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2018.02.04

『風と光と波の幻想―アミターバ坂口安吾』は鳥居哲男文学の最高峰かもしれない

1月19日に新聞のサンヤツ広告で見かけて以来捜し歩いて,ついに丸善丸の内本店で入手したのが,これ,

風と光と波の幻想―アミターバ坂口安吾〈第1部〉』(開山堂出版)

である。

鳥居哲男の著書は,『清らの人』を読んで以来注目していて,『倍尺浮浪』や『折口信夫&穂積生萩 性を超えた愛のかたち』なども読んだ。どれもこれも読みやすく面白い。

折口信夫&穂積生萩 性を超えた愛のかたち』については,「やってくれたな!」と感嘆したものだが,今回の『風と光と波の幻想』には,それを上回る衝撃を受けた。

なにしろ,死んだ坂口安吾が時空を超えて全国各地を巡り,自分の生涯,自分の作品を振り返るという物語だからだ。

プロローグの末尾で坂口安吾はこんなことを言っている:

――よし,いまからオレはこの風と光と波に乗って,自分が生きてきた生涯を,もう一度たどる旅に出発しよう。何しろ,あっちこっち命がけだったものだから,冷静に自分がその時その時,どうだったかを,覚えてないものな。プレイバック,プレイバック!

そして,坂口安吾は長崎,佐賀,美濃,加賀,長岡,等々,ゆかりの土地を巡り始めるのだった。

こんな趣向,普通思いつきますかね?


◆   ◆   ◆


本書の最後,エピローグでは坂口安吾と著者が対話する驚きの展開がある。

これで思い出したのが,『清らの人』では著者の個人的体験と折口信夫に関する様々なエピソードとが巧みに組み合わされていたことである。これによって,『清らの人』は単なる折口の評伝ではなく,鳥居哲男という人の眼差しや思考プロセス,さらには人生の一部を浮き彫りにする文学作品となっていた。

本書も同じ。坂口安吾の生涯を辿りつつ,やはり鳥居哲男その人の眼差しや思考プロセスや読書体験を描いている。

先日,アレハンドロ・ホドロフスキーの『エンドレス・ポエトリー』を観てきた。これはホドロフスキーが自らの青春の日々をマジック・リアリズムの手法で描いた,もしくはリテイク(撮り直し)した作品である。

本書『風と光と波の幻想』もまた,マジック・リアリズムの手法に依って,第1義的には坂口安吾の生涯のリテイク,第2義的には鳥居哲男という人の読書体験の再整理を行っている作品であるように老生は思った。

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