2017.08.14

魅惑の黒,黒の魅惑

ツマとともに萩に出かけ,山口県立萩美術館・浦上記念館で開催されている「愛のヴィクトリアン・ジュエリー」展を観てきた。山口県立萩美術館・浦上記念館は浮世絵と工芸品のコレクションで知られている。

Victorians

英国ヴィクトリア朝の王侯貴族の生活を彩った宝飾品,銀器の展示ということもあって,入場者の多くを女性が占めていた。

ダイヤ,トパーズ,真珠といった宝石を惜しげもなく使い,繊細な加工を施した宝飾品が並ぶ中で,老生の目を引き付けたのは,ジェット (jet)製の宝飾品である。ジェットというのは地中深く,高圧下で化石化した樹木である。黒玉とも言われるが,要するに,石炭の一種である。

"jet"はフランス語の"jaiet"に由来する。魔除けの効果を持つとされ,ヴィクトリア朝では,モーニングジュエリー(死者を悼むジュエリー)としての地位を確立した。宝飾品や食器が煌めく中で,黒光りするジェットは異彩を放っていた。

「愛のヴィクトリアン・ジュエリー」展を見た後は別の企画展示を見て回ったのだが,そこでも老生を引き付けたのは黒い作品群であった。


◆   ◆   ◆


萩美術館・浦上記念館の一角に茶室が設けられているのだが,ここでは「田中信行の茶室 流れる水 ふれる水」という企画展示があった。

Tanakanobuyukis

茶室の畳の上と,床の間にそれぞれ屹立する大小2つの黒光りするオブジェ。漆と麻布を用いた,乾漆という技法による作品である。オブジェは,その表面に室内外の景観を映し出す。映し出された景観は,観る者が移動するにつれて,流れるように変化する。それはまるで川の水面のようである。

ながれのきしのひともとは,
みそらのいろのみずあさぎ,
なみ,ことごとく,くちづけし,
はた,ことごとく,わすれゆく。

(ウィルヘルム・アレント「わすれなぐさ」,上田敏訳『海潮音』所収)


◆   ◆   ◆


つぎに陶芸展示を観て回った。十二代三輪休雪の作品群には村上隆に通じるポップさを感じ,興味がそそられたが,より魅かれたのは,その弟,三輪和彦による≪黒の遺構≫という作品である。

Miwakazuhikos

神殿か高層ビルの柱を思わせる24基の巨大なオブジェ群。金色に塗られたものや釉薬を塗られたものなどもあるが,真っ黒で荒々しい表面を持つ数本の巨大な四角柱は,焼け落ちた神殿を思わせる。2006年の作品なのに,数千年前の出来事を想像させる。

黒はいい。黒は。

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2017.02.27

山口県立美術館の『ポンペイの壁画展』に行って来た

山口県立美術館の『ポンペイの壁画展』に行って来たわけである。

ポンペイについてはよく知られているので,わざわざ書く必要もないかもしれないが,一応メモ的なことを述べておくと,次の通り:

  • 南イタリア,ナポリ近郊にあったローマ帝国の都市
  • 住民2万人程度(最近の研究では12000人の市民と8000人の奴隷という話)の都市として栄えていた
  • 西暦79年,ヴェスヴィオ火山の噴火により数度の火砕流に見舞われ滅亡
  • 1748年に発掘が始まった。
  • それ以降,先進的なインフラ設備,街区,装飾など,ローマの繁栄をうかがわせる遺物が次々と発掘され,近代人に衝撃を与えた。

