2018.12.11

そういえば,「やつめさす」

朝日新聞の文化・文芸欄に詩人・野村喜和夫による追悼文「入沢康夫さんを悼む」が出ていた。

そうそう。入沢康夫氏は10月15日に亡くなったのだった。

有名なのは長詩『わが出雲・わが鎮魂』。こういう出だしだ:

やつめさす
出雲
よせあつめ 縫い合わされた国
出雲
つくられた神がたり
出雲
借りものの まがいものの
出雲よ
さみしなにあわれ

この詩の「よせあつめ 縫い合わされた国」というくだり,松前健『日本の神々』の一節を思い出させる。今から7年余り前に「松前健『日本の神々』(中公新書)を読む」という記事で引用したが,もう一度引用しよう:

イザナギ・イザナミの国生み神話は,もともと淡路島付近の海人の風土的な創造神話,天の窟戸神話は,もと伊勢地方の海人らの太陽神話,スサノヲの八岐大蛇神話は,出雲の風土伝承,天孫降臨は宮廷の大嘗祭の縁起譚,というように,記紀の各説話はめいめい異なった出自・原素材を持っている。それらの原素材は,それだけで完結していて,互いに無関係であったに違いない。ところが,ある一時代にこれらの説話を操作し,これらを人為的に一定の構想をもって,結びつけ,大和朝廷の政治的権威の淵源・由来を語る国家神話の形とした少数の手が感じられるというのである。(松前健『日本の神々』189~190ページ)


古事記に記された数々の神話はもともと独立したものであったのが意図的に寄せ集め縫い合わされたものである――という説はもはや定説に近い。

朝日新聞の文化・文芸欄には入沢康夫氏の「未確認飛行物体」という詩が引用されているが,これがまた良い作品である。「薬缶だって/空を飛ばないとはかぎらない」。薬缶が夜毎に家を抜け出して町々の上を飛んでいくという光景は,シュールでユーモラスだが,同時にいろいろなことを想像させて面白い。詩の力。

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2018.09.03

グルーポ・ヂ・フーアのダンス,「イノア」を観てきた

この日曜日,ツマとYCAMに出かけた。

ブラジルのダンスカンパニー「グルーポ・ヂ・フーア」のダンス,「イノア」を見るためである。

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ダンサーたちが,ぶつかる寸前の距離感を保ちながら舞い踊るという緊迫感に満ちたダンスで,素晴らしいとしか言いようがない公演だった。

さて,老生がダンスを観た後で困るのが,それを語るための語彙の少なさである。

今,手元にあるアランの『芸術の体系』(光文社古典新訳文庫)の第二章「ダンスと装飾」を開いているところだが,全然ダメ。うまい言葉が見つからない。

仕方がないので拙い言葉で語るしかない。

舞台には合計10名のダンサーが登場した。ストリートダンスをベースにしたダンスを見せる。痙攣をしているかのような手の動き,驚異的な跳躍,ほとんど重力を感じさせない着地,いずれにしても筋肉と関節の精妙なコントロールには感嘆せざるを得ない。

ダンサーたちが舞い踊る舞台装置も素晴らしい。舞台の上方,三方に横長のスクリーンが配置されているのだが,これらはいわば,舞台の外界を垣間見せる高窓である。これらのスクリーンに映し出される空や遠くの山,近くの電線は,明け方,昼,夕方,夜,そして明け方,と表情を変化させ,舞台上の時間の経過を示している。

ダンサーたちは,ある時は二人ずつ,また別の時は10人全員で舞い踊る。二人で舞うときはまるでカポエイラを観ているかのような緊迫感を感じさせる。群舞の時には全体として複雑なポリフォニーを成し,10人どころではなく,20人あるいは30人ものダンサーが舞っているような錯覚を引き起こす。

