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2020.01.25

ヒマラヤイエティ考(二) ジョン・ハントの報告

エベレスト初登頂を目指すジョン・ハントらイギリス隊は、1953年3月下旬、Thyangbocheにベースキャンプを設営した。

そして、3月28日の午後、同地の僧院を訪問。

そこでハントは僧院長代理にイエティのことを尋ねた。

僧院長代理は2、3年前の冬、イエティを目撃したことがあると言った。

——そのとき、イエティは僧院の周りの茂みから現れた。大股で二足歩行したり、四足歩行したり。身長は5フィートほどで、灰色の毛に覆われていた。雪玉を作って遊んでいた。——

——僧院の人々はこの招かれざる客を追い返すため、法螺貝やロングホーンを鳴らした。イエティはそれを聞き、茂みへと逃げ帰っていった。—

この話のほか、ハントらは僧院長代理から、チベットにおいてイエティの一部族が鏖殺されたという話も聞いた。

 

以上の報告はジョン・ハントの著書『Ascent of Everest』に記されている。

 

当時の欧米人登山家の間では、イエティのことはホットイシューだったのである。

 

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