納豆が食べたくなる本|高野秀行『謎のアジア納豆』
随分と時間がかかったが,高野秀行『謎のアジア納豆 そして返ってきた<日本納豆>』を読み終わったところである。
探検家にしてノンフィクション作家の高野秀行が,アジア各地(日本を含む)に広がる納豆の世界を独特なユーモラスな文章で紹介してくれる。
納豆というのは端的に言えば,煮た大豆に納豆菌が作用してできた発酵食品である。
日本人は日本の納豆しか知らないが,本書を読むと,実はタイ,ミャンマー,ネパール,ブータンにも多様な納豆が存在し,しかも作り方,食べ方は様々であることがわかる。火で炙ったり炒めたり。様々な料理に調味料として加えることも多い。
本書を読むまで,納豆は藁についた自然の納豆菌の働きで作られるものだと思っていた。かつては日本ではそうだった。しかし,現在の日本では,商業用の納豆は,雑菌の入らない環境で「菌屋」から購入した納豆菌を煮た大豆に振りかけて製造する。いわば日本納豆は工業製品だということを本書で初めて知った。藁にくるまれている(藁苞(わらづと)と言う)納豆も販売されているが,これも殺菌された藁に納豆をくるんだものであり,藁には納豆菌は除去済みである。
こうした近代的な「日本納豆」の世界から見ると,東南アジア山岳地帯+ヒマラヤの手作り納豆(「アジア納豆」)は本当に納豆なのかという疑問が呈される。アジア納豆は藁ではなく,シダやイチジクやバナナなど身近な植物の葉で煮た大豆をくるんで作っているからだ。ひょっとしたらアジア納豆は麹菌とか別の菌の作用でできた発酵食品なのではないかと…。
そこで,著者はミャンマー(チェントゥン)納豆とブータン納豆を東京都立食品技術センターに持ち込み,日本納豆とアジア納豆ほぼ同じものであることを確認した。
著者はこのときのことを
「合格発表を見に行く受験生のような気分だった」(194頁)
と述懐するが,読者も同じ気持ちになる。
晴れて日本納豆とアジア納豆が同じ納豆菌によってできた発酵食品だということが明らかになり,著者も読者もアジア納豆の探求にますます熱が入る。
先に「独特なユーモラスな文章」と書いたが,言い方を変えれば「饒舌」でもある。そこがいい味を出している。以下のような文章があちこちにある:
「なるほど,納豆原理主義に従えば,シャン州の中でも「自分の出身地の納豆がいちばん」という結論になるのか。 「郷土愛が強いんですねえ」半ば呆れてつぶやくと,信州・飯田市出身の先輩が感心するように言った。「長野県と同じだ」 以後「シャン州は信州なんじゃないか?」というのが先輩の口癖のようになった。」(103頁)
「日本の山形にはプレーンの納豆に塩と米麹を入れてさらに発酵させた「五斗納豆」やそれを商品化した「雪割納豆」というものがあり,東北出身者のある知人は「納豆界の反則王アブドーラ・ザ・ブッチャー」と呼ぶが,ブータンのチーズ納豆と似かよった発想であり,素顔のブッチャーが紳士であるように,決してアウトローな食品ではない。」(430頁)
本書の末尾もまたこのような言葉で締めくくられている:
「納豆の旅は糸を引きながらどこまでも続くのである。」(476頁)
読み終えた途端に,様々な納豆料理を食べたくなった。そんな本である。