2017.07.17

『バウドリーノ』下巻読了

この連休中に『バウドリーノ』を読み終えた。

上巻の舞台はイタリア・ドイツ・フランス,そしてせいぜいコンスタンティノープルといった範囲に限られていた。それが下巻では物語世界が一気に広がる。バウドリーノ一行はフリードリヒ1世(バルバロッサ)の遠征に従って,小アジアへ,さらに東方へと旅を続ける。

下巻で多くのページが割かれているのが,東方にあるという伝説のキリスト教国「司教プレスター・ジョンの国」(司教ヨハネの王国)に向かうバウドリーノ一行の苦難の旅についての記述である。

この旅の途上で,バウドリーノたちは奇妙奇天烈な自然の産物や住民に出会う。

触ると全身が黒く変化するブブクトル川の黒い石,全く光が射さないアブハジアの森,獅子の頭・ヤギの胴・竜の背を持つキマイラ,人の頭・獅子の体・サソリの尻尾を持つマンティコア,岩と土砂が流れるサンバティオン川,一本足のスキアポデス族,頭を持たず,胴体に顔があるプレミエス族……。なんか澁澤龍彦『高丘親王航海記』 (文春文庫)を彷彿とさせる。

上巻では神聖ローマ皇帝,教皇,イタリア諸都市の対立,ビザンツ帝国内の帝位を巡る争いといった当時の政治状況の中でバウドリーノたちが活躍するという,わりとリアルな世界が描かれていたのに対し,下巻は完全にファンタジーの世界である。バウドリーノの語る東方への旅はまるっきりほら話ではないのか? だが,それはそれとして果してバウドリーノ一行は司教ヨハネの王国に到達できたのだろうか? バウドリーノの話し相手であるニケタス・コニアテスにとっても,本書の読者にとっても司教ヨハネの王国への到達は最大の関心事なのだが,ネタバレになるのでここでは省略。

本書にはもう一つ重要な謎がある。皇帝フリードリヒの死の謎である。これは上巻から続く謎である。

一般に知られるところでは,フリードリヒは溺死したことになっている。しかし,バウドリーノによれば,フリードリヒは実際には,小アジアの領主アルドズルニの城の,誰も近づくことができない一室で死んだという。病死か,事故死か,殺人か? 殺人だとすれば誰が犯人か? 物語の終盤,バウドリーノによってこの密室殺人事件(?)の真相が解き明かされる。これもネタバレになるのでここでは省略。ただし,大どんでん返しがあるということだけは述べておく。


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上下巻で900頁近い長編だが,著者の中世に関する該博な知識が散りばめられているため,読んでいて飽きない。

小生が気に入っているのは,ヒュパティア族の美しい女性(この部族は全員女性で,名前も全員,ヒュパティアである)とバウドリーノの間の会話。ヒュパティアはグノーシス主義を奉じているのだが,その発言内容は極めて簡潔なグノーシス主義の要約になっており,かつてグノーシス主義をちょっと勉強した者(参照)としては,とても楽しく読めた。

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この3冊:1969年

松岡正剛率いる編集工学研究所が「三冊屋」という企画をずっと前からやっている。本を三冊組み合わせることで新たな読書体験,新たなストーリー,新たな世界観が生まれるというわけである。

小生も真似してやってみようと思う。最近出た本を中心として。テーマは「1969年」


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今年の3月,岩波書店からこんな本が出た:

安彦良和×斉藤光政『原点 THE ORIGIN 戦争を描く,人間を描く』(岩波書店,2017年)

安彦良和が『ガンダム』,『アリオン』,『ナムジ』,『虹色のトロツキー』,『王道の狗』等々,SF,古代史,近現代史作品で描きたかったことは何だったのか。東奥日報記者の斉藤光政によるルポルタージュと安彦良和による自叙伝の組み合わせによって,この疑問に迫るというのが本書の主題。

安彦良和の軌跡をたどっていくと,弘前大学での闘争が思想形成に重要な影響を与えていることがわかる。

斉藤光政による前書きにはこの本が誕生するきっかけが紹介されている。2014年の暮れ,安彦良和のバイオグラフィーを書きたいという斉藤の申し出に対して安彦良和はこう答えた:

