それであなたがたは主の恵みのどれを嘘というのか?
この猛暑の中,以前読んだ(参考)中田考『イスラーム入門 文明の共存を考えるための99の扉』 (集英社新書)や,阿刀田高『コーランを知っていますか』(新潮文庫)を再読しつつ,さらに日本ムスリム情報事務所「聖クルアーン日本語訳」を参照したりしている。
クルアーン(通称:コーラン)はその名の通り,本来アラビア語で朗唱するべきであって,翻訳は解釈(タフスィール)にすぎない。だが,(ペルシャ語を学んだことがあっても)アラビア語を学んだことのない老生にとって,クルアーンに近づくための手段としては,日本語訳を読むしかない。
クルアーン各章のうち,「慈悲あまねく御方」章は特筆すべき特徴を持つ章であって,「それであなたがたは主の恵みのどれを嘘というのか」というフレーズが随所に効果的に現れ,詩的な効果を生んでいる。
阿刀田高は言う:
「さながら交響曲の楽章のあいまに響くモチーフのように,初めはこのフレーズがさりげなく入り,頻度を増し,最後は一フレーズおきにこれが繰り返される。<中略> このリフレインが詩的な修辞法であることは明白だ。」(『コーランを知っていますか』108ページ)
まさしく「誦(よ)め」(「凝血」章)とアッラーが命じたように,本来は声に出して,その言葉の効果を体感するべきものなのだろう。アラビア語で体感できないことが悔やまれる。
「慈悲あまねく御方」章には緑滴り,泉湧き出で,種々の果物みのる楽園が描かれているのだが,その有難さを想像するには今の猛暑の中が相応しい。
ちなみに,であるが,この「慈悲あまねく御方」章には
「かれは2つの海を一緒に合流させられる。(だが)両者の間には,(アッラーの配慮によって)障壁があり一方が他方を制圧することはない」(日本ムスリム情報事務所「聖クルアーン日本語訳)
という一節がある。『人類はどこへ行くのか』(講談社学術文庫)の第3章「人類にとって海はなんであったか」(応地利明)によれば,「2つの海」とはインド洋と地中海,「障壁」とは西アジアのことだという。
だが,「2つの海」に関して「両方は真珠とサンゴを産する」という一節があることから,老生などは「2つの海」とはペルシャ湾と紅海のことで,「障壁」とはアラビア半島のことなのではないかと思っている。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 紀蔚然『台北プライベートアイ』を読む(2024.09.20)
- 『ワープする宇宙』|松岡正剛に導かれて読んだ本(2024.08.23)
- Azureの勉強をする本(2024.07.11)
- 『<学知史>から近現代を問い直す』所収の「オカルト史研究」を読む(2024.05.23)
- トマス・リード『人間の知的能力に関する試論』を読む(2024.05.22)
コメント