英語発達史|古英語 (Old English) その3
修道士たち
デーン人たちが持ち込んだ古ノルド語の他に,古英語の語彙を増強したのが,修道士たちが持ち込んだラテン語である。
ローマ・カトリック教会とケルト系(アイルランドおよびスコットランド系)キリスト教という2つの系統の修道士たちは,イングランド人の魂を救うという熱い思いを旨に,アングロ・サクソン人たちのキリスト教化を進めた。
聖アウグスティヌス,聖パトリック,聖コルンバといった修道士たちの苦闘を描くと,メル・ギブソンがまた映画化してしまうのでここでは省略。
↑ジョゼフ・ラットクリフ・スケルトン『聖コルンバ』(1906年)Wikimedia Commonsより
修道士たちが持ち込んだ言葉としては,例えば,abbot, angel, antichrist, idol, pope, priest, relicといった宗教用語がある。また,cedar, cucumber, ginger, radish, elephant, leopard, scorpion, tigerといったイングランドには無い動植物の名前も修道士たちによって持ち込まれた。
古英語の語彙の構成
Simon Winchesterの"The Meaning of Everything"によれば,古英語の語彙は約5万語。
ブリトン人のケルト語やローマ帝国時代のラテン語に由来する単語はほんの僅かである。
デーン人たちが持ち込んだ古ノルド語や修道士たちが持ち込んだラテン語からの借用語は大量にあり,古英語を豊かにした。しかし,その総量は古英語の語彙の3パーセント程度だろうと見積もられている。
基本的に古英語の語彙のほとんどの部分は,アングロ・サクソン人(今やイングランド人)たちがもともと持っていた言葉から発達したものであった。
古英語の文例
古英語がどんなものだったのか,簡単な例を示す。
【例1 ベオウルフ】
古英語で書かれた叙事詩として『ベオウルフ (Beowulf)』という作品が知られている。最も古い写本は1000年頃に書かれたノーウェル写本である。
写本の冒頭11行目にこういう文が登場する:
Þæt ƿæs gōd cyning.
"Þ"は"th","æ"は"ae","ƿ"は"w","ō"は長い"u"である。"cyning"は古英語で"king"のことである。
"æ"を"a","ō"を"oo"で置き換えると,あら不思議,
that was good king.
となった。
【例2 主の祈り】
キリスト教の最も代表的な祈祷文が古英語(ウェセックス方言)で残っている。その5行目にこういう文が登場する:
Ūrne dæġhwamlīcan hlāf sele ūs tōdæġ
"Ūrne"は"Our","dæġ"は"day","hlāf"は"bread"。そういえばロシア語で"bread"は<<хлеб>>(khleb)だった。"hlāf"と<<хлеб>>は音が似ている。
"sele"は現代英語の"give"を表す古英語の動詞"sellen"の命令形(単数)である。ちなみに現代英語の"sell"は"sellen"から生まれた。
あと,"ūs"は"us"である。
逐語的に現代英語に直すと,次のようになる:
Our daily bread give us today
現代英語らしく語順を直すと,
Give us our daily bread today
となる。
さて,こうして発達してきた英語だが,いよいよノルマン・コンクエストによって存亡の危機にさらされる。
<参考文献>
Simon Winchester "The Meaning of Everything: The Story of the Oxford English Dictionary" (Oxford University Press, 2003年)
| 固定リンク
「アカデミック」カテゴリの記事
- 『<学知史>から近現代を問い直す』所収の「オカルト史研究」を読む(2024.05.23)
- データ主導時代に抗して(2023.11.08)
- モンゴル語の"Л (L)"の発音(2022.11.18)
- 『学術出版の来た道』を読む(2021.12.10)
- Proton sea | 陽子の海(2021.06.03)
コメント