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2018.05.31

火山探検家タッキー:Nature系の雑誌にも名前が…

芸能界とかスポーツ界にはときおりアカデミックな業績を上げる人が登場する。

老生の知っているところでは,考古学者でもある,俳優・苅谷俊介がそうだ。

スポーツ界では室伏"アレクサンダー"広治がそうだ。本ブログでも過去に2回取り上げた(「室伏博士」(2007年7月4日),「室伏広治博士、機械学会誌に寄稿す」(2010年2月12日))。

で,このほど,タッキーこと滝沢秀明がこの列に加わった。

昨晩,NHKBSプレミアム「滝沢秀明の火山探検紀行」という番組が放送されていたのだが,この番組で,タッキーが火山探検家であり,資料の採取など,火山の研究にも貢献していることを知った。

一応確かめてみたら,Nature系の雑誌"Scientific Reports"に連名で登場していた:

"Giant rhyolite lava dome formation after 7.3 ka supereruption at Kikai caldera, SW Japan" (Scientific Reports volume 8, Article number: 2753 (2018))

インパクトファクター最高峰のNatureではないが,同グループの雑誌に名前が出るとは大したもの。素直に驚く次第。

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2018.05.30

ネパール語のもう一つのbe動詞(cha)の活用(単数形)

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前回までネパール語のbe動詞的なもの,हो (ho)の活用形を学んだわけだが,ネパール語にはもう一つbe動詞的なものがある。

छ (cha)である。

今回も,石井溥『基礎ネパール語』(大学書林)を紐解く。

छ (cha)の活用形だが,1,2,3人称×単数複数×肯定否定は次の通りである:

一人称単数
म ... छु । ... छैन​ँ ।
ma ... chu. ... chaina~.
私は・・・いる。 ・・・いない。

二人称単数
त​​ँ ... छस । ... छैनस् ।
ta~ ... chas. ... chinas
お前は・・・いる。 ・・・いない。

三人称単数
उ, त्यो, यो ... छ​। ... छैन
u, tyo, yo ... cha. ... chaina
あの人,その人,この人は…いる。 …いない。
一人称複数
हामी ... छौं । ... छैनौं ।
haamii ... chau~. ... chainau~.
私たちは・・・いる。 ・・・いない。

二人称複数
तिमी ... छौ । ... छैनौ ।
tinii ... chau. ... chainau
お前たちは・・・いる。 ・・・いない。

三人称複数
उनी, तिनी, यिनी​​ँ ... छन्। ... छैनन्
unii, tinii, yinii ... chan. ... chainam
あの人たち,その人たち,この人たちは…いる。 …いない。

ちなみに,尊敬形はहो (ho)の時と同じで,हुनुहुन्छ​ (hunuhuncha), हुनुहुन्न (hunuhunna)である。

次に短文の練習:

म घरमा छु ।
ma ghar-maa cha.
私は 家に います。

बिरालो टेबुलमा छ ।
biraalo Tebul-ma cha.
猫がテーブルの上にいます。

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ネパール語のbe動詞的なもの(ho)の活用(尊敬表現)

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今回も,石井溥『基礎ネパール語』(大学書林)を参照しながら,ネパール語のbe動詞的なもの,हो (ho)の活用形を学ぶ。1,2,3人称の単数形と複数形は覚えたので,最後に尊敬表現(尊敬形)を学ぶ:

तपाईं ... हुनुहुन्छ
​ tapaaii ... hunuhuncha
あなたは・・・だ。

उहाँ ... हुनुहुन्छ​
uha-~ ... hunuhuncha
あの方は・・・だ。

यहाँ ... हुनुहुन्छ
yaha-~ ... hunuhuncha
この方は・・・だ。

否定形は,例えばこうなる:

तपाईं ... हुनुहुन्न
​ tapaaii ... hunuhunna
あなたは・・・ではない。


これで一通り覚えたので,例文を書いてみる。

म जापानी हुँ ।
ma jaapaanii hu~
私は 日本人 です。

म नेपाली होइन​ँ ।
ma nepaalii hoina~
私は ネパール人 ではありません。

उहाँ नेपाली गुरु हुनुहुन्छ ।
uha~ nepaalii guru hunuhuncha
あの方は ネパール人の 先生 です。

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2018.05.29

ネパール語のbe動詞的なもの(ho)の活用(続)

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今回も,石井溥『基礎ネパール語』(大学書林)を参照しながら,ネパール語のbe動詞的なもの,हो (ho)の活用形を学ぶ。1,2,3人称複数形は次のようになっている:

<1人称複数>

हामी ... हौं
haamii ... hau~
私たちは…だ。

<2人称複数>

तिमी ... हौ
timii ... hau
お前たちは…だ。

<3人称複数>

उनी ... हुन्
unii ... hun
あの人たち(あれら)は…だ。

तिनी ... हुन्
tinii ... hun
その人たち(それら)は…だ。

यिनी ... हुन्
yinii ... hun
この人たち(これら)は…だ。


さて,次に否定形である。

<1人称複数>

हामी ... होइनौं
haamii ... hoinau~
私たちは…ではない。

<2人称複数>

तिमी ... होइनौ
timii ... hoinau
お前たちは…ではない。

<3人称複数>

उनी ... हुोइनन्
unii ... hoinan
あの人たち(あれら)は…ではない。

तिनी ... हुोइनन्
tinii ... hoinan
その人たち(それら)は…ではない。

यिनी ... हुोइनन्
yinii ... hoinan
この人たち(これら)は…ではない。

これで,1, 2, 3人称×単数複数の6パターンを学んだわけだが,あと,尊敬形と呼ばれるものもある。それについては別途ご紹介する。

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2018.05.28

ネパール語のbe動詞的なもの(ho)の活用

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とても毎日は勉強できないが,暇を見つけては,石井溥『基礎ネパール語』(大学書林)を紐解き,ネパール語の勉強をしている。

今回はネパール語のbe動詞的なもの,हो (ho)の活用である。
ネパール語もインド・ヨーロッパ語族に属するので,1,2,3人称×単数複数の動詞の活用がある:

<1人称単数>

म ... हुँ
ma ... hu~
私は…だ。

<2人称単数>

तँ ... होस्
ta~ ... hos
お前は…だ。

<3人称単数>

उ ... हो
u ... ho
あの人(あれ)は…だ。

त्यो ... हो
tyo ... ho
その人(それ)は…だ。

यो ... हो
yo ... ho
この人(これ)は…だ。


さて,次に否定形である。

<1人称単数>

म ... होइनँ
ma ... hoina~
私は…ではない。

<2人称単数>

तँ ... होइनस्
ta~ ... hoinas
お前は…ではない。

<3人称単数>

उ ... होइन
u ... hoina
あの人(あれ)は…ではない。

त्यो ... होइन
tyo ... hoina
その人(それ)は…ではない。

यो ... होइन
yo ... hoina
この人(これ)は…ではない。

三人称について思ったのだが,「この人」と「これ」が同じ表現である。人とモノが同じで面白い。まあ,日本語で言えば,「あちらは」「そちらは」「こちらは」という表現かもしれない。

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2018.05.27

寺院の質屋業に対する陸游からの批判

先日購入した,浅田泰三『中国質屋業史』(東方書店,1997年)を紐解いているところである。

先の記事でも書いたように,質業の起源は仏教寺院にある。

同書によれば,陸游が著書『老學庵筆記』の中で寺院の質業を批判したという。そこで該当箇所を「四庫全書・子部」に収められた『老學庵筆記』から探してみた。

巻六に該当箇所が見つかった:

「今僧寺輒作庫質錢取利謂之長生庫至為鄙惡予按梁甄彬嘗以束苧就長沙寺庫質錢後贖苧還於苧束中得金五兩送還之則此事亦已久矣庸僧所為古今一揆可設法嚴絶之也」(『老學庵筆記』巻六)

意訳してみた:

今の寺院はたやすく庫を作り,質屋業を営み,利を得る。これを長生庫という。いたって俗悪なものである。かつて梁の甄彬(けんひん)は苧麻(ちょま,麻の一種,カラムシ)を長沙寺に質入れし,後にこれを請け出した。すると,苧麻の中に金5両を発見した。甄彬はこれを長沙寺に返したという。この事例は寺院が質屋業を営んで既に久しいということを示している。凡庸な僧がなすことは過去も現在も同じである。法を設け,厳しく寺院の質屋業を禁ずるべきである。

だが,陸游の憂いも空しく,寺院の質業は栄え,元代にも続いていく。

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2018.05.26

ヨルゴス・ランティモス『聖なる鹿殺し: the KILLING of a SACRED DEER』観てきた

YCAMでヨルゴス・ランティモス監督『聖なる鹿殺し: the KILLING of a SACRED DEER』(2017年,アイルランド,イギリス)を観てきた。

Sacreddeer01

今まで観た映画の中で最も怖い部類に入るサイコ・スリラー。

とにかく,怖い怖い。バリー・コーガン怖い。観終わって茫然。

心臓外科医スティーブン(コリン・ファレル)が,父のいない少年・マーティン(バリー・コーガン)を家に招いたところから,スティーブン一家が悲劇に見舞われる。子供たちは歩けなくなり,スティーブンも妻アナ(ニコル・キッドマン)も精神を病んでいく。

全編にわたって,劇伴(映画音楽)が効果的。不気味な劇伴とともに,登場人物たちも観客も心理的に追い詰められていく。この映画,第70回カンヌ国際映画祭・脚本賞を受賞しているのだが,カンヌにもアカデミー賞のように音響編集賞があったら,それも受賞したことだろう。

あと,キッコ(by 秋本鉄次)ことニコル・キッドマンの鍛えぬいた背中と腹筋が見事。

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2018.05.25

柴山守『地域情報マッピングからよむ東南アジア』

GISを利用した東南アジア地域研究の実例でも勉強しようと思って,柴山守『地域情報マッピングからよむ東南アジア』という本を手に取ってみた。

そうしたら,豈図(あにはか)らんや,本書の最初の三分の一ほどは,タイ語ワープロ開発史の話だった。タイ文字フォントや入力方式の開発秘話,仏典の用語索引作成などの偉業が語られている。

