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2020.10.20

ラヴロック『地球生命圏―ガイアの科学』を読む

生物と非生物とが相互に関係しあって作り上げ,数十億年にもわたって自律的に生命の維持を行っているこの地球環境。これを一つの生命体として見なす仮説を「ガイア仮説 (Gaia Hypothesis)」という。ガイア理論ともガイア原理とも言う。

1979年にジェームズ・ラヴロックが"GAIA A new look at life on Earth"(邦訳『地球生命圏―ガイアの科学』)を通じてこの仮説を提唱したとき,欧米では無視されるか,あるいは強い批判を受けたとのことである。

しかし,地球を生命体と見なすこの考え方は,日本では抵抗なく受け入れられ,常識化しているように思う。アニミズムと言うか,「山川草木悉皆成仏」という思想がしっかり根付いている日本だからだろうか?

ラヴロックの本を読まずともガイア仮説は知っているつもりだったのだが,ふと気になって,原著(というかその翻訳)を読んでみた。

そうしたら,思ったよりも科学的で地道で堅実な内容に驚いた(第9章はかなり飛躍しているのだが)。地球の物質循環についての詳細な記述は,おそらくそれまで誰も手を付けなかった領域だったのではなかろうか?

地球の物質循環というと,酸素,炭素,水の循環に注目が集まるわけだが,その他の元素の循環についても触れていることが,老生にとっては新しかった。

例えば,海水の塩分のコントロール。

海水中の塩分は,河川を通じた陸からの流入と海底湧出に由来すると考えられている。しかしそれだけだと,海水はどんどん塩辛くなり,生命にとって危険な濃度になるはずである。どうやって,塩分濃度は安全限度内に抑えられているのだろうか? ラヴロックはブロエッカーの仮説に基づいて,海洋原生生物が死んだときに死骸とともに塩分が海底に輸送されているのではないかと考えている。

他にも例えば硫黄やヨウ素の循環。

本書が出た当時,地球上の硫黄やヨウ素の収支の帳尻が合わないことが問題になっていた。たとえば,陸上の硫黄源から算定される量よりも多くの量の硫黄が,河川を通じて陸から海へと流入していることが知られていた。

ラヴロックは硫化ジメチルがこの帳尻を合わせるミッシングリンクだと見ているのだが,この硫化ジメチルは海藻の生産物である。ヨウ素の収支についても,海藻から産出されるヨウ化メチルを無視できない。すなわち,生物由来のメチル化合物なしには,硫黄やヨウ素の収支が合わないというのだ。

このように,一見,無生物的な物質循環に思えるものが,生命の介在なしには成立し難いということを証拠を挙げつつ論じていく。地味だが強い説得力がある。

 

◆   ◆   ◆

 

本書の終わりに,訳者スワミ・プラブッダ(星川淳)がこう記している:

「本書を読み終えた読者なら,ラヴロックのいう地球生命体ガイアと,ぼくの感じとったガイアとのあいだには微妙なズレがあることにお気づきだろう。大気分析とシステム論から導きだされたラヴロックのガイアは,どちらかというとしたたかで,熱帯降雨林と大陸棚さえしかるべく保護されていれば,従来ていどの工業汚染どころか,氷河期や核戦争ぐらいではたいした影響をうけない。それにたいして,ぼくの体感するガイアはもっと繊細で傷つきやすい。僕が同調(チューン・イン)しているのはガイアの感情ないし意識活動に近く,ラヴロックの総論的な記述が,ガイアの生理あるいは肉体活動を中心としているからかもしれない。」(280~281頁)

老生が本書を読んで感じた驚きは,スワミ・プラブッダの感じたズレに由来するかもしれない。エコ意識の高い人やロハスライフの愛好者,「ガイア」という言葉を知っている人が,ラヴロックのこの本を読んでみると同じような気持ちになるかもしれない。この本は情よりも理に重きを置いた本,理知的でしたたかなガイアを描いた本であると言えるだろう。

 

◆   ◆   ◆

 

41年前の1979年に出た本なので,さすがに隔世の感を禁じ得ない部分もある。当時は「核の冬」に関する知見はまだなかったころであるし,オゾンホールや地球温暖化も今ほど問題化していなかった。そのため,ラヴロックはガイアの頑強性をそれほど疑っていなかったようである。

しかしながら,年を経てラヴロック(なんど現在101歳)も変わった。地球温暖化を大いに懸念するようになり,気候変動について積極的に述べるようになっている(参照)。

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