« リサーチメソドロジー | トップページ | 板倉聖宣『白菜のなぞ』:高度な知識を楽しくわかりやすく »

2018.09.20

「どうも」の多さが気になる…『東南アジア 多文明世界の発見』

石澤良昭『東南アジア 多文明世界の発見』を読み終えたところである。

カンボジア遺跡群の研究で名高い碩学泰斗による本。アンコール遺跡群の発見史,アンコール王朝時代の宇宙観,宗教観,政治経済状況,庶民の生活状況,美術の特徴などが詳細に記載されている。

とくに,先日の記事のタイトルに掲げた「アンコール遺跡群はなぜ大きいのか?」という疑問に対する明快な答えが書かれていて面白い。

あと,「アンコール」の語源がサンスクリット語の「ナガラ(都)」であることを初めて知った。そういえば,タイ語では街のことを「ナコーン」というが,これなどは「ナガラ」由来だということが明確にわかる。

さて,いいことづくめのように思える本書だが,記述に関してはちょっと難が無きにしも非ず。

老生が気になったのは「どうも」の多さである。目についたところを拾い集めてみる:

「例えば米作がどこでもみられ,どうも先史時代からそれなりに農耕文化が継承されていた。」(17ページ)
「カンボジアでは広大な耕作地の中に大小多数の溜池がある。<中略>どうも古くはジャワをモデルにしたらしい。」(116ページ)
(貯水池=バライについて)「どうも,占領した土地にクメール人を入植させることが目的でバライを造成していたらしい。」(122ページ)
(「燈明のある家」について)「どうも国内の幹線道路に沿って規則的に並んでいた宿駅のようなものだったらしい。」(123ページ)
「インドラヴァルマン1世(在位877~889年)は,出身地は地方であり,はっきりしないが,どうもシャンブプラ家系(メコン川流域のサンボール<クラチエ州>)とつながっていたと思われる。」(148ページ)
(ジャヤヴァルマン4世の即位儀礼について)「どうも世襲家系で地方へ分家した傍系家族があり,その王師でバラモンのイーシャーナムルティが執り行っていたらしい。」(151ページ)
(朝市の場所代について)「どうも市場が立つのは特別の日であり,その場所代としてた大量の米穀や大量の鉛などが奉納されたという。」(216ページ)
(宗教美術について)「どうも彫像のモデルがカンボジア人になっていたようである。」(249ページ)
「例えば仏教寺院時代のプリヤ・カーン碑文は,大きな石柱であるが,どうも意図的に地中に埋められていたとしか思えない。」(291ページ)

本書は一般書なので,口語っぽい書き方を心掛けたのかもしれない。しかし,「どうも」という言葉は根拠や理由がはっきりしない気持ちを表す副詞なので,使わないほうが良いと思う。「どうも」という言葉を文中から除いても,文意は通る。除けた方が文章が締まって良い。


◆   ◆   ◆


しつこいようだが,もう一つ,気になった表現がある。

作文技術の本を読むと「事実と意見を分けなさい」あるいは「事実と感想を分けなさい」ということが書いてある。ようするに事実の描写と思っていることの記述は明確に分けて書かないといけないというわけである。

それが,本書では時々ごっちゃになっていることがある。

例えば,アンコール・トム内で発見された,14世紀ごろのものと思われる上座仏教テラスに関する説明でこういう文章がある:

「これらの仏教テラスは,早ければシュリーンドラヴァルマン王以降から14世紀半ばごろまでアンコール都城内を占拠してたと思われる。この史実が正しいとするならば……」(298ページ)

「思われる」ことを「史実」と言ってしまうのはどうかと。「この仮説が正しいとするならば……」という文の方が適切だと思う。

ほかにも仏像破壊についてこんな記述がある:

「大量の仏像破壊は13世紀半ばごろ,ちょうどジャヤヴァルマン8世の治世の初期に行われたと推定される。王はシヴァ神の篤信者であった。王の命令が発せられ,過激派や同調するヨーガ行者により実行された。」(299ページ)

「推定」から「実行された」という断定に至っている。

また数ページ先にはこんな記述がある:

「今回の大量の廃仏の発見から判明した史実(仮説)は……」(302ページ)

史実と仮説を混同しているわけではなく,意識的に同じものとして扱っている。

一般書であっても,こういった記述の仕方は問題ではなかろうか?編集部は意見しなかったのだろうか?

|

« リサーチメソドロジー | トップページ | 板倉聖宣『白菜のなぞ』:高度な知識を楽しくわかりやすく »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

東南アジア」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「どうも」の多さが気になる…『東南アジア 多文明世界の発見』:

« リサーチメソドロジー | トップページ | 板倉聖宣『白菜のなぞ』:高度な知識を楽しくわかりやすく »