だが,小生が求めているのはそこじゃない。

地図上に人やモノの動きをマッピングするGISらしいお話は,残り三分の二に登場する。

「第2章 上座仏教寺院と僧侶の<うごき>」,「第3章 海域アジアにみるものの<うごき>」,「第4章 ハノイ都市化の<うごき>をよむ」といった各章に小生が求めてきた研究の実例が紹介されていた。

建築学あるいは都市計画の専門家にとっては第4章が興味深いことだろう。

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2018.05.24

東方書店で『中国質屋業史』を購入

東京出張のついでに神保町の東方書店に立ち寄り,同書店刊行の本を買ってきた:

浅田泰三『中国質屋業史』(東方書店,1997年)

この本によると,質(抵当)をとるという行為は大昔から存在するが,業として質屋が営まれるようになったのは南北朝時代らしい。

南朝の仏教寺院が経営する「寺庫」が最初の質屋業ということである。

坊主丸儲けとはこのことかと。

最初は伽藍建立や慈善のための資金を稼ぐことが目的だったらしいが,後には単なる金儲けと化していく。唐代になると民営の質屋業(質庫),宋代になると官営の質屋業が加わり,質屋業は隆盛を極める。

この本で初めて知ったのだが,「寺庫」の発展を支えたのは,当時の仏教界にあった「福徳」思想と「無尽蔵」思想なのだという。

福徳思想とは,善行を施すことによって幸福と利益が得られるとする思想である。

そして,無尽蔵思想とは,日本における「頼母子(たのもし)」と同じで,母子が無限に続くように,金が利を生み,利が利を生むことによって無限に利が生産されるという思想である。

そもそもの原始仏教にはこれらの思想はなかったと思うのだが,古代・中世の中国仏教(三階教)ではこういう思想が広がっていたようである。

なお,現代の中国語では質に入れることを「典当(ディエンダン,diǎndàng)」という。

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2018.05.17

タグクラウドもしくはワードクラウドの練習(続)

Rを使ってワードクラウド(タグクラウド)を作る練習の第2弾。

今回は文章(テキストデータ)を使って,その中のキーワードを抽出し,タグクラウドで出現回数を表示してみる。

まず,今回,対象とするテキストは今まで翻訳に取り組んできた(参照):

ウィンストン・チャーチル『マラカンド野戦軍物語』

の全文である。テキストデータはグーテンベルク・プロジェクトのページから手に入る:

"The Story of the Malakand Field Force: An Episode of Frontier War by Churchill"

テキストデータをダウンロードしたら,次は保存先に注意。

Rのワーキングディレクトリの下に"corpus"というディレクトリを作り,さらにその中に"target"を作っておき,この"target"ディレクトリの中に保存する。

そしてRを立ち上げて,以下の通り作業に移る:


<パッケージの読み込み>

まず,パッケージを読み込む。


<テキストデータの読み込み>

つぎに,分析対象とするテキストデータを読み込む。今回は"./corpus/target"の中に保存したので,そのディレクトリに到達できるようにパスを設定する。

そして,そのテキストデータをもとに「コーパス」を作る。コーパスは"docs"というオブジェクトに保存される:


<コーパスの整形>

次に,コーパス内のデータを整形する。例えば,"/"とか"@"とかいった記号を半角スペースに変換したり,大文字を小文字にしたり,"a"とか"the"とか"I"とか,頻出する単語を削ったりする。


<コーパスの構造化>

コーパスを構造化して,wordcloud関数が読めるようにする。


<ワードクラウドの作成>

単語とそれぞれの登場回数をまとめたデータフレームを作り,それをwordcloud関数に読み込ませて,ワードクラウドを作成する。

さて,こういうのができたら完成:


Malakandwordcloud

"enemy"がトップ。そして軍人の階級やら兵科やらの単語が良く登場する。やはり戦記物らしい結果。

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2018.05.16

タグクラウドもしくはワードクラウドの練習

今頃知ったのだが,キーワードの出現回数を文字の大小で表現するグラフのことを「タグクラウド」もしくは「ワードクラウド」と呼ぶのだそうだ。こういうやつ:

Wordcloud_2

多分,"R"でできるだろうと思って,調べてみると,"wordcloud"というパッケージを使えばできることがわかった。

そこで,ちょっと練習してみる。


◆   ◆   ◆


こういう例題を考えてみた:

alpha, beta, gamma, deltaという4つのキーワードがある。
ある文章中に,それぞれ40回,30回,20回,10回出現した。
これをワードクラウドで表現してみよう。

まず,R上で,alpha, beta, gamma, deltaの出現回数をまとめたデータフレームを作ってみる(参考:"R-Source 39. データフレーム事始")。

すると,こんなデータフレーム"dd"ができる。

つぎに,"wordcloud"というパッケージを呼ぶ。これはRに初めから入っているわけではないので,あらかじめどこかのサイトからパッケージをインストールする。そしてライブラリーから読み込む。

すでにデータフレーム"dd"ができているので,これを関数"wordcloud"に放り込めばいい。

すると,こんなワードクラウド(タグクラウド)が表示されるはず(並び方は実行する度にランダムに変わる):

Wordcloud000

フォントの大きさが出現回数の多さを表している。

さて,このワードクラウド,黒一色で面白くない。そこで,色の指定をしてみる。まずは,グレースケール。

出現回数が少ないほど,色が薄くなる設定の4段階のグレースケールである。先ほどの関数"wordcloud"に,色指定のパラメータを加えてみる:

実行すると,こんな感じになる:

Wordcloud00

今度はヒートカラー「黄色→オレンジ→赤→濃赤」という指定をして実行してみる:

実行すると,こんな感じ:

Wordcloud01

ということで,wordcloudの最も簡単な例題終了。

近いうちに,自然言語処理をしてワードクラウド(タグクラウド)を作ってみる。

予習用資料:
"Build a word cloud using text mining tools of R"
R言語で小説を読もう累計1位の「無職転生- 異世界行ったら本気だす - 」をタグクラウドしてみた。

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2018.05.15

ネパール語の比較表現

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石井溥『基礎ネパール語』(大学書林)を紐解きながら,ネパール語の勉強を断続的に続けている。

今は比較の表現を勉強したところ。

भन्दा (bhandaa)は比較を表す後置詞で,「よりも」という意味を持つ。

यो कलम त्यो कलम भन्दा राम्रो छ ।
Yo kalam tyo kalam bhandaa raamro cha.
この ペンは あの ペン よりも 良い です。

नेपाल अमेरिका भन्दा सानो देश हो ।
Nepal Amerikaa bhandaa saano desh ho.
ネパールは アメリカ よりも 小さい 国 です。

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2018.05.14

「西郷どん」と「翔ぶが如く」:奄美大島の描き方の違い

昨晩(2018年5月13日),「西郷どん」第18話「流人 菊池源吾」が放送された。奄美大島編の開始である。とぅま(愛加那)を演じた二階堂ふみが「全部持ってった」(参考)と評判である。

さて,西郷を取り上げた大河ドラマといえば,18年前の「翔ぶが如く」がある。このときは,西田敏行が西郷を,鹿賀丈史が大久保を,石田えりが愛加那を演じていた。そういえば,西田敏行&石田えりといえば「釣りバカ日誌」でも夫婦役だった。

当時

  • 西田敏行42歳
  • 鹿賀丈史39歳
  • 石田えり39歳

さて,その「翔ぶが如く」では奄美大島の話は第12話から第16話までの5回にわたって登場する。本放送の日と各話のタイトルは次の通り:

  • 1990年04月01日(日) 翔ぶが如く(12)「吉之助入水」
  • 1990年04月08日(日) 翔ぶが如く(13)「正助の布石」
  • 1990年04月15日(日) 翔ぶが如く(14)「桜田門外の変」
  • 1990年04月22日(日) 翔ぶが如く(15)「南国の女」
  • 1990年04月29日(日) 翔ぶが如く(16)「吉之助帰る」

「翔ぶが如く」ではそれなりの話数を割いて奄美大島の話を描いている。しかし,大久保利通もまた主人公であるため,各話では薩摩藩内の政争の描写について時間が割かれ,奄美の生活を描くことにあまり重きが置かれていなかった。

これに対して「西郷どん」では奄美大島での生活が一話全体にわたって描かれている。これは,原作者と脚本家が奄美大島での生活を西郷の転機として重視していることによる。ここが,司馬遼太郎の視点との違い。

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国際サンゴ礁年

先の記事で「2008年は国際カエル年」だったことに触れたが,今年・2018年は「国際サンゴ礁年」(IYOR; International Year of the Reef)なのだそうだ。

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世界中のサンゴ礁が,今,危機的状況にある。気候変動,オニヒトデなどの天敵の増加,赤土による汚染,観光客による踏み付け等々が原因とされている。我々はサンゴを救うことができるのか?

ちなみに国際サンゴ礁年2018アンバサダーはさかなクンである。

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2018.05.13

10年前の今頃は…(2008年5月6日~17日)

2008

ふと思い立って,10年前の今頃,このブログでどんな記事を書いていたのかを振り返ってみた:

四川省大地震から10年経ったことに今更ながら気が付いた。当時は,日中に友好ムードが広がっていたことも思い出した。そんな情勢の中で,頻繁に中国に出張したものだった。

四川の知り合いは当時,みな無事だったが,最近はどうしているのだろうか?


◆   ◆   ◆


当時は宮本常一・安渓遊地(あんけい・ゆうじ)『調査されるという迷惑―フィールドに出る前に読んでおく本』(みずのわ出版,2008年)とか水無田気流『黒山もこもこ、抜けたら荒野~デフレ世代の憂鬱と希望~』(光文社新書,2008年)とかいった本を読んでいたことも思い出した。

これらの本からは,「調査地被害」とか「相対的剥奪」という言葉を学んだ。

当時,老生が書いたように(参考),水無田気流『黒山もこもこ、抜けたら荒野~デフレ世代の憂鬱と希望~』は,

「詩人としての表現力と社会学者としての分析力・論理性とが結合しなければ生まれなかった本だと思う。」

その後の著者・水無田気流のマスコミにおける活躍ぶりについては,ここで取り上げるまでもない。


◆   ◆   ◆


2008年は「国際カエル年」だった。また,カッタ君はまだ存命だった。

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2018.05.12

Eテレで"Homme Less"放映

昨年の5月,YCAMで『ホームレス ニューヨークと寝た男』(トーマス・ヴィルテンゾーン監督 2014年)を観てきた(参照)。

ニューヨークで暮らす,ホームレス・フォトグラファーにして俳優のマーク・レイ (Mark Reay)を追ったドキュメンタリー。

その圧縮版ともいえるドキュメンタリーがEテレで放映されていたので見た(Eテレ「ドキュランドへようこそ!」)。


Homme Less Trailer from Filmfestival Kitzbühel on Vimeo.

