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2020.03.06

山頭火と猫(5)

熊本に戻った山頭火は『行乞記(一)』の続きとして昭和5(1930)年12月28日から『行乞記 三八九日記』(ぎょうこつき さんぱくにっき)をつけ始める。

三八九」とは,これから山頭火が結ぼうとしている庵の名前である。『行乞記(一)』の12月13日の項に書いてある:

夜、寝られないので庵号などを考へた、まだ土地も金も何もきまらないのに、もう庵号だけはきまつた、曰く、三八九庵(唐の超真和尚の三八九府に拠つたのである)。(行乞記(一),昭和5年12月13日)

「唐の超真和尚」と書いているのだが,熊本県人吉市にある永国寺(曹洞宗)の開祖・実底超真和尚のことではなかろうか?山頭火も曹洞宗であることだし。

しかし,「三八九府」とはなんだろう?白隠禅師の『毒語注心経』に「不明三八九対境多所思(三八九を明らめずんば,境に対して所思多し)」とあるが。

それはさておき,『行乞記 三八九日記』には猫に関する句が3つ掲載されている。

まず,昭和6年1月2日。山頭火は,お屠蘇と雑煮で正月を祝ったり,熊本市内の知人を訪ね歩いたり,元妻・咲野(サキノ)と喧嘩したり,他所の火事を見物したりして一日を過ごした。この日11句作ったうちの1句が猫の句である:

もう死ぬる声の捨猫をさがす(行乞記 三八九日記,昭和6年1月2日)

正月気分の句が並ぶ中,突如,死の影。

そして1月19日。生活苦を訴えながら朝湯朝酒を楽しむ山頭火は,知人との交流を楽しんだ後,次の句を作った:

日向ぼつこするも親子(行乞記 三八九日記,昭和6年1月19日) 

最後に1月30日。稀也氏送別の句会に参加した。この日作った10句のうちの一句:

恋猫の声も別れか(行乞記 三八九日記,昭和6年1月2日)

これで猫の句が合計3句である。

ちなみに『行乞記 三八九日記』には犬の句も3句掲載されている:

元旦の捨犬が鳴きやめない(昭和6年1月1日)

寒月の捨犬が鳴きつゞける(1月7日)

犬を洗つてやる爺さん婆さんの日向(1月29日)

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