映画『ラスト・エンペラー』を観て|文繍のその後
BS日テレで『ラスト・エンペラー』をやっていた。
この映画をこれまで何度見たことだろうか? 嵯峨浩や川島芳子やキョージュ演じる甘粕がなんか面白いことになっているものの,全体としては何度観ても良い映画だと感じる。
とくに最後,ジョン・ローン演じる晩年の溥儀が玉座からコオロギの入った入れ物を取り出すシーンが最も好きだ。
そして,次に好きなのが,淑妃(第2夫人)の文繍が雨の中,家を出ていくシーン。ベルトルッチの無理な注文に対して見事に応えてみせたキョージュの劇伴が素晴らしい。
それにしても文繍はその後,どうしたのか?
Wikipedia中文版の記事によれば,この離婚騒動は刀妃革命と呼ばれているらしい。以下は同記事およびWikipedia英文版の要約。
溥儀と文繍の双方が弁護士を立てて協議した結果,1931年10月22日に離婚が成立。溥儀は文繍に対して慰謝料5万5千元(洋銀)を払うこと,文繍は再婚しないこと,そしてお互いに名誉を棄損しないことが条件だった。
離婚後は民間人となったものの,使用人を4人雇うなど,宮廷の生活からはなかなか抜け出せなかった。
北平(北京)私立四存中学校の教師となったが,元皇妃であることが知れ渡り,見物人やマスコミ関係者が押し寄せてきたため,結局職を辞することとなった。
辞職後,24歳という若さで胡同に隠棲。宝石類を売ったり,タバコを売ったりして糊口をしのいだ。求婚者はあったが,溥儀との約定から結婚はしなかった。
第二次世界大戦(抗日戦争)終了後,38歳の時に国民党軍人の劉振東と結婚した。劉振東はレンタカービジネスを始めるがすぐに破産。そして1949年,国共内戦終結。劉振東は共産党に詫びを入れ,清掃隊に職を得る。劉振東と文繍は10平米の住まいで極貧生活をすることになった。
1953年9月17日午後10時,文繍は心臓発作で死去。44歳だった。身内と言えるのは夫の劉振東だけだった。
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