2023.05.08

『カフェから時代は創られる』

昨年10月に広島PARCOで開催された「BOOK PARK CLUB(ブックパーククラブ)」で購入したのがこの一冊:飯田美樹『カフェから時代は創られる』である。

積読(つんどく)状態が続いていたが,このGWに読み始めた。面白い。

時代を作る人たちのことを天才と呼ぶ。天才は生まれながらにして天才ではなく,カフェの中で天才になるのだ…というのが大まかな趣旨。

端的に言えばこういうことだ:

例えば一流の画家になろうとする。それを強く思うのが第一歩。

だが,思っているだけではダメで行動に移さなくてはならない。

しかし,行動に移すと周囲の人々の無理解に直面し,挫けそうになる。

そんなとき,同じ思いを持つ仲間たちと議論し切磋琢磨できる場所に行くことができれば,才能を伸ばし,何かを実現できるかもしれない。

あわよくば,その場所に,すでに一流の画家となった先輩がいればベスト。

その先輩をロールモデルとし,言動・履歴をトレースすれば,成功の確率が上昇する。

パリにおけるそんな場所こそがカフェである。

藤田もボーヴォワールもピカソもカフェで育った。

パリの(モンパルナスやモンマルトルの)カフェに当たる場所は日本にあるだろうか?

幕末維新で言えば,松下村塾や適塾か? 漫画の世界で言えばトキワ荘か?

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2022.05.30

段田安則主演「セールスマンの死」を観てきた

有名な戯曲であることは知っていたものの,その舞台公演を見たことは無かった。

段田安則主演『セールスマンの死』(アーサー・ミラー作)を観てきた。

家族と仕事に恵まれていた筈のセールスマン,ウイリー・ローマンの生涯は虚栄だったのか?

妻との会話の中で明らかになる経済的困窮,息子との対立,上司の冷たい扱い,亡き兄の言葉。

現実と頭の中の情景を視覚的に上手く演出した舞台。段田安則の演技は流石で言うことなし。

妻リンダを演じる鈴木保奈美もこんなに上手かったっけ?

息子のビフとハッピー(ハロルド)を演じる福士誠治と林遣都もさすが。

舞台中央に鎮座する冷蔵庫の役割とは!?

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2021.12.27

Murat Palta氏:オスマントルコ伝統の細密画でセーラームーンを描いた人

オスマン帝国伝統の「細密画」でセーラームーンを描いたら トルコで評判の気鋭アーティストは日本通」(全国新聞ネット,2021年12月26日)

という記事が面白かったので,ご本人のサイトを見学した:

Murat Palta

欧米や日本のPopカルチャーがオスマン風にアレンジされていて,確かに面白い。

さすが西洋と東洋の交差点,トルコ。

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2021.12.14

濱田庄司記念益子参考館に行ってきた

先日から民藝づいている。

今回は陶芸の町として知られる栃木県芳賀郡益子町の「濱田庄司記念益子参考館」を訪問。

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人間国宝ともなった陶芸家・濱田庄司は,柳宗悦,河井寛次郎,バーナード・リーチらとともに民藝運動の中心人物であった。

民芸品の収集家としても知られ,「自分が負けた」(つまり素晴らしい価値がある)と感じた世界各地の民芸品を収集し,創作活動の糧とした。

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この「参考館」を構成する建築物群もまた濱田庄司の収集物である。収蔵品とともに鑑賞するべきものである。

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↑2号館,3号館は大谷石で作られた蔵。もとは肥料庫であった。

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↑その内部で濱田庄司の収集物が展示されている。

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↑参考館に関する説明。

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↑収集物の一つ,イヌイットの彫刻,フクロウ。

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↑収集物とともに展示されている濱田庄司作品,琉球窯赤絵花瓶。

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↑4号館(上ん台)。これは濱田庄司最大の収集物である。旧名主の家屋を移設したもの。

