2020.03.07

山頭火と猫(6)

昭和6(1931)年12月22日。種田山頭火は熊本を後にして再び旅に出る。『行乞記(二)』の始まりである。

久留米に行ったり,太宰府に行ったり,唐津に行ったり。

昭和7年1月28日には,佐賀県の多久,北方,錦江と行乞(托鉢行)を続けながら移動し,飯盛山福泉寺にたどり着く。そしてその寺の主董・解秋和尚に歓待される。この寺には猫も犬もいた:

猫もゐる、犬もゐる、鶏も飼つてある、お嬢さん二人、もろもろの声(音といふにはあまりにしづかだ)。(『行乞記(二)』,昭和7年1月28日)

この寺にたどり着くまでの道中,山頭火は馬神隧道というトンネルを抜けた。そのとき,かつて山口中学の学生だった頃,佐波山洞道(さばやまどうどう)を通り抜けて帰省したことを思い出す。さらに当時の家族がいまや皆,鬼籍に入っていることを思い,慨嘆する:

馬神隧道といふのを通り抜けた、そして山口中学時代、鯖山洞道を通り抜けて帰省した当時を想ひだして涙にむせんだ、もうあの頃の人々はみんな死んでしまつた、祖母も父も、叔父も伯母も、……生き残つてゐるのは、アル中の私だけだ、私はあらゆる意味に於て残骸だ!(『行乞記(二)』,昭和7年1月28日)

そして歩きながら死に場所を求めるような気持になっていた:

歩く、歩く、死場所を探して、――首くゝる枝のよいのをたづねて!(『行乞記(二)』,昭和7年1月28日)

まあ,死にゃしないんですけどね。

福泉寺で一泊したのち,山頭火は武雄,そして嬉野温泉へと旅を続ける。

昭和7年3月3日。山頭火は佐賀市に到着し,ここで数日過ごすことになる。

3月5日,佐賀市内の大隈重信の生誕地を訪ねる。山頭火は早稲田大学の文学科の学生だったことがあるので,まあ縁の地といえるだろう。この日の日記では,宿のおかみさんの悪口や佐賀の食費の安さなど俗っぽいことをいろいろ書き記した後,猫の句をひとつ書き残している:

樹影雲影猫の死骸が流れてきた(『行乞記(二)』,昭和7年3月5日)

またもや死の影。

このあとも旅を続け,嬉野温泉に戻ったり,佐世保に行ったり,唐津を再訪したり。福岡や小倉を経由し,5月3日には海を渡り下関へ。山口県内を放浪したのち,5月24日から31日にかけて下関,小倉,川棚温泉周辺を行ったり来たりして『行乞記(二)』は終わる。

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2020.03.06

山頭火と猫(5)

熊本に戻った山頭火は『行乞記(一)』の続きとして昭和5(1930)年12月28日から『行乞記 三八九日記』(ぎょうこつき さんぱくにっき)をつけ始める。

三八九」とは,これから山頭火が結ぼうとしている庵の名前である。『行乞記(一)』の12月13日の項に書いてある:

夜、寝られないので庵号などを考へた、まだ土地も金も何もきまらないのに、もう庵号だけはきまつた、曰く、三八九庵(唐の超真和尚の三八九府に拠つたのである)。(行乞記(一),昭和5年12月13日)

「唐の超真和尚」と書いているのだが,熊本県人吉市にある永国寺(曹洞宗)の開祖・実底超真和尚のことではなかろうか?山頭火も曹洞宗であることだし。

しかし,「三八九府」とはなんだろう?白隠禅師の『毒語注心経』に「不明三八九対境多所思(三八九を明らめずんば,境に対して所思多し)」とあるが。

それはさておき,『行乞記 三八九日記』には猫に関する句が3つ掲載されている。

まず,昭和6年1月2日。山頭火は,お屠蘇と雑煮で正月を祝ったり,熊本市内の知人を訪ね歩いたり,元妻・咲野(サキノ)と喧嘩したり,他所の火事を見物したりして一日を過ごした。この日11句作ったうちの1句が猫の句である:

もう死ぬる声の捨猫をさがす(行乞記 三八九日記,昭和6年1月2日)

正月気分の句が並ぶ中,突如,死の影。

そして1月19日。生活苦を訴えながら朝湯朝酒を楽しむ山頭火は,知人との交流を楽しんだ後,次の句を作った:

日向ぼつこするも親子(行乞記 三八九日記,昭和6年1月19日) 

最後に1月30日。稀也氏送別の句会に参加した。この日作った10句のうちの一句:

恋猫の声も別れか(行乞記 三八九日記,昭和6年1月2日)

これで猫の句が合計3句である。

ちなみに『行乞記 三八九日記』には犬の句も3句掲載されている:

元旦の捨犬が鳴きやめない(昭和6年1月1日)

寒月の捨犬が鳴きつゞける(1月7日)

犬を洗つてやる爺さん婆さんの日向(1月29日)

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2020.03.05

山頭火と猫(4)

昭和5年12月14日。

山頭火は三井・三池炭鉱の万田坑で働く苦味生氏を訪ねる。そして酒を酌み交わしつつ歓談。

その晩は苦味生氏の友人,末光氏宅に泊まる。

寂しいほど静かな夜,13句を作ったが,そのうちの一句が猫の句:

師走ゆきこの捨猫が泣いてゐる(行乞記(一),昭和5年12月14日)

『行乞記(一)』の中の猫の記述はここでおしまい。

 

◆   ◆   ◆

 

山頭火は犬を題材とする句も作っている。『行乞記(一)』には全部で8句の犬を題材とした句が載せられている:

吠えつゝ犬が村はづれまで送つてくれた(昭和5年10月2日)
日向子供と犬と仲よく(10月5日)
白犬と黒犬と連れて仲のよいこと(10月19日)
吠える犬吠えない犬の間を通る(10月22日)
草の中の犬ころはもう死んでゐる(同上)
犬が尾をふる柿がうれてゐる(11月6日)
朝の鶏で犬にくはれた(11月8日)
吠えて親しい小犬であつた(11月22日)

これまで紹介した猫の句は16句と犬の句の数を圧倒しているが,これには,昭和5年12月のはじめ,次郎氏宅で猫のきいと一緒に過ごしていたことが大きく影響している。

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山頭火と猫(3)

種田山頭火『行乞記(一)』の中の猫に関する記述を追っている。

山頭火は,昭和5年11月30日から12月4日まで(4泊),(福岡県田川郡)後藤寺町の次郎氏宅に滞在している。ここでは次郎氏と歓談したり句作に励んだり,楽しく過ごしていたようである。

次郎氏宅には猫がいた:

猫が一匹飼うてある、きいといふ、駆け込み猫で、おとなしい猫だ、あまりおとなしいので低脳かと思つたら、鼠を捕ることはなかなかうまいさうな、能ある猫は爪をかくす、なるほどさうかも知れない。(行乞記(一),昭和5年12月1日)

低脳とはあまりの言いようだが,山頭火には悪気は無いのだろう。山頭火はこのきいという猫をかわいがっている。この日作った句のうち,2つはきいを題材としている:

撫でゝやれば鳴いてくれる猫(次郎居)
猫はいつもの坐布団の上で

翌12月2日の日中は次郎氏宅で,山頭火一人,きいと共に過ごしている:

毎朝、朝酒だ、次郎さんの厚意をありがたく受けてゐる、次郎さんを無理に行商へ出す、私一人猫一匹、しづかなことである(行乞記(一),昭和5年12月2日)

この日作った20句のうち,7つは猫(きい)を題材としている:

物思ふ膝の上で寝る猫
寝てゐる猫の年とつてゐるかな
猫も鳴いて主人の帰りを待つてゐる
人声なつかしがる猫とをり
猫もいつしよに欠伸するのか
猫もさみしうて鳴いてからだすりよせる
いつ戻つて来たか寝てゐる猫よ

翌3日。山頭火は次郎氏宅で48歳の誕生日を迎える。そして次郎氏と酒を酌み交わしながら一日中歓談している。この日の句の一つに,猫の句がある:

話してる間へきて猫がうづくまる (行乞記(一),昭和5年12月3日)

「猫あるある」の一つである。

翌4日。ようやく山頭火は次郎氏宅を辞去する(少し反省して):

冷たいと思つたら、霜が真白だ、霜消し酒をひつかけて別れる、引き留められるまゝに次郎居四泊はなんぼなんでも長すぎた。
十一時の汽車に乗る、乗車券まで買つて貰つてほんたうにすまないと思ふ、そればかりぢやない、今日は行乞なんかしないで、のんきに歩いて泊りなさいといつて、ドヤ銭とキス代まで頂戴した、――かういふ場合、私は私自身の矛盾を考へずにはゐられない、次郎さんよ、幸福であつて下さい、あんたはどんなに幸福であつても幸福すぎることはない、それだのに実際はどうだ、次郎さんは商売の調子がよくないのである、日々の生活も豊かでないのである。(行乞記(一),昭和5年12月4日)

別れを読んだ句:

別れともない猫がもつれる (行乞記(一),昭和5年12月4日)

山頭火はこのあと,飯塚,笹栗を経て博多に向かう。

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2020.03.04

山頭火と猫(2)

種田山頭火の「行乞記(一)」を読みながら猫に関する記述を追っている。

昭和5年10月29日,宮崎県門川の宿・坂本屋に泊まった山頭火は宿の忙しい雰囲気を次のように記している:

なかなか忙しい宿だ、稲扱も忙しいし、客賄も忙しい、牛がなく猫がなく子供がなく鶏がなく、いやはや賑やかなことだ(行乞記(一),昭和5年10月29日)

門川に隣接する延岡に早く行きたいと思いつつも,雨のせいで山頭火は翌30日も宿に滞在し続けている。

この宿には3匹の猫たちがいる。山頭火はこのように記している:

此宿には猫が三匹ゐる、どれも醜い猫だが、そのうちの一匹はほんたうによく鳴く、いつもミヤアミヤア鳴いてゐる、牝猫ださうなが、まさか、夫を慕ひ子を慕うて鳴くのでもなからう。(行乞記(一),昭和5年10月30日)

そしてこの日,猫を題材に自由律の俳句を吟じている:

夕闇の猫がからだをすりよせる

牛がなけば猫もなく遍路宿で

餓えて鳴きよる猫に与へるものがない

おそらく,三匹の猫のうちのよく鳴く猫が山頭火の足にまとわりついてきたり,牛が鳴いているのに合わせるかのようにミャーミャーと鳴いていたりするのだろう。この猫は山頭火に餌をねだっているのかもしれない。

しかし,山頭火の手元には猫に与えるものが何もない。急にわびしい気持ちになる。

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2020.03.03

山頭火と猫(1)

山頭火と猫との間には何らかの関わりがあるに違いないという単なる直感の下,青空文庫で種田山頭火の「行乞記(一)」を読んでいる。

すると,さっそく,昭和5年9月30日,宮崎の折生迫(おりゅうざこ)の旅館・角屋に泊まった際,日記にある猫のことを書きつけていた。

今日、途上で見たり聞いたり思ひついたりしたことを書きつけておかう、<中略>或る家で、うつくしいキジ猫二匹を見た、撫でゝやりたいやうな衝動を感じた。(行乞記(一),昭和5年9月30日)

次に猫の記述が登場するのは数日後の10月2日のことだが,これは実際に見た猫の話ではなく,たとえ話の中の猫の記述。

そのあと,10月5日の日記に記された(自由律)俳句数句の中に猫についての句が現れる:

子供と人形と猫と添寝して(行乞記(一),昭和5年10月5日)

同日の日記の内容から察するに,秋の収穫の忙しさの中,農作業に疲れた人が子供や猫と一緒に寝ている姿か?

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