イェンセン『王の没落』:ヒュッゲじゃない動乱のデンマーク
デンマークと言えばヒュッゲ,というのは現代のイメージ。
雪と泥と血と汗で彩られた15~16世紀のデンマークを描いたのが,イェンセンの『王の没落』(岩波文庫,長島要一訳)である。
北欧に一大帝国を築くという大きな野望を持ちながら,決断力の無さと実行するタイミングの悪さによって失墜していく,デンマーク王・クリスチャン2世。
彼に仕えるのが,主人公ミッケル・チョイアセンである。
ミッケルは鍛冶屋の息子として生まれ,学者を目指してコペンハーゲン(クブンハウン)で学ぶも,挫折。傭兵となりやがてクリスチャン2世直属の騎士となる。
夢を抱きながらも能力と決断力の欠如によって転落していくという点で,ミッケルとクリスチャン2世は重なっているし,デンマーク王国自体の歴史もまた重なっている,というのは訳者が解説記事で語っている通り。
クリスチャン2世がいた時代は,大航海時代の幕開けの時代と重なっている。海洋国家として飛躍する可能性があったものの,デンマーク(と北欧各国)は戦乱の中でチャンスを失った。
クリスチャン2世の父による小国ディットマールシェンへの侵攻は,15,000の大軍が鏖殺される結果となった。クリスチャン2世によるスウェーデン独立派の鎮圧はストックホルムの血浴へとエスカレートし,かえってグスタフ・ヴァーサを中心とする独立派の団結を促した。
力を失ったクリスチャン2世はやがてセナボー城に幽閉されることとなり,ミッケル・チョイアセンも王と起居を共にし,この城で生涯を閉じることとなった。
【章立て】
第1部 春の死
ミッケル/夜のコペンハーゲン/夢見る人/春の痛み/ミッケルが沈む/オッテ・イヴァセンの堕落/町から医師が運び出される/帰省/憧憬/雷雨/復習/報復/死神/再会
第2部 大いなる夏
アクセル,騎馬で登場/帰省ふたたび/「すべてが終わった」/ガレー船/歴史の奸策/ルーシー/血浴/ミゼレーレ/小さな運命/原生林にて/丸い容器/自業自得/デンマーク人の死/王が没落する/財宝/インゲ
第3部 冬
帰郷ふたたび/火事/敗北/時/ヤコブとイーデ/宿無し/セナボーにて/カロルス/火/冬の声/グロッテ/バイオリン弾きのさようなら
ミッケル・チョイアセンは生涯独り者であったが,複雑な経緯を経て,またミッケル本人の意思とは関係なく,娘インゲ,孫娘イーデとその血が受け継がれていく。これもまた面白い展開である。
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