海上花列伝|当時の一万ドルっていくら?
韓邦慶著『『海上花列伝』』の最終回(第六十四回)の冒頭,朱淑人が大富豪の娘と結婚することを知って芸者・周双玉は怒り狂い,慰謝料一万ドルを要求する。
双玉満面怒色,白澄著眼,<目秋>定淑人,良久良久,説道:
「一万洋銭買耐一条性命,便宜耐!」
淑人掩在善卿肘後,不敢作声。
双玉は満面に怒気をたたえ,淑人を睨みすえながら,ややしばらくして,
「一万ドルできさまの命を助けてやる。まけておくよ」
淑人は善卿の背後に隠れ,口をきくこともできない(太田辰夫訳)
『海上花列伝』は1894(光緒20)年1月に刊行された小説である。上海に限らず当時の中国では海外の銀貨が通貨として流通していた。洋銀,洋銭と言われるものである。原文では「一万洋銭」とのみ書いてあるが,これは米国の"Trade dollar"で一万ドルということだろう。Trade dollarは重量27.2g,品位は銀90%,銅10%だった。
ちなみに中国では1887(光緒13)年から「光緒元宝」という銀貨が発行され始めた。これは額面は7銭2分,つまり0.72両で,重量26.9g,銀88.61%,銅11.39%という品位だった(『官報』「光緒元寶品位試驗表(大藏省)」1895年03月13日による)。
「光緒元宝」の0.72両という額面が中途半端な感じがするかもしれないが,これは重量・品位を"Trade dollar"に合わせたためである。つまり,1ドル=0.72両(光緒元宝)というレートが成立する。
さて,周双玉が要求した「一万洋銭」は現在の価値でいくらになるだろうか? 銀の含有量を基準にして考えてみよう。
銀相場は常に変動しているが,ここ半年,2018年10月から2019年3月の銀の価格は60円/グラム前後である。
洋銭1ドル(Trade dollar)あたり27.2×0.9=24.48gの銀を含むので,1万ドルで銀24万4800グラムと等価である。これに60円/グラムをかけると,244,800×60=14,688,000円。つまり,周双玉は朱淑人に現在の価値で約1500万円の慰謝料を要求したのだと考えられる。
周双玉は1万ドルのうち,5千ドルを落籍の費用,つまり芸者として売られた際のお金(多分親に渡されたのだろう)の返済に使うという。ということは売れっ子芸者の身代金は730~740万円ぐらいということになる。
以上はあくまでも銀の価格,しかも現在の相場を基準にした換算なので,いろいろと議論はあろうかと思う。しかし,『海上花列伝』の世界の金銭感覚を理解する助けにはなるだろう。
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