「二,三年前から弘前大学時代の仲間と話していることがあります。『あの時代』を総括しておかないか,ということです……」(本書,viiiページ)

今,あの時代についてまとめておかないと,という一種の焦燥感も感じられる。


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安彦良和は弘大闘争の中心人物だったわけだが(そのあたりのことは山本直樹『レッド Red』にも描かれている),全国に吹き荒れる学園紛争の嵐の中心となっていたのが,東大闘争である。その中心人物・山本義隆が著したのが,私の1960年代』(金曜日,2015年)である。

山本義隆はこれまでに教育者・科学史家として予備校の教科書や科学史の大著を上梓してきた。しかし,1960年代の東大闘争については沈黙を守ってきた。その山本義隆が,ついに口を開いた。

「はじめに」で山本義隆はこう語る:

「回顧談のようなものを公にする気にはこれまでなかなかなれなかったのですが,1960年の安保闘争から,ベトナム反戦闘争をまたいで,1970年の安保闘争まで,そして1962年の大学管理法闘争から1968・69年の東大闘争までの,その10年間の一人の学生の歩みと経験を活字にすることは,今の時代にあって,それなりに意味があるのではないかと,自分に言い聞かせて,承知しました。こうして出来上がったのが本書です。」

この時代だからこそ語りたい,という気持ちは先の『原点 THE ORIGIN』と同じである。


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最後はこれ。大学紛争の陰で忘れられかけている,「高校紛争」をまとめた一冊:

小林哲夫『高校紛争 1969-1970』(中公新書)

著者は教育ジャーナリスト。当時は高校も燃えていた。この本もまた,今(2012年に出版された本だが)まとめておかないと,関係者,とくに当時の高校の教職員が鬼籍に入ってしまうという焦燥感に駆られて取材が行われたという背景がある。

なお,当時,高校生だった押井守や坂本龍一や村上龍らの証言もチラッと出ます。

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2017.07.12

『サルまん2.0』出た,そして読んだ

うちの本棚には『サルでも描けるまんが教室』,略して『サルまん』の21世紀愛蔵版上下巻が鎮座している。今から11年前に買ったものだ。

この21世紀愛蔵版の出版に合わせ,著者たちが新たにチャレンジし始めたのが『サルまん』の続編,『サルまん2.0』であった。ブログ「たけくまメモ」や「サルまんブログ」を通じて企画内容,漫画内漫画「デスパッチン」の設定等が公表され,読者を巻き込んでのメディアミックス展開が期待されたのだが……連載は8回で中断,幻の作品と化した。

それが今頃になって(10年経過して)単行本化したのだから読まないわけにはいかない。

今,『2.0』を読んでみると,絵柄も話の運び方(途中にいろんな小ネタが挟まれる)も『サルまん』の頃とあまり変わらない。結局,『サルまん』こそがピーク,金字塔で,以後はこれを乗り越える作品を世に送り出すことができなかったのだと思う。

作者たちもこう述懐している:

「ああ,マンガとしてやれるネタは15年前の旧『サルまん』の時点でほぼやり尽くしていたのだなあ」(竹熊健太郎談,『サルまん2.0』,89頁)
「あんたら本当に『サルまん』を超えられると思ってたのっ!?」「『サルまん』は我々の全盛期に描いた作品だよ!!」(相原コージ談,『サルまん2.0』,92頁)


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時間の経過というのは残酷なもので,『サルまん』が大昔(バブル期)の作品となっているのは当然のこと,『サルまん2.0』もまた昔の作品と化している。作者たちも年を取った。読者も年を取った。

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2017.07.02

バウドリーノもイブン・ジュバイルもアッシジの聖フランチェスコも義経も同時代人

ウンベルト・エーコ『バウドリーノ』の下巻を読んでいるところだが,今回はその内容について触れるのはお休みにして,バウドリーノがいた時代について考えてみたい。

上巻の内容でわかるように,バウドリーノは1142年生まれで,自分の半生を物語っているのは1204年のコンスタンティノープルでのこと。

登場人物である神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ1世ニケタス・コニアテスが同時代人だというのは当たり前のことだが,よくよく考えると,以前本ブログで紹介した(参照)バレンシア生まれの旅行家,イブン・ジュバイル(1145-1217)も同時代人である。バウドリーノはイブン・ジュバイルより3つ年上となる。