改めて見たが,やはり面白かった。

前半,ホームレスでありながらスタイリッシュに充実した生活を送るクリエイターとして登場する,ジョージ・クルーニー張りのイケメン,マーク・レイ52歳が,後半では強がりと弱音を繰り返すおっさんにしか見えなくなってくるという変化が面白い。

この人,どうなったのか気になったので,Wikipediaで調べたところ,2015年時点では,ニューヨークに住み,俳優およびモデル業を続けている,としか書いていなかった。

その後が気になったのでさらに調べてみたところ,彼のInstagramを発見した:

markreay66

まだ頑張っているようで何よりである。

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2018.05.11

ホイアン

ベトナム・ダナンでの仕事が終わったので,ホイアンに行った。

ホイアンの街並みは世界遺産に登録されている。

ホイアンはもとはチャンパ王国の港町だったが,広南阮氏政権の誕生により,支配者は阮氏となった。

16世紀末以降,オランダ,ポルトガル,中国,日本から商人が来航し国際貿易港として繁栄。

1593年にベトナム人,中国人,日本人が協力して建てたといわれているのが,この↓日本橋である:

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日本橋とは言うが,中国風である。だが,この街のシンボルとして知られており,観光客が大勢集まる。

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↑日本橋から外を眺めたところ。

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↑日本橋の入り口には犬や猿の像が置かれている。

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↑ホイアンの街並み↓

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2018.05.10

ダナン到着

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インチョンからダナンに到着。

インチョンはさすがアジアのハブ空港。ダナン直通便があって助かる。プノンペン直通もあるけど,そちらはまだ使ったことがない。

ダナン空港は新しいのかずいぶんとキレイ。というかギラギラしていて中国の新築の空港のよう。

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入国に関しては,他の国のようにビザが必要だったり,エントリーシートを書かなくてはならなかったり…ということがなくて楽だった。

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2018.05.09

インチョンで時代まつり

Flagvietnam

ベトナム出張の途中。インチョンでトランスファーなのだが,空港で時代まつりのようなものをやっていた。毎日やっているのだろうか?

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ベトナムに行くので

Flagvietnam

今日から1泊3日のベトナム弾丸出張。
なので,記事は滞る予定。

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2018.05.08

加古里子,古川薫,訃報相次ぐ――実はどちらもエンジニア

5月2日に加古里子(かこさとし)が,5月5日に古川薫(ふるかわかおる)が逝去した。

加古里子は1926年3月31日生まれ,古川薫は1925年6月5日生まれで,同学年。どちらも92歳で没した。

加古里子といえば,『だるまちゃんとてんぐちゃん』

だるまちゃんも,てんぐちゃんも子供なのに髭面というのがとても良い。


◆   ◆   ◆


古川薫と言えば,下関生まれの郷土作家。幕末期の長州藩を舞台にした作品が多い。

山口大学教育学部を卒業後,教員を経て山口新聞に勤務。1990年に『漂泊者のアリア』で第104回直木賞受賞。

老生が読んだ『斜陽に立つ』(毎日新聞社,2008年)は乃木希典(と児玉源太郎)の生涯を描いた評伝小説。ほぼ晩年の作。

この作品の後は『君死に給ふことなかれ 神風特攻龍虎隊』(幻冬舎,2015年)と『維新の商人 語り出す白石正一郎日記』(毎日新聞出版,2017年)のみ。


◆   ◆   ◆


実はこの人たち,学年が同じというだけではない。エンジニアとしての教育を受けてきた,という共通の背景がある。

古川薫は航空機のエンジニアになるため宇部工業学校機械科を卒業し,航空機会社に勤務した。

加古里子は東京大学工学部応用化学科を卒業後,昭和電工に勤務した。

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カンボジアの報道の自由

カンボジアにおいて報道の自由が脅かされているという話が英ガーディアン紙に載っていた。

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"Newspaper takeover is 'staggering blow' to Cambodia's free press" (by Hannah Ellis-Petersen, 7 May, 2018, the guardian)

Phnom Penh Post was seen as last bastion of independence in media under fire from PM

この記事の中で"Cambodia Daily"が昨年9月,630万ドルの税を課されて,休刊に追い込まれたという話が出てくる。老生が以前,カンボジアに滞在していた時はこれをよく読んでいたものである。なくなってしまったか。

報道の自由,最後の砦と目されていた"Phnom Penh Post"も,先日,オーナーが代わって,もはや政権批判記事など書けないようになった模様。

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2018.05.07

趙汝适『諸蕃志』を読む

引き続き,「四庫全書」に収められた書物の話。

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『諸蕃志』は南宋の官僚・著述家,趙汝适の著作。趙汝适は北宋太宗より8世の子孫である。

泉州の市舶司だったときに,地理・風土・物産に関する海外情報を集め,この本をまとめた。

これもまた,ネット上で読むことができる:

諸蕃志』(維基文庫,自由的圖書館)


『諸蕃志』は上下2巻に分かれ,上巻は地理・風土,下巻は物産を記している。

  • 卷上 志國 交趾國 占城國 賓瞳龍國 眞臘國 登流眉國 蒲甘國 三佛齊國 單馬令國 凌牙斯加國 佛囉安國 新拖國 監篦國 藍無里國 細蘭國 闍婆國 蘇吉丹 南毗國 故臨國 胡茶辣國 麻囉華國 注輦國 鵬茄囉國 南尼華囉國 大秦國 天竺國 大食國 麻嘉國 層拔國 弼琶囉國 勿拔國 中理國 甕蠻國 記施國 白達國 弼斯囉國 吉慈尼國 勿厮離國 蘆眉國 木蘭皮國 勿斯里國 遏根陀國 海上雜國 渤泥國 麻逸國 三嶼 蒲哩嚕 流求國 毗舍耶 新羅國 倭國
  • 卷下 志物 腦子 乳香 沒藥 血碣 金顏香 篤耨香 蘇合香油 安息香 梔子花 薔薇水 沉香 箋香 速暫香 黃熟香 生香 檀香 丁香 肉豆蔲 降眞香 麝香木 波羅蜜 檳榔 椰子 沒石子 烏滿木 蘇木 吉貝 椰心簟 木香 白豆蔲 胡椒 蓽澄茄 阿魏 蘆薈 珊瑚樹 琉璃 猫兒睛 珠子 硨磲 象牙 犀角 膃肭臍 翠毛 鸚鵡 龍涎 瑇瑁 黃蠟 海南

例によって日本(倭国)の項を読んでみると,冒頭はこんな感じである:

倭國在泉之東北,今號日本國。以其國近日出,故名。或曰惡舊名改之。

訳: 倭国は泉の東北にある。今は日本国と号する。日の出に近いので,そのように名付けた。倭という旧名を憎んで,解明したという話もある。

有水牛、驢、羊、犀、象之屬。

とも書かれているが,日本には水牛や犀や象はいない。誤情報。

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2018.05.06

張燮『東西洋考』を読む

東西洋考』は明代の文人,張燮によって編まれた地誌・歴史書である。万暦45(1617)年発刊。

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乾隆帝の勅命により編纂された「四庫全書」に収められているのだが,中国の人々は大したものでテキストデータがアップされており,自由にネット上で読むことができる:

四庫全書」(維基文庫,自由的圖書館)
東西洋考』(維基文庫,自由的圖書館)

『東西洋考』は全12巻から成り,各巻の内容は以下の通りである:

  • 卷一 西洋列國考 交阯〈清化 順化 廣南 新州 提夷〉
  • 卷二 西洋列國考 占城 暹羅〈六坤〉
  • 卷三 西洋列國考 下港〈加留[𤣩+巴]〉 柬埔寨 大泥〈吉蘭丹〉 舊港〈詹卑〉
  • 卷四 西洋列國考 麻六甲 啞齊 彭亨 柔佛 丁機宜 思吉港 文郎馬神 遲悶
  • 卷五 東洋列國考〈東番考附〉 呂宋〈大港 南旺 玳瑁 中邦 呂蓬 磨荖央 以寧 屋黨 朔霧〉 蘇禄〈高藥〉 貓里務〈網巾礁老〉 美洛居 文萊 東番考〈鷄籠淡水〉
  • 卷六 外紀考 日本 紅毛番
  • 卷七 餉稅考〈清化 順化 廣南 新州 提夷〉
  • 卷八 稅璫考
  • 卷九 舟師考
  • 卷十 藝文考
  • 卷十一 藝文考
  • 卷十二 逸事考

老生としては,柬埔寨(カンボジア),柔佛(ジョホール),日本の項が興味深い。

日本の項を読んでみると,秀吉に関してこういう記述がある:

倭自平清盛秉政,一門並據要路,為淫暴於國。萬曆十四年,平信長為關白,其義子平秀吉者,先是母為人婢,得娠,欲勿舉,念有異徵,育之。秀吉幼微賤,販魚為業,醉臥樹下。信長出獵,吉驚起衝突。將殺之,見其鋒穎異常,因留養馬,名木下人。嗣從征伐,有功為大將。已而信長為明智所殺,秀吉與行長誅明智,廢信長子自立為關白。倭奴既盛,散入諸國間。萬曆初,使臣封琉球,聞中山王往往為倭所苦。至十八年,阻中山王勿通貢,閩撫以聞。朝議置腥氈不問。

二十年正月,秀吉帥行長、清正等入犯朝鮮。朝鮮承平久,武備盡弛,王李昭聞變恇怯,遂陷三道。太妃及世子為倭所執,昭北走義州,絡繹告急。遣祖承訓往援,全師皆沒。上震怒,以來應昌為經略,率大將軍李如鬆督諸將東征,渡鴨綠江,戰平壤,大破之。倭奴宵遁,我師追討,遇伏發,戰碧館,師遂少挫,自是連戰不利。大司馬石星度內閣有厭兵意,力主和議。以布衣沈惟敬往遊說焉。倭遣小西飛來議貢。〈顧養謙、孫钅廣相繼為總督,俱掣肘不得展。〉中朝力陳其偽,章滿公車。大司馬持之堅,上為下禦史曹學程於獄,至論死。於是中外莫敢言。乃遣臨淮勳衛李宗城及沈惟敬持冊封秀吉為日本國王。使至,秀吉不受封,宗城遜還。朝鮮陪臣李元翼知關白無意罷兵,議乘釜山漸弛,作攻復之計,為惟敬所阻。久之,倭益肆,羽檄旁午,和議訖不成。上始暴大司馬星誤國狀,下獄論死。

二十五年,邢玠為經略,楊鎬為經理。鎬誓師躬自督戰,屢破清正,圍秀吉。秀吉糧盡請和。鎬曰:「受降不受和也。」倭窘甚。會大雨雪,我師沾濕,不得駐,倭突圍出戰,我師敗歸。鎬坐奪職。萬世德為經理。無何秀吉死,倭人反首拔舍而還。世德追破之,斬獲甚夥,朝鮮以寧。

(『東西洋考』巻六,日本)

信長と秀吉の姓は平ということになっている。そして,秀吉は信長の義子とのこと。秀吉は「幼微賤,販魚為業,醉臥樹下」,つまり若い頃は貧しく,魚を販売して生計を立て,木の下を寝所としていたと書いてある。信長が明智に殺されたので,明智を誅し,信長の子を廃して,自ら関白になったとも書いてある。

細部に誤りがあるものの,わりと正しく伝わっているといのが老生の感想。

むしろ,同時代の日本の人々はこんなには知らなかったのではないかと思う。

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"ZeroPi" the Violin Synth Pop

Zeropi

I found this duo, when I surfed on the YouTube to see video clips relate to "Bladerunner" ending theme.

「ブレードランナー」のエンディングテーマ(ヴァンゲリス)の演奏をユーチューブでいろいろと鑑賞していたところ,こういうデュオがいることを知った。

シンセサイザーとヴァイオリンによる演奏。

サラ・レオ (Sarah Leo)がバイオリンを担当,マルコ・ネグロ (Marco Negro)がキーボードとプログラミングを担当している。

"Duality Paradox"といったオリジナル曲のほか,80年代の音楽のカバーをよくやっている。


↑"Duality Paradox"

チャンネルはここ:ZeroPi

老生としては,A-ha "Take on me"のカバーであり,映像的にはパロディーとなっているこれが好み:

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2018.05.05

長門のセンザキッチンまで出かけた

5月5日。絶好の行楽日和。連休の混雑を承知の上で,長門のセンザキッチンまで出かけた。

つい先日,萩まで出かけたので,GW中に日本海側に抜けるのはこれで2回目。

センザキッチンの周りは大渋滞だったが,なんとか仙崎港の臨時駐車場にたどり着いた。

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仙崎の港である↑

臨時駐車場からセンザキッチンまでの道のりを遮るトンビの群れ↓

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着きました,センザキッチン。

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センザキッチンについたのにもかかわらず,まずは青海島(おおみじま)観光汽船の船に乗って,青海島・大島遊覧の旅に出かけた。モンベルの会員証を見せたら運賃から130円引いてもらった。

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青海島の傍の仏岩を拝んだり(↓),

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大島の中江洞門を覗いたり(↓),

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水深2,3メートルしかないという浅瀬,通称「貝積み場」を覗き込んだり(↓),

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そして最後に鹿ノ島(↓)を眺めたりしながら,

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1時間ほどの遊覧を終えた。

遊覧の後は,センザキッチンに戻ってブリの干物など,現地の食材を調達して帰った。

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ネパール語とロシア語における所有の表現

ネパール語の勉強を淡々と続けているところだが,所有の表現で興味深いことが分かった。

私はペンを持っています。

という日本語を英語に訳すと,

I have a pen.

となる。だが,ネパール語には所有を一語で表す単語がなく,「私のところにペンがあります。」という表現をする:

मसंग कलम छ ।
masanga kalam cha.
At me a pen exists.
わたしには ペンが あります。
=私はペンを持っています。

このような表現,どこかで見たような気がすると思ったら,老生がかつて習っていたロシア語でも似た表現をするのを思い出した:

У меня есть ручка.
u menya yest’ ruchka.
At me exists a pen.
わたしには あります ペンが。
=私はペンを持っています。