こういう驚異的な身体芸術が成立するのは,超絶的なダンス・テクニックとそれを可能にする強靭な肉体があってのもの。

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2018.08.27

映画を音楽としてとらえる

坂本龍一キョージュはタルコフスキーを音楽家として見ており,タルコフスキーの架空の映画のサウンドトラックを作った。それが,"Async"である。

樋口泰人氏は映画の上映をライブとして見ており,上映会場の音響設備の特性に合わせて調整を行い,上映を開始する。それが爆音上映である。

映画を音楽としてとらえる,映画を聴く,という共通点。

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ラーフル・ジャイン監督『人間機械』を爆音で観てきた

YCAM爆音映画祭2018最終日。

昨日から,しりとりのように映画を連ねて観ている。

『犬ヶ島』→黒澤明→『乱』→時代劇超大作→『バーフバリ』

さて,『バーフバリ』から一夜明けた日曜の朝は,インドつながりでラーフル・ジャイン監督『人間機械』を観てきたわけである。

インド・グジャラート州の繊維工場の作業風景をひたすら撮ったドキュメンタリー映画である。

嘘か本当か,樋口泰人氏がこの映画をラインナップに加えた理由は,『人間機械』というタイトルからクラフトワークの"The Man Machine (Die Mensch-Maschine)"を連想したからであるという。ところが,映画『人間機械』の原題は単に"Machines"だったという。配給会社の担当者に謀られたということだった。だから――テクノ音楽の映画だと思ってみてください,というのが樋口氏の上映前の弁。

上映が始まるや否や,繊維工場の轟音を全身で受け止めることになる。リズミカルな轟音とともに舐めるようにカメラが移動し,過酷な職場が美しく見えてくる。「人と機械の関係をめぐる美しくも悲しい映像エッセイ」(De Volkskrant)というオランダ紙のコメントの通りだ。

この映画,工場に100本ものマイクを仕掛けて録音したという。100トラックもの音の編集なんてぞっとする,と樋口氏は言っていた。執拗な精神を持っていなくては,この映画を完成させることはできなかっただろう。これがデビュー作だというから全く恐れ入る。


◆   ◆   ◆


本作の余韻冷めやらぬまま,会場を後にしたところ,ロビーにてご休憩中の樋口泰人氏を見かけた。迷惑を顧みず,手元にあった氏の著書『映画は爆音でささやく 99-09』の見返しにサインをお願いした。

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"Let's Rock Again!"

良い言葉をいただき感謝。


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2018.08.26

山口の夏,爆音の夏(2018)

今年もYCAMで開催中の爆音映画祭に行ってきた。

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一昨年(2016年)は「マッドマックス・怒りのデスロード」,「インターステラー」,「プリンス/サイン・オブ・ザ・タイムズ」を,去年は(2017年)は「地獄の黙示録」,「野火」,「シン・ゴジラ」を観たわけだが,今年はというと・・・

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  • ウェス・アンダーソン監督『犬ヶ島』(2018年)
  • 黒澤明監督『乱 4Kデジタル修復版』(1985年)
  • S.S.ラージャウマリ『バーフバリ 王の凱旋』(2017年)

の3つを同じ日に立て続けに見たわけである。

この並びには明らかな意図がある。

ウェス・アンダーソン監督『犬ヶ島』は黒澤明からの影響が強烈に感じられる作品。神主は『乱』の仲代達矢(一文字秀虎),小林市長は『天国と地獄』の三船敏郎(権藤金吾)がモデルだろうと思われるし,犬たちと少年が移動するときには『七人の侍』のテーマ曲が流れる。

そして『犬ヶ島』の後に続くのが,黒澤明『乱』である。仲代達矢の怪演,武満徹の音楽が爆音で大迫力で迫る。『乱』の観客にはご年配の方が多かったのだが,「面白かったねー」と好評。若い人向けっぽい爆音だが,時代劇を上映すれば,むしろシニアのファンが増えるかも。落ちてきた聴力にもちょうどいいかも。

