吉田類『酒は人の上に人を造らず』を読む
今年の正月下旬に上梓された吉田類『酒は人の上に人を造らず』(中公新書)を読み終えた。酒に関する蘊蓄ではなく,酒場の人間学,参与観察の本である。
吉田類らしく読んでいて楽しく余情のある文章。「軽妙洒脱」と評したいところだが,「洒脱」には「俗気がなく,さっぱりしている」という意味があり,「俗気」の部分で引っかかるので,「軽妙情味」という造語で評しておく。
以前読んだ,『酒場詩人の流儀』(中公新書)との違いは,一つ一つのエッセイの長さ。
『酒場詩人の流儀』には「新潟日報」や「北海道新聞」に掲載された,2ページ程度の短いエッセイがまとめられていたのだが,この『酒は人の上に人を造らず』には「中央公論」に掲載された,7ページぐらいのそれなりの長さのエッセイがまとめられている。
一つのエッセイには数か所の酒場のことが取り上げられている。東京・神田の話だと思って読んでいると,いつのまにか場面は宮津・天橋立に飛んでいく。
「酒は,時空を自在に浮遊する息吹を魂に吹き込む妙薬でもある」(176ページ)
と著者が書いているように,酒を介してあらゆる場面が一つのエッセイにまとめられているのである。
このエッセイ集を読んでいて,頻繁に出くわすのが,著者が意識を失うところ。
酔って帰った博多のホテルで寝込み,筏で漂流する悪夢を見て飛び起きたところ,風呂のお湯を出しっぱなしにして大洪水を起こしていたという話。山登りを終えて疲労困憊したところで,訪れた河川敷の酒場「たぬきや」に行ったはずが,気がついたら自分の職場での新年会になっていたという話。
こんなに朦朧としていて大丈夫か?と思うのだが,翌日にはアルコールは分解され,二日酔いはないというのだから驚かされる。
酒や人が好きでありながら決してのめり込まないのが良い。老生が好きな一文を引用する:
「屋台の灯とネオンが揺れる運河沿いの光景は,どこか浮世離れしている。そんなシーンの中へ紛れるには,ファッションだってさりげない工夫がほしい。ダークな色使いで,ハットかハンティングを被り,軽いストールを巻く。あれっ,どこかで見かけたような……。」
酒場に溶け込む自分自身さえも観察する視点が面白い。
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