ちなみにイブン・ジュバイルはイスラムの英雄サラディンと十字軍勢力がエルサレムを巡って闘いを繰り広げている時代に,キリスト教徒であるジェノバ人の船で巡礼の旅に出て無事に帰ってきており,当時の人々が全て宗教戦争に関わっていたわけではないことがわかる。

ほかにどんな同時代人がいるのか調べてみたら,アッシジの聖フランチェスコ(1182-1226)も同じ時代の人だった。なお,アッシジの聖フランチェスコについてはニコス・カザンツァキの名著『アシジの貧者』があるので,読んでみて下さい。

ほかにもグルジアの黄金時代を築いた女王タマル(1160-1213)も同時代人。この人の場合,コンスタンティノープル陥落後にビザンツ帝国皇族によって建国されたトレビゾンド帝国に助力をしているわけで,本書『バウドリーノ』の内容と無関係とは言えない。


(↑タマルの娘,ルスダン女王のお話)

さて,わが国ではどうだったかというと,バウドリーノの時代は,平家が栄華を極め,そして滅亡していった時代である。清盛,義経,頼朝がバウドリーノの同時代人。

というように羅列したバウドリーノの同時代人に関する事跡を簡単にまとめた年表を下に示そう:

Baudolinotimelines

小生にとって興味のある人々の事跡をまとめてみたわけだが,実はこの時代にはこの表に出てきた人々をはるかに凌駕する人物がいる。それは・・・

世界帝国を創建した男,

チンギス・カン(1162-1227)

である。

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2017.06.30

『バウドリーノ』上巻読了

ウンベルト・エーコ『バウドリーノ』(岩波文庫)の上巻では,バウドリーノが13歳から43歳までの30年間の事跡をニケタス・コニアテスに語っている。

イタリアの農民の子だったバウドリーノは,その機智を買われて神聖ローマ皇帝フリードリヒ(バルバロッサ)の養子となり,たびたび皇帝を窮地から救い出してきた(と,ほら吹きのバウドリーノは語っている)。

バウドリーノにとって生涯をかけるべき一大事業は,フリードリヒの権威を高めるため,東方にあるという伝説のキリスト教国「司教プレスター・ジョンの国」(司教ヨハネの王国)を探し求めることである。

その情報集めのため,バウドリーノと仲間たちが東ローマ(ビザンツ)帝国の都コンスタンティノープルに潜入したところ,東ローマ帝国を揺るがす政変に出くわした。

皇帝バシレウスアンドロニコスに追い詰められた,イサキオス・アンゲロスが破れかぶれのクーデターを起こし,ついにアンドロニコスを倒したのである。バウドリーノ一行が,アンドロニコスが惨い処刑のされ方をするのを目撃したところで上巻はおしまい。

さて,バウドリーノは司教ヨハネの王国にたどり着けるのだろうか?という期待と不安を胸に下巻に移る。

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2017.06.26

ウンベルト・エーコの『バウドリーノ』は面白い

「ゴーメンガースト」三部作を読み終えて以来,分厚い本ばかり本でいるのだが,『バウドリーノ』(岩波文庫)も結構厚い。

こういうどこか遠くの世界の話を読むのが最近の小生のブームである。

バウドリーノはニケタス・コニアテスに対してこう語った:

「ほかの世界を想像するにこしたことはありません。 <中略> 私たちが生きている世界がいかに苦しいものであるかを忘れるためには。 少なくとも当時,私はそう思っていました。 ほかの世界を想像することが,結局はこの世界を変えることにつながるということにまだ気づいていなかったのです。」(上巻176頁)

これに対して,

「さしあたりは,神の意思が授けたこの世で平穏に生きようではありませんか」とニケタスは言った。(上巻176頁)