今回の展覧会は,ナポリ国立考古学博物館とポンペイ監督局の保有するポンペイ壁画コレクションから50点を厳選し,ローマ帝国の人々の暮らしぶりを紹介するという試み。

ここで展示されている壁画は写真や複製ではなく,遺跡から剥がしたり切り出したりして持ってきた本物である。よくもまあ南イタリアから山口まで来たものである。

Sdsc_0568

まず,12時ごろに入館して一通り見て回った。およそ2000年前の壁画が色鮮やかなまま眼前にあるというのが驚異的。

火山灰はポンペイを滅ぼすと同時に,この都市の美術を長期保存するタイムカプセルの役割を果たしたのである。

ワインの産地だったことから,ディオニュソス神やこの神の女性信奉者であるマイナス(Maenad)をモチーフとする壁画がよく見られた。

ポンペイ近くの別荘地,トッレ・デル・グレコはポンペイとともにヴェスヴィオ火山の噴火によって滅んだ地である。この地で発掘された別荘の居室の壁画が展示されているのだが,素晴らしい青色を基調とした装飾画だった。エジプト青という高価な絵の具が使用されている。

というように,一通り見て回ったのち,14時から記念イベント

「ヤマザキマリ×とり・みき『プリニウス』スペシャル・トーク」

が開催されたので,そちらに移動して聴講。

ヴェスヴィオ火山の噴火の際に死んだ,海軍提督にして博物学者の大プリニウス。そして作品の取材のために訪れたポンペイ周辺の遺跡について,とり・みき,ヤマザキマリ両氏が画像や動画を交えて,1時間半に渡って熱く語っていた。

人物および猫をヤマザキマリが,緻密な背景をとり・みきが担当していたとは知らなんだ。両氏は日本とイタリアとで画像データのやり取りをしながら執筆作業を進めているとのこと。

ラスト15分は質疑応答タイム。会場からは超マニアック(ローマ通じゃないとわからない話)な質問が頻出したものの,とり・みき,ヤマザキマリ両氏はバシバシ答えていた。大したものである。

トーク・イベントが終わったのち,再び入館。今度は『赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス』などの大作をじっくりと見た。

『赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス』はその完成度の高さもさりながら,高さ218cm×幅182cm×厚さ35cm,重量500kgというサイズ・重量の面でも大作だった。エルコラーノというポンペイとともに滅びた(というか先に火砕流に見舞われて滅びた)別荘地から出土したものである。日本初上陸とのこと。

こうした2000年近くも前の偉大な文明の遺物に拝謁した後,帰路に就いたわけである。

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2016.05.04

ラファエル前派展「英国の夢」を見てきた

山口県立美術館にツマとともに出向いてラファエル前派展「英国の夢」(リバプール国立美術館所蔵作品)を見てきた。

ラファエル前派はジョン・エヴァレット・ミレイとかジョン・ウィリアム・ウォーターハウスとか19世紀後半の美術に影響を与えた画家グループ。

神話とか伝説に題材をとったロマンあふれる優雅な作品が多い。同じ頃,フランスで印象派が台頭してきたのと非常に対照的である。

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入場券のもぎりを現館長で元知事の二井さんがやっていたのには驚いた。GW中は職員の代わりに自ら出向いているのか?

全作品のトップを飾っていたのはミレイの「いにしえの夢――浅瀬を渡るイサンブラス卿」(1856~57年)である。完成前に買い手がついたといわれる渾身の作。ミレイは若干11歳でロイヤル・アカデミー美術学校への入学が許可されたという大天才。

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John Everett Millais [Public domain], via Wikimedia Commons

同じくミレイの作品では「ブラック・ブランズウィッカーズの兵士」(1860年)というナポレオン戦争末期の兵士と恋人の別れを描いた作品もあった。これも女性の服のサテン生地の表現が見事でミレイの技量のすごさがわかる。

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The Black Brunswicker, via Wikimedia Commons

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスのデカメロンもまた素晴らしいが,1916年つまり第1次大戦中の作品だというのには驚かされる。まだその時代になってもこういう優雅な絵画が書かれていたのである。ウォーターハウスは1917年に死ぬので,最晩年の作品の一つである。

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John William Waterhouse [Public domain], via Wikimedia Commons

それにしても描かれる女性陣の顎が立派。綾瀬はるか的である。

浮世絵や印象派の展示に比べると来客が少ないような気がしたが,あらかじめ神話や伝説に関する知識が要求される作品が多いというのが原因ではないかというのがツマの説である。