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↑4号館内部。

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↑囲炉裏とその周りの収集物。

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↑山形の民芸品,羽広鉄瓶。

広大な敷地に,素晴らしい建物とコレクションが揃っているのに,あまり観光客がいなくてもったいない感じがする。

いま,東京国立近代美術館で「民藝の100年」展が開催されているわけだが,そこのコレクションに負けないぐらいの展示物が揃っている。

読者各位も機会があれば,濱田庄司という人の眼を通して選ばれた,クオリティの高い品々を直接ご覧いただきたいと思う。

 

 

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2021.11.30

「民藝の100年」を見てきた

休暇をとって,久々に東京に行った。そして東京国立近代美術館で開催中の「民藝の100年」を見てきた。

歳をとったせいか,こういう普段使いの中から生まれた工芸品に魅かれるようになってきた。

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柳宗悦,濱田庄司,河井寛次郎,芹沢銈介といった人々は西洋文化の素養を身につけながらも,むしろ日本の日常生活の中に美を見出し,あらたなムーブメントを巻き起こした。それが民藝運動である。

この運動には陶芸家・バーナード・リーチや鳥取の耳鼻科医・吉田璋也といった人々も加わり,全国に根を下ろした。

なによりもすごいと思うのは息の長さ。グッドデザイン賞や無印良品など,現在まで脈々とその思想が受け継がれていることだ。「100年」とはそれを指している。

この展覧会では唯一,写真を撮影して良い場所がある。柳宗悦の書斎を再現したコーナーである。

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こういう椅子に座って,日本各地から集めた工芸品を鑑賞し,文章を書く。

そんな真似をしてみたい,と思うわけだが,柳宗悦はこの書斎でじっとしていたわけではなく,仲間を引き連れて全国を回り,これはと思う工芸品を発見したり,新作の工芸品を企画・制作したりしていて,席を温める暇はなかったわけである。

総点数400点超,へとへとになるまで民芸品にどっぷりつかることになる。

見終わった後は渋い皿とか花瓶とか欲しくなる病にかかるので要注意。

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2021.07.29

江戸の粋と東京のモダンを繋ぐ「小村雪岱スタイル」

山口県立美術館で「小村雪岱スタイル」を観てきた。

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大正から昭和初期にかけて挿絵,装丁,デザイン,舞台美術の分野で活躍した小村雪岱の作品群を中心に,雪岱に影響を与えた鈴木春信の浮世絵,そして雪岱にインスパイアされた現代工芸家の作品を一堂に集めた素晴らしい展覧会である。

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展覧会のカタログも粋で美しい仕上がり。

表紙は雪岱の代表作ともいえる「青柳」を背景に,痩せた書体で展覧会タイトルが箔押し加工されている。

裏表紙はもう一つの代表作ともいえる小説「おせん」の挿絵「雨」。

 

「青柳」をはじめとする「留守模様」の絵や,「おせん」「お傳地獄」の挿絵はもちろん素晴らしかった。

それらに加え,空間の切り取り方が秀逸な絹本墨画の「こぼれ松葉」や,虫の音が聞こえてきそうな木版画の「こおろぎ」もまた儚げな情感を漂わせていてとても良かった。

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2021.04.30

this is not a samurai|野口哲也展を観てきた件

山口県立美術館で野口哲也展をやっているのでツマとともに観てきた。

鎧を身に着けてはいるが,行動は極めて現代的。そんな人々の姿を緻密な彫刻や絵画で表現している。

約180点が展示されていて圧巻。一人でこんなに作り上げるとはすごい。

唯一,写真撮影OKだった作品,"Clumsy heart" (2018)を下に示す。

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とても彫刻には見えない精密な人体。そして細部まで作りこまれた甲冑。

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壁にハートマークを描く姿はまるでバンクシーのパロディーのようである。

