克彦訳『言語という問題』(岩波文庫)p. 8より

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2019.01.25

言語類型は循環的に変化する

ディクソンの『言語の興亡』には面白い話が書いてある。

言語類型が循環的に変化するという話だ。

言語はだいたいのところ,孤立語,屈折語,膠着語の3つに分類される。この分け方はシュライヒャーが唱えた古典的な分け方で,今では抱合語という分類もあるが,とりあえず,孤立語,屈折語,膠着語の3つを考える。

この3つは例えば,孤立語→膠着語→屈折語→孤立語→・・・というように循環的に変化するのだという。ディクソンは時計の針の移動に例えた。

Langchange

屈折語を12時に置くと,孤立語は4時,そして膠着語は8時に位置するという。

印欧祖語は12時ぐらいに位置したと考えられるが,その後継者である諸言語は,それぞれ孤立語的な傾向を深めていった。英語なんかその典型で,屈折の多くが消滅し,語順で文意を伝える,孤立語になりつつある。

ディクソンによると中国語も長い歴史の間に変化し,初期中国語は3時,古典中国語はかなり純粋な孤立語で,4時,そして近代中国語は膠着語的傾向が深まり,5時ぐらいに位置するという。

また,ドラヴィダ祖語は孤立語寄りの膠着語で7時ぐらいに位置していたが,近代ドラヴィダ諸語は屈折語の性質を帯び,9時ごろに位置しているという。

フィン・ウゴル祖語は9時あたりに位置していたと考えられるが,次第に屈折語の性質を帯び始め,今ではフィン・ウゴル諸語は10時か11時頃に位置しているという。

ということで,言語は一つの姿をとどめることなく,文法もまた常に変化していくものである。

日本語が古代から現代にかけてどのように変化してきたのかを調べるのも面白かろうと思う。

そういえば,言語の変化についてはコセリウが書いていたので,再読しないと。

言語変化という問題――共時態、通時態、歴史 (岩波文庫)言語変化という問題――共時態、通時態、歴史 (岩波文庫)
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2019.01.06

日本人の科学技術観は150年間変わっていない

年末年始,この本も読んでいる:

山本義隆『近代日本150年――科学技術総力戦体制の破綻』(岩波新書,2018年1月)

一般的には,日本の近現代を,明治維新から太平洋戦争敗戦までの「戦前」とそれ以後の「戦後」に二分することが多い。

これに対し著者は序文の中で

「日本は,明治期も戦前も戦後も,列強主義・大国主義ナショナリズムに突き動かされて,エネルギー革命と科学技術の進歩に支えられた経済成長を追求してきたのであり,その意味では一貫している」

と述べているが,実に卓見である。

そう。

科学技術に関しては幕末から現代に至るまで,日本人の平均的な見方は変わっていない。

敗戦に関しては,明治以来の科学技術志向から逸脱して精神主義に陥ったのが原因であるとする識者は多い。

本書第6章では,山下奉文大将が戦後に日本の敗因を米記者に問われた際,「科学」と叫んだというエピソードが紹介されている。

幕末,識者たちは科学技術が国家の基だと考えた。そして,敗戦後,再び,識者たちは科学技術が国家の基だと考えた。科学技術進展のために総力を挙げる姿勢は150年間変わっていない。

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2018.12.11

キャンパスベンチャーグランプリ中国最終審査会(公開審査会)に行ってきた

学生ビジネスプランコンテスト「キャンパスベンチャーグランプリ」中国大会の公開審査会が開かれたので見に行ってきた。

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中国地域の大学生・大学院生がビジネスプランを競う大会である。

学生のアイディアコンテストと侮るなかれ,アプリの開発,トークセッションのビジネス化,観光開発など,力作ぞろいだった。

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それにしても若い人たちはパワポの使い方もしゃべりもうまい。

老生らはそろそろ引退だな。

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2018.12.10

アジア学術会議に行ってきた

先日,六本木の「日本学術会議」に行ってきた。

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アジア学術会議という国際会議に出席するためである。

アジア各国の研究者が一堂に会してSDGsに係る研究成果を報告・議論した。

初日の晩にはウェルカム・ディナーが開催されたのだが,会場は国立新美術館3階の「ブラッスリー ポール・ボキューズ ミュゼ」。国威をかけたおもてなし。

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このディナーには日本学術会議会長の山極壽一先生(ゴリラ研究の第一人者にして京大総長)もお越しになられた。

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あと,吟詠,剣舞,詩舞,合わせて吟剣詩舞のパフォーマンスもあり,盛会のうちに初日の幕を閉じた。

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2018.09.21

板倉聖宣『白菜のなぞ』:高度な知識を楽しくわかりやすく

板倉・塚本・宮地による『たのしい知の技術』(仮説社,2001年)を読んでいたら,同社から出ている他の本も読みたくなったので,板倉聖宣『白菜のなぞ』(仮説社 やまねこ文庫,1994年)を取り寄せて読んでみた。

土橋とし子のイラストがいい味わいを出している。

さて,中身は……というと,凄くイイ!

