« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »

2017.12.31

スティーブ・シルバーマン『自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実』を読む

世の中は大晦日だが,時節と関係のない本を読んでいる。

スティーブ・シルバーマン『自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実』(ブルーバックス)だ。

講談社ブルーバックスに入る翻訳書は例外なく良い本が多い。

本書で取り上げられる自閉症を含め,脳機能障害と言われているものは,今や「脳多様性 (Neurodiversity)」という枠組みで捉え直されつつある。個性と障害の境界は無く,程度の違いとして考えるべきものとなったわけである。

以前,こういう本を読んだが,これも興味深かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.12.27

『ブータンの瘋狂聖 ドゥクパ・クンレー伝』が出た件

先ごろ,岩波文庫からチベット仏教関連書籍として『ブータンの瘋狂聖 ドゥクパ・クンレー伝』が出た。是非もなく購入。

訳者はまたもや今枝由郎先生。チベット仏教関連の翻訳と言ったらこの人ですね。

岩波文庫に入っているチベット仏教関連書籍としては,ソナム・ギェルツェン著・今枝由郎監訳『チベット仏教王伝』(参照),中川和也訳『ユトク伝 チベット医学の教えと伝説』(参照),今枝由郎訳『サキャ格言集』(参照)などがある。うちの本棚にはこれらの他に,次の2冊も鎮座している:

ダライ・ラマ六世 恋愛彷徨詩集ダライ・ラマ六世 恋愛彷徨詩集
ダライ・ラマ六世 ツァンヤン・ギャムツォ 今枝 由郎

トランスビュー 2007-05-02
売り上げランキング : 479927

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
虹と雲―王妃の父が生きたブータン現代史 (ブータン・チベット仏教文化叢書)虹と雲―王妃の父が生きたブータン現代史 (ブータン・チベット仏教文化叢書)
アシ・ドルジ・ワンモ・ワンチュック 今枝 由郎

平河出版社 2004-10
売り上げランキング : 704542

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

これらもまた,今枝由郎先生による訳書。

あとは中沢新一訳の『虹の階梯―チベット密教の瞑想修行』(中公文庫)や川崎信定訳の『原典訳 チベットの死者の書』(ちくま学芸文庫)もうちの本棚に入っている。あとは法蔵館から出ている雑誌「仏教」のチベット仏教特集号もある。

今まで,チベット仏教関連書籍を結構読んできたなあ,と振り返りつつ,今日からは『ブータンの瘋狂聖 ドゥクパ・クンレー伝』を読まねば。まあ,たくさん読めばいいってもんじゃないのは承知の上だが。『ドゥクパ・クンレー伝』にはこう書かれている:

教えを聴いても,物事の本質を瞑想しなければ
食料庫がいっぱいなのに餓死するようなものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.12.24

ジョシュ&ベニー・サフディ監督『GOOD TIME』を観てきた

この土曜日(天皇誕生日)の午後,YCAMで『DARK STAR H.R.ギーガーの世界』とジョシュ&ベニー・サフディ監督『GOOD TIME』(2017年,アメリカ)を立て続けに見てきたわけである。本記事では『GOOD TIME』のことを書く。

Sdsc_0927_2


◆   ◆   ◆


【あらすじ】
ニューヨークの最下層で生きるコニー(ロバート・パティンソン)は,知的障害のある弟ニックと組んで銀行強盗を実行。しかし,弟だけが警察に捕まる。コニーは弟の保釈を図り,金策のために夜の街を奔走する。果してその試みは成功するのか?

"Don't be confused. Just make it worse to me"

息つく暇もないほどのスピード展開。チンピラ・コニーは言葉巧みに人々を翻弄する。だがそれらは全て弟ニックを救うため。疾走感を支えるのが"Oneohtrix Point Never"による劇伴すなわち音楽である。ブライアン・イーノとかヴァンゲリスを彷彿とさせるが,もっと焦燥感がある。映画は映像と音楽が命だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

YCAMで『DARK STAR H.R.ギーガーの世界』と『GOOD TIME』二本立て

本当にもう,どう言ったらいいのかと思うほど,YCAMのシネマ担当者のセレクションは素晴らしい。

この土曜日(天皇誕生日)の午後,YCAMで『DARK STAR H.R.ギーガーの世界』とジョシュ&ベニー・サフディ監督『GOOD TIME』を立て続けに見てきたのだが,実に良かった。

