2019.03.07

山尾三省『ネパール巡礼日記』を少しずつ

今年もカトマンドゥに行く予定である。何か関連しそうな本を・・・ということで山尾三省『ネパール巡礼日記』(野草社)を少しずつ読んでいるところである。『海上花列伝』もまだ途中なんだけど。

著者はカトマンドゥの随所に美しさを見出しているのだが,短期滞在を繰り返すだけの小生はそこまで至っていない。

そこで思い出したのが,多田等観『チベット』 (岩波新書)である。

同書第2章4節「西蔵人の見た西蔵」で,多田等観はこう書いている:

「現実の西蔵(チベット)は,満目蕭条たる無味乾燥の土地であって,これがそのまま観音の浄土とは到底信ぜられない。しかし,西蔵人によると,かように吾々が感ずるのは,凡夫の肉眼によるがためであって,真実に浄・不浄が認識できない結果である。」(『チベット』81頁)

そうそう。仏教とは心の在り様,認識の在り様に関する科学であった(参考「ワールポラ・ラーフラ『ブッダが説いたこと』を読む」)。

カトマンドゥに美を見出せないのは,あるいはカトマンドゥを観音浄土(まあ,ヒンドゥー教徒の方が多いんだけど)として見ることができないのは,小生が仏教徒として未熟であるからだと再認。

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2019.02.27

海上花列伝|第四十一回から第四十五回のあらすじ

引き続き,太田辰夫訳『海上花列伝』(平凡社 中国古典文学大系 49,1969年)の第四十一回から第四十五回のあらすじをメモしておく。


第四十一回
繍閣を衝き悪語三画(小紅)を牽き
瑤觴(ようしょう)を佐(たす)け陳言四声を別つ

沈小紅は召使の阿珠と仲たがい。阿珠は小紅のもとを離れ,周双珠宅で働くことに。

朱淑人が恋わずらいにかかる。兄の朱藹人斉韻叟に相談。すると斉韻叟から一笠園で淑人を静養させるようにと勧められる。

一笠園で淑人が静養していると,そこに周双玉が現れる。実は韻叟と藹人が二人を結びつけようと取り計らったのである。


◆   ◆   ◆


第四十二回
鸞(らん)交を拆(さ)き 李漱芳世を棄て
鴒難を急(うれ)え 陶雲甫喪に臨む

肺を患っていた李漱芳が8月7日,ついに死去。先立たれた陶玉甫は憔悴。漱芳の妹分,浣芳もまた嘆き悲しむ。陶玉甫の兄,陶雲甫陳小雲らによって葬儀の準備は進められる。


◆   ◆   ◆


第四十三回
其の室に入れば 人は亡く物は在るを悲しみ
斯の言を信じて 死別に生還するを冀(ねが)う

8月9日,李漱芳の葬儀が始まった。空になった漱芳の部屋を見回して陶玉甫の悲しみはさらに増す。

翌日,漱芳の棺が墓地に納められると,妹分の浣芳は「姉が出てこられなくなる」と大騒ぎ。


◆   ◆   ◆


第四十四回
勢豪を賺(あざむ)く 牢籠(てくだ)の歌一曲
貪黷(たんとく=汚職)を征(こら)し 挾制(まきあげ)る価千金

陶雲甫は玉甫と李浣芳を連れて,馴染みの芸者・覃麗娟(tan2 li4 juan1)宅に行く。そこには高亜白,姚文君,尹痴鴛,張秀英もいた。雲甫は皆に李漱芳の葬儀の概略を話す。

姚文君は自宅で開催されている素人芝居に参加しなくてはいけないため,宴席を後にする。

文君が家に戻ると,乱暴者の頼公子が客として来ていた。文君は頼公子を適当にあしらうと,別の座敷へと出かける。

文君の芝居の観客の中には羅子富王蓮生もいた。二人は頼公子とその取り巻き連中の態度に呆れ,文君宅から退出する。

羅子富はなじみの黄翠鳳宅を訪ねるが,翠鳳は不在。翠鳳の女将である黄二姐は,翠鳳が独立する際の身請け金を子富にねだる。子富が1000ドル出すことにすると,黄二姐は大喜び。


