ある夏の日
野呂邦暢『夕暮の緑の光』(みすず書房)を一気には読まずに少しづつ読んでいる。
野呂を執筆に駆り立てるものは何か?
以前引用したように、木洩れ陽の色、夕暮れの緑の光、といったごく些細なものが著者の執筆を促す。だがそれらはトリガーであって動機は他にある。
動機の一つに触れているのが、「一枚の写真から」「ある夏の日」という二編の随筆である。
1945年8月9日、長崎から諫早に疎開していた一人の少年、つまり小学二年生の野呂は、蝉取りか川遊びに行く途中、天空に白い光球が現れるのを見た。やがて壮大な夕焼けが広がり、それは夜になっても消えなかったという。
「一つの都市というよりも一つの帝国がそのとき炎上していたのである。」
と、野呂は記している。この時を境に、長崎の小学校で一緒だった友達、遊び場だった公園や住宅街は全て消滅した。
「絶ちがたい愛着というもののない所に小説が成立するはずはない。」と野呂は言う。野呂にとって愛着とは失ったもののことであり、それを再現することが小説執筆の動機の一つとなっている。
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