ヒマラヤイエティ考(一) その名について
「イエティ (Yeti)」の語源は,その存在と同様に,よくわかっていない。
チベット語の「ヤ」=g.ya'(Wylie方式表記)/ya(チベットピンイン表記)つまり「岩場」と,「チェ」=dred(Wylie方式表記)/che'チベットピンイン表記)つまり「熊」に由来するという説がよく知られている。要するにチベット語で「岩熊」と呼ばれているというわけだ。
しかし,Thubten Jigme Norbuというチベットの僧院長の話によれば,1949年までイエティという言葉を耳にしたことがなかったという。そして彼はネパールの言葉だと信じている[1]。つまりチベット人からすれば,チベット語由来という説は疑わしい。
Majupuria[2]はイエティとはNe-teまたはNe-tiという言葉に由来するという説を紹介しているが,これはMe-teあるいはMe-tiの誤記かもしれない。これは,チベット語で「ミチェ」=mi dred(Wylie方式表記)/miche'(チベットピンイン表記),つまり「人熊」という意味の言葉である。
イエティとはヒマラヤに住む雪男に対する由来不明の総称といった方が良いかもしれない。地域によって,いわゆるイエティに対する呼び名が違うからだ。
ヒマラヤに住む雪男についての記述はJ. B. Fraserがその著書"Journal of a Tour through Part of the Snowy Range of Himalaya Mountains"(1920)で触れたのが初めだという[2]。そのときFraserは雪男のことを"Bang"と呼んだ。
Majupuria[2]によれば,チベット人は「ミゴ」(migo = wild man)とか「ガンミ」(gang mi = glacier man)と呼ぶという。また,レプチャ人は「ロムン」(lomung = mountain spirit)とか「チュムブン」(chumbung = snow spirit)と呼ぶという。
Larry G. Petersはその著書[3]の冒頭で「バン・ジャンクリ」(ban jhankri)という雄のイエティと「バン・ジャンクリニ」(ban jhankrini)という雌のイエティを紹介している。これらのイエティはネパールのマガル族やタマン族のシャーマンたちから崇拝されている。
地域による呼び名の違いもあるが,他にも大きさや食べ物の好みによって呼び名が異なる場合もある。それらについては別記事で取り上げてみたい。
[1] Thubten Jigme Norbu & Colin Turnbull, "Tibet: its history, religion, and people", Middlesex, England, Penguin Books, 1972
[2] Trilok Chandra Majupuria & Rohit Kumar (Majupuria) "YETI the abominable snowman FACT or FICTION", Know Nepal Series, 1993
[3] Larry G. Peters, "The Yeti Spirit of Himalayan Forest Shamans" Nirala Publications, 1991
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