小生としてはウィリアム・ヘンリー・ハントの「卵のあるツグミの巣とプリムラの籠」という作品に感嘆した。ツグミの巣の描写がスーパーリアリズムで素晴らしい出来。

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2015.11.04

UBEビエンナーレを見てきた

第26回UBEビエンナーレが開催されているので,常盤公園まで出かけて見てきた。

30か国266点の応募作品から選りすぐられた力作ぞろい。

気に入った作品を写真で紹介する。



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クオ・クオ・シャン(台湾) <廻響/Echoes>

ステンレス,ガラス,LEDライトで作成。山口県立美術館賞を受賞した。水のしずくと,それらが水面に落ちるときの音をイメージしたという。




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戸田祐介(埼玉県) <水土の門―II / 天地を巡るもの>

黒御影石とステンレスで作成。宇部マテリアルズ賞を受賞。このモコモコしている煙みたいなところが良い。




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Dsc_0420s 西澤利高(神奈川県) <UNTITLED>

この大理石の質感が素晴らしい。ねじれながら貫通する一本のラインは作家の子供の背の高さに合わせて設計したという。古代の生物が化石化して埋め込まれているようで良い。山口銀行賞受賞。




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谷口顕一郎(ベルリン,北海道) <宇部市のための凹みスタディ>

鉄製の彫刻。宇部市の市街地地図を1/4000スケールで鉄板上に切り取り,蝶番をつけて折りたたんだもの。受賞は逃したが,二次元の地図を折りたたんで層状の立体を作るという発想はいいと思う。UBEビエンナーレなので宇部市の地図を使ったというのが直接的過ぎたか?

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↑作家による作品解説

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2015.04.21

アンドレ・バザン『映画とは何か』(上)を読む

アンドレ・バザンの『映画とは何か』の上巻を読んでいる。ここに収められているのは20代後半から30代後半に至る10年程度の間にバザンが書いた映画に関する論考15編である。

バザンは1918年生まれで1958年には亡くなっている。バザンが活躍している時代はそれほど長くないから,ここに収められている論考は,バザンの全生涯の仕事の最も重要な部分が全て押さえられているものと考えてよいだろう。

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フランスの思想家の著作を読むときと同様に,気取っておりペダンチックで思わせぶりな文章に,読者は面喰うかも知れない。しかし多少の集中力さえあれば,映画に対する認識を一変させるような,バザンの主張に触れることができる。

例えば,上巻の巻頭を飾る「写真映像の存在論」

絵画や彫刻などの造形芸術の起源は,全てを風化させ消滅させてしまう時の流れへの抵抗,つまり美学的というよりも心理学的な動機にあるものとバザンは見ている。肖像画などは今,この瞬間を永続的に保存しようという営為だというわけだ。従って,造形芸術の歴史というのは(美学的側面もあるものの)第一にリアリズムの歴史であるという。

写真や映画の登場は造形芸術の歴史を一変させる大事件だったという。絵画や彫刻よりも非主観的かつ正確に現実を写し取る写真や映画は,絵画や彫刻をリアリズムから解放した。

「私たちは写真を造形芸術におけるもっとも重大な出来事とみなすことができる。それは解放であると同時に成就であり,写真のおかげで西欧絵画はリアリズムへの執着をきっぱりと捨て去って,美学的自立性を取り戻すことができた」(『映画とは何か』(上),20ページ)

先ほど,本書の文章を「気取っておりペダンチックで思わせぶりな文章」と述べたが,それは例えば第4章「沈黙の世界」の冒頭のこんな文章に代表される:

「『沈黙の世界』〔ジャック=イヴ・クストールイ・マル監督,1956年〕を批評するのは,なるほど馬鹿馬鹿しさを免れないことだろう。この作品の美しさは,要するに自然の持つ美しさなのであって,この作品を批評することは神を批評するに等しいからだ」(『映画とは何か』(上),55ページ)

