英語発達史|中英語 (Middle English) その2
民族の混淆による文法の単純化
古英語から中英語への変化は,ノルマン・コンクエストによって突然始まったわけではない。言語というのは常に変化し続けるものだからである。
古英語の時代からすでにデーン人の領域(デーンロウ)で英文法の単純化が始まっていた。
民族の混淆による文法の単純化である。
例えばいま,アングロ・サクソン人とデーン人が会話をしているとしよう。
デーン人が「(複数の)舟が」と言おうとする。
デーン人の古ノルド語では舟のことを"skip"と呼ぶ。このとき,デーン人はアングロ・サクソン人たちが一艘の舟を"scip"と呼んでいたことを思い出す。また,一匹の犬を"hund",何匹もの犬を"hundas"と呼んでいたことも思い出す。
結果としてデーン人は名詞(単数・主格)に"as"をつければ複数形になると考える。そして初めに戻って,「(複数の)舟が」という言葉を"scipas"と言うだろう。
実は古英語では,scipの複数・主格は"scipu"であり,"scipas"ではない。だが,アングロ・サクソン人はデーン人が「(複数の)舟が」と言っていることを認識するだろう。
※ちなみに古英語では「一匹の犬の」と言うときには"hundes",「一艘の舟の」と言うときには"scipes"となり,単数・属格の語尾は"es"で共通している。
こうして,単数・属格の語尾は"es",複数・主格(と対格)の語尾は"as"という組み合わせがあらゆる名詞に適用されていく。
ブラッドリは言う:
「-es, -as変化型が他の全ての変化形に取って代わったのをノルマン征服の結果と考えるのは俗間の謬説であって,実際にはこの変化はノルマン征服以前に始まっており…」(寺澤芳雄訳『英語発達小史』50ページ)
「英語の文法組織が最も早く単純化したのは,まさしくデーン人が居住した地域であった…」(寺澤芳雄訳『英語発達小史』46ページ)
記録者がいない
文字で書き記すと言葉は固定化する。逆に記録を残さないと,言葉は変化しやすくなる。
ノルマン・コンクエストによって支配層がノルマン人だらけになった。そして読み書きができる知識人もフランス語(ノルマン語)ばかり読み書きするようになった。教会の司祭もそうである。
その結果,アングロ・サクソン語の綴りや文法に精通した人がいなくなる。これによって文法や綴り方といった枷はなくなり,一般庶民の会話の中で英語はどんどん便利で単純なものへと変化していく。文字を見ないと,曖昧に発音されていた母音が"a"だったか"e"だったかわからなくなる。とりあえず"e"の発音で済ませることになる。
先ほど書いた「-es, -as変化型」への単純化は,さらに「-es変化型」へと単純化される。
表舞台から消えていた間,英語は他の欧州の言語に見られないような文法の単純化,屈折語から孤立語への変化を続けていた。
<参考文献>
ヘンリ・ブラッドリ『英語発達小史』(岩波文庫)
メルヴィン・ブラッグ『英語の冒険』(三川基好訳,講談社学術文庫,2008年)
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