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2017.06.22

ウンベルト・エーコ『バウドリーノ』読み始め

ウンベルト・エーコ作,堤康徳訳『バウドリーノ』を読み始めた。

これは今年の4月に岩波文庫に入ったのだが,『犬と鬼』とか他の本を読むのを優先していたので,今頃読み始めることになった次第。

【あらすじ】
西暦1204年。第4回十字軍によって略奪され,破壊されるがままとなっているコンスタンティノープル市街を眼下に見下ろす一室。ビザンツ帝国の高官にして歴史家のニケタス・コニアテスを相手に,言語の天才にして稀代のほら吹き,バウドリーノが,その驚くべき半生を語りはじめる……。

小難しいお話かもしれないと思い,身構えて読み始めたが,エーコのヨーロッパ中世に関する莫大な知識とユーモア溢れる記述に魅かれて,ずいぶんとハイペースで読み進めてしまった。

語学力があり,頭脳明晰であるとともに,ほら吹きでもある主人公・バウドリーノの語り口が非常に魅力的。

バウドリーノの話の聞き手がビザンツ帝国高官で,ときおり西欧人とビザンツ人の価値観や習慣がぶつかったりするのがとても面白い。

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2017.06.06

アレックス・カー『犬と鬼』読書ノート(3)

日本のバブル崩壊はいつのことなのか?

象徴的な出来事は,1989年12月29日の大納会で日経平均株価が史上最高値38957円44銭を記録したことである。この後,年明け以降下落が始まり,二度とこの値を超えることはなかった。

バブル崩壊の引き金として知られているのは,日銀による1990年3月20日の公定歩合の引き上げ(5.25%。引き上げ幅は1.00%)と,同月27日に大蔵省から通達された「総量規制」すなわち「土地関連融資の抑制について」である。

これらを踏まえると,バブル崩壊は1990年初頭と言って良いだろう。

ちなみに,このあたりの動きをまとめたのが,昨年3月に本ブログで紹介した,軽部謙介『検証 バブル失政――エリートたちはなぜ誤ったのか』である(参照)。

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さて,アレックス・カー『犬と鬼』では「第4章 バブル―よき日々の追憶」でバブル期とその後を描いている。

先に触れた『検証 バブル失政』では,バブル発生の一因を,日米の政治家や大蔵省の凄まじい圧力のもと,日銀が金融緩和に踏み切らざるを得なくなったことに帰している。

これに対して,本書では,バブル発生の根本的な原因を,大蔵省が作り上げた,簿価会計を中心とする巧妙な「仕掛け箱」=「資金供給システム」にあるとしている。

「資金供給システム」と命名したのはカレル・ヴァン・ウォルフレンだが,アレックス・カーはこの仕掛けを次のように説明している:

「企業にとっては,資金を借りれるだけ借り,買えるだけ固定資産を買い,それを絶対に売らないのが最も得策だった。土地などの資産を担保に資金を借り,その資金を株式市場に再投資する。市場は値上がりし,企業はそれによって『含み益』を手に入れ,それを担保にまた借金をし,それでまた土地を買う。これを延々くりかえしていたわけだ」(98頁)

「含み益」は簿価会計ならではの概念で,株式や不動産の購入時価格と時価との差である。株式や不動産の価格が上昇する間は「含み益」は拡大し,企業の資産は勝手に巨大化する。それを担保にすれば,多額の借金ができる。

高い経済成長が続く間はこの「資金供給システム」は順調に稼働したが,低成長になるやこのシステムはいつ崩壊してもおかしくない状態に陥った。そして,1990年代初頭,公定歩合引き上げと総量規制という一撃(二撃?)がシステムに加わって,本当に崩壊が始まる。

いわば,『検証 バブル失政』はバブル加速とバブル崩壊の近因に焦点を当てており,これに対して『犬と鬼』の第4章はバブル経済を生み出したそもそもの根本原因=遠因に焦点を当てていると言えるだろう。


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『犬と鬼』の第4章は,バブル前後のみならず,バブル後の10年間もカバーして論じている。その論調は,バブル崩壊後も日本市場は異常なままだったというものだ:

「――ところが,日本ではそうではなかった。収益にかかわらず株はつねに上がり続けるというのが常識になっていた。その結果,株価収益率は,ほかの国では夢にも見られないレベルに達した。たいていの国では株価収益率はせいぜい15から25である。1999年7月にアメリカ株式市場が最も膨張したときでも,株価収益率はおよそ30だった。 <中略> 対照的に,日本の平均株価収益率はグラフを突き抜けて伸び続け,1989年には70,96年4月には300を超えた。10年間足踏みしていたにもかかわらず,1999年夏の株価収益率は106.5,アメリカの3倍以上という高みにあった」(94~95頁)

ここで,株価収益率についてだが,株屋の間ではPER(Price Earnings Ratio)と略される。PER=時価総額÷純利益,もしくは株価÷一株当たり利益,で定義される。

ある会社のPERが低いということは,その会社が稼ぐ利益に対して株価が割安である,と解釈される(低PER=割安)が,急成長企業などの場合は,現時点での利益に対して株価が高く,PERがとんでもなく高い数字になることがある(高PER=将来期待)。状況をよく考えながら解釈しないといけない指標である。

上で引用した文章では,日本株のPERが異常に高かったことが述べられているが,それは日本企業が生み出す利益をはるかに超えて株価が異常な高さを示していた,もしくは利益と株価が大きく乖離していた,ということを意味している。

本当にそんなに異常だったのか,そして現状ではどうなっているのか,ちょっと確認してみよう。

日本取引所グループが公開しているPERの長期データ(参照)を見てみると,このような結果となる:

Per

これは1999年1月から2017年5月までの東証一部上場企業の平均PER(連結)を示したものである。グラフが途絶えることがたびたびあるが,これはインターネット・バブル(もしくはITバブル,ドット・コム・バブル)やリーマンショックなどによって,企業が利益を生み出せなくなった時期があるためである。

1999年6月には151.8まで上昇している。その後下がったとはいえ,2004年上半期でも100程度ある。ちょっと異常な状態が続いていたと言えるだろう。

しかし,2004年後半からは大きく低下し,近年はだいたい20前後を推移している。まあ,世界標準というか正常になってきたと言えるのではないだろうか。

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2017.06.05

アレックス・カー『犬と鬼』読書ノート(2)

日本は――少なくとも20世紀の日本は――近代化に失敗した。この本の主張はこれに尽きる。

近代化とは単純な西欧化のことではない。伝統を一掃することでもない。伝統に立脚しつつ,テクノロジーをうまく活用し,移り行く状況に合わせて社会経済を改修していくことである。

日本は19世紀後半から和魂洋才の掛け声の下で西洋の技術を導入し,近代化を図ってきた。しかし,それは,マルバカイドウ(海棠)にリンゴを接ぎ木するようにはうまくいかず,木に竹を接ぐようなことになってしまった。


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先日の記事に続き,今回はアレックス・カー『犬と鬼』「第5章 情報―現実の異なる見方」を取り上げる。

『犬と鬼』の「第5章 情報―現実の異なる見方」では,日本の企業・省庁に広がる「建て前」,あるいは情報操作の問題が指摘されている。

要点はこの章の冒頭にまとめられている。次の通りだ:

「伝統的に日本では『真実』は神聖不可侵ではないし,『事実』も本当のことである必要はない」(『犬と鬼』117頁)
「文化的相違ははるか昔にさかのぼり,現実よりも,理想の形が『真実』となる。 <中略> この考え方は広範に及んでおり,日常生活にある本音と建て前のベースになっている。建て前にあからさまに反する現実に直面しても,何とかして建て前を守ろうとする。和を保つには,本音を隠し続けることが重要だと考えるからだ」(『犬と鬼』118頁)
「建て前は和魂の名残で, <中略> 現代のシステムに混用してしまうと,思わぬ事故を引き起こす。客が茶室で粗相をした時は見ないふりをしたほうが良いという意味ならば,建て前は好ましい態度だ。だが,これを企業のバランスシートや原発の安全報告にまで適用すると,危険で予測のつかない結果をもたらす」(『犬と鬼』118-119頁)

このように述べたのち,カーはいくつもの具体例を示していく。例えば,金融界の帳簿操作「とばし」,省庁による情報の隠蔽「知らぬ存ぜぬ」,TV・新聞の「やらせ」,動燃の「プルト君」。

日本の官界・産業界には,調和を乱さぬように情報が操作されているという根本的な問題が存在しているというわけである。

このことは本書の著述にも悪影響を及ぼしている:

