2018.06.28

細川元首相,漢籍4175冊を中国に寄贈

日本ではあまり大きなニュースになっていないが,細川護熙元首相が理事長を務める永青文庫から中国国家図書館に36部4175冊の漢籍が寄贈されたとのこと:

日本の永青文庫が中国国家図書館に漢籍4175冊を寄贈 北京で式典」(人民網,2018年6月27日)

人民網日文版の記事はあっさりしているが,澎湃新聞(中国語)ではもう少し詳しく報じられている:

日本前首相向中国捐赠4175册汉籍,含失传千年唐代典籍」(澎湃新聞,2018年6月26日)

この記事で大事なポイントは,寄贈された中に,中国では唐代末期に亡失していた群書治要が含まれているということである。

もちろん,唐代のものではなく,天明7(1787)年の刻本である。『群書治要』に関しては,過去(清朝嘉慶年間や1990年代)にも写本が中国に渡ったことがあり,今回が初めてではない。

唐末に失われた『群書治要』がなぜ日本にあるのかというと,遣唐使が写して持って帰り,日本の公家・武家の間で伝わっていったからである。

中国本土で戦乱の中で失われた漢籍が日本に存在するということはよくあることで,東海姫氏国たる我が国の面目躍如といったところである。

『群書治要』は春秋戦国から晋代に至る典籍から治世の知恵を抜き書きしたもの,つまり帝王学の参考書である。

先ほど「過去(1990年代)にも写本が中国に・・・」と書いたが,これが重要なところである。1990年代に寄贈された『群書治要』は中国共産党の大物,習仲勲のもとに渡り,この書についての研究が行われることとなった。

その習仲勲の息子が,現国家主席の習近平である。

『群書治要』と習近平の浅からぬ縁については中国通の安田峰俊がこういう記事を書いている:

中国の支配者・習近平が引用する奇妙な古典 ――「紅い皇帝」のダヴィンチ・コード――」(by 安田峰俊,ジセダイ総研,2015年04月23日)

澎湃新聞の記事によれば,中国国家図書館では今回の寄贈を記念して「書巻為媒 友誼長青――日本永青文庫捐贈漢籍入蔵中国国家図書館展」が開かれるとのこと。

今回の漢籍寄贈が日中関係に与える影響は割と大きい。

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2018.05.06

"ZeroPi" the Violin Synth Pop

Zeropi

I found this duo, when I surfed on the YouTube to see video clips relate to "Bladerunner" ending theme.

「ブレードランナー」のエンディングテーマ(ヴァンゲリス)の演奏をユーチューブでいろいろと鑑賞していたところ,こういうデュオがいることを知った。

シンセサイザーとヴァイオリンによる演奏。

サラ・レオ (Sarah Leo)がバイオリンを担当,マルコ・ネグロ (Marco Negro)がキーボードとプログラミングを担当している。

"Duality Paradox"といったオリジナル曲のほか,80年代の音楽のカバーをよくやっている。


↑"Duality Paradox"

チャンネルはここ:ZeroPi

老生としては,A-ha "Take on me"のカバーであり,映像的にはパロディーとなっているこれが好み:

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2018.03.26

「デンマーク・デザイン展 ヒュゲのかたち」に行ってきた

つい先日,山口県立美術館まで出かけて「デンマーク・デザイン展 ヒュゲのかたち」を観てきた。

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「ヒュゲ」とは心地の良さを意味するデンマーク語。

日本でも根強い人気を持つ北欧デザインの数々が勢ぞろい。

Dansk

初期のロイヤルコペンハーゲンのコレクション,アーネ・ヤコブスンのエッグチェア,ヘニングスンのペンダントライトなど近現代の有名な作品群を直接見ることができた。

いや,見るどころか,ハンス・ヴィーイナの椅子の座り心地を試すことができた。

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ひじ掛けと背もたれを一体化するという素晴らしいアイディア。

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↑ケネディ大統領も座ったという名作ラウンドチェア<ザ・チェア>

