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2017.11.27

Web歴史漫画『カンニング・スタンツ』ついに完結

以前から推していた(参照),コロラド”十段”ひろし先生の歴史漫画『カンニング・スタンツ』が,2017年11月21日の更新を以て終了した。

これは「楚漢戦争」,すなわち,秦王朝滅亡後の覇権を巡って項羽と劉邦との間で繰り広げられた戦いを中心に描いたWeb漫画である。

いわゆる「項羽と劉邦」ものだが,季布(きふ)を主人公に据えているのが一味違っていて面白かった。

2011年3月18日に第1話を掲載してからおよそ6年余り。お疲れ様でございました。

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2017.11.26

【YCAMでタルコフスキーマラソン】『ノスタルジア』と『惑星ソラリス』を観てきた

YCAMで「タルコフスキー特集2017」というのをやっている,というのは昨日の記事で書いた。

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今日はタルコフスキーマラソンの続きで,ツマとともに,『ノスタルジア』(1983年,126分)と『惑星ソラリス』(1972年,160分)を2本続けて観てきた。

『ノスタルジア』(1983年,126分)。これもまた水分の多い映画で,イタリアが舞台だから少しはカラッとしているかと思ったら,ドメニコの家の中の雨漏りやら温泉地での湯けむりやら,水気から逃れることはできなかった。ドメニコの焼身自殺と,アンドレイの命を張った温泉横断との連動が見事。祈りが世界を救うというのは『サクリファイス』と同じモチーフ。


『惑星ソラリス』(