◆   ◆   ◆


第四十五回
成局(とりひき)は忽ち翻(くつがえ)り 虔婆(やりて)は色を失い
傍観して不忿(おだやかならず)雛妓の争風(やきもち)

黄翠鳳が帰宅。翠鳳は羅子富が黄二姐に身請け金1000ドルを払うつもりだと聞いて怒り出し,それなら身請け金に加えて,自分のためにさらに3000ドル払うよう,子富に要求。

子富は怒り出して身請けの話は破談。黄二姐はがっかりして翠鳳と口論。

そのころ一笠園では斉韻叟,高亜白,尹痴鴛,朱藹人・淑人兄弟,陶雲甫・玉甫兄弟らの名士,姚文君,周双玉,張秀英,林素芬・翠芬姉妹,蘇冠香,覃麗娟ら芸者衆が集まって宴会を開いていた。

林翠芬は尹痴鴛が張秀英に気があることを知っていてやきもちを焼く。


◆   ◆   ◆


ということで,李漱芳を失った陶玉甫の落胆ぶり。その一方で,旦那衆と芸者衆のいざこざはいつも通り。頼公子という乱暴者登場で,これからどんな展開があるのか?

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2019.02.23

南アジア近代史の中のネパールについてざっくり知りたい

ネパール単独ではなく,南アジア諸国との関係を踏まえながらネパールの近現代についてざっくり知りたいと思ったとき,どの本を読めばよいか?

南アジアの歴史や政治について書かれた定番ともいえる本を2冊読んでみた。

一つは歴史の教科書ではおなじみの山川出版社から出ている『南アジア史』(新版 世界各国史)である。

600ページを超える大著なので期待したのだが,基本的には(というか当然のことながら)インドの話でほとんどが埋め尽くされていて,ネパールについての記述はほんのわずか。ラナ専制については数行程度。

ネパールの近現代について,簡潔だが,わりとしっかり描かれていたのが,こちら,『現代南アジアの政治』(放送大学教材)だった。

ネパールについては「第12章 南アジア東部地域の動き」という章の中で,ブータンやバングラデシュと比較しながら4ページを割いて解説されている。

ラナ専制の始まりと終わりが大英帝国の興亡とリンクしていることをはっきりと記述している。また,ラナ専制が終わった後の歴史を,国王,議会政党,マオイストの3者の争いとして見通し良く記述しているのも良い。

