V.S.ナイポール『ミゲル・ストリート』を読む
2001年にノーベル文学賞を受賞したV.S.ナイポールの『ミゲル・ストリート』(岩波文庫)を読んだ。訳は小沢自然と小野正嗣。小野正嗣は日曜美術館の司会でおなじみ。
V.S.ナイポールは1932年,当時イギリス領だった西インド諸島トリニダード島に生まれた。インド系の人である。
『ミゲル・ストリート』は1959年に刊行された。1957年に刊行された『神秘な指圧師』がデビュー作として知られているが,実は『ミゲル・ストリート』の方が先に書かれており,実質上のデビュー作はこちらの方である。
本作は,トリニダード・トバゴの首都ポート・オブ・スペインの一角,ミゲル・ストリートに住まう風変わりな住人たちを描いた17の短編連作で構成された物語である。「名前のないモノ」をつくる大工ポポ,「アサガオのような小さな花を見ても泣くことができる」と主張する自称詩人B・ワーズワース,誰も依頼しないのに花火づくりに精を出す花火技術者モーガンなど,一癖も二癖もある大人たちを,主人公の少年「僕」の視点でユーモラスに描いている。
B・ワーズワースの話は笑いとウィットに富んでいるのだが,とても悲しい結末に至る。これだけで一つの映画になりそうだ。
そして,モーガンの話,とくに「これほど美しい火事はポート・オブ・スペインでは1933年以来だった」と称賛されたモーガン宅の火事は悲劇であると同時に爆笑モノである。
第1話目から第15話目まで,おかしな大人たちに対して「僕」はある種の尊敬の念をもって付き合っているのだが,第16話「ハット」に至ると状況は変わる。成長した「僕」から見ると,ミゲル・ストリートの大人たちは急激に魅力を失っているのだ。
幼年期の終わり。成長というのは取り返しのつかないことでもある。ユーモラスな文体が一層その感慨を強くする。
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