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↑ツマがお気に入りの<パパベア・チェア>

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↑小生がお気にいりの<サークル・チェア>。一度座ると二度と立ち上がりたくなくなるような,強烈な安らぎを味わうことができる。これぞ「ヒュゲ」。

これらの椅子を取りそろえることができるほどの財力が欲しい。

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2018.02.25

YCAMで演劇鑑賞:マームとジプシー『みえるわ』

この日曜日,ツマとYCAMに出かけ,マームとジプシーによる演劇『みえるわ』を観てきた。

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川上未映子の詩をもとにした一人芝居。演出は藤田貴大,演ずるは青柳いづみ(参考)。

1月末から全国11会場を回っているらしいが,YCAMでは川上未映子の

「先端で,さすわ さされるわ そらええわ」
「治療,家の名はコスモス」
「水瓶」

の3つが演じられた。

アンティーク調の家具で飾られた若い女性の部屋らしき空間で,青柳がヒグチユウコらがデザインした衣装をまとい,川上未映子の詩を諳んじていく。そのうちに徐々に憑依され,エキセントリックさを増していくかのような感じが良かった。

詩の表現と青柳の声質・語り口が見事に調和している。

それにしてもあんな長い詩,よく覚えられたものだ。

ちなみに,3月2日からのYCAM爆音映画祭2018特別編の準備のために訪れていたらしいboid主宰・樋口泰人氏も会場にいた。山口でもこのYCAMの存在する一角だけ東京某所のようになっている。

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2017.10.30

山口県立美術館で「西大寺展」を観てきた

山口県立美術館で「西大寺展」を観てきた。

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既に東京と大阪で展示が行われ,山口県立美術館で行われているのが,今年最後の展示である。

東京と大阪では,あの美しい「吉祥天立像」(京都・浄瑠璃寺)が展示されていたのに,山口では見られず残念。

とはいえ,西大寺の秘宝の数々には息をのむばかりだった。

奈良後期に作られた「阿閦如来坐像」「宝生如来坐像」の二体は見事なものだったし,西大寺中興の祖,叡尊(えいそん)を模した国宝「興正菩薩坐像」(奈良・西大寺)は鎌倉時代の写実主義のレベルの高さを感じさせた。

西大寺の所蔵品ではないが,本展で併せて展示された如意輪観音坐像(元興寺)もまた素晴らしい仏像で,かたじけなさに涙こぼれかねない。

仏像のほかにも,金銅宝塔(鎌倉時代),金銅透彫舎利塔(これも鎌倉時代)等の国宝も見ることができた。精密な造りで,鎌倉時代の金属加工技術のレベルの高さがしのばれる。仏舎利も拝見できた。


◆   ◆   ◆


西大寺は孝謙上皇(称徳天皇)により平城京の中に造営されたものである。やがて,都が平安京へと遷ったことにより,宮廷や貴族の支援を受けられなくなった西大寺は衰退。

その後,鎌倉時代に叡尊が登場し,西大寺を再建。西大寺は真言律宗の中心地として栄えることとなった。叡尊は西大寺以外にも般若寺,法華寺,百毫寺ほか様々な寺を再建し,傘下に組み込んでいく。旅館再建請負人「星野リゾート」のようである。"EISON HOLDINGS"だね。飢餓救済活動も行ったし,宗教家のみならず,社会実業家としての側面も強い。

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2017.08.14

魅惑の黒,黒の魅惑

ツマとともに萩に出かけ,山口県立萩美術館・浦上記念館で開催されている「愛のヴィクトリアン・ジュエリー」展を観てきた。山口県立萩美術館・浦上記念館は浮世絵と工芸品のコレクションで知られている。

Victorians

英国ヴィクトリア朝の王侯貴族の生活を彩った宝飾品,銀器の展示ということもあって,入場者の多くを女性が占めていた。

ダイヤ,トパーズ,真珠といった宝石を惜しげもなく使い,繊細な加工を施した宝飾品が並ぶ中で,老生の目を引き付けたのは,ジェット (jet)製の宝飾品である。ジェットというのは地中深く,高圧下で化石化した樹木である。黒玉とも言われるが,要するに,石炭の一種である。

