« 力こぶ映画:ウィリアム・フリードキン『恐怖の報酬』観てきた | トップページ | 山尾三省『ネパール巡礼日記』を少しずつ »

2019.03.04

『アンダー・ザ・シルバーレイク』を観てきた

さて,YCAMで『恐怖の報酬』を観たのち,続けて観たのが,これ,デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督『アンダー・ザ・シルバーレイク』である。悪夢版「ラ・ラ・ランド」として高評価を得ていたりするが,小生としては『エスケイプ・フロム・トゥモロー』のカラー版という印象。

Underthesilverlake02

若い男女の関係が世界の秘密に直結するという枠組みはセカイ系なのだが,主人公のオタク青年サム(アンドリュー・ガーフィールド)が,わりと社交的でパーティーに顔を出したり性生活が充実していたりするあたり,とてもアメリカン。どこ行ってもTシャツ姿だというのがNerdらしいが。

あと,彼の掴んだ世界の秘密たるや,家賃滞納で不動産屋にアパートを追い出されるまでの数日間の妄想だと言えなくもない。


Hoboquiet


全編を彩るのが,ポップなオカルティズム。恋に落ちた美女サラ(ライリー・キーオ)の失踪の謎を解くために主人公が集める情報は,ゴス系バンドの歌詞に秘められた暗号だったり,「犬殺し」「フクロウ女」といった都市伝説だったり,サブリミナル広告だったり,ニンテンドーパワーマガジン(NPM)だったりする。

このポップなオカルティズムたるや,過去記事「『現代オカルトの根源―霊性進化論の光と闇』を読む」で触れたような,ブラヴァツキー夫人とかルドルフ・シュタイナーの「霊性進化論」の系譜には全然つながらない。なぜなら,主人公の世界観はニンテンドーが切り開いたビデオゲーム文化に根差しているからだ。

とはいえ,一部エリートにのみ接触が許された別世界がある,という考え方はこれまでのオカルティズムと相似形である。

だが,一部のエリートのみが許された別世界があるとしても,そこに至るまでの間は,エリートであろうが,その他の人であろうが,ある種閉ざされた現世界で生きていかなくてはならない。本作で唯一,教訓めいた発言だと思えるサラのセリフが示しているのはそのことだ。「楽しみてあれ,明日知らぬ見なれば」とでも言おうか。


Hobonotsafe


この映画のキーワードとして「覗き見」という言葉を考えてみた。覗き見といったら,ヒッチコック『裏窓』(1954)が有名だが,本作『アンダー・ザ・シルバーレイク』でも覗き見が重要な位置づけを持っている。

例えば,主人公サムは望遠鏡でプールサイドを覗き見ることでサラを知ることになった。サムの友人はドローンで人の家を覗き見するのを趣味としている。「犬殺し」「フクロウ女」についての情報源である電波系ミニコミ誌の作者は家の中の各所を監視カメラで撮影しているし,サムはその監視カメラの録画画像によって「フクロウ女」を発見する。また,サムはストーリーの終盤,テレビ電話を通してサラの現状を窺い知ることとなる。いずれも直接の接触ではなく,覗き見か覗き見のバリエーションだ。

Hobodanger


さて,本記事で文章の合間に示したサインは,ホーボーサイン (Hobo signs)と言われるものだ。

ホーボーとは19世紀末から20世紀初めにかけて,不景気だったころに渡り鳥のように放浪していた労働者たちのことである。小生の好きな,沖仲士の思想家・エリック・ホッファーはこのホーボーの系譜につながると思うし,ジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』で描かれる世界はまさにホーボーの世界である。

そのホーボーたちが互いに連絡を取り合うために使われたというのが,このホーボーサインである。調べてみるとなかなか面白い。

|

« 力こぶ映画:ウィリアム・フリードキン『恐怖の報酬』観てきた | トップページ | 山尾三省『ネパール巡礼日記』を少しずつ »

映画・テレビ・芸能・アイドル」カテゴリの記事

コメント

アミダ籤式に様々な固有名が召喚されるレビュー、大変読み応えありました。
『イット・フォローズ』はご覧になりました? なかなか面白い監督ですね…

投稿: 拾伍谷 | 2019.03.05 04:39

コメント有り難うございます。
『イット・フォローズ』は残念ながら未見。
デヴィッド・ロバート・ミッチェルの長編はこれで3作目。1974年10月生まれで,若いというほど若くはありませんが,これからも期待できそうです。

投稿: fukunan | 2019.03.07 00:17

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『アンダー・ザ・シルバーレイク』を観てきた:

« 力こぶ映画:ウィリアム・フリードキン『恐怖の報酬』観てきた | トップページ | 山尾三省『ネパール巡礼日記』を少しずつ »