「要するに,どこを見ても情報はあてにできない。私も内心恐怖に苦しんでいる。本書は統計データだらけなのに,どれくらい正確か判断できないからだ」(『犬と鬼』140頁)

情報の透明性ということが近現代の社会経済システムの中で要請されているのだが,アレックス・カーが本書を上梓した2002年時点の日本では,それは不十分だった。では15年後の現在はどうか? 最近の政界・官界の動きを見ていると,情報の透明性が向上したとは言えないように感じる。

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2017.05.29

アレックス・カー『犬と鬼』読書ノート(1)

アレックス・カーの『犬と鬼 知られざる日本の肖像』を読んでいる。バブル後の1990年代の日本を論じた一冊。

もともとは2002年に講談社から刊行された単行本で,今年の1月に講談社学術文庫に入った。

日本礼賛本が多い中,日本で生まれ育った著者はむしろ日本に対して厳しい目を向けている。

プロローグの一文にそれが凝縮されている:

「廃棄物の検査や処理のノウハウを持たない『ハイテクの国』日本,貪欲な建設業界を潤すため,川や海岸をコンクリートで埋め立てる『自然を愛する』文化。国債残高が世界で一番多い中,一般市民の財産の管理をやりそこない,健康保険や年金制度を崩壊させてしまった『エリート官僚』」(アレックス・カー『犬と鬼』8頁)

最初に述べたように,本書で論じられているのは1990年代の日本である。だが,著者は最初の刊行(2002年)から15年経っても,本書に描かれている状況はほとんど変わっていないと述べている。

この著者の感興に対し,果してそうだろうか?という疑問を持ちながら検討していこうというのが,本記事「読書ノート」の目的である。

「『犬と鬼』読書ノート」の第1回は「川や海岸をコンクリートで埋め立てる『自然を愛する』文化」について。


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「川や海岸をコンクリートで埋め立てる『自然を愛する』文化」については1~3章で集中的に論じられている。

日本人は自然を愛すると言いながら山や谷を人工物で埋め尽くすことをやめない,と著者は批判している。かつての建設省には「ユートピア・ソング」という歌があり,「山も谷間もアスファルト」と唄われていたという(60頁)。またかつての富山県知事・中沖豊はこう言った:「インフラが整えば住民は豊かさを実感できる」(40頁)。つまり,国土を人工地表面に変えることこそが,近代化であり豊かさであると政府も国民も考えているというわけだ。

そして,それを如実に表すインディケーターが,国内のセメント生産量である。

「年間に敷設されるコンクリートの量は,アメリカ全土に敷設される量より多い。1994年の日本のコンクリート生産量は合計9160万トンで,アメリカは7790万トンだった。面積あたりで比較すると,日本のコンクリート使用量はアメリカの約30倍になる。」(『犬と鬼』60頁)

文中のコンクリート生産量は,正しくはセメント生産量というべきだろう。あと,消費量=生産量ではないのだから,正確には輸出入分も考える必要がある。だが,基本的に国内で生産されるセメントは国内で消費されると見ておくことにしよう。

それで,1994年の日米のセメント生産量はそれぞれ,9160万トン,7790万トンだったのだろうか,そして現在はどうなっているのか? ちょっと確かめてみよう。

米国地質調査所(USGS)のデータ("Cement Statistics and Information", "Mineral Commodity Summaries")をもとに,1994年~2015年の日米のセメント生産量をグラフ化してみた:

Cement19942015_2

1994年に関しては,ほぼ著者の主張通りである(日本の生産量が10万トン異なっているが)。

日本のセメント生産量は1996年に9450万トンに達した後,下落が続き,2012年には5130万トンにまで落ち込んでいる。それが,復興・都心再開発・東京オリンピック等の需要によって少しばかり回復しているというのが現状だ。ピークの約半分。日本の国土をコンクリートで埋め立てる勢いは衰えたということができるだろう。

だが,米国の25分の1の国土面積,4分の1のGDPしか持たない日本が,コンクリートに関しては米国の3分の2もの生産量を維持しているということを踏まえれば,日本が国土改造にかける情熱は今でも衰えていない,と言えるかもしれない。

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