中国の近代化
バリントン・ムーア『独裁と民主政治の社会的起源』の第4章「中国帝国の衰退と共産主義型近代化の起源」読了。
中国の場合,英米仏とは異なり,資本主義と議会制民主主義への道ではなく,共産主義に至る道を辿った。
中国清朝における支配階級は科挙によって選ばれた読書人=官僚と紳士たる地主階級だった。両者はしばしばクラン(同族)を通して結びついていた。つまり,ある地主は自分の子供,あるいは自分の所属するクランの優秀な子供に手厚い教育を施し,科挙制度を通じて,官界に送り込んだ。官僚になり,立身出世を遂げた者は,その富によって同じクランに属する人々を養うほか,土地を購入し,官僚を辞したのち,新たな地主となってクランの繁栄を支えた。
科挙制度と収賄の黙認という,帝制の公式および非公式の制度は読書人=官僚&地主たちの繁栄を支えた。読書人=官僚&地主は賄賂や地代を得る一方で,帝国の財政基盤強化には貢献しなかった。
清帝国には莫大な人口があり,低廉な労働力が容易に手に入る状況だった。このため,地主たちに農業の近代化・商業化の気運はついに生まれなかった。
1860年代から,西欧諸国の影響により,沿岸都市部では商工業が発達したが,それは地方の有力紳士の庇護のもとでの発達だった。つまり,商工業は地方の有力者の権力を支えるためのものであり,帝国の統一要因としてよりは分裂要因として作用した。
清朝末期,帝国政府は国内の反乱鎮圧と諸外国からの脅威への対抗のため,歳入の増加を必要としていたが,それは読書人=官僚&地主の特権を奪うことになりかねず,結局は失敗した。西太后ですら強力な中央集権体制を確立することができなかった。ついに清帝国は崩壊した。
清帝国崩壊後,分裂の時代が始まる。沿岸大都市の商工業の担い手であるブルジョアジー,そして地主たちは各地の軍閥,あるいは国民党との結びつきを強めた。大都市周辺では商工業の発展が次第に農村に影響を与えた。すなわち,貧富の差の拡大,不在地主制度の拡大,自作農の減少が進んだ。
地主と農民との間に紐帯は極めて弱く,地主は農民から搾取するのみであった。困窮した農民の中には匪賊に転じるものもあった。
農村の社会改革に関して国民党は掛け声のみで実質的には何もしなかった。農民を搾取から救い,地主の収入を減らすような政策を国民党は取ることができなかった。
国民党は内戦や海外からの侵略など,中国が直面する数々の困難を乗り越えるためには国民の団結を強めることが重要だと考えていた。蒋介石は中国の国民をばらばらの砂(散砂)とみなした。これを強固な塊にするための努力は国民の道徳・心理の改革――というよりも伝統回帰的な政治教育――に終始し,農村における問題解決のような社会経済改革には着手しなかった。
地主と農民との紐帯は弱かったが,農民同士の紐帯もまた弱かった。農民が帰属意識をもつのはやはりクラン(同族)だった。ただし,それも農民が土地を所有し,同じクランの仲間同士支え合っている限りのことであって,ひとたび土地を失えば,その農民は農村社会からもクランからも離脱し,匪賊や軍閥の兵士となった。
ばらばらの農民たちに団結を促した原因の一つは,日本の侵略であった。日本軍は国民党の支持層である地主たちを除去するとともに,共産党の指導の下で農民たちが抗日活動を行い,団結を強める機会を与えた。共産党は「貧農や中国社会で最も抑圧されていた集団である女性の間にまで,新しい組織を創った。」(342頁)
というわけで,帝制に対決したり,農業の商業化に踏み出したりする地主層が存在しなかった中国においては,資本主義と議会制民主主義は発達せず,農民に新たな紐帯を与えることに成功した共産主義が凱歌を奏した。
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