山下清海『東南アジア華人社会と中国僑郷』を読む
本棚の滞貨一掃の件の続き。令和二日目は山下清海『東南アジア華人社会と中国僑郷―華人・チャイナタウンの人文地理学的考察』(古今書院)を読んだわけである。
なにしろ東南アジア方面の仕事が多い。そして東南アジアでは華人たちの経済力を無視できない。
この本を読んで認識を改めなくてはいけないことが2つあった。
一つは世界に進出した中国人たちの呼称。我々は彼らのことを「華僑」と呼ぶが,「僑」とは仮住まいのこと。中国本土を出て数世代。アジア,オセアニア,アメリカ,ヨーロッパ,アフリカ等々に根付いた人々もいる。彼らを華僑と呼ぶのは適切ではない。まとめて呼ぼうとすれば,「華人」と言うべきである。
もう一つは華人社会の多様性。本書で著者は華人社会の多様性に注目する。中国語は方言の差が著しく,出身地が異なれば通じないことが多い。そこで,東南アジア各地では華人たちは出身地ごとに集団を形成している。福建人(Hokkiens),潮州人(Teochews),広東人(Cantonese),客家人(Hakkas),海南人(Hainanese),福州人(Foochows)といった具合に。
著者はこれらの華人方言集団の職業別・地域別の棲み分けの様子を描き出している。
例えばシンガポールでは,ゴムの取引は福建人,米・生鮮食料品の売買は潮州人が,食堂の経営は海南人または福州人が,質屋は客家が,というように職業別の棲み分けがある。
また,東マレーシア(ボルネオ/カリマンタン島)では客家人と福州人が農業に従事し,福建人と潮州人が商業に従事している。そして,客家人と福州人は別々の地域に棲み分け,福建人と潮州人もまた別々の地域に棲み分けている。
本書で著者は食の多様性についても触れている。我々が東南アジアにおいて単に中華料理と呼んでいるものは,よく調べれば,華人方言集団がそれぞれ生み出したものであることがわかる。例えば,マレーシアやシンガポールの福建人が生み出した「バクテー(肉骨茶,bak kut teh)」。潮州人が生み出した「スティームボート」もしくは「タイスキ」「タイシャブ」。同じく潮州人が生み出した麺「kway teow」。広東人は「飲茶(dim sum)」を,海南人は「シンガポールチキンライス」すなわち「海南鶏飯(hainan ji fan)」を生み出した。
このように華人社会には多様性があるものの,著者によれば,近年,とくにシンガポールでは方言別集団の崩壊が始まっているとのことである。シンガポールの政治経済の共通語は英語であり,若い世代は父祖の言葉を学ぶよりも英語を学び,方言別集団への帰属意識を失いつつあるからである。白石隆が提唱するところの「アングロ・チャイニーズ」の登場(参照)である。
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