『乱』のあとは『バーフバリ』二部作。時代劇超大作,宿命に翻弄される主人公たち,そして映画音楽,という3つの要素で『乱』と『バーフバリ』は共通する。

『バーブバリ 王の凱旋』を見ると,インドの映画技術がここまで来たか,と感心。とくにCGは高水準に達している。日本ではもうここまでのものは作れないかも。

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『乱』と『バーフバリ』のポスターが並ぶとなんか凄い。バーブバリとデーヴァセーナが一文字秀虎を射ているように見える。

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2018.06.28

細川元首相,漢籍4175冊を中国に寄贈

日本ではあまり大きなニュースになっていないが,細川護熙元首相が理事長を務める永青文庫から中国国家図書館に36部4175冊の漢籍が寄贈されたとのこと:

日本の永青文庫が中国国家図書館に漢籍4175冊を寄贈 北京で式典」(人民網,2018年6月27日)

人民網日文版の記事はあっさりしているが,澎湃新聞(中国語)ではもう少し詳しく報じられている:

日本前首相向中国捐赠4175册汉籍,含失传千年唐代典籍」(澎湃新聞,2018年6月26日)

この記事で大事なポイントは,寄贈された中に,中国では唐代末期に亡失していた群書治要が含まれているということである。

もちろん,唐代のものではなく,天明7(1787)年の刻本である。『群書治要』に関しては,過去(清朝嘉慶年間や1990年代)にも写本が中国に渡ったことがあり,今回が初めてではない。

唐末に失われた『群書治要』がなぜ日本にあるのかというと,遣唐使が写して持って帰り,日本の公家・武家の間で伝わっていったからである。

中国本土で戦乱の中で失われた漢籍が日本に存在するということはよくあることで,東海姫氏国たる我が国の面目躍如といったところである。

『群書治要』は春秋戦国から晋代に至る典籍から治世の知恵を抜き書きしたもの,つまり帝王学の参考書である。

先ほど「過去(1990年代)にも写本が中国に・・・」と書いたが,これが重要なところである。1990年代に寄贈された『群書治要』は中国共産党の大物,習仲勲のもとに渡り,この書についての研究が行われることとなった。

その習仲勲の息子が,現国家主席の習近平である。

『群書治要』と習近平の浅からぬ縁については中国通の安田峰俊がこういう記事を書いている:

中国の支配者・習近平が引用する奇妙な古典 ――「紅い皇帝」のダヴィンチ・コード――」(by 安田峰俊,ジセダイ総研,2015年04月23日)

澎湃新聞の記事によれば,中国国家図書館では今回の寄贈を記念して「書巻為媒 友誼長青――日本永青文庫捐贈漢籍入蔵中国国家図書館展」が開かれるとのこと。

今回の漢籍寄贈が日中関係に与える影響は割と大きい。

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2018.05.06

"ZeroPi" the Violin Synth Pop

Zeropi

I found this duo, when I surfed on the YouTube to see video clips relate to "Bladerunner" ending theme.

「ブレードランナー」のエンディングテーマ(ヴァンゲリス)の演奏をユーチューブでいろいろと鑑賞していたところ,こういうデュオがいることを知った。

シンセサイザーとヴァイオリンによる演奏。

サラ・レオ (Sarah Leo)がバイオリンを担当,マルコ・ネグロ (Marco Negro)がキーボードとプログラミングを担当している。

"Duality Paradox"といったオリジナル曲のほか,80年代の音楽のカバーをよくやっている。


↑"Duality Paradox"

チャンネルはここ:ZeroPi

老生としては,A-ha "Take on me"のカバーであり,映像的にはパロディーとなっているこれが好み:

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2018.03.26

「デンマーク・デザイン展 ヒュゲのかたち」に行ってきた

つい先日,山口県立美術館まで出かけて「デンマーク・デザイン展 ヒュゲのかたち」を観てきた。

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「ヒュゲ」とは心地の良さを意味するデンマーク語。

日本でも根強い人気を持つ北欧デザインの数々が勢ぞろい。

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初期のロイヤルコペンハーゲンのコレクション,アーネ・ヤコブスンのエッグチェア,ヘニングスンのペンダントライトなど近現代の有名な作品群を直接見ることができた。