身近な野菜である白菜にまつわるミステリーを,小学校高学年以上であれば理解できる,楽しくわかりやすい文章で解き明かしている。

まず驚くのが,白菜は清国の野菜であり,日本に伝来し,根付いたのは,明治維新以降だったということである。

そして,日本で栽培に成功するまでには大変な苦労があったということである。

なぜ,日本ではなかなか栽培に成功しなかったのか。それには,「種(しゅ)」と「品種」の概念が関係する。

「品種」もしくは「変種(亜種)」は,種が同じだが,形が性質が大きく異なるものを区別するための概念である。

ダイコンとカブは種が違う。だから交雑しない。

しかし,白菜とカブは品種が違うが,種は同じ。だから交雑する。

ついでに言うと,白菜とカブに加えて,アブラナはもまた同じ種で品種が違うだけ。いずれも「ブラッシカ・ラパ(Brassica rapa)」というアブラナ科アブラナ属の植物である。

日本では昔からカブやアブラナが栽培されてきた。そこへ新参者の白菜がやってくるとどうなるか?

もうだいたい結果の想像がついたと思う。

そういった環境で白菜が栽培できるようにするためにはどうしたらよいのか。農業関係者の悪戦苦闘ぶりが本書に記されている。


◆   ◆   ◆


本書は特徴ある書きぶりで,白菜の謎だけではなく,科学的思考とは何かということをも伝えている。

科学的思考の特色として「仮説検証」ということが挙げられる。まず,仮説を提示して,それを立証・反証していくということである。

本書の第1章では,白菜が明治維新以降に清国から伝来した野菜であることを資料によって示したうえで,なぜ,明治以前に白菜が栽培されていなかったのか,ということについて,

(1)昔の日本人は,中国や朝鮮(韓国)にハクサイがあることを知りもしなかったのでしょうか。

それとも,

(2)知ってはいても,昔の日本人はハクサイのようなものが好きではなかったので,取り入れようともしなかったのでしょうか。

それとも,

(3)ハクサイを取り入れたかったのに,いろいろな障害があって取り入れることができなかっただけなのでしょうか。

(本書19~20ページ)

とリサーチクエスチョン(仮説を疑問形で表したもの)を提示している。そして,このリサーチクエスチョンに答える形で話を進めていく。まさしく「仮説検証」プロセスそのもの。


◆   ◆   ◆


最後に。

やまねこ文庫の「やまねこ」とは,かつてガリレオ・ガリレイが活躍したイタリアの科学アカデミー「アッカデーミア・デイ・リンチェイ(Accademia dei Lincei)」,すなわち「山猫学会」に由来する。

本書の内容にふさわしいレーベルである。

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2018.09.18

リサーチメソドロジー

リサーチメソドロジー,つまり研究方法論というものを教えなくてはいけなくなったので,それに関する資料をまとめているところである。

単に研究方法(テクニック)を教えるだけでなく,そもそも研究とは何か,なぜ研究をする必要があるのか,ということも含めて教える必要がある。

ここで,参考にしているのが立場の違う2つの書籍である。

ひとつは,職業研究者を育てようという意図がある書籍,Ranjit Kumarによる"Research Methodology: A Step-by-Step Guide for Beginners" (SAGE, 2014)である。

人文社会科学系の研究初心者向けの書籍だが,理工系の研究者にとっても参考になることが多い。

そしてもう一つが,アマチュア研究者を応援しようという意図がある書籍,板倉・塚本・宮地による『たのしい知の技術』(仮説社,2001年)である。

アマチュアでもやり方次第で職業研究者なみの成果が得られる方法を伝えている。また,アマチュア研究の醍醐味として「究極の知的エンターテイメント」であることを伝えている。

残念ながら,『たのしい知の技術』は現在,品切れ。

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2018.06.22

新阿武川発電所を観てきた

仕事の一環で,山口県企業局が管理している新阿武川(しんあぶがわ)発電所を観てきた。

これは阿武川水系に設置された阿武川ダムの水を利用して発電を行う,要するに水力発電所である。

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阿武川ダムは重力アーチ式コンクリートダムで,堤高は95メートルある。

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近くで見るとやはり圧巻である。

ダムには治水と利水の2つの役割がある。治水というのは洪水を防いだり,水量を調整することを言う。そして利水というのは飲み水や工業用水を取水したり,発電したり,水を利用することを言う。水力発電所は後者,利水のための施設である。

新阿武川発電所はこのダムの底から取水して下の写真(↓)の水圧鉄管に水を流し,その水を使って水車を回す。この水圧鉄管には毎秒30立方メートル,つまり30トンの水が流れる。

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水車自体は見られないが,下の写真(↓)はその水車によって回る軸である。

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この車軸(↑)がさらに発電機(↓)を回して,最大19,500kWの電気を起こす。

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この発電所,運転開始は1975年3月。年間70,000MWh,およそ20,000世帯分の電力を作り出す。

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