Sdsc_0927


◆   ◆   ◆


まず,『DARK STAR H.R.ギーガーの世界』(ベリンダ・サリン監督,2014年,スイス)について書いておこう。

『エイリアン』の造形でお馴染みのH.R.ギーガーの創作の裏側に迫るドキュメンタリーなのだが,おどろおどろしい作品群からは想像もつかないほど,ハートウォーミングな内容だった。『人生フルーツ』思い出したぐらい。異次元世界をこの世界に橋渡ししてしまう,ギーガーという稀有な天才は,現在の妻(カルメン・ギーガー),妻の母,元妻,元パートナー,両親等々,彼の才能を認める人々によって支えられている。

彼の秘書を務めているのは,エクストリーム・メタル・バンドのメンバー。音楽活動が認められなかった時代にギーガーの作品によって救われたという感謝の念を示していた。H.R.ギーガー美術館で開催されたサイン会には世界中からファン(メタル,パンク系の若者)が押し寄せ,サインをもらって泣き出すタトゥーだらけの男性もいたぐらい。ギーガーって本当に愛されているんだなーと観ているこっちまで嬉しくなった。

ギーガー本人や周囲の人々の証言を聞きながらギーガー作品を見ていると,闇だけでなく,光明やユーモアまで感じられてくるから不思議。

ギーガーにとっての人生最大の事件は,パートナーだったリー・トブラーを失ってしまったこと。ギーガー作品中の女性像はリーそのものであり,ギーガーに多大な影響を与えたことは確かである。ギーガーの作品世界に毒されたのかどうかわからないが,リーは精神を病み,1975年に自殺した。この事件はギーガーに深い傷を負わせた。だが,ギーガーはこの危機を乗り越え,作品を生み出し続けた。

73歳になり,気の置けないスタッフと食事を共にするギーガーは満足そうに見える。ギーガーはインタビューに対して「見たいものは見てきたし,やりたいことはやってきた。生まれ変わって人生を一からやり直すのはごめんだ」ということを言っていた。ショーペンハウアーのように満ち足りた晩年。羨ましい限りである。

追白 本作のあちこちに登場する愛猫ムギ(Muggi)はとてもかわいい。


◆   ◆   ◆


ジョシュ&ベニー・サフディ兄弟の『GOOD TIME』については次の記事で書く。これは天才的な作品。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.12.21

年賀状にマイクロ文字が!

すでに郵趣関係者の間では知られている話だと思うが,年賀状にはマイクロ文字が隠されている。

老生のスマホ(実はガラホ)ではとても撮影できない。虫メガネでようやく判別できた。

皆様もよく目を凝らして見てください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

廣松渉『世界の共同主観的存在構造』2冊目!

先月11月,廣松渉の『世界の共同主観的存在構造』が岩波文庫に入った。

是非もなく購入した。

手元には講談社学術文庫版が既にあるというのに。

内容はもちろん同じ。解説も熊野純彦で同じ。

ただし,熊野純彦の解説は講談社学術文庫版と同じではない。廣松渉の生涯,日本思想史における位置づけも含めて,より一般の人々に分かるように解説している。

あと,岩波文庫版には付録として,「情況」1973年1月号に掲載された,足立和浩,白井健三郎,廣松渉による鼎談「サルトルの地平と共同主観性」が収録されているので得した気分。

廣松渉の思想についての入門書としては,小林敏明『廣松渉-近代の超克 (再発見 日本の哲学)』がとても良い本で,小生もかつて同書を踏まえていろいろと記事を書いた(参照)。

「世界の共同主観的存在構造」とは,廣松渉の言葉を引用すれば、「所与がそれ以上の或るものとして、『誰か』としての或る者に対して」存在するという構造のことだが,この言葉だけではなんのことやらわからないだろう。

良く知りたいと思った人はまず,小林敏明の入門書をお読みいただきたい。そして,より正確に知りたければ,廣松渉自身の代表的著書『世界の共同主観的存在構造』に進むべきだろう。

字面は小難しいが,言っていることは非常に明確である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.12.18

