2017.04.23

井出穣治『フィリピン -急成長する若き「大国」』

フィリピンはASEAN諸国の中で最も日本に近く,また人口1億人を超える大国として存在感を強めつつある。

井出穣治『フィリピン -急成長する若き「大国」』(中公新書)は,「アジアの病人」扱いだったフィリピンが,今や「アジアの希望の星」に変貌しつつあることを教えてくれる。

フィリピンとこれからどのような関係を築いて行くのか,それが日本の将来を左右することになりそうだ。


本書の中核となるのは,フィリピン経済の可能性についての議論であり,第1章から第5章までが費やされている。

日本,NIES諸国,タイ,インドネシア,マレーシアといった国々は製造業が主導する形で経済発展を遂げてきた。

しかし,本書が紹介するように,フィリピンは製造業の発展を経ずに,いきなりサービス業が主導するという全く異なる発展ルートをたどっている。

ちょうど世界規模でグローバル化やICT化が進展するタイミングだったこともあり,BPO(バック・オフィス・アウトソーシング)を軸としてフィリピンのサービス業は急成長した。

BPOとは,コールセンター,ソフトウェア開発,文書処理といった企業の業務プロセスの一部を外部委託することである。

本書ではフィリピンにおけるBPO発展の一例として,米国などのコールセンター業務の委託先として,訛りのきついインドよりも,癖のない英語を話すフィリピンが好まれることが紹介されている。

このように,サービス業が牽引する形でフィリピン経済は急成長しているわけだが,問題が無いわけではない。

貧富の差,汚職の蔓延,犯罪の多さなど,解決しなければならない社会・経済の問題が山積している。これらに加え,遅々として進まない農地改革,脆弱なインフラ,未発達の製造業といった問題も挙げられる。これらの問題はフィリピンの経済成長にとってのボトルネックとなっている。

これらの問題のうち,犯罪の多さに対するフィリピン国民の危機感が生んだのが,ドゥテルテ大統領である。

マスメディアではドゥテルテ大統領の暴言や強権的手法ばかりが取り上げられる。しかし,ドゥテルテの経済政策はアキノ前政権のそれを継承しており,税制改革とインフラ投資が進めば,フィリピン経済は飛躍を遂げる可能性がある。


◆   ◆   ◆


日本は輸出入合わせた総額ではフィリピンにとって最大の貿易相手国であるが,そのことを認識している人は多くない。

また,かつての太平洋戦争においてフィリピンは戦場となり,日米の兵士だけでなく,多くのフィリピン人が犠牲となったことは忘れられがちである。

このように現在から過去にいたる,日本人が忘れがちな,日比関係について論じているのが,本書の最終章「地政学で見るフィリピン,そして日本」である。

太平洋戦争で莫大な犠牲が払われたにもかかわらず,なぜ,戦後,日本とフィリピンがうまく和解できたのか,それを知るためにも最終章は必読。

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2017.04.05

ドゥワリカホテルでダルバート

ネパールの話。

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カトマンズ(カトマンドゥ)滞在中,ネパール料理らしいものを食べようということで,ドゥワリカホテル (Dwarika's Hotel) でダルバート (dālbhāt) を食べた。

まず,これ(↓)がドゥワリカホテルの中庭。夜に撮影したのでうまく取れていないが,シックな建物:

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そして,これ(↓)がダルバートである:

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米飯を中心に,小皿のおかずが並んでいる。

ダルバートのダルとは豆スープ,バートとは米飯のことである。豆スープは写真右下にあるのがそれ。濃い味噌汁といった感じ。そして豆スープの上(奥)にチキン・カレーがある。

おかずのことを「タルカリ」というので,単にダルバートと呼ばず,ダルバート・タルカリと呼ぶこともある。

ダルバートは要するにワンプレート定食。家庭の味で,本来は安価に気軽に食べられるものだが,ドゥワリカホテルはお上品なホテルなので,1500円ほどした (^-^;

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2017.04.04

ネパール旅行のためのガイドブック

今回,ネパールのカトマンズ(カトマンドゥ)に行ったわけである。

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初のネパール行きということで,ガイドブックとしては次の2冊を携帯した。

まずは定番中の定番,「地球の歩き方」『ネパールとヒマラヤトレッキング』

「地球の歩き方」は,ホテル,観光スポット,ショッピング情報など,漏れなく書いてあるので安心。ネパールの地理や歴史,政治,経済,民族,芸術,神様仏様,カレンダーなど基本情報も充実している。

今回の出張では,残念ながらトレッキングなど余暇を楽しむすべはなかったが。

街歩きを極めたければ,矢巻美穂『トレッキングとポップな街歩き ネパールへ』

これもトレッキングが前面に出ているが,街歩き情報も充実している。

観光スポット情報も載っているが,お洒落な飲食店,ハンドクラフト・工芸品のショップ情報に力が入っている。

この本で紹介されていたDhuktiという店ではパソコンケースやペンケースなどの布製品をたくさん購入した。

小生は海外のお土産としては,布製品ばかり買っている。理由は壊れず,軽いから。

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2017.03.31

パタンのダルバール広場

カトマンズ周辺にはダルバール広場がいくつもある。

ダルバールとは王宮のことらしい。なぜ,いくつも王宮前広場があるのかというと,王宮がいくつもあったからである。

かつてカトマンズ盆地にはマッラ王朝が栄えていた。

そのマッラ王朝が15世紀末から17世紀前半にかけて,バクタプル,カトマンズ,パタンの3つの王朝に分裂し,互いに争うようになった。カトマンズ盆地の狭い範囲にそれぞれの王宮が存在していたので,それに応じてダルバール広場も複数存在しているわけである。

さて,カトマンズ中心部から南に移動し川を越えると,パタン地区に至る。今述べた,マッラ王朝の後継王朝があったところで,旧市街とも呼ばれている。

この中心部のダルバール広場に行った時の写真を載せておく。

広場に入るためには外国人は1000ルピー(だいたい1100円)を払わなくてはならない。

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2015年4月25日の昼前にネパールを襲った大地震(M7.8)のため,ダルバール広場にあった寺院等,歴史的建築物のいくつかは倒壊した。

そのため,今もなお復旧工事が続いている。

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↑これが,ビムセン寺院 (Bimsen Temple)と呼ばれる寺院である。創建された時期は不明だが,1682年に再建されたという。

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↑これが,旧王宮を正面から撮ったもの

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↑旧王宮の北翼

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↑旧王宮の南翼

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↑旧王宮の中庭

旧王宮は今ではPatan Museumとなっていて,仏教,ヒンドゥー教の美術品が展示されている。

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展示の仕方は結構洗練されているので,一見の価値がある。

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↑先日紹介したターラー菩薩

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↑人体解剖図

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↑美術館の3階からビムセン寺院を望む。

仕事の合間に見物したので1時間程度しか滞在できなかったが,良いものを見た。

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2017.03.29

ヒマラヤ見えた

ネパール滞在も終わり帰路に就いたわけである。

カトマンズからバンコクに向かう機上からヒマラヤが見えた。

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目で見ると絶景なのだが,写真だとどうしても小さくなってしまうのが残念。

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チベット,ネパール,ブータンの人々にとって,海抜5000メートル以上は神々の住む清浄な世界なのだそうだ。

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2017.03.28

ターラー菩薩あれこれ

以前,「仏画を飾る」という記事で,家に「ターラー(多羅菩薩)」の仏画を飾った話を書いた(2014年12月22日)。

今回,チベット仏教徒が多いネパールに来たということで,改めてターラーの絵を買ってみた:

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これは白ターラー。極彩色で美しい。

店主から3500ルピーだと言われたが,3000ルピーにしてもらった。実際は吹っ掛けられているかもしれないが,まあいい。

旧市街パタンのパタン・ミュージアムを訪ねてみたところ,ここにはターラーの像が飾られていた。

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観音菩薩が全ての衆生を救いきれないことを悲しんで流した涙からターラーは生まれたという。

チベット仏教の諸派の中にはターラーを本尊に数える派もあり,とてもありがたい尊格である。

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2017.03.27

ネパールでジェイ・B・バーニーの話を聞いてきた

今,ネパールにいるわけである。とある学会に参加した。

そうしたら,かの高名なる経営学者,ジェイ・B・バーニー(Jay B. Barney)が来ていてなかなか面白い講演をした。

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写真の解像度が低くて申し訳ない (^-^;

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バーニーは

"How to Publish Articles in Top Tier Management Journals"

というタイトルで話をした。どうやったらトップジャーナルに載るような論文が書けるか?という話だが,まず,バーニーが言ったことは

"I don't know"

ということである。とはいえ,こういうことを心掛けなさいという4項目を話してくれた。

A few rules of thumb, but not algorithm:

  • Study what interests you
  • Rejection is common; and part of the publishing process
  • Good writing is essential
  • Persistence is required

当り前じゃないかと思うが,バーニーですら1年かけて5回もリジェクトされたという経験があるということを聞くと,非常に含蓄のあるお言葉に思えてくる。

最後にバーニーは言った:

"Even today, the hardest thing I do is to face a black computer screen; it is also among the most rewarding things I do."

ということで若き研究者たちは,リジェクトに挫折せずどんどん執筆してください。

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2017.03.26

ネパールに来ております

今,ネパールのカトマンズ(カトマンドゥ)に来ている。

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この国は,日本との時差が3時間15分という中途半端なものだったり,土曜日のみが休日で,日曜日は働く日だったり,と不思議なことが多い。

それはそれとして,この日曜日,仕事先から帰る途中に寄ったのが,ネパール最古と言われるスワヤンブナート寺院である。

カトマンズの西の郊外の丘の上に立つ寺院である。

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塔の周りをマニ車が取り巻いている。

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このマニ車を回しながら,塔を右回りに回って,お参りしてきた。

『ラサへの歩き方』という映画を昨年見たことを踏まえ,「オンマニペニフム」と唱えながら。

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修学旅行生だろうか?ネパールの中高生らしき学生たちが境内に大勢いた。

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犬もいた。

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2017.03.24

明日からネパールへ

明日からネパールのカトマンドゥに行くわけである。

現在はトランジットのため,タイのスワナプーム空港近くに泊まっている。

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タイ周辺国は慣れてきたが,ネパールは未知の国。

さて,どうでしょう?

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2016.09.08

(続)そういえば,ヴィエンチャンでアセアンサミットがあるんだった。

前にも書いたが,ヴィエンチャンでアセアンサミットが開催されているわけである。

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中国がASEAN諸国と中国の結びつきを訴えるプロモーションビデオを流して,ASEAN各国首脳を唖然とさせたり,安倍ちゃんがASEAN各国に対して中国支持に回らないように釘を刺して回ったりして,各国の駆け引きが活発化している。

議長国のラオスは中国の影響を強く受けていることが知られているが,単純に中国べったりというわけでもない。

ラオスは大国の狭間の小国であり,生き残ることが国是である。そのため,特定の国からの影響を受けすぎないようにバランスをとり続けている。

もちろん,社会主義を標榜しているため,かつてはソ連・ベトナムと関係が深かった。しかし,1990年代初めに東欧革命・ソ連崩壊で相次ぎ共産政権が倒れてからは,中国や西側諸国 とも友好を深める「全方位外交」に転換している。

トンシン首相の前任者,ブアソン前首相は急進的な改革路線を掲げ,中国と積極的に付き合っていた。どうもこれがラオス人民革命党の首脳部,とくにベトナムの影響が強い人々の逆鱗に触れたようで,更迭されてしまった。いわばリバランスである。

今回のアセアンサミットならびに東アジアサミット(EAS)では,ホスト国ラオスの首脳部は表面上,中国に対する配慮を忘れないものの,本当のところは別のことを考えているに違いない。

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