"jet"はフランス語の"jaiet"に由来する。魔除けの効果を持つとされ,ヴィクトリア朝では,モーニングジュエリー(死者を悼むジュエリー)としての地位を確立した。宝飾品や食器が煌めく中で,黒光りするジェットは異彩を放っていた。

「愛のヴィクトリアン・ジュエリー」展を見た後は別の企画展示を見て回ったのだが,そこでも老生を引き付けたのは黒い作品群であった。


◆   ◆   ◆


萩美術館・浦上記念館の一角に茶室が設けられているのだが,ここでは「田中信行の茶室 流れる水 ふれる水」という企画展示があった。

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茶室の畳の上と,床の間にそれぞれ屹立する大小2つの黒光りするオブジェ。漆と麻布を用いた,乾漆という技法による作品である。オブジェは,その表面に室内外の景観を映し出す。映し出された景観は,観る者が移動するにつれて,流れるように変化する。それはまるで川の水面のようである。

ながれのきしのひともとは,
みそらのいろのみずあさぎ,
なみ,ことごとく,くちづけし,
はた,ことごとく,わすれゆく。

(ウィルヘルム・アレント「わすれなぐさ」,上田敏訳『海潮音』所収)


◆   ◆   ◆


つぎに陶芸展示を観て回った。十二代三輪休雪の作品群には村上隆に通じるポップさを感じ,興味がそそられたが,より魅かれたのは,その弟,三輪和彦による≪黒の遺構≫という作品である。

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神殿か高層ビルの柱を思わせる24基の巨大なオブジェ群。金色に塗られたものや釉薬を塗られたものなどもあるが,真っ黒で荒々しい表面を持つ数本の巨大な四角柱は,焼け落ちた神殿を思わせる。2006年の作品なのに,数千年前の出来事を想像させる。

黒はいい。黒は。

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2017.02.27

山口県立美術館の『ポンペイの壁画展』に行って来た

山口県立美術館の『ポンペイの壁画展』に行って来たわけである。

ポンペイについてはよく知られているので,わざわざ書く必要もないかもしれないが,一応メモ的なことを述べておくと,次の通り:

  • 南イタリア,ナポリ近郊にあったローマ帝国の都市
  • 住民2万人程度(最近の研究では12000人の市民と8000人の奴隷という話)の都市として栄えていた
  • 西暦79年,ヴェスヴィオ火山の噴火により数度の火砕流に見舞われ滅亡
  • 1748年に発掘が始まった。
  • それ以降,先進的なインフラ設備,街区,装飾など,ローマの繁栄をうかがわせる遺物が次々と発掘され,近代人に衝撃を与えた。

今回の展覧会は,ナポリ国立考古学博物館とポンペイ監督局の保有するポンペイ壁画コレクションから50点を厳選し,ローマ帝国の人々の暮らしぶりを紹介するという試み。

ここで展示されている壁画は写真や複製ではなく,遺跡から剥がしたり切り出したりして持ってきた本物である。よくもまあ南イタリアから山口まで来たものである。

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まず,12時ごろに入館して一通り見て回った。およそ2000年前の壁画が色鮮やかなまま眼前にあるというのが驚異的。

火山灰はポンペイを滅ぼすと同時に,この都市の美術を長期保存するタイムカプセルの役割を果たしたのである。

ワインの産地だったことから,ディオニュソス神やこの神の女性信奉者であるマイナス(Maenad)をモチーフとする壁画がよく見られた。

ポンペイ近くの別荘地,トッレ・デル・グレコはポンペイとともにヴェスヴィオ火山の噴火によって滅んだ地である。この地で発掘された別荘の居室の壁画が展示されているのだが,素晴らしい青色を基調とした装飾画だった。エジプト青という高価な絵の具が使用されている。

というように,一通り見て回ったのち,14時から記念イベント

「ヤマザキマリ×とり・みき『プリニウス』スペシャル・トーク」

が開催されたので,そちらに移動して聴講。

ヴェスヴィオ火山の噴火の際に死んだ,海軍提督にして博物学者の大プリニウス。そして作品の取材のために訪れたポンペイ周辺の遺跡について,とり・みき,ヤマザキマリ両氏が画像や動画を交えて,1時間半に渡って熱く語っていた。

