中坪央暁『ロヒンギャ難民100万人の衝撃』を読む
「めこん」からすごい本が出た。
中坪央暁(なかつぼ・ひろあき)『ロヒンギャ難民100万人の衝撃』。全525頁の大部。
ロヒンギャ難民について知るべきこと(歴史,迫害・虐殺,難民キャンプの現状,国際支援のあり方)ほぼ全てが網羅されている労作である。
著者は国際協力分野のベテランジャーナリスト。現在,国際NGO「難民を助ける会(AAR JAPAN)」バングラデシュ・コックスバザール駐在としてロヒンギャ難民支援に携わっている。
世界中に拡散したロヒンギャの数は200万。そしてそのうち100万人以上がバングラデシュ国内に難民として居住している。さらにそのうちの70万人余りが2017年8月末のミャンマー国軍によるロヒンギャ掃討作戦をきっかけとしてバングラデシュに流入してきた人々である。
ロヒンギャたちの苦難も筆舌に尽くしがたいが,バングラデシュにのしかかる負荷もすさまじい。
そもそもロヒンギャとは何者なのかということについて,ロヒンギャたち自身とミャンマー政府・ミャンマー国民との間で認識が共有されていないことが,ロヒンギャ難民問題の根底にある。
ロヒンギャという呼称をひとまず置いて,本書で紹介されている根本敬説と高田峰夫説とをもとに,ラカイン州のイスラム教徒の歴史を整理すると次のようになる:
- アラカン王国時代(15~18世紀),現在のラカイン州に多数のイスラム教徒が居住していた
- 英植民地時代に地続きのベンガル地方からベンガル人が移住・定住した
- 第2次世界大戦後,ビルマ独立前後の混乱期に東パキスタン(現バングラデシュ)の人々が流入した
- バングラデシュ独立時(第三次印パ戦争時)に多数のイスラム教徒が流入した(という可能性がある)
ロヒンギャ側の視点に立てば,ロヒンギャとはアラカン王国の時代から定住している住民(後から流入した人々が含まれているとはいえ)ということになる。一方で,ミャンマー政府・ミャンマー国民の多くから見れば,2,3,4のベンガル人流入の印象が強く,近現代になってミャンマーの領域に侵入してきた余所者という扱いになる。
ロヒンギャという呼称については,1950年以降の文献でしか確認できない。これは,ミャンマー政府・ミャンマー国民の多くの主張をサポートする根拠となっている。
しかし,ラカイン州に数世紀にわたってイスラム教徒が定住してきたという歴史は確かであるし,ビルマ独立直後からウー・ヌ失脚・ネウィン権力掌握までの一時期,ロヒンギャがビルマ(ミャンマー)を構成する民族の一つとして認められていたことも事実である。
ロヒンギャに対する迫害が徐々に激しくなってくるのはネウィン時代から。その様子が描かれているのが本書第2章の「少数民族弾圧」である。
1991~1992年,軍事政権による強制労働と人権侵害から逃れようと27万人のロヒンギャがバングラデシュに流入。2012年6月,ラカイン州でイスラム教徒と仏教徒が衝突し,ロヒンギャを含む14万人が国内避難民化。2016年10月,「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」による警察襲撃をきっかけに掃討作戦開始,9万人のロヒンギャがバングラデシュに流入。
そして,2017年8月の掃討作戦により74万人のロヒンギャがバングラデシュに流入。これが描かれるのが第3章の「大惨事の発生」である。
「その日はまるで全世界が崩壊し,この世の終わりが来たかのようでした。私は『審判の日』を迎えたのだと思いました[*]」(本書144頁)
と第3章の冒頭に掲げられた難民の証言はとても重い。
本書第7章「遠のく帰還」では解決の糸口を探っているのだが,一朝一夕で解決できるような問題でないことが再認識される。
思うに,これは「世界観戦争」のようなもので,ミャンマー政府・ミャンマー国民の認識というか世界観が変わらない限り,根本的な解決には至らない。
当面はロヒンギャ難民の存在を忘れないこと,そしてバングラデシュ政府を支え続けることしかないだろう。
[*]国連報告(A/HRC/39/64)ではこう記述されている:
"That day felt like the last day of this world, as if the whole world was collapsing. I thought judgment day had arrived."
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