『蜀碧・嘉定屠城紀略・揚州十日記』
広島に出張に行ったついでに古本屋のアカデミイ書店に寄り,たまたま見かけた『蜀碧・嘉定屠城紀略・揚州十日記』 (東洋文庫 (36))を入手したわけである。
明末清初の大混乱期,四川省や江南江北において発生した大虐殺の記録3篇の邦訳である。訳者は松枝茂夫。
以前から入手しておこうかどうしようか迷っていたのだが,古本屋で見かけたのも何かの縁と思い,購入することとした。
同書に収められている『蜀碧』は明末の流賊,張献忠が四川省で行った残虐行為の記録である。
張献忠は李自成と同様,農民を率い,明に対して反乱を起こした人物である。李自成の方が先に明を滅ぼし,皇帝を称した。しかし,すぐに清が明の敵を討つという名目で北京に進駐,天下の形勢は清朝へと傾く。
蜀(四川省)に勢力圏を築いたものの,天下を取るチャンスを逸した張献忠は自暴自棄になって徹底的な破壊を開始した。それを記したのが『蜀碧』というわけである。
『蜀碧』の内容を荒唐無稽とする学者は多く,記述を鵜呑みにしてはいけない。とはいえ,張献忠が土豪や官僚といった支配階級に対する徹底した弾圧を行ったのは本当のようである。
『蜀碧』を読んだ魯迅はこのように書いている:
「彼(張献忠)は最初のうちは,決してそれほど人を殺さなかった。むろん皇帝になるつもりだったからだ。ところがその後,李自成が北京に入り,つづいて清兵が国内に入ってきて,自分には没落の一途しか残されていないことを知ったので,殺,殺,殺・・・・・・を始めたのである。<中略>これは末代の風雅な皇帝たちが,死ぬ前に祖先や自分の蒐集した書籍,骨董,宝物の類を焼き捨てる心理と,全く同じである。」(『晨涼漫記』)
というわけで,『蜀碧』は「殺,殺,殺」のオンパレード。
『蜀碧』は乾隆年間に刊行された。大悪人・張献忠を倒した清朝を称えるためである。清朝ありがとう,と。
ところが,清朝の軍隊も天下平定の過程ではいろいろと悪いことをしたようで,それが記載されているのが『嘉定屠城紀略』と『揚州十日記』である。
『揚州十日記』の方は,揚州に住む王秀楚の体験記であり,短くて読みやすい。
西暦1645年陰暦4月25日(陽暦5月20日)から10日の間に揚州城内で発生した清兵による住民虐殺の状況が克明に記されている。揚州では80万人もの住民が死んだと記しているが,それはオーバーなのではないかと思う。とはいえ,王秀楚とその妻がどのようにして生き延びたのか,その過程を知ることができ,興味深い。
『嘉定屠城紀略』と『揚州十日記』は清朝では発禁図書であったが,日本には江戸時代に伝わっていた。
清末,日本に来た中国人留学生たちはこれらの書の存在を知り,書き写しては中国本土に伝え,清朝打倒のために役立てたという。いうなれば,反清プロパガンダ文書。
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