印欧祖語の再現
昨日の記事で,印欧祖語を取り上げた。印欧祖語は理論的に仮定される言語であって,そのまま存在しているわけではない。現代に残る言葉や,古文書・碑文を総動員して再現(再建)する必要がある。
その再建作業であるが,高津春繁『比較言語学入門』に一つの例が示されているので,それをアレンジして紹介する。
まず,印欧語族の中でもゲルマン語派と呼ばれる古今の言語で,「父」をあらわす単語を並べてみよう:
- ゴート語 fadar
- ルーン文字 fadiR, faᚦur, faᚦir
- 古アイスランド語 fađer
- 古英語 fæder
- 古フリジア語 fader
- 古サクソニア語 fadar
- 古高地ドイツ語 fater
- 英語 father
- ドイツ語 Vater
ちなみに,ルーン文字の"ᚦ"はアルファベットの"p"ではない。スリサズという文字で音価は英語の"th"の音価に対応する。
また,古アイスランド語のđは"d"にストローク符号を付した文字で,クロアチア語,サーミ語,ベトナム語等で使われる。歯茎入破音という音価を持つ。
これらゲルマン語派諸語の「父」を表す言葉から,分化前のゲルマン語(行ってみたらゲルマン祖語)では「父」を
fađer
と発音していただろうと推定される。
つぎに,ゲルマン語派以外では,「父」という単語はどう表されていただろうか?
こんな感じであった:
- サンスクリット語 pitar-
- 古ペルシア語 pitar-
- 古ギリシア語 πατηρ
- ラテン語 pater
- オスク語 patír
この結果と,先ほどの分化前ゲルマン語との比較から,ゲルマン語派では他の語派のpに対してfをもって対応していたことがわかる。
そして,印欧祖語では「父」という単語は
*pəter
と表されていただろうと推定される。ちなみに,"p"の前についているアスタリスク"*"は再建された印欧語の発音を表すときに使われるお約束のマークである。
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