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2019.02.19

海上花列伝|第三十六回から第四十回のあらすじ

引き続き,太田辰夫訳『海上花列伝』(平凡社 中国古典文学大系 49,1969年)の第三十六回から第四十回のあらすじをメモしておく。

第三十六回
絶世の奇情 打って嘉偶(よきつれ)となり
回天の神力 仰いで良医に仗(たよ)る

高亜白は診断の名人だという。陶玉甫李漱芳を診てもらおうと,高亜白に願い出る。高亜白と親しくなった芸者・姚文君は玉甫・漱芳に同情し,漱芳を診るように亜白に勧める。

亜白が漱芳を診たところ,胸の病気だった。亜白が玉甫に「漱芳は秋分を過ぎたころには死を迎えるだろう」と密かに伝えたため,玉甫は茫然自失となる。


◆   ◆   ◆


第三十七回
惨(みじめ)に刑を受け 高足枉(むな)しく師に投じ
強いて債を借り闊毛私(ひそか)に妓に狎る

趙二宝が売れっ子芸者となり,兄・趙樸斎も急に羽振りが良くなる。樸斎が久々に王阿二を訪ねると,王阿二から10ドル貸すように迫られる。

樸斎が帰宅すると,南京出身の貴公子・史天然(通称・三公子)が二宝の客として来訪していた。


◆   ◆   ◆


第三十八回
史公館痴心好事を成し
山家園雅集良辰を慶(ことほ)ぐ

三公子は趙二宝を気に入り,六月には花嫁候補として屋敷(史公館)に迎え入れる。

趙二宝は実家に帰った折,母親の洪氏に,樸斎がみっともないから,史公館に来させないようにと注意する。

その樸斎ときたら召使の阿巧といちゃついていた。

七夕になり,元官僚の大富豪・斉韻叟の別荘・一笠園で宴会が開かれていた。三公子は二宝を連れて一笠園に行く。高亜白と姚文君も客として招かれていた。さらに葛仲英,陶雲甫,朱藹人といった名士や呉雪香,林素芬といった芸者衆も一笠園に集まる。


◆   ◆   ◆


第三十九回
浮屠を造り 酒籌水閣に飛び
陬■(すうぎょう)を羨み 漁艇湖塘に斗(たたか)う

一笠園での七夕の宴は大盛り上がり。姚文君が一笠園の池「一笠湖」で小舟に乗って遊んでいると,高亜白がそれを追いかけていたずらをする。岸に戻った文君は怒って亜白を追いかけまわす。

夜になり,中庭で芝居が始まる。観客の中には張秀英がおり,久々に会った趙二宝と会話を交わす。

二宝が秀英に施瑞生の行方をたずねたところ,瑞生は袁三宝という芸者のところに通っているとの話。


◆   ◆   ◆


第四十回
玩賞を縱にし 七夕鵲(かささぎ)橋を填(う)め
俳諧を善(よ)くし 一言雕(わし)箭(や)に貫(あた)る

一笠園での七夕の宴は仕掛け花火でクライマックスを迎える。客の一人,尹痴鴛は張秀英に興味を持ち,宴の翌日,仲間を連れて張秀英宅を訪ねる。


◆   ◆   ◆


ということで,李漱芳が死ぬと知って陶玉甫は失望。趙二宝は玉の輿に乗れそうで我が世の春を謳歌中。だが,好事魔多し。要注意。

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2019.02.15

蓮實重彦『帝国の陰謀』を読む

企業に勤めていた頃,「1文75文字以内」という不文律があった。伝達のためには文を短く,ということである。その基準に照らせば不合格であるにもかかわらず,蓮實重彦の長々しい文章はきわめて明晰で達意の目的を果たしている。

しかも,この『帝国の陰謀』(ちくま学芸文庫)たるや,著者が「パンフレット」と呼んでいるように,手軽に読めるものとなっている。

本書は1991年9月に日本文芸社から刊行され,昨年2018年の暮れにちくま学芸文庫に入った。

鹿島茂の『怪帝ナポレオン三世 第二帝政全史』(講談社学術文庫)を既に読んでいる(参照)小生としては,その葬儀にフランスの労働者代表団も参列したという「評価されざる偉大な皇帝」(by 鹿島茂)ナポレオン三世をもうちょっと持ち上げても良いのではないかと思うのだが,本書は『怪帝ナポレオン三世』が世に出る前に書かれた本であるし,また本書はナポレオン三世に焦点を当てた本ではないので,まあ仕方がない。


◆   ◆   ◆


本書はナポレオン三世の権力奪取を演出した<義弟>ド・モルニーに焦点を当て,「形式」が「現実」を作る近代の到来について語る文化的かつ政治的な「パンフレット」である。

「形式」と「現実」の関係性については,孔子の頃から「名実論」として議論が展開され来たわけだが,ここで特筆すべきことは,近代とは,「形式」や「名前」の流通が「現実」を作る時代であるということのみならず,その「現実」たるや希薄でいかがわしいものであるということである。