「この作品を批評することは神を批評するに等しい」とか言いながら,このあと批評が行われるのが,なんともおかしみを感じる。だが,海洋ドキュメンタリー映画である『沈黙の世界』の魅力が「重力からの解放」にあるという指摘は鋭いなと思わせる。

「それは三次元の世界,しかも空気に包まれた世界以上に落ち着いた,均質な世界であり,私たちを包み込んで重力から解放してくれる。私たちを地上に縛りつける鎖からの解放は,結局のところ鳥によってと同様,魚によっても象徴されうるものなのだ。」

「私たちの想像力を超えた科学の力のおかげで,人間は自らのうちに魚と同じ能力が秘められていたことを知り,空を飛ぶという古くからの神話を水中で現実のものとした。その神話は,騒々しい音をたてる金属の塊である飛行機よりも,アクアラングを着用したダイバーによってはるかに満足のいくかたちで実現された」(『映画とは何か』(上),56~57ページ)

各論考とも,読み進めていくうちにバザンの言う通りのような気がしてくる。バザンの文章力(訳者の力量も含めて)たるや,恐るべきものである。

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2015.04.06

山口県立美術館特別展「超絶技巧!明治工芸の粋」を見てきた件

そろそろ会期も終わりだということであわてて山口県立美術館特別展「超絶技巧!明治工芸の粋」を見てきた。

清水三年坂美術館所蔵の村田コレクション一挙公開である。

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七宝,金工,刀装具,木彫,牙彫,自在,刺繍絵画,印籠,漆工,薩摩焼…と,信じられないくらい華麗,信じられないぐらい細密な明治の工芸品が展示されていた。

当時,輸出品として好評を博していたというが,それも納得。現在でもこのようなレベルの工芸品は作ることが難しいと思われる。

入場すると最初に代表選手とも言うべき作品を目にすることになるが,どれも素晴らしい。

  • 並河靖之 『桜蝶図平皿 (さくらちょうずひらざら)』 (七宝)
  • 濤川惣助 『藤図花瓶 (ふじずかびん)』 (七宝)
  • 正阿弥勝義 『古瓦鳩香炉 (こがはとこうろ)』 (金工)
  • 白山松哉 『渦文蒔絵香合 (うずもんまきえこうごう)』 (漆工)
  • 赤塚自得 『四季草花蒔絵提箪笥 (しきそうかまきえさげたんす)』 (漆工)
  • 錦光山 『花見図花瓶 (はなみずかびん)』 (薩摩)
  • 無銘 『伊勢海老 (いせえび)』 (金工)
  • 安藤緑山 『竹の子,梅 (たけのこ,うめ)』 (牙彫)

持って帰って虫眼鏡で鑑賞したいぐらいだが,それはできない。
やむを得ず,図録を購入して帰る次第である。

小生は海外に行った折にお土産として工芸品を買ってきたりするわけだが,やはり日本の工芸品のレベルが高すぎて比較にならない。日本は今後,再び明治期のようなハイレベルの工芸品を売ることによって外貨を稼ぐしかないんじゃないかと思った。

それにしても,山口県立美術館はここ数年,「五百羅漢図」だの「大浮世絵展」だの,大ヒットばかり飛ばしている。前々知事の二井関成さんが館長に就任して以来,絶好調。

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2014.12.22

仏画を飾る

昨日,大掃除をしていたら仏画が出てきた。

かすかな記憶によれば,遥か昔,大阪花博のブータン館で購入したもの。

有り難い感じがするので,タペストリー棒を使って壁に飾ることにした。

Tara

チベット仏教についてはあまり詳しくないが,いろいろ調べてみると,この方は「ターラー(多羅菩薩)」らしい。

Tara2

wikipediaによれば,「観音菩薩の目から発せられる聖なる光から生まれた16歳の少女の姿の菩薩」だそうだ。

額,手のひら,足の裏に目があり,通常の両眼と合わせて合計7つの目によって慈悲を発するという。

別名,多羅仏母,救度仏母。

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2014.11.16

フィリップ・ジャンティの『忘れな草』を見てきた

この日曜日(2014年11月16日),フィリップ・ジャンティの作品『忘れな草』の公演を見るために,ツマと一緒に北九州芸術劇場まで出かけてきた。

Campagnie Philippe Genty Ne m'ouble pas:

これは,ダンサーと等身大の人形とが共演する不思議な舞台である。

見ているうちに,どちらがダンサーでどちらが人形かわからなくなってくる。ダンサーが巧みに人形を操っているということもあるが,むしろ,ダンサーがうまく人形の動作を真似ているということの方が大きい。

内容は……というと,とても説明できない。様々な夢/思い出/イメージを重ね合わせた美しい舞台である。評論家はよく「フィリップ・ジャンティの魔法」というが,その通りとしか言いようがない。

この舞台を見て数時間経った現在,もし同系統の印象を与えるような作品を挙げよと問われれば,ラウル・セルヴェ『夜の蝶』(1998年)やユーリ・ノルシュテイン『話の話』(1979年)といった映像詩(アニメーション)を挙げることになるだろう。

『忘れな草』は畏まった作品ではない。ダンサーの身体能力は驚異的だが,ユーモラスな動きもあって笑いながら見ても良い作品である。ひたすら美しさと不思議さを鑑賞し続ければよい。

見たものにどうしても意味を見出して講釈しようとするのは人間の性(さが)であるとナシームは『ブラック・スワン』で述べていた。本作品は上に挙げた映像詩たちと同様に,講釈から完全に自由である。


本作は1993年に評判を呼んだ同名の舞台のリニューアル版である。フィリップ・ジャンティは2012年からノルウェーの演劇学校の学生たちと『忘れな草』を再演するプロジェクトを進めていた。途中,フィリップ・ジャンティは脳梗塞に倒れるが,復活後,演劇学校の学生たちが持っていた声の魅力や雪に覆われたノルウェーの景色に着想を得て,50パーセントを作り替えたという。

Kitakyushuperformingartscenter
↑「リバーウォーク北九州」。この6階「北九州芸術劇場」で『忘れな草』を見た。

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2014.07.11

山口県立美術館「大浮世絵展」がすごかった

2014年5月16日から山口県立美術館で「大浮世絵展」というのをやっているわけです。国際浮世絵学会創立50周年記念だそうで。

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田舎で開催されているのにもかかわらず,連日大量の来場者があり,7月8日には8万人を突破するという破竹の勢い。

下に示すのが来場者数の推移だが,徐々に加速しているのがわかる。

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これだけのコレクションを集めるのは「もうムリ」という宣伝まで流れていて,それがさらに来場者を呼び寄せているのかもしれない。土日は入館するための列が出来て,整理券が配布される程の混雑ぶりだとか,7月13日(日)が最終日だが,ものすごいことになるかもしれない。

こんなに人が集まるのは,「日本人と言いうのはやはり浮世絵が好きなんですね」ということかもしれない。自分たちのご先祖が自ら生み出した芸術だし。


かく言う小生も先日,休暇を取ってツマと一緒に平日に見に行ってきた。

展示は全体で6章に分かれていて,浮世絵数百年の歴史を時代順に眺めることができるようになっている。

  • 1章 浮世絵前夜 Part I: The Eve of Ukiyo-e
    • 国宝 婦女遊楽図屏風
    • 岩佐又兵衛など
  • 2章 浮世絵のあけぼの Part II: The Dawn of Ukiyo-e
    • 菱川師宣など
  • 3章 錦絵の誕生 Part III: Birth of the Brocade Print
    • 鈴木春信
    • 勝川春章など
  • 4章 浮世絵の黄金期 Part IV: The Golden Age of Ukiyo-e
    • 鳥居清長
    • 喜多川歌麿
    • 東洲斎写楽など
  • 5章 さらなる展開 Part V: Further Development
    • 渓斎英泉
    • 葛飾北斎
    • 歌川広重
    • 歌川国芳など
  • 6章 新たなるステージへ Part VI: Toward a New Stage
    • 月岡芳年
    • 小林清親
    • 伊藤深水
    • 川瀬巴水など

異論はあると思うが,歌麿は美人の進化の頂点のように思える。そのあとは遊び心が強くなる。遊び心が頂点に達するのは国芳あたりではないだろうか。「猫飼好五十三疋(みょうかいこうごじゅうさんびき)」とか。

こんなにまとめて浮世絵を見たのは初めてである。浮世絵から放出される莫大な情報量はとても吸収しきれない。あとで復習しようと思ってものすごく分厚い図録を買った。

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ミュージアムショップも大盛況ですごかった。

一連の浮世絵を見て思ったのは,渡辺京二『逝きし世の面影』のセリフだが,江戸というのは世界でも希な,「人間の生存をできうる限り気持のよいものにしようとする」,一回限りの文明だったのだなぁということである。

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大浮世絵展,あと2日を残すのみです。

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2014.02.10

NHKは新垣隆氏を"Schola 音楽の学校"に招け:「偽ベートーベン」こと佐村河内守のゴースト,新垣氏の人望が半端ない

偽ベートーベンとも称される佐村河内守のゴーストライターを務めた新垣隆氏についてあれこれ調べてみると,その人望が半端ないことに驚かされる。

教え子やその父母からは新垣氏への同情や信頼の気持ちを表明するツイートが寄せられている。

キャンペーン | 新垣先生に寛大な対処をお願いします。 | Change.org

というサイトまでできている。

いろいろ読んだ中でとても良い記事だと思ったのは指揮者/ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督の伊東乾氏による次の記事だ:

偽ベートーベン事件の論評は間違いだらけ あまりに気の毒な当代一流の音楽家・新垣隆氏」 (2014年2月8日,JBPress)

この記事の大事なところは,今回の事件を「売れない現代音楽家がお金目当てで曲を代作した」というような陳腐なスキャンダルとしてマスコミが取り扱おうとしていることに対して,音楽家としての立場から批判を加えているところである。

伊東乾氏の見解では,新垣氏にとって代作は金目当てではなく,「作曲課題の<実施>」に過ぎないということである。だからこそ,新垣氏は著作権放棄を宣言しているわけである。


新垣氏は2月6日の記者会見で

「指示のままに曲を書き続けた。私は共犯者です」

と述べた。これはジェームス三木の「だからおれ,汚いです」発言(1993年)や有森裕子の夫だったガブリエル・ウィルソン氏の"I was gay"発言(1991年)以来の記憶に残る潔い発言だ。

だが,この「共犯者」発言があるからと言って,新垣氏を「偽ベートーベン」――この言い方は伊東乾氏の記事に倣ったものだが――と同レベルで取り扱うことには疑問を感じる。

上述したように,生徒,保護者,そして,新垣氏をよく知る音楽家は新垣氏の音楽家および教育者としての能力を高く評価している。

マスコミは「偽ベートーベン」の追及をするだけでなく,新垣氏の周りの人々の心情を忖度して新垣氏の名誉を回復するべきではないだろうか?

で,とりあえずは「偽ベートーベン」の提灯番組を制作したマスコミ筆頭のNHKが,「クローズアップ現代」あたりで「なぜ我々は偽ベートーベンに騙されたか」というような検証番組を作るとともに,「Schola 音楽の学校」に現代音楽家である新垣氏を招聘して,その才能の片鱗を開示していただいたらどうだろうか?

まあ,記者会見や新垣氏に近い人々の証言を踏まえると,新垣氏はそんな企画には乗らないような真面目な方であるとは思うが。


【関連話題】 昨年(2013年)10月に,すでに今回の事件を予見していた,音楽家の野口剛夫氏の慧眼には頭が下がる。

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