『ポリアーキー』拾遺
ロバート・ダールは著書『ポリアーキー』(高畠通敏・前田脩訳,岩波文庫,2014年10月)の中で,
「私の意見は,抑圧体制からポリーアーキ―への変化は,望ましい場合が多いということである」(46~47ページ)
と述べつつも,変化は一方向ではないことについても言明している:
「私は,抑圧体制からポリアーキーへの変化が,歴史的必然であると仮定してないことを,はっきりさせておきたい。 (中略) ある歴史的発展法則によって,社会は必然的に,抑圧体制から,公的異議申立てのできる体制へと変化すると考えるのは,愚かというべきだろう。その逆方向への変化についても同様である。現代の民族国家はこの両方向への動きをみせてきている。」(47~48ページ)
ポリーアーキ―から抑圧体制へと変化する具体例として,本書第8章では,アルゼンチンの事例が取り上げられている。
1853年から1930年の間,アルゼンチンは国民の多くが公的異議申立ての機会を利用できるような体制,つまりポリアーキーを整備していった。しかし,制度としてはポリアーキーの体を成していたものの,ポリアーキーに対する信念を欠いていた。すなわち,
「アルゼンチンは,ポリアーキーの諸制度の正統性について,強い信念を少しも発達させてこなかった。その結果,ポリアーキーの体制が重大な困難に直面した時,それは独裁によって,簡単に一掃されてしまった。」(210ページ)
ダールは,ポリアーキーにとって有利な条件を,歴史的展開,社会経済的秩序,平等と不平等,下位文化的多元性,外国権力の支配といった指標(独立関数)によって分析してきたが,アルゼンチンにおけるポリアーキーの失敗は,これらの指標(独立変数)に加えて,「信念」というものがいかに重要であるか,ということを示す好例である。ダールは本書の少なからぬ部分,およそ100ページを割いて「政治活動家の信念」について論じている。
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