張愛玲『傾城の恋/封鎖』を読む
この年末年始,張愛玲著/藤井省三訳『傾城の恋/封鎖』(光文社古典新訳文庫,2018年5月)を読んだ。
中国の近代文学というと魯迅しか知らないという底の浅さ。だが,本書を読んで中華民国期に流麗な文体で巧みに構成された恋愛小説の書き手がいたことを初めて知った。
張愛玲 (Eileen Chang)は,清朝の高官・張佩綸(チャン・ペイルン)を祖父,李鴻章の長女・李菊藕(リー・チュイオウ)を祖母に持つ,名門の娘だった。1920年に上海共同租界で生まれ,ミッションスクール等で英米流の教育を受けた。
ここまで書くと恵まれた環境のようだが,父・張志沂(チャン・チーイー)と母・黄素瓊(ホワン・スーチョン)は不仲で,父はアヘンに溺れ,母は渡欧してしまうなど,家の中は荒んでいた。この辺りの事情は後述のエッセー「囁き」で詳述されている。
1938年,愛玲18歳の時,自宅を飛び出し,翌年,香港大学に入学。そして,1944年,24歳で小説集『伝奇(英題:Romance)』を上梓。これが大ヒットして中国中に名を馳せるようになった。
中華人民共和国樹立後も長編小説などを発表していたが,1955年に渡米したのち1995年に没するまで生涯中国に戻らなかった。
本書には,
- さすがは上海人(原題:到底是上海人, Shanghainese, After All/エッセー)
- 傾城の恋(原題:傾城之恋, Love in a Fallen City/小説)
- 戦場の香港――燼余録(原題:燼余録, From the Ashes/エッセー)
- 封鎖(原題:封鎖, Sealed Off/小説)
- 囁き(原題:私語, Whispers/エッセー)
の5作が収められている。
表題作の一つ,『傾城の恋』はこんな話である:
最初の舞台は上海。バツイチのお嬢様白流蘇(パイ・リウス―)が主人公。
流蘇は異母妹のお見合い相手,英国育ちのマレーシア華僑にしてプレイボーイの范柳原(ファン・リウユアン)に見初められる。
その後,舞台を香港・レパルスベイホテルに移して流蘇と柳原の恋の駆け引きが展開される。香港では柳原の女友達・インド美女サーヘイイーニ(王女?)が登場して流蘇をやきもきさせたりする。
この富裕層の恋の駆け引き,なんかウォン・カーウァイ(王家衛)の映画になりそうだ,と思っていたら香港でチョウ・ユンファ主演の映画になっていた:
『傾城の恋』(アン・ホイ監督,1984年)
流蘇と柳原の駆け引きは1941年12月8日,日本軍の香港侵攻によって幕を閉じる。そして香港陥落によってこの愛は成就する。
戦乱の中,流蘇と柳原が再会するあたり,ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』でトマーシュとテレザが「プラハの春」直後の混乱の中,再会するシーンを思い出した。
流蘇と柳原の愛の成就について張愛玲はこう記している:
「彼女の願いを成就するために,一つの都会が傾き滅んだのであろうか。何千何万の人が亡くなり,何千何万の人が苦しむ中,続いてやって来たのは天地を揺さぶる大改革……流蘇は自分が歴史において微妙な立場にあることに気づきもしなかった。彼女はただニコニコと笑うばかりで立ち上がると,蚊取り線香のお皿をテーブルの下まで足で押した。
伝奇物語の中の国を傾け城を傾ける人とは大体がこのようなものだ。」(『傾城の恋/封鎖』,99~100頁)
物語の閉じ方が実に良い。
到底是張愛玲。
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