髙橋博史『破綻の戦略』を読む
アフガニスタンが今のような状況に至ったプロセスを一人の人物の視点から描いているのがこれ,髙橋博史『破綻の戦略:私のアフガニスタン現代史』である。
著者はカーブル大学留学以来,40年にわたってアフガニスタンとの外交に関わってきた。
著者の友人「アクラム君」,「アフガニスタンのロビン・フッド」マジッド・カルカニー,「パンジシェール峡谷のライオン」アフマッドシャー・マスード,ターリバーン運動最高指導者ムッラー・ムハンマド・ウマル。
彼らは立場・主義主張こそ異なるが,いずれもアフガニスタンをアフガニスタン人のもとに取り戻すための戦略を持っていた。しかし,いずれも破綻した。彼らに加え,中村哲医師もまたアフガニスタンに平和をもたらす戦略を抱いていたが,凶弾に倒れた。
本書はこれらの人々に対する挽歌である。
あとがきで著者が「書き残すより行動することに重きを置いてきた私にとって,執筆は難行苦行でした」と書いているが,第1章から第5章,そして第7章の文章は平易でわかりやすい。131頁の記述にみられるように,ところどころもうちょっと整理した方が良い文章も散見されるが。
この本の中で第4章「ムッラー・ウマルと七人のサムライ伝説」は現在のアフガニスタン情勢を理解する上で重要だと思う。
この章を読むと,なぜターリバーンが急速に勢力を拡大していたのか,その一因が見えてくる。ソ連撤退後,アフガニスタンはムジャーヒディーン各派による戦国時代に突入。飢餓が全土を襲い,少年も含めて婦女子が凌辱されるという惨状を呈していた。そこにシャリーアとパシュトゥーンワーリーによる厳格な統治を進めるターリバーン運動が登場したことは,民衆にとって光が差したように思えたのだろう。パキスタンの支援があるとはいえ,民衆の支持なしにターリバーンが勢力を拡大することはできないだろう。
この章を読んだうえで,「はじめに ターリバーン最高指導者の悔恨と死」を読むと,ターリバーン運動が路線を誤った過程,そして路線を修正し,現在に至った過程が理解できる。
第6章「9.11事件の序幕 マスード司令官暗殺事件」は著者がタジキスタンの首都・ドゥシャンベに在任していた時の諜報戦の記録であり,貴重な証言ではあるが,時間が前後していたり情報が錯綜していたりして,人によっては少し読みにくいかもしれない。
上に書いたように,著者が出会った人々の戦略はいずれも破綻した。だが,著者はあとがきでこう述べる:
「はっきりしているのは、どのような逆境にあっても、この地に住む人びとはあらゆる干渉を退けて、自分たちのアフガニスタンを守るのだということです。たとえ、その戦略が破綻しようとも」
最後に蛇足。
『破綻の戦略』というタイトルだが,老生の言語感覚だと「戦略の破綻」という語順だろうと思う。『進撃の巨人』が「巨人の進撃」を表すように,最近は日本語の用法が変わってきたのかもしれない。
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