瀬川拓郎『アイヌと縄文』を読む

最近,『ゴールデンカムイ』のような優れたエンターテイメント作品の登場によって,アイヌ文化に注目が集まっている。

それに受けて,ということではないが,ここ一週間ほど瀬川拓郎『アイヌと縄文 ――もうひとつの日本の歴史』(ちくま新書)を読んでいた。

考古学や遺伝学など最新の研究成果によれば,アイヌは縄文人の正当な末裔である。例えばハプロタイプに関する研究は,アイヌの多くが縄文系統とされるハプログループD1bに属していることを示している(ちなみに本州では青森県と静岡県の人々に多く見られる)。

本書を読むうえで重要なことは,進歩した農耕民の弥生人遅れた狩猟・採集民の縄文人という単純化された二項対立の図式を捨てることである。縄文から続縄文,擦文と続きアイヌに至る人々は農耕を取り入れそこなった人々ではなく,縄文の伝統を守りながら交易のための狩猟に特化していった人々なのだということが,本書を読み進めていくうちに明らかになっていく。

古来,本州に住んでいた農耕民は権力の象徴として毛皮やオオワシの尾羽を必要とした。これを供給していたのは続縄文人―擦文人―アイヌたちである。続縄文人―擦文人―アイヌたちは毛皮やオオワシの尾羽を本州人に供給する一方で,玉や鉄器などを本州人から手に入れていた。両者は補完し合う関係にあったのである。

続縄文人―擦文人―アイヌたちは本州人,いわゆる和人によって追い詰められていった人々ではない,ということも本書の中で明らかになる。

例えば,東北では1世紀ごろまでは水稲栽培が行われていた。しかし寒冷化の進展により,同地の農耕民は減少,人口の希薄化が起こった。この人口希薄地帯に進出したのが,当時の北海道の人々,続縄文人である。つまり,本州では古墳時代と言われる時代のある時期には,続縄文人たちによる南下が起こっていたのである。

また,9世紀から15世紀にかけて,北海道の人々,すなわち擦文人―アイヌたちは道北,道東,千島,サハリンへと活動域を拡大していく。これは本州との交易用のサケやオオワシの尾羽の確保のためであるという。本書の一節を引用しよう:

「商品化する世界のなかで,擦文時代の人びとはもはや東アジアの辺境で孤立する縄文人ではありませんでした。かれらは富をもとめて商品生産の社会に転換し,他者の領域を侵していく道をあゆみだしました。さらに次のニブタニ時代を迎えると,かれらは北東アジア,日本,中国をつなぐ交易の円環のプレーヤーとして,大きく成長を遂げていくことになるのです。」(『アイヌと縄文』142頁)

ここでふと思い出したのが,渡辺京二黒船前夜 ロシア・アイヌ・日本の三国志』である(参照)。この書名が如実に表しているように,アイヌというのは,北東アジアにおける重要なプレーヤーだったのである。

このように,逞しく生き,時には勢力の拡大もしていた続縄文人―擦文人―アイヌたちが守ろうとした縄文の伝統とは何か。それは,連帯と平等の原理であるという。アイヌの文化を知ることによって,我々は縄文以来の伝統思想,もう一つの日本の歴史に触れることができるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.12.10

千田稔『伊勢神宮―東アジアのアマテラス』を読む(続)

だいぶ前に出た本である。ちょっと前にも紹介した(参考)が,もう一度,読書感想文を書いてみる。

著者は歴史地理学者。

著者は本書で「日本の神道を論じようとしたのではない。伊勢神宮にまつわる歴史的な文脈を東アジア世界の中でみつめようと試みた。」(217頁)

とはいえ,「アマテラスの誕生」に触れないわけにはいかない。第1章「アマテラスの旅路」第2章「中国思想と神宮」では,海洋民の信仰する太陽神が,道教(北極星信仰)と融合し,国家神へと昇格するプロセスが描かれている。

国家神アマテラスが伊勢に鎮座する理由については,東を聖とする思想と,大和と伊勢の位置関係をもとに論じているが,この説などは以前に紹介した西郷信綱『古事記の世界』(岩波新書)で語られていた「伊勢・大和・出雲の関係性」を思い起こさせてとても興味深い。

「伊勢神宮にまつわる歴史的な文脈を東アジア世界の中でみつめよう」という本書の意図のため,国家神アマテラスの誕生に係る議論は,第1章・第2章に限られており,老生としては物足りない感じがする。

