サローヤン『ヒューマン・コメディ』を読む
サローヤンの『ヒューマン・コメディ』(光文社古典新訳文庫,小川敏子訳)を読んだ。
全編,静かな悲しみ,控えめな喜び,そして優しさに満ちた作品である。
描かれている時代が,第二次世界大戦中だということを踏まえると,読後感はこうの史代『この世界の片隅に』に近い。
アメリカの地方都市を舞台に,日常のかけがえのなさを美しく描いているという点では,ジム・ジャームッシュの映画『パターソン』(参考)を思い出す。
物語の中心人物は,カリフォルニア州イサカに住むマコーリー家の末っ子,4歳のユリシーズと,その兄,14歳のホーマーである。二人にはマーカスという兄とベスという姉がいるが,マーカスは出征している。彼らには母はいるが,父は2年前に亡くなっている。ホーマーは家計を助けるために電報配達のアルバイトをしている。
日々新たな体験を重ね,時として深遠な質問を大人にぶつける幼いユリシーズ。戦死を告げる電報を届けては苦悩し,その苦悩を糧として成長するホーマー。サローヤンは男児や少年を描くのが実に巧みだ。
戦争の時代にあっても,本作の登場人物たちは人間の本質を疑いはしない。それは,例えば出征したマーカスからの手紙にも表れている:
「戦う相手は人間ではない。人間を敵として戦うことはあり得ない。どんな人物であっても,ぼくにとっては友人だ。敵は人ではなく,人に取り憑いているものだ。」(287頁)
善良な人ばかり登場するが,ただの作り話にも思えないのは,サローヤンが少年時代に味わった苦労の中の真実が作品に反映されているからだろう。
巻末の舌津智之による解説も読みごたえがある。サローヤンが日米の作家に与えた影響を知ることができる。サローヤンは,米国ではジャック・ケルアックやサリンジャーに,日本では三浦朱門,庄野順三,小島信夫,山本周五郎に影響を与えた。
解説文中に山本周五郎の名を見出した時に,合点がいった。確かにサローヤンと山本周五郎との間には通底するものがある。サローヤンは山本周五郎を経てさらに黒澤明にも影響を及ぼしているといってよい。
やはりサローヤンは凄い作家だ。
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