いや,見るどころか,ハンス・ヴィーイナの椅子の座り心地を試すことができた。

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ひじ掛けと背もたれを一体化するという素晴らしいアイディア。

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↑ケネディ大統領も座ったという名作ラウンドチェア<ザ・チェア>

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↑ツマがお気に入りの<パパベア・チェア>

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↑小生がお気にいりの<サークル・チェア>。一度座ると二度と立ち上がりたくなくなるような,強烈な安らぎを味わうことができる。これぞ「ヒュゲ」。

これらの椅子を取りそろえることができるほどの財力が欲しい。

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2018.02.25

YCAMで演劇鑑賞:マームとジプシー『みえるわ』

この日曜日,ツマとYCAMに出かけ,マームとジプシーによる演劇『みえるわ』を観てきた。

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川上未映子の詩をもとにした一人芝居。演出は藤田貴大,演ずるは青柳いづみ(参考)。

1月末から全国11会場を回っているらしいが,YCAMでは川上未映子の

「先端で,さすわ さされるわ そらええわ」
「治療,家の名はコスモス」
「水瓶」

の3つが演じられた。

アンティーク調の家具で飾られた若い女性の部屋らしき空間で,青柳がヒグチユウコらがデザインした衣装をまとい,川上未映子の詩を諳んじていく。そのうちに徐々に憑依され,エキセントリックさを増していくかのような感じが良かった。

詩の表現と青柳の声質・語り口が見事に調和している。

それにしてもあんな長い詩,よく覚えられたものだ。

ちなみに,3月2日からのYCAM爆音映画祭2018特別編の準備のために訪れていたらしいboid主宰・樋口泰人氏も会場にいた。山口でもこのYCAMの存在する一角だけ東京某所のようになっている。

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2017.10.30

山口県立美術館で「西大寺展」を観てきた

山口県立美術館で「西大寺展」を観てきた。

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既に東京と大阪で展示が行われ,山口県立美術館で行われているのが,今年最後の展示である。

東京と大阪では,あの美しい「吉祥天立像」(京都・浄瑠璃寺)が展示されていたのに,山口では見られず残念。

とはいえ,西大寺の秘宝の数々には息をのむばかりだった。

奈良後期に作られた「阿閦如来坐像」「宝生如来坐像」の二体は見事なものだったし,西大寺中興の祖,叡尊(えいそん)を模した国宝「興正菩薩坐像」(奈良・西大寺)は鎌倉時代の写実主義のレベルの高さを感じさせた。

西大寺の所蔵品ではないが,本展で併せて展示された如意輪観音坐像(元興寺)もまた素晴らしい仏像で,かたじけなさに涙こぼれかねない。

仏像のほかにも,金銅宝塔(鎌倉時代),金銅透彫舎利塔(これも鎌倉時代)等の国宝も見ることができた。精密な造りで,鎌倉時代の金属加工技術のレベルの高さがしのばれる。仏舎利も拝見できた。


◆   ◆   ◆


西大寺は孝謙上皇(称徳天皇)により平城京の中に造営されたものである。やがて,都が平安京へと遷ったことにより,宮廷や貴族の支援を受けられなくなった西大寺は衰退。

その後,鎌倉時代に叡尊が登場し,西大寺を再建。西大寺は真言律宗の中心地として栄えることとなった。叡尊は西大寺以外にも般若寺,法華寺,百毫寺ほか様々な寺を再建し,傘下に組み込んでいく。旅館再建請負人「星野リゾート」のようである。"EISON HOLDINGS"だね。飢餓救済活動も行ったし,宗教家のみならず,社会実業家としての側面も強い。

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