どの時代に生き,何を着ていても人間の本質は変わらない。そのことを示すべく,作者は人間たちに甲冑を纏わせた。

人間の本質の一つ,それは哀愁だろう。鎧兜を纏う小さな人々を観ながらそう思った。

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2021.04.22

中原中也記念館テーマ展示「君に会ひたい。――中原中也の友情」を見てきた

山口県は様々な文学者を輩出してきているが,老生がとくに注目するのが種田山頭火と中原中也だ。

中原中也については,山口市湯田温泉に「中原中也記念館」という文学館があって,この詩人に関する資料をまとめて見ることができる。

今年度のテーマ展示「君に会ひたい。――中原中也の友情」では,出版物や原稿や手紙や写真といった展示品を通じて中也と様々な友人たちとの関係が紹介されている。

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この展示では,中也の友人として,小林秀雄,河上徹太郎,大岡昇平,関口隆克,高森文夫,正岡忠三郎,竹田鎌二郎,安原喜弘,野田真吉,小出直三郎,古谷綱武,中村光夫といった人々が紹介されている。錚々たるもんだね。

中原中也というと大昔(つまり戦前)の詩人,大岡昇平というとちょっと前(と言っても30年以上前に亡くなっているのだが)の作家,というように別々の時代の人々のように感じるのだが,実は同時代人。

といってもこの感覚,いわば戦前・戦後の区別の感覚は昭和生まれの老生ならではのものであって,平成以降に生まれた諸兄にとっては中也も大岡昇平も大昔の人々,夏目漱石よりは新しいというぐらいの印象だろうなと思う。

大岡昇平にとって中也は2つ年上のめんどくさい先輩だったようだ。だが,大岡昇平は後に(1974年に)角川書店から『中原中也』という評伝を上梓している(その一部が講談社学芸文庫に収められている)。

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2020.08.12

「奇才 江戸絵画の冒険者たち」を見てきた

山口県立美術館で開催中の「奇才 江戸絵画の冒険者たち」を見てきた。

コロナ禍のもとでの開催なので,観覧には予約が必要。

だが,人数制限があるおかげでゆっくりと鑑賞できた。

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北斎やら若冲やら有名どころだけでなく諸国の奇才も集まって総勢35名の大展示会。

北斎の波しぶきや若冲の草木虫魚に対する観察眼に圧倒されたり,長澤蘆雪の牛の描き方に驚嘆したり,鳥羽絵の名手・耳鳥斎(にちょうさい)のユーモラスな地獄図絵に笑ったり,いろいろと見どころがありすぎて整理がつかないぐらい贅沢な展示である。

蠣崎波響の描いたアイヌ酋長の肖像画があんなに小さいとは思わなかった。

およそ7年ぶりに観た狩野一信の五百羅漢図には再会の喜びを感じた(参照)。

同じ五百羅漢図でも,経文の字によって釈尊や羅漢たちを描くという加藤信清の超絶技巧には鬼気迫るものを感じた。

なによりも今回楽しみにしていたのは土佐の絵金。はじめてお目にかかる。

「花衣いろは縁起 鷲の段」と「播州皿屋敷 鉄山下屋敷」の2作品を見たが,おどろおどろしくも躍動感に溢れた作品で何度も見返した。帰りにミュージアムショップで「花衣いろは縁起 鷲の段」のうちわを購入したぐらいである:

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↑絵金の屏風絵のうちわ。

特筆すべきは今回,全国初デビューとなった山口の雲谷派の絵師,神田等謙(こうだ・とうけん)の「西湖・金山寺図屏風」だろう。生没年不詳の画家の作品。本展を監修した安村敏信氏(北斎館館長)の言葉を引いてみよう:

「本展は山口会場も巡回するので雲谷派の絵師の中にはきっと一人くらい奇才にふさわしい人がいるはずだということで探してもらい,見つけたのが神田等謙の『西湖・金山寺図屏風』(No.229)だ。初めて見た私は,神経質な震えをもつ水平な波と柱状節理の垂直の山々の対比に目を奪われた。」(「奇才 江戸絵画の冒険者たち」(2020年)公式図録15頁)