玉ねぎの皮をめくったらまた皮が出てきたような。アクションがあるだけで,サブスタンスが無いような。

著者は第二帝政

「いかがわしくも希薄な,だが執拗に維持される権力の支配形態」(『帝国の陰謀』133頁)

と評するのだが,社会・経済・政治・文化における様々な事象のいかがわしさと希薄さは,現代にいたって更にそれらの度合いを増しているのではないかと思う。

ネットで評判,と言うだけで,有名人になるような。

平均株価や統計値といった数字に一喜一憂するのみならず,その数字たるや根拠があいまいだというような。

著者は文庫版のあとがきにおいて

「新たに読者となられるだろう男女――できれば,若い――にどのように受け止められるか」(147頁)

と述べるが,この本が今,ちくま学芸文庫で出ることは非常に時宜を得ている。


◆   ◆   ◆


蛇足だが,本書はマルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』への異議申立書でもある。

マルクスはド・モルニーを見落としたし,それより何より,「1851年12月2日のクーデター」はフランス革命の戯画ではなく,1861年に初演されたオペレッタ『シューフルーリ氏,今夜は在宅』(つまり未来の戯曲)の忠実な実演であるという主張にはあっと言わざるを得ない。

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2019.02.11

BRUTUS2月15日号「会田誠の死ぬまでにこの目で見たい日本の絵100」が面白い

ツマが買ってきた「BRUTUS(ブルータス) 2019年2月15日号 No.886[死ぬまでにこの目で見たい日本の絵100]」をパラパラと読んでいるのだが,これがやたらと面白い。

現代芸術家の会田誠が日本の絵を100枚セレクトしてコメントを加えている。どれもこれも秀逸だ。


黒田清輝はノーミス狙いの官僚,棟方志功は優等生を踏んづけて驀進するプロゴルファー猿,といった具合。仙厓義梵の画風がしりあがり寿に意識的に継承されているという指摘もなかなか。

若冲に会田誠が嫉妬を禁じ得ないあたりもご愛敬。

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2019.02.08

袁清林『中国の環境保護とその歴史』メモ(その1)

袁清林著・久保卓哉訳『中国の環境保護とその歴史』を読んでいる。

中国の史書から自然環境の保護に関する事項を集め,整理した本であるが,面白い。以下は自分用の備忘録。

「第1章 序論」より

(環境の定義)

中国では1979年9月13日の第五期全国人民代表大会常務委員会第十一回会議原則で通過した「中華人民共和国環境保護法(試行)」第3条において環境を以下のように定義している:

「環境とは,大気,水,土地,地下資源,森林,草原,野生動物,野生植物,水生生物,名勝古蹟,景勝遊覧区,温泉,療養区,自然保護区,生活居住区等である」

名勝や景勝地が入っているのが面白い。日本ならば景観というところだろう。


(環境問題)

現在直面している環境問題は大きく2つに分かれる。ひとつは「生態と自然資源の破壊」,もうひとつは「環境の汚染」である。


(環境保護)

上述の環境問題への取り組みとして「自然保護」と「汚染制御」がある。古代においては環境保護とは「自然保護」のことだった。古代の環境保護:自然保護は現代の環境科学の誕生と発展に影響を及ぼしていると考えられる。


「第2章 中国の原始人類の環境」より

中国の新石器時代は7000年前に始まる。この時代に原始的な農業と人工的な住居の建設が始まった。これによりヒトは自然の克服,環境の改造を始めた。神農氏,有巣氏の業績はこの時代のヒトの活動を表しているのだろうとか郭沫若は考えている。

4000年以上前はの治世に比定される。両帝の業績として猛獣駆除(伯益が担当)と治水(が担当)が挙げられる。猛獣駆除は現代人から見ると環境破壊にほかならないが,当時の人々からすればやむを得ないことである。

