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2019.08.11

野呂邦暢作品集について

ここしばらく野呂邦暢の小説ばかりを読んでいるが,講談社文芸文庫の『草のつるぎ|一滴の夏 野呂邦暢作品集』は,作品の並べ方に工夫を感じる。

この作品集には『狙撃手』(昭和41年12月),『白桃』(昭和42年2月),『日が沈むのを』(昭和47年9月),『草のつるぎ』(昭和48年12月),『一滴の夏』(昭和50年12月),というように発表年代順に5つの作品が収められている。

このうち,『草のつるぎ』は,陸上自衛隊・教育隊で訓練を受ける若い兵士を描いた作品。そして,『一滴の夏』は大水害後の故郷に戻った青年があてどもない暮らしを続ける話。

それぞれ独立した作品でありながら,続けて読むと『草のつるぎ』は『一滴の夏』の後日譚として読むことができる。どちらも「ぼく」という一人称で記述されており,また,どちらの「ぼく」も自衛隊,諫早大水害という体験を共有しているからである。

それにしても野呂邦暢の風景描写は精密で具体的だ。そのことについて,中野章子は『野呂邦暢小説集成I 棕櫚の葉を風にそよがせよ』(文遊社)の解説の中でこう語っている:

「野呂は自衛隊で砲兵となり教育を受けて測量手となっている。方向と距離に対する感覚や地形を見る眼をここで養ったのだろう。帰郷後は町を歩き,風景を言葉でスケッチするのを専らとした。精巧なカメラアイを持った野呂の文章には具体的で鮮やかな風景描写はあっても,抽象的な心象風景はみられない。」(『野呂邦暢小説集成I 棕櫚の葉を風にそよがせよ』507ページ)

まさしくカメラアイ。

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