グデーリアンの戦後
今年の3月に上梓された,大木毅氏の『戦車将軍グデーリアン 「電撃戦」を演出した男』(角川新書)を読んでいる。
日本における「グデーリアン神話」に修正を迫る本であり,目から鱗が落ちるような感じがあって面白い。
昨年,同氏の『独ソ戦』(岩波新書)を読んだ。同書の指摘を踏まえ,自分で調べてみたところ,パウル・カレルの著書がドイツでは「禁書」扱いであることを確認したのだが(参照),その時と同じように,今回も快感をともなう驚きがあった。
改めて「日本の常識,世界の非常識」を思った。
さて,グデーリアンの戦後について。
本書の第12章「斜陽を受けながら」には,零落した(とはいえ執筆活動に勤しみ,リデル・ハートとともに自らの姿を演出していくのだが)グデーリアンの戦後生活が描かれている。銀行口座は凍結され,有価証券の現金化もできず,1950年になってようやく年金受給の資格を得たという。
日本語版wikipediaの「ハインツ・グデーリアン」の記事には
「1948年6月17日に釈放された後は,アメリカ陸軍機甲学校で講義を行ったり,回想録を執筆して余生を送った。」
とのみ書かれており,本書で描かれているような生活苦については触れられていない。
ドイツ語版Wikipediaの"Heinz Guderian"の記事を見ると,
- 元ナチ党員組織「兄弟団」に加盟
- 死去するまで"Das Amt Blank"(「ブランク事務所」,後の国防省)にアドバイザーとして勤務
- 執筆活動を通して「清廉潔白な国防軍」神話の形成に寄与
ということが書かれている。困窮の話は書かれていないが,「兄弟団」加盟の話と「清廉潔白な国防軍」神話形成の話は本書『戦車将軍グデーリアン』でも取り上げられている話である。しかし,"Amt Blank"勤務の話はドイツ語版Wikipediaで初めて知った話だ。
Wikipediaの記述を鵜呑みにするのもどうかと思うので,自分なりに調べてみた。
"Amt Blank"勤務の話はIan Klinkeの著書"Bunkerrepublik Deutschland: Geo- und Biopolitik in der Architektur des Atomkriegs"に出ていたので間違いあるまい:
"Der bereits im vorangegangenen Kapitel erwaehnte Heinz Guderian war in den fruehen 50er Jaren Berater im "Amt Blank", also im gerade entsehenden Verteidigungsministerium." (Ian Klinke "Bunkerrepublik Deutschland", p.85)
日本語版Wikipediaに書かれていた「アメリカ陸軍機甲学校で講義」の話に関しては根拠となりそうな資料が見つからなかった(本郷健訳『電撃戦 グデーリアン回想記』(フジ出版社,1974年)の訳者あとがきに「敗戦後捕虜になり,のちアメリカ軍の戦車学校に招請される」の記述があり,これが根拠のようだが,米側の資料は見当たらない)。
アメリカ陸軍機甲学校は通称"Fort Knox"である(今はFort Benningに移っている)。Fort Knoxの記録を調べると,ハインツ・グデーリアンではなく,息子のハインツ・ギュンター・グデーリアン(ドイツ連邦軍陸軍少将)がFort Knoxを1973年4月に訪問したという記録がある:
"Rediscovering Fort Knox: 'Sons of thunder' Guderian, Patton meet at Fort Knox"
ひょっとしたら,息子の話と父親の話がごっちゃになっているのではないかと愚案している。今後も調査継続の予定。
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