夏殷時代の北方地域は現在よりも温暖湿潤であった。詩経には森林の豊かさがうたわれている。

殷代には狩猟区の管理,周代には山林の保護が行われた。

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2019.02.04

文化は植物,文明は動物

文化と文明の違いについて考えている。

結論的には文化は植物,文明は動物に例えることができそうだ。

参考になったのは以前紹介した,青木正規『人類文明の黎明と暮れ方』(講談社学術文庫)と,先日読んだ,桜井由躬雄『緑色の野帖』(めこん)である。

青木正規は『人類文明の黎明と暮れ方』でこう書いてある:

文化は何かといえば,「その地域や時代の環境に人々が適応するための方法もしくは戦略である」と定義することができる。(23頁)
文化は環境適応のための方法であり戦略であるといったが,その環境適応への努力から解放された段階を「文明」と呼べるのではないだろうか。(24頁)

そして桜井由躬雄は『緑色の野帖』でこう書いている:

文化はそれぞれの自然の環境の中で,その環境を利用し,その環境に適応した人々の生活要素が集積され,伝承されたものだ。(10頁)
文明はもともとは文化の中で生まれたものだが,環境をこえて伝播する能力をもった生活様式だ。(10頁)

両者はほぼ同じことを言っている。

文化は地域に根付く,そして文明は越境すると。

文化も文明もある条件下でしか生存できないものであるが,地域に密着している度合い,移動のスピードによって,植物または動物に分類しうると思う。

栽培と文化がともに"culture"であることを思い出そう。文化を植物と切り離して語ることはできない。

以前,本ブログ1001回目の記事として「日本の農耕文化の起源:ニジェール河畔からのはるかな旅」というのを書いた。

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なんだ,文化だって移動するじゃないか,と思うだろう。

その通り。環境に適応していれば,文化は植物と同じように(というか植物とともに)移植可能だ。だが,環境が適合する限りにおいて。

これに対して文明に対する環境の制約は緩やかだ。かつてリビアに生まれたイエネコが穀物と書籍の番人として世界中に広がったように,動物たる文明は人々の求めに応じて越境し広がる。

われわれはいま,「現代文明」という人類史上初の単独の文明に統合されつつある。

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2019.02.03

海上花列伝|第三十一回から第三十五回のあらすじ

引き続き,太田辰夫訳『海上花列伝』(平凡社 中国古典文学大系 49,1969年)の第三十一回から第三十五回のあらすじをメモしておく。


第三十一回
長輩(めうえ)は埋冤(うら)みて親情断絶し
方家(たいか)は貽笑(わらわ)れて臭味(いき)差池(あわず)

趙樸斎の留守中,清和坊の趙一家宅で施瑞生らが芸者を呼んで宴会。樸斎が帰宅して趙二宝らに聞いてみると,陸秀宝も来ていたとのことで樸斎はぎょっとする。

翌日,趙一家宅に洪善卿が現れ,樸斎の母,洪氏と二宝とを詰問。いつまで上海にいるつもりなのか,清和坊がどんなところなのか知っているのか,施瑞生が何者なのか知っているのか,と。

善卿が帰った後,洪氏,樸斎,二宝,瑞生,張秀英で協議。善卿を相手にしないこと,あとは瑞生に任せることなどを決める。

場所はかわって,壺中天という西洋料理店。銭子剛という男と高亜白という有名な文人が,方蓬壺という下手な文人や芸者たちを交えて食事をしている。食事後,銭子剛は高亜白を連れて黄翠鳳宅を訪ねる。


◆   ◆   ◆


第三十二回
諸金花は法(てほん)に効(なら)い,皮鞭を受け
周双玉は情を定め手巾(ハンカチ)を遺(おく)る

銭子剛は黄翠鳳の意中の人であった。翠鳳は羅子富の金で落籍し,子剛と一緒になろうと目論んでいる。

そんなことを知らない羅子富は洪善卿,陶雲甫・玉甫兄弟,朱藹人・淑人兄弟らとともに公陽里の芸者,周双珠宅で宴会を始める。宴席の陰で,周双珠の妹分・周双玉と朱淑人は親密さを増す。