所有に関する表現について,英語型とロシア語型とで言語を分類すると面白いかもしれない。

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2018.05.04

ワン・ビン監督『苦い銭』を観てきた

YCAMでワン・ビン (Wang Bing) 監督『苦い銭(苦銭)』を見てきた。

第73回ヴェネツィア映画祭オリゾンティ部門脚本賞,ヒューマンライツ賞受賞。

Snigaizeni

中国湖北省湖州には個人経営の縫製工場が18000ある。そこで働く出稼ぎ労働者の日常を描いたドキュメンタリー。


ヘッドマウントディスプレイを装着しているかのような圧倒的な没入感。 カメラマンの存在を感じさせない。

中国の人々のせわしなさ,町の喧騒ぶりにうちのツマが疲れ果てたほど。

会話していてもミシンに添えた手を休めない女性たちがいる一方で,酒におぼれるダメ男もいる。安徽省から出てきて店を開くも喧嘩の絶えない夫婦もいる。


小生は今から十年前に中国内陸部を何回も訪れ,湖北省にも足を運んだことがあるが,その時の街の様子を思い出し,懐かしさすら感じた。

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2018.05.03

宇部,局地的に霰降る

天気予報では今夜は晴れの予報だったのだが,夜中の11時頃になって突如,うちの近所だけ霰が降りだした。全国的に大気が不安定だとは聞いていたが。
とりあえずお知らせまで。

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↑tenki.jpアプリの豪雨レーダーのスクリーンショット。

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2018.05.02

ゾミア: 地域呼称が研究に与える影響

ゾミア (Zomia)は「地域研究 (Area studies)」上の概念である。アムステルダム大学のウィレム・ファン・シェンデル (Willem van Schendel)が2002年に論文:

Willem van Schendel, "Geographies of Knowing, Geographies of Ignorance: Jumping Scale in Southeast Asia", Environment and Planning D: Society and Space, Volume 20, Issue 6 (December 2002)

の中で提唱した。

地理的には,ヴェトナム北部,ラオス全土,タイ北部,ミャンマー北部,中国南部の山岳地帯,チベット,ブータン,ネパール,インド北東部を含む巨大なエリアを指す。研究者によってはこのエリアがより狭まったり,広がったりする。

この概念は,それまで,東アジア,東南アジア,南アジア,中央アジア,……というように地域ごとに分かれた研究集団において辺境としてバラバラに扱われてきていた領域を,ひとつの研究対象として取り上げるために生まれた。

ゾミアには約1億人の「マージナル」な人々,基本的には多様な少数民族が住む。ゾミアという概念は,東アジア,東南アジアといった通常の呼称を用いる地域研究では取りこぼされていた人々を研究するための新たな枠組みとなった。

ファン・シェンデルがゾミアを提唱した後,ジェイムズ・C・スコットをはじめとする多くの研究者たちがゾミアに引き付けられるようになった。


◆   ◆   ◆


ゾミアという新概念が誕生したことも重要だが,もう一つ大事なことがファン・シェンデルの論文の冒頭4ページ半を割いて述べられている。

それは,地域呼称が研究に与える影響のことである。

地域に境界と呼称とを与えると,その地域を対象とする研究において,関心の中心と周辺とが生まれる。ファン・シェンデルは東南アジア地域研究を例に取り上げる:

"Southeast Asian studies appear to form a more multicentred mandala based on an alliance of three major provincial factions: the Indonesianists, the Thai experts, and the Vietnamologists (Weighing the Balance 2000, pages 17 - 20). The concerns of these groups dominate the field. They tolerate weaker factions at the peripheries, for example, those generating scholarly knowledge about lesser satrapies known as the Philippines, Laos, Malaysia, or Burma (Myanmar). And then there are the marches, the borderlands that separate the region from other world regions. In the case of Southeast Asia these are the liminal places referred to above: Northeast India,Yunnan, Sri Lanka, Madagascar, New Guinea, and so on." (Willem van Schendel, "Geographies of knowing, geographies of ignorance", Environment and Planning D: Society and Space, Volume 20, Issue 6, pp. 650 - 651)

つまり,東南アジア地域研究では,インドネシア,タイ,ヴェトナムに関する研究に重きが置かれる。フィリピン,ラオス,マレーシア,ミャンマーに関する研究は軽視され,インド東北部,雲南,スリランカ,マダガスカル,ニューギニアに関する研究は言わずもがなの状況に置かれる。

ところで,そもそも,東南アジアという呼称自体,それほど新しいものではない。ジャン・デルヴェールの『東南アジアの地理』にはこう書かれている:

「東南アジアという呼称は,最近アングロ・サクソンが用いた軍事的な表現である。つまり第二次世界大戦中に日本軍に占領されたインドシナ半島とマラヤ群島奪回のために,1943年に《東南アジアの指揮権》がマウントバッテン総督にゆだねられたさいに,その呼称がはじめて用いられた。」(ジャン・デルヴェール『東南アジアの地理』文庫クセジュ,白水社,1968年)

つまりは,(軍事的な理由があったとはいえ)恣意的に作られた地域呼称が,やがて研究者の思考の様式を規定し,研究の重要度の序列まで定めてしまう。その具体例が,東南アジア地域研究に見られた。また,そのカウンターパンチとしてゾミア概念が生まれた,というわけである。

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2018.05.01

新山口―秋吉台―萩:予行演習

今月下旬にお客さんたちが観光に来る。その案内の予行演習として,新山口駅から秋芳洞・秋吉台を経て萩に行き,新山口へと戻るルートを回ってみた。

まずは,新山口駅新幹線口から秋吉台:

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行楽日和。初夏の様相。

そして秋吉台から萩へ。とりあえず,明倫学舎に行った:

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連休とはいえ,渋滞に出くわすこともなく,楽々と移動できた。

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