ダール『ポリアーキー』を読む
本棚に放置されていたロバート・ダール『ポリアーキー』(高畠通敏・前田脩訳,岩波文庫,2014年10月)を読んだ。
ダールの偉いところは,民主主義という定義が多様で測り難い概念に代えて,ポリアーキーという測定可能な概念を設定したところにある。
ダールは政治参加(Participation)=包括性(選挙への参加の権利のひろがり)と公的異議申し立て(Opposition)=自由化(政治競争を許容する度合い)という2つの軸を設定し,その両方が満たされる極限としてポリアーキーを定義した。
一般に民主的だと言われている国々は,このポリアーキーに属している。
かつて存在した,貴族のみあるいは男性のみが参政権を持った議会政治などは,政治競争が存在するものの,包括性を欠いており,上図で言えば競争的寡頭体制に分類される。
現存する社会主義体制の多くは,国民全員が参政権を持つという点では包括的であるが,異議を唱えにくいということで,包括的抑圧体制に分類される。
このようにポリアーキー概念を設定したうえで,ポリアーキー(あるいはその対極としての抑圧体制)はどのような条件で成立するのか,という議論を展開するのが本書である。また,本書では抑圧体制をポリアーキーへと変化させるにはどのような手だてが必要になるのか,ということも最終章で議論している。
ダールはポリアーキーが成立しやすい条件を次の7つの指標(独立変数)によって説明している:
- 歴史的展開
- 社会経済的秩序
- 社会経済発展段階
- 平等と不平等
- 下位文化的多元性
- 外国権力の支配
- 政治活動家の信念
ダールはこれら一つ一つの指標について一章ずつを割いて詳細に検討を行っている。
例えば,社会経済発展段階という指標では,一人当たりGDPの高低がポリアーキー成立のし易さに影響する。また,下位文化的多元性という指標では,地域的あるいは文化的対立が激しくない方がポリアーキー成立に有利である。
これは当たり前のようであるが,政治活動家の信念についていえば,政治活動家がポリアーキーの正当性について信念を持たなければ,ポリアーキーは成立しにくくなる。
ダールは学者として控えめで冷静な態度をとっており,これらの指標(独立変数)がポリアーキーの成立に影響を与えることを実証的に示しつつも,影響を与えることがそのまま成立を確約するわけではないことを随所で述べている。また,どの指標(独立変数)がポリアーキーの成立に強く影響を与えるのか,という重みづけに関しても留保している。
ダールが10章で述べたように,本書にまとめられた内容はあくまでも出発点である。これから議論を深めていくべきであるという点で,本書は開かれた書である。
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