翌日,洪善卿は王蓮生の招きで張蕙貞宅に行く。そして蓮生の依頼で沈小紅のための翡翠の装身具一式を調達することになる。


◆   ◆   ◆


第三十三回
高亜白 詞を填(つく)り狂って地に擲(なげう)ち
王蓮生 酒に醉い怒り天に沖す

王蓮生は洪善卿が調達した装身具を持って沈小紅宅を訪ねるが,小紅の機嫌は良くならない。

蓮生は小紅宅を後にし,葛仲英の招きで呉雪香宅の宴会に参加。そこには高亜白がおり,酒をあおりながら詩作にふける。

酒宴が終わり,泥酔した蓮生は小紅宅に戻る。そこで蓮生は小紅と人気俳優の小柳児の房事を目撃する。蓮生は猛虎のごとく怒り,小紅の部屋の調度品を壊しまくる。大暴れしたのち,蓮生は外に飛び出し,張蕙貞宅に行く。そして,蓮生は蕙貞を落籍し,第二夫人として迎えることを決意する。


◆   ◆   ◆


第三十四回
真誠を瀝(ひれき)し 淫凶甘んじて罪に伏し
実信(たしかなしらせ)に驚き 仇怨激して成親(えんぐみ)す

王蓮生と沈小紅のトラブルを仲裁するため洪善卿が奔走。小紅は蓮生に謝るが蓮生は取り合わない。その間にも蓮生と蕙貞の婚礼準備は進み,5月8日,挙式となる。

翌5月9日,披露宴が開かれ,王蓮生の友人知人,芸者衆が呼ばれる。高亜白も列席し,そこで姚文君という芸者と知り合う。沈小紅も披露宴に呼ばれ,不承不承蕙貞に挨拶する。蕙貞は芸者衆に贈り物を渡すが,沈小紅がもらったのは飛び切り上等の品だった。


◆   ◆   ◆


第三十五回
煙花(げいしゃ)に落ち貧を療(いやす)に上策無く
殺風景 善く病むに同情有り

趙二宝は張秀英と借金のことで喧嘩をし,挙句に芸者屋を始めると言い出す。趙一家は鼎豊里に家を借りて商売を始める。洪善卿はこれを知ってあきれる。

6月中旬,陶雲甫・玉甫兄弟は納涼のため,李漱芳とその妹分・浣芳を連れて明園に出かける。しかしそこで浣芳が熱を出したので帰宅することに。

玉甫と漱芳が看病した結果,浣芳の熱は下がるが,今度は漱芳の具合が悪くなる。


◆   ◆   ◆


というわけで,沈小紅は俳優との浮気がばれて王蓮生の愛を失い,張蕙貞がひとまず勝利することとなった。周双玉と朱淑人の恋愛は順調。趙樸斎・二宝兄妹は水商売を開始。それはそうと,陶玉甫が心配する中,李漱芳はどんどん衰えていく。

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海上花列伝|第二十六回から第三十回のあらすじ

引き続き,太田辰夫訳『海上花列伝』(平凡社 中国古典文学大系 49,1969年)の第二十六回から第三十回のあらすじをメモしておく。


第二十六回
真の本事(うでまえ) 耳際(みみもと)にて夜声を聞き
仮(にせ)の好人(おひとよし) 眉間に春色を動かす

慶雲里の芸者・馬桂生宅で荘荔甫,洪善卿,李鶴汀,施瑞生,張小村,呉松橋らが宴会。その後,張小村,呉松橋らが麻雀を始める。麻雀ができない施瑞生は宴会を辞し,西棋盤街・聚秀堂(陸秀林,陸秀宝の家)に帰る。

夜中の2時を過ぎて散会となり,荘荔甫は西棋盤街・聚秀堂に行く。荔甫が秀宝の部屋を覗くと,瑞生と秀宝が房事の真っ最中。その後,荔甫は陸秀林から瑞生と秀宝がお盛んであることを聞かされる。

翌日,陳小雲の執事,長福と李鶴汀の執事,匡二が街を歩いていると,李鶴汀の叔父・李実夫が娼婦の家に通っているのを見かける。


◆   ◆   ◆


第二十七回
歎場(たのしみのば)を攪(さわが)し 醉漢喉より吐空(はきつく)し
■冤(げつえん=病気)を證し 淫娼手燒炙(ひて)る

4月初旬,匡二から叔父・李実夫が娼婦・諸十全宅に通っていることを聞かされた李鶴汀は,匡二を連れて諸十全宅を訪れる。実夫と十全は不承不承,鶴汀に会う。

鶴汀が帰り際に十全の手をとると,手のひらが焼けるように熱い。なにやら大変な病気を持っているようである。

◆   ◆   ◆


第二十八回
局賭(ばくちば)風(うわさ)露(もれ)て巡丁(じゅんさ)屋(やね)に登り
郷親(くにのしんせき)色(かお)を削(つぶ)し嫖客車を拉(ひ)く

4月7日,周双珠宅で洪善卿主催の酒宴。王蓮生,葛仲英,姚季蓴,朱藹人,陳小雲,羅子富らが来宴。これに金巧珍(陳小雲の馴染み),黄翠鳳(羅子富の馴染み),林素芬(朱藹人の馴染み),呉雪香(葛仲英の馴染み),沈小紅(王蓮生の馴染み),衛霞仙(姚季蓴の馴染み)ら芸者衆も加わった。

宴会が盛り上がろうとしたところで,近所で賭博の手入れがあり大騒ぎに。

4月8日,金巧珍の姉貴分・金愛珍宅(東棋盤街・絵春堂)で酒宴が開かれることになり,洪善卿が人力車に乗ろうとする。すると,その車夫はなんんと郷里に帰ったはずの趙樸斎だった。善卿が樸斎に声をかけると,樸斎は空の人力車を引いて逃げて行ってしまった。

◆   ◆   ◆


第二十九回
間壁鄰居(かべどなり)兄を尋ねて伴(つれ)と結(な)り
過房親眷(えんつづき)妹を挈(つ)れて同じく遊ぶ

洪善卿は趙樸斎の母,洪氏に手紙を書く。手紙を受け取った樸斎の母・洪氏,妹・趙二宝は,樸斎を連れ戻すために上海に行くことにする。

この二人に樸斎の友・張小村の妹,秀英,同じく小村の弟,新弟,呉小橋の父・小大といったご近所仲間も加わり,五人で上海に旅立つ。

一行が上海に到着するとすぐに樸斎が見つかる。二宝は樸斎を連れて帰ろうとするが,秀英に引き留められて上海にしばし滞在する。そこで二宝はという金持ちと知り合いになる。


◆   ◆   ◆


第三十回
新住家(住人)客棧(やど)に相■(ボーイ)を用い
老司務(職人)茶楼にて不肖を談(かた)る

施とは施瑞生のことで,張小村・秀英兄妹とは親戚であった。

施瑞生は趙二宝,張秀英,趙樸斎らを芝居見物に連れて行く。二宝・秀英は瑞生と歓談するが,樸斎は除け者。芝居には小柳児という人気俳優が出ていた。

瑞生は二宝・秀英らを買い物などに連れて行き,次第に二宝・秀英らは瑞生に篭絡されていく。とうとう,瑞生の説得で趙一家は上海・清和坊に居住することになる。


◆   ◆   ◆


というわけで,諸十全は重大な病気に罹っているようである。上海花柳界の魅力に取りつかれ,無一文となった趙樸斎を連れ戻そうと妹・二宝が母や女友達と上海を訪れるものの,木乃伊取りが木乃伊に。やたら人当たりの良い施瑞生に二宝・秀英がどうも騙されているような気配。

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