「ピー」と「ノーン」の関係|『タイの基礎知識』を読む
新国王が配偶者の地位をはく奪するなど,いつも目が離せないタイ王国の情勢だが,2014年タイ軍事クーデター以降2016年までの比較的新しい現代タイに関する知識を提供してくれるので非常にありがたいのが,これ,柿崎一郎著『タイの基礎知識 (アジアの基礎知識)』である。出版社は東南アジアについての書籍ではおそらくナンバーワンの「めこん」である。
同じ著者の本としては以前『物語 タイの歴史』を読んだ(参考:「Hard-nosed Thai したたかなタイ」)。
『物語 タイの歴史』も面白かったが,この『タイの基礎知識』はさらに面白く,すらすら読める。
タイが高齢化社会どころか高齢社会に突入していることもわかったし,高等教育(大学以上)の進学率も日本と同レベルの50%に達していることも分かった。タイは発展途上国ではなく,中進国ですらない。先進国一歩手前の国だ。
この本でなるほど,と思ったのが,タイ社会の基盤ともいえる「ピー・ノーン」という個人間の関係性である。「ピー」は兄・姉,「ノーン」は弟・妹を意味し,パトロン・クライアント関係とも呼ばれる。
タイ社会の一員となるためには,すでにタイ社会の一員である人物を「ピー」とし,その保護下にある「ノーン」となればよい。
タイは伝統的に外来の優秀な者をどんどん登用していく社会である。歴史上の人物たちで言えば「アユッタヤー朝で要職に就いた山田長政や,ラッタナーコーシン朝で多数登用された外国人顧問などがその好例である。」(本書20頁)
そういえば,同じタイ系民族の国家であるラオスで,小生はいつの間にかラオス人たちの集まりの末席に加わっていたりするのだが(しかも特別扱いというわけでもなく),これも「ピー・ノーン」関係の中で彼らの一員と化しているのだろうと思った。
あくまでも個人と個人をつなげる「ピー・ノーン」関係で形成されるタイ社会は個人主義社会である。集団主義の傾向が強い日本とは大きく異なる。
「ピー・ノーン」関係は国家レベルでも存在する。かつての「マンダラ」システム(強い王が周辺の弱い国々の王を従える仕組み)もそうだったが,現在ではタイ・ラオス関係にそれが見られる。タイ側からすると「ピー」はタイということになる。しかし,この考え方がラオス人にとっては不愉快なものとなっており,両国の関係をときどきギクシャクさせる原因となっている。本書ではそのあたりを「ラオスとイサーン」という節で触れている。
現代タイ国内の「赤」と「黄」の対立,つまりタクシン派と半タクシン派の対立を「ラーオ」的なものと「シャム」的なものとの対立としてとらえるのは卓見だと思う。
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