等謙が描く水面には細かなビブラートがあり,一種異様だ。それのみならず,定規を使ってサインペンで書いたような明確な輪郭線を持つ楼閣もまた見るものに強烈な印象を与える。

山口にこういう画家がいたとは。

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生没年不詳ということだが,何か手掛かりはないかと,等謙について調べてみたところ,長門市の広報誌にこんな記事を見つけた:

長門市郷土文化研究会「ながと歴史散歩 第99回 神田雪汀(かんだ・せってい)」(「広報 No.802 ながと」1995年10月15日号)

この記事では長門ゆかりの画家・神田雪汀(本名:加賀志,1837年~1885年)の生涯を紹介しているのだが,雪汀が神田等謙の養子に迎えられたということが記されている。

ということは,等謙は江戸末期の人物だということになる。雪汀が何か書き残していれば,等謙のことがわかりそうである。

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2020.06.01

ハマスホイ見てきた|今世紀ラストチャンス?

コロナ禍のせいでなかなか見られなかった「ハマスホイとデンマーク絵画」展。ようやく見ることができた。

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日本で見られるのは今世紀最後?と勝手に思いながら(2008年にも開催され,喝さいを浴びたというが),気合を入れて山口県立美術館に出陣。

先日の記事で書いたように,図録はすでに入手しているので一応予習はできている。

緊急事態宣言解除とはいえ,厳戒態勢。人数制限,時間制限がある。

県境をまたいだ移動が許されない今,山口県民のみが鑑賞できるという贅沢。

整理券をもらい,サーモグラフィでのチェックを経,ソーシャルディスタンスを保ちながら入館を待つ。

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入館後は,デンマーク絵画の黄金期(19世紀前半),スケーイン派,国際化と室内画の興隆,というようにデンマーク絵画の歴史をたどりながら,おまちかねのヴィルヘルム・ハマスホイの作品群に到達する。

スケーイン派のことだが,シュレスヴィヒ・ホルシュタイン戦争はデンマークのナショナリズムを高め,漁師町スケーインにおけるデンマークの田舎の生活の発見に至る。ミケール・アンガ『ボートを漕ぎ出す漁師たち』,オスカル・ビュルク『遭難信号』はレーピンの歴史画を見るような緊張感のある作品だった。ちなみにスケーインの綴りは"skagen"で,あのデンマークの腕時計,スカーゲンとはこのことか?スケーインの風景って日本海側の漁村を思わせ,非常に親しみが湧く。

国際化と室内画の興隆の時代に至ると,ユーリウス・ポウルスンとかヴィゴ・ヨハンスンとかピーダ・イルステズとかカール・ホルスーウとかデンマーク絵画の歴史とハマスホイの作品群とをつなぐ作家たちが綺羅星のように登場する。

とくにピーダ・イルステズとカール・ホルスーウはハマスホイと親交を結んでいて相互の影響が感じられる。

ちなみに老生はユーリウス・ポウルスンの『夕暮れ』に感銘を受けていて,ハマスホイ『若いブナの森,フレズレクスヴェアク』(下の絵葉書,右上)と同じ美意識を感じる。

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おまちかねのハマスホイ。ハマスホイはもともとは風景画で高い評価を受けていたという。後々,「北欧のフェルメール」とも称され,室内画が高く評価されるわけだが,北欧らしい空の色,光,空気感に満ちた風景画もおさおさ劣るものではない。というわけで,風景画のポストカードばかり購入した。

ハマスホイ作品では本展の目玉ともいえる『背を向けた女性のいる室内』や『室内』が有名だが,全く人のいない室内画もなかなかのもの。ハマスホイの描く部屋には生活の記憶が降り積もっていて,無人にして無人ではないという不思議な感覚がある。

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