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2018.02.07

スティーブ・シルバーマン『自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実』を読む(続)

病気というと治さなくてはいけないものというイメージがつきまとう。

しかし,自閉症(Autism)は治すものではなくて受け入れるものである。

本書を読んで自閉症に対する考え方はそのように大きく変わった。

本書では脳多様性(ニューロダイバーシティー)という,とても大事な言葉が登場する。

自閉症は神経学的な多様性の現れ方の一つである。多数派に対するマイノリティという意味ではLGBTと良く似た立場にある。

LGBTに属する人々の中からファッションや美術を牽引する人々が登場しているのにも似て,自閉症の人々から自然科学やコンピュータ業界に革新をもたらす人々が登場している。

高機能自閉症者であり,科学者であるテンプル・グランディンはこのように警告する:

「自閉症を遺伝子プールから完全に取り除こうと試みることは,数千年間にわたって文化や科学や技術革新を進歩させてきた才能を一掃することでもあり,人類の未来を危険にさらしかねない」(スティーブ・シルバーマン『自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実』,556ページ)

自閉症の発見者,ハンス・アスペルガー(1906~1980)は,当初からこのことを見抜いており,自閉症の子供たちを「小さな教授」と呼んで尊重していた。

アスペルガーの卓見は第二次世界大戦の暴風の中で忘れ去られた。戦後,自閉症研究の第一人者となったのはオーストリア系アメリカ人のレオ・カナー(1894~1981)だった。

本書ではレオ・カナーに始まる自閉症研究が70年にもわたって迷走し,自閉症者やその家族が翻弄され続けてきた歴史がつづられている。

脳多様性の概念が無かったころ,自閉症の子供を持つ親たちは,子供をいわゆる正常児に治そうと,様々な努力を払い,場合によっては怪しげな民間療法に走っていった。

その状況は徐々に改善される。1980年代にローナ・ウィングによってアスペルガーの業績が再発見され,「自閉症スペクトラム」という概念が生み出された。続いて,映画『レインマン』によって人々の間に自閉症についての理解が浸透した。そして,1990年代以降のインターネットの発達も一助となり,自閉症者自らが発言を始めたことによって自閉症も個性や才能の一つであることが認識され始めた。もちろん,今でも自閉症に対する誤解は続いており,道半ばという感じではあるが。


◆   ◆   ◆


本書は600ページを優に超える大著で,決して気楽に読める入門書ではない。

だが,オリバー・サックスが言う通り,

「包括的で,洞察力に富む自閉症の歴史書であり,読者を魅了する物語である。」

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