私の知らなかった南北戦争
バリントン・ムーア『独裁と民主政治の社会的起源』の第3章「アメリカ南北戦争 最後の資本主義革命」読了。
南北戦争の原因には諸説ある。経済的な対立に原因を求める説があるが,北部の産業資本主義と南部のプランテーション経済との間には致命的な摩擦があったとは言い難いとムーアは言う。
では奴隷制に対する道徳的な対立に原因を求めるのはどうか? 実はネヴィンズによる1859年選挙の分析結果によれば,「全国民の少なくとも3/4が,奴隷制に賛成であれ反対であれ,過激な考え方に反対していた」(198頁)という。つまり多くの人々は,奴隷制についての対立の激化を避けようとしていたわけである。したがって奴隷制についての対立が南北戦争の原因であるとするには無理が生じる。
ムーアが示すのは次のような経緯である:
- 19世紀,アメリカの社会構造は3つの方向に発展した
- 北部:産業資本主義
- 南部:プランテーション奴隷制を基礎とする農業社会
- 西部:開拓者たちの家族労働農業
- これらのうち,北部と西部が結びつき,南部との間で価値観の衝突が生じた
- 北部(+西部)と南部の価値観の衝突のうち,最大のものが奴隷制だった
とするとやはり奴隷制についての対立が南北戦争の原因ではないかと思うだろうが,先ほど述べたように,多くの人々は奴隷制についての対立をあおるようなことは避けていたわけである。価値観の衝突があったとしても,南北両社会が併存し共存することは可能だった。
だが,それは南北両社会が均衡を保っている限りの話だった。ムーアの説明はもう少し続く。
- 新しく誕生した州を合衆国に編入するときに問題が生じる
- その新しい州を自由州とするか奴隷州とするか,それによって南北の均衡が崩れる恐れがある
- 南北双方の政治家は「相手が有利になるような動きや手段に,ますます敏感にならざるを得なかった」(218頁)
西部にはまだまだ多くの土地があり,それらが南北のどちらに転ぶかわからないという状況下においては,南北双方の政治家の言動が対立を激化させ,内戦へと至らしめる可能性があるわけである。
議会において穏健派が多数を占める間は奴隷制度問題は棚上げされ,内戦には至らない。しかし,奴隷制廃止にせよ維持にせよ教条主義者が力を持ち始めると,内戦への流れを止めることは難しい。
ムーアはこう書いている:
「大雑把に言えば,デモクラシーが機能するためには,多数の人が持っているありふれた美点――自ら進んで妥協し,対立する側の観点を理解するような実用主義的(プラグマティック)なものの考え方――を備えた穏健派が必要である」(220頁)
これは,先日紹介したカール・シュミットが議会制民主主義について言っていたことと同じことを言っている:
「討論には,前提としての共通の確信,よろこんで自ら説得される覚悟,党派の拘束からの独立,利己的な利害にとらわれないこと,が必要である。」(カール・シュミット『議会主義と現代の大衆民主主義との対立(1926年)』)
ということは南北戦争の直接の原因は「デモクラシーの機能不全」ということに落ち着くのではないだろうか。もちろん,根本原因として社会構造の違いということがあるわけだが。
| 固定リンク
「経済・政治・国際」カテゴリの記事
- アフガニスタンからネパール人救出中(2021.08.18)
- カブール落つ(2021.08.16)
- デモクラシーの正統性と社会経済システムの正統性(2021.02.10)
- 奴隷商人にして篤志家の銅像をブリストル港にポイ捨て(2020.06.08)
- OECDの予測値がえらいことに|Japan hardest hit!(2020.04.09)
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 小池正就『中国のデジタルイノベーション』を読む(2025.01.06)
- 紀蔚然『台北プライベートアイ』を読む(2024.09.20)
- 『ワープする宇宙』|松岡正剛に導かれて読んだ本(2024.08.23)
- Azureの勉強をする本(2024.07.11)
- 『<学知史>から近現代を問い直す』所収の「オカルト史研究」を読む(2024.05.23)
コメント