« 「情動エンジニアリング」について考える本 | トップページ | 教育とは|ミシマ社『ちゃぶ台3』読み直し »

2022.04.11

ロシア語の勉強を再び,三度,…

ウクライナ侵攻により,向こう側の情勢をより深く知るべく,ロシア語の必要性が増していると思う。

かつて(20世紀の終り頃に)ロシア語を第二外国語として学んだ者として,またまた改めてロシア語の勉強を復活させようかと思っている。ネパール語やラオ語やオランダ語や中国語の勉強はどこに行ったのかというご指摘はおいといて。

手元にある大学書林の『ツルゲーネフ散文詩』を開いたところ,こんな詩があった:

Во дни сомнений, во дни тягостных раздумний о судьбах моей родины, — ты один мне поддержка и опора,
о великий, могучий, правдивый и свободный русский язык!

疑いの日も,故国の運命について思い悩む日も ― お前だけが私の支えだ。
ああ,偉大な,力強い,真実の,そして自由なロシア語よ!

「ロシア語」という題の詩の前半部分である。

しかし今や

Маленький, слабый, лживый и увечный русский язык!

になってしまった感がある。

|

« 「情動エンジニアリング」について考える本 | トップページ | 教育とは|ミシマ社『ちゃぶ台3』読み直し »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「情動エンジニアリング」について考える本 | トップページ | 教育とは|ミシマ社『ちゃぶ台3』読み直し »