人物および猫をヤマザキマリが,緻密な背景をとり・みきが担当していたとは知らなんだ。両氏は日本とイタリアとで画像データのやり取りをしながら執筆作業を進めているとのこと。

ラスト15分は質疑応答タイム。会場からは超マニアック(ローマ通じゃないとわからない話)な質問が頻出したものの,とり・みき,ヤマザキマリ両氏はバシバシ答えていた。大したものである。

トーク・イベントが終わったのち,再び入館。今度は『赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス』などの大作をじっくりと見た。

『赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス』はその完成度の高さもさりながら,高さ218cm×幅182cm×厚さ35cm,重量500kgというサイズ・重量の面でも大作だった。エルコラーノというポンペイとともに滅びた(というか先に火砕流に見舞われて滅びた)別荘地から出土したものである。日本初上陸とのこと。

こうした2000年近くも前の偉大な文明の遺物に拝謁した後,帰路に就いたわけである。

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2016.05.04

ラファエル前派展「英国の夢」を見てきた

山口県立美術館にツマとともに出向いてラファエル前派展「英国の夢」(リバプール国立美術館所蔵作品)を見てきた。

ラファエル前派はジョン・エヴァレット・ミレイとかジョン・ウィリアム・ウォーターハウスとか19世紀後半の美術に影響を与えた画家グループ。

神話とか伝説に題材をとったロマンあふれる優雅な作品が多い。同じ頃,フランスで印象派が台頭してきたのと非常に対照的である。

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入場券のもぎりを現館長で元知事の二井さんがやっていたのには驚いた。GW中は職員の代わりに自ら出向いているのか?

全作品のトップを飾っていたのはミレイの「いにしえの夢――浅瀬を渡るイサンブラス卿」(1856~57年)である。完成前に買い手がついたといわれる渾身の作。ミレイは若干11歳でロイヤル・アカデミー美術学校への入学が許可されたという大天才。

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John Everett Millais [Public domain], via Wikimedia Commons

同じくミレイの作品では「ブラック・ブランズウィッカーズの兵士」(1860年)というナポレオン戦争末期の兵士と恋人の別れを描いた作品もあった。これも女性の服のサテン生地の表現が見事でミレイの技量のすごさがわかる。

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The Black Brunswicker, via Wikimedia Commons

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスのデカメロンもまた素晴らしいが,1916年つまり第1次大戦中の作品だというのには驚かされる。まだその時代になってもこういう優雅な絵画が書かれていたのである。ウォーターハウスは1917年に死ぬので,最晩年の作品の一つである。

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John William Waterhouse [Public domain], via Wikimedia Commons

それにしても描かれる女性陣の顎が立派。綾瀬はるか的である。

浮世絵や印象派の展示に比べると来客が少ないような気がしたが,あらかじめ神話や伝説に関する知識が要求される作品が多いというのが原因ではないかというのがツマの説である。

小生としてはウィリアム・ヘンリー・ハントの「卵のあるツグミの巣とプリムラの籠」という作品に感嘆した。ツグミの巣の描写がスーパーリアリズムで素晴らしい出来。

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2015.11.04

UBEビエンナーレを見てきた

第26回UBEビエンナーレが開催されているので,常盤公園まで出かけて見てきた。

30か国266点の応募作品から選りすぐられた力作ぞろい。

気に入った作品を写真で紹介する。



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クオ・クオ・シャン(台湾) <廻響/Echoes>

ステンレス,ガラス,LEDライトで作成。山口県立美術館賞を受賞した。水のしずくと,それらが水面に落ちるときの音をイメージしたという。




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戸田祐介(埼玉県) <水土の門―II / 天地を巡るもの>

黒御影石とステンレスで作成。宇部マテリアルズ賞を受賞。このモコモコしている煙みたいなところが良い。




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Dsc_0420s 西澤利高(神奈川県) <UNTITLED>

この大理石の質感が素晴らしい。ねじれながら貫通する一本のラインは作家の子供の背の高さに合わせて設計したという。古代の生物が化石化して埋め込まれているようで良い。山口銀行賞受賞。




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谷口顕一郎(ベルリン,北海道) <宇部市のための凹みスタディ>

鉄製の彫刻。宇部市の市街地地図を1/4000スケールで鉄板上に切り取り,蝶番をつけて折りたたんだもの。受賞は逃したが,二次元の地図を折りたたんで層状の立体を作るという発想はいいと思う。UBEビエンナーレなので宇部市の地図を使ったというのが直接的過ぎたか?

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↑作家による作品解説

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2015.04.21

アンドレ・バザン『映画とは何か』(上)を読む

アンドレ・バザンの『映画とは何か』の上巻を読んでいる。ここに収められているのは20代後半から30代後半に至る10年程度の間にバザンが書いた映画に関する論考15編である。

バザンは1918年生まれで1958年には亡くなっている。バザンが活躍している時代はそれほど長くないから,ここに収められている論考は,バザンの全生涯の仕事の最も重要な部分が全て押さえられているものと考えてよいだろう。

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フランスの思想家の著作を読むときと同様に,気取っておりペダンチックで思わせぶりな文章に,読者は面喰うかも知れない。しかし多少の集中力さえあれば,映画に対する認識を一変させるような,バザンの主張に触れることができる。

例えば,上巻の巻頭を飾る「写真映像の存在論」

絵画や彫刻などの造形芸術の起源は,全てを風化させ消滅させてしまう時の流れへの抵抗,つまり美学的というよりも心理学的な動機にあるものとバザンは見ている。肖像画などは今,この瞬間を永続的に保存しようという営為だというわけだ。従って,造形芸術の歴史というのは(美学的側面もあるものの)第一にリアリズムの歴史であるという。

写真や映画の登場は造形芸術の歴史を一変させる大事件だったという。絵画や彫刻よりも非主観的かつ正確に現実を写し取る写真や映画は,絵画や彫刻をリアリズムから解放した。

「私たちは写真を造形芸術におけるもっとも重大な出来事とみなすことができる。それは解放であると同時に成就であり,写真のおかげで西欧絵画はリアリズムへの執着をきっぱりと捨て去って,美学的自立性を取り戻すことができた」(『映画とは何か』(上),20ページ)

先ほど,本書の文章を「気取っておりペダンチックで思わせぶりな文章」と述べたが,それは例えば第4章「沈黙の世界」の冒頭のこんな文章に代表される:

「『沈黙の世界』〔ジャック=イヴ・クストールイ・マル監督,1956年〕を批評するのは,なるほど馬鹿馬鹿しさを免れないことだろう。この作品の美しさは,要するに自然の持つ美しさなのであって,この作品を批評することは神を批評するに等しいからだ」(『映画とは何か』(上),55ページ)

「この作品を批評することは神を批評するに等しい」とか言いながら,このあと批評が行われるのが,なんともおかしみを感じる。だが,海洋ドキュメンタリー映画である『沈黙の世界』の魅力が「重力からの解放」にあるという指摘は鋭いなと思わせる。

「それは三次元の世界,しかも空気に包まれた世界以上に落ち着いた,均質な世界であり,私たちを包み込んで重力から解放してくれる。私たちを地上に縛りつける鎖からの解放は,結局のところ鳥によってと同様,魚によっても象徴されうるものなのだ。」

「私たちの想像力を超えた科学の力のおかげで,人間は自らのうちに魚と同じ能力が秘められていたことを知り,空を飛ぶという古くからの神話を水中で現実のものとした。その神話は,騒々しい音をたてる金属の塊である飛行機よりも,アクアラングを着用したダイバーによってはるかに満足のいくかたちで実現された」(『映画とは何か』(上),56~57ページ)

各論考とも,読み進めていくうちにバザンの言う通りのような気がしてくる。バザンの文章力(訳者の力量も含めて)たるや,恐るべきものである。

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