しかし,律令期にアマテラスが国家神として奉祀されたことが,その後,中世・近世・近現代の日本とアジアの関係に影響を与えてきたことを描出した第3章「神国の系譜」,第4章「近大の神宮」,第5章「植民地のアマテラス」は,それはそれで興味深い。

アマテラスに対する民間信仰なかりせば,明治以降の神道の(ほぼ)国教化というのはありえない。しかし,植民地政策の一環として台湾・朝鮮・満洲に神宮創祀が行われたのは,本来の信仰から逸脱していると言わざるを得ない。

戦後,国家と神道とが分離されたことは,伊勢神宮とアマテラス信仰に本来の姿を取り戻させることになったものと見ることができよう。そういう歴史的文脈を踏まえれば,戦後に折口信夫が

「神道にとって只今非常な幸福の時代に来てゐる」

と発言したのはよく理解できる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.12.06

特許情報から見たPezy Computing社長の技術力

スパコン開発ベンチャーPEZY Computingのことがホットな話題になっているが,同社社長齊藤元章氏の技術力を特許情報から見てみた。

特許情報はおおよそ,「公開特許公報」と「特許公報」から拾い上げることができる(「再公表特許公報」というのもあるが,今回は省略)。

公開特許公報」は出願してから1年半経つと発明内容が公表されるものである。この時点では特許をとっているわけではない。

ご存知かと思うが,発明はそのままでは特許取得に至らない。発明して,出願して,審査を受けて後,特許が登録されるわけである。

特許が登録されたのちに公開されるのが,「特許公報」である。


さて,発明者をPEZY Computing社社長のお名前にして検索してみると,「公開特許公報」では47件の出願がヒットした:

公開特許公報掲載分
出願番号 出願日 名称
1993-212601 1993/8/27 カテーテルシステムの接続方法
1994-302608 1994/10/30 X線を利用した血管造影を中心とする立体撮影において、3次元(立体)的または4次元(時間軸を有した3次元)的情報の画像表示を行う方法
1998-074773 1998/2/18 コンピュータ断層装置
1998-090524 1998/3/2 コンピュータ断層装置
1999-126207 1999/3/30 コンピュータ断層装置
1999-130405 1999/4/2 三次元画像表示装置
1999-215690 1999/6/25 三次元画像表示装置
1999-215691 1999/6/25 三次元画像表示装置
1999-264278 1999/8/16 三次元画像表示装置
1999-311386 1999/9/28 三次元画像表示装置
1999-311387 1999/9/28 コンピュータ断層装置
1999-311388 1999/9/28 三次元画像表示装置
1999-311401 1999/9/28 インターネット上の個人保健医療情報信託サービスを核としたビジネスモデル
1999-315742 1999/10/1 三次元画像表示装置
2000-059572 2000/1/31 多層プロトコルを用いた医用画像情報システム
2000-140911 2000/4/6 三次元画像表示装置
2000-404063 2000/12/12 インターネット上の個人保健医療情報蓄積サービスと携帯型保健医療情報端末を核としたシステムおよびビジネスモデル
2001-171766 2001/5/2 ネットワーク環境における三次元画像表示装置
2001-220613 2001/6/18 コンピュータ断層装置
2001-220614 2001/6/18 画像データ圧縮装置
2001-318705 2001/9/11 ネットワーク環境におけるレポートシステム
2001-373389 2001/11/2 ネットワーク環境におけるレポートシステム
2001-398256 2001/11/22 ネットワーク環境におけるマルチプロセッサシステム
2002-115483 2002/3/14 画像処理とネットワーク配信を対話的に行うことを可能にしたX線CT装置
2002-132071 2002/4/1 ネットワーク環境におけるデータ蓄積・処理センター
2002-132072 2002/4/1 ネットワーク環境におけるCTデータ蓄積・処理センター
2002-218895 2002/6/25 医用画像複合観察装置
2002-315049 2002/9/25 コンピュータ読影支援システム
2002-361463 2002/11/11 医用画像複合観察装置
2002-383174 2002/12/12 X線CT装置の投影データから直接三次元画像を作成する三次元画像表示装置
2003-302028 2003/7/24 広域ネットワーク環境における電子カルテシステム
2004-139208 2004/4/7 広域ネットワーク環境における医用画像処理システム
2005-138250 2005/5/11 情報システム
2005-149252 2005/5/23 ネットワーク環境における三次元画像表示装置
2005-149253 2005/5/23 ネットワーク環境におけるレポート作成システム
2005-185651 2005/5/31 圧縮された画像データを順次部分解凍しながら三次元画像を作成する三次元画像表示装置
2005-214298 2005/7/25 ネットワーク環境における三次元画像表示装置
2005-214299 2005/7/25 ネットワーク環境における三次元画像表示装置
2006-105747 2006/4/6 解析プロトコルに基づいた前処理装置を備える三次元画像表示装置
2007-256194 2007/9/28 解析プロトコルに基づいた前処理装置を具備する三次元画像表示装置
2007-256193 2007/9/28 解析プロトコルに基づいた前処理装置を具備する三次元画像表示装置と画像保管通信システムの連携システム
2007-256207 2007/9/28 解析プロトコルに基づいた前処理装置を具備する三次元画像表示装置を相互接続した医用画像解析システム
2008-276600 2008/10/28 ネットワーク環境における医用画像処理システム
2011-148293 2011/7/4 金属基材の防食塗装方法
2012-206252 2012/9/19 断層撮影装置
2014-170616 2014/8/25 電子機器の冷却システム
2016-201898 2016/10/13 電子機器の冷却システム


2011年より前と以降とで傾向が全く異なることがわかる。2008年までは医療用画像処理関連の発明が多いのだが,2011年からはコンピュータの冷却技術に関する発明に切り替わっている。


◆   ◆   ◆


次に,「特許公報」掲載分を見てみよう。27件ヒットする:

特許公報
出願番号 特許/登録番号 登録日 名称
2002-218895 4197108 2008/10/10 医用画像複合観察装置
2002-115483 4231237 2008/12/12 画像処理とネットワーク配信を対話的に行うことを可能にしたX線CT装置
2001-373389 3705588 2005/8/5 ネットワーク環境におけるレポートシステム
2001-318705 3704492 2005/7/29 ネットワーク環境におけるレポートシステム
2001-171766 3766608 2006/2/3 ネットワーク環境における三次元画像表示装置
2000-059572 4299944 2009/4/24 多層プロトコルを用いた医用画像情報システム
2002-383174 4361268 2009/8/21 X線CT装置の投影データから直接三次元画像を作成する三次元画像表示装置
1999-264278 4458309 2010/2/19 三次元画像表示装置
2002-132072 4681790 2011/2/10 ネットワーク環境におけるCTデータ蓄積・処理システム
2001-220613 4705737 2011/3/18 コンピュータ断層装置
2011-148293 5170801 2013/1/11 金属基材の防食塗装方法
2007-256207 5252263 2013/4/26 解析プロトコルに基づいた前処理装置を具備する三次元画像表示装置を相互接続した医用画像解析システム
2007-256193 5252262 2013/4/26 解析プロトコルに基づいた前処理装置を具備する三次元画像表示装置と画像保管通信システムの連携システム
2014-170616 5853072 2015/12/11 電子機器の冷却システム
2016-507719 5956100 2016/6/24 液浸冷却装置
2016-517011 5956708 2016/6/24 ダイ及びパッケージ、並びに、ダイの製造方法及びパッケージの生成方法
2016-546560 6042590 2016/11/18 液浸冷却用電子機器、及びそれを用いた冷却システム
2016-546559 6042589 2016/11/18 液浸冷却用電子機器、及びそれを用いた冷却システム
2016-546558 6042588 2016/11/18 液浸冷却用電子機器、及びそれを用いた冷却システム
2016-546557 6042587 2016/11/18 液浸冷却用電子機器、及びそれを用いた冷却システム
2016-507720 6064083 2016/12/22 電子機器の冷却システム
2016-507718 5956099 2016/6/24 電子機器の冷却システム
2016-507717 5956098 2016/6/24 電子機器、及び電子機器の冷却装置
2016-507716 5956097 2016/6/24 電子機器の冷却装置
2016-546556 *** *** 電子機器の冷却システム
2016-546555 *** *** 電子機器の冷却システム
2016-546554 *** *** 電子機器の冷却システム

2014年以降の特許が半分を占めている。そしてその多くが冷却に関わる技術である。

そしてその多くが,「公開特許公報」掲載分には含まれていないことに気づいた人もいると思う。これは「早期審査対象出願」という制度を利用したもので,通常の審査では平均14カ月かかるところを平均で2か月に短縮するというもの。


◆   ◆   ◆


ということで雑に特許情報を一瞥したが,PEZY Computing社の現在の技術力が那辺にあるかというと,冷却技術ということになるかと思う。

大枠ではスパコン屋さんということになるが,画期的なアーキテクチャを実現したとか,そういう話ではなく,あくまでも冷却屋さんであると考えられる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.12.05

元号の法的根拠/改元の法的根拠

先日からNHKで今上天皇退位に関する報道や特集番組が続いていて,なんだか明日にも平成時代が終了しそうな雰囲気を漂わせている。ちょっとフライング気味じゃないんですかね。

老生は昭和生まれなのだが,新天皇が即位して,元号が改まると,「二つ前の時代の生まれ」ということになる。それって,老生が明治生まれの方々を見る時の感覚と一緒。

言い直せば,新時代生まれの人々にとっての老生ら昭和生まれの人々は,昭和生まれの人々にとっての明治生まれの人々と同じポジションにいるわけである。諸行無常。

さて,そんな雑談を経て,本日の本題,「元号の法的根拠/改元の法的根拠」について述べてみる。


◆   ◆   ◆


元号に法的根拠が与えられたのはそれほど古い話ではない。

昭和54(1979)年6月12日公布・施行の法律「元号法」によって,法的根拠が与えられたのである。

この法律は大変短く,本則2項,附則2項から成る。こんな感じ:

元号法

公布:昭和54年6月12日法律第43号
施行:昭和54年6月12日

  1. 元号は,政令で定める。
  2. 元号は,皇位の継承があつた場合に限り改める。

附則

  1. この法律は,公布の日から施行する。
  2. 昭和の元号は,本則第1項の規定に基づき定められたものとする。

戦前は旧皇室典範によって,元号は規定されていたのだが,戦後,皇室典範が改められた際にその条項が消えてしまった。そして,しばらくの間,昭和の元号の使用は法的根拠を持たない習慣的なものだったのだが,それじゃあ問題だということで,昭和54年に「元号法」ができたわけである。


◆   ◆   ◆


ということで,「元号法」で「元号」に法的根拠が与えられたわけだが,今度は元号を改める際の法令が必要になる。

「元号法」第1項・第2項にあるように,改元は皇位継承時のみ行われ,その元号は政令によって定めることとなっているので,改元に関する政令が必要になる。

そこで登場するのが,「元号を改める政令」である。

その内容はこんな感じである:


元号を改める政令

公布:昭和64年1月7日政令第1号
施行:平成元年1月8日

内閣は,元号法(昭和五十四年法律第四十三号)第一項の規定に基づき,この政令を制定する。

元号を平成に改める。

附則

この政令は,公布の日の翌日から施行する。

以上


これは,昭和から平成への移行にあたって初めて現れた政令である。

今度,平成から次の時代に移るにあたっては,同様の「元号を改める政令」が公布・施行されることとなる。


◆   ◆   ◆


次の元号は?

これが諸兄の最も気になることだろう。

「平成」に関しては,「平成」「修文」「正化」の3つから選ばれたということが,報道によって知られている。そしてまたよく言われるのが,頭文字がそれぞれ"H", "S", "S"で,昭和の"S"と被らない平成が選ばれたという話である。

次の元号に関しても同じパターンが踏襲されるとすると,明治・大正・昭和・平成の頭文字,"M", "T", "S", "H"に被らないものが選ばれることだろう。

ネットでは未来人が伝えたという元号「安始」が話題だが,この頭文字は"A"なので,条件は満たしている。「文選」か「易経」にでも根拠があるのかね,という疑問はあるが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.12.03

ニコライ・A・バイコフ『牝虎<めとら>』を読む

ニコライ・A・バイコフ作(上脇進訳)『牝虎<めとら>』(中公文庫)を読んだ。

【あらすじ】

満洲・横道河子(フンダオフーズ,heng dao he zi)に住む<私>は,旧友でベテラン猟師のアキンジン・ステパーノヴィチ・バボーシンとともに海林(ハイリン,hai lin)渓谷の密林を旅する。目指すのはグリゴーリイ・ゾートフの山小屋だ。

バボーシンによれば,グリーシャ(グリゴーリイ)は先ごろ,ナスターシャという美しい娘と恋に陥ったのだそうだ。

バボーシンは,ナスターシャはややこしい女だから付き合わない方がいい,とグリーシャに警告したのだそうだが,果たして,グリーシャの小屋にたどり着いたとき,中にいたのはナスターシャだった。

なぜ,ナスターシャがややこしい女だと言われるのか? それは,彼女には親が決めた結婚相手がいるからである。彼女の実家・チュマコフ家では,ナスターシャを金持ちの材木商ロジノフに嫁がせようとたくらんでいた。しかし,ナスターシャは密林に住むグリーシャのもとに逃げ込んでしまったのである。チュマコフ家の連中が黙っている筈がない。

この後,物語は

  • チュマコフ家の男たちによるナスターシャの拉致
  • グリーシャによるナスターシャの奪還
  • 虎に襲われたグリーシャを救うナスターシャ
  • ジプシー女に心を奪われるグリーシャ
  • 再び虎に襲われたグリーシャの死
  • バボーシンに芽生えた,寡婦ナスターシャへの恋心
  • グリーシャの遺児とともに仔虎を育てるナスターシャ
  • ナスターシャから離れ,満洲の密林の中に消えるバボーシン

というように,息もつかせぬほど劇的に展開する。

台詞回しは古めかしいが,一気に読める面白い小説だ。

この小説のタイトル『牝虎<めとら>』が意味するのは,狩猟の対象であるアムール虎のことではない。美しく力強く,男たちを惹きつけて止まないナスターシャのことである。

ナスターシャがグリーシャの遺児とともに仔虎に母乳を与えるシーンは,衝撃的であると同時に聖母像のように美しく崇高でもある。


◆   ◆   ◆


物語自体も面白いが,原作者バイコフと訳者上脇進の関係も興味深い。

バイコフ(1872年,キエフ生まれ)は,いわゆる白系ロシア人で,満洲に住んでいた。満洲の密林とそこに住む動物たちを描いた作品で知られるが,特に『偉大なる王』はよく知られている。

上脇(1899年,鹿児島生まれ)は満洲・新京語学院に務めていた折,バイコフと交友を深めた。バイコフの作品をいくつか訳出しているが,そのうち,この『牝虎』は1943年に満洲日日新聞・大連日日新聞両紙に連載されたものである。

翻訳権は満洲日日新聞が所持していたが,第二次世界大戦終結とともに,同社は消滅。また,バイコフも終戦の翌年1946年3月15日にハルピンで発疹チフスのため死去した(と,本書の「はしがき」「あとがき」には記されている)。

これで,著作権者も翻訳権者もいなくなったわけで,「従って,翻訳,出版の権利が存するものとすれば,まず訳者より外に所有する者はない筈と思う」(『牝虎』278頁)と上脇は主張している。

ここまでは「ふーん。そんなものか」と思っていたわけだが,バイコフについて調べてみると,訳者の主張と違うことがわかってきた。

『牝虎』は1950年に万有社から刊行されたのだが,その際,上述の通り,上脇は1946年にバイコフが病死したものとしている。

ところが,バイコフは死んではいなかった。終戦直後,バイコフは中国を縦断し,香港にたどり着いていた。そしてそこから海を渡り,オーストラリアにたどり着いた。そして1958年3月6日にブリスベンで死去したわけである。墓は同地にある(参照)。

上脇は1962年に死去するが,死ぬまで,終戦翌年のバイコフの病死を信じて疑わなかったのだろうか?やはり,通信事情の悪い時代のこと,オーストラリアにバイコフが移り住んだことを知るすべはなかったのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.12.02

【Web特殊漫画】てっ…天才だ!

ネット(一部)で話題の漫画。

不条理漫画に分類されると思うが,その中でも特に,ながいけん『神聖モテモテ王国』,中川ホメオパシー『バトル少年カズヤ』などの系譜に連なるものだと思う。

ヤバい人の言動の描写は完璧と言っても良い。中川ホメオパシー作品であれば,苦笑いで済むところが,キム・ギニョン作品では戦慄を覚える程になる。

ネット界に天才が現れた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »