フエンテス『アルテミオ・クルスの死』を読む
フエンテス作・木村榮一訳『アルテミオ・クルスの死』(岩波文庫)を読んでいる。
500頁超の分厚い小説だが挑戦。
始めの80ページ余りは次のような流れになっている:
――死の床に就いた成り上がり者の大富豪,アルテミオ・クルス。
一人称「わし」で叙述されるパートから物語は始まる。余所余所しい妻カタリーナと娘テレーサらが周りにいるのだが意思疎通はままならない。アルテミオ・クルスは昨日,エルモシーリョからメキシコシティに飛行機で移動し,今朝,執務室で倒れたようだ……。
そして今度は二人称「お前」による叙述が始まる。昨日のフライトで起こった出来事,ここまで成り上がったプロセス,様々なことが去来する……。
次に,1941年7月6日の出来事が三人称「彼」による叙述で始まる。第二次大戦下でのアルテミオ・クルスの仕事ぶり,カタリーナとテレーサの買い物など,日常が描かれる。
続いて一人称のパートが始まる。いまわの際のアルテミオ・クルスは体も動かず,声もほとんど発しないが,心の中では饒舌。カタリーナやテレーサや司教をなじったり,秘書パデーリャをほめたり,妾のセラフィンが居る別宅の心地よさを思い出したりしているうちに気持ちが良くなってくる。
そしてまた二人称のパートが始まる。アルテミオ・クルスの持つ二面性についての考察。善と悪,優しさと残酷さ,勇気と臆病,2つを同時に体現するのが「お前」ことアルテミオ・クルスなのだ……。
フラッシュバック。1919年5月20日の出来事が三人称によって叙述されていく。若き将校・アルテミオ・クルスが,戦友の父親・ドン・ガマリエル・ベルナルとその娘カタリーナに近づき,彼らの財産の乗っ取りを図る――。
というように,人称が目まぐるしく交代し,フラッシュバックも入り,技巧が凝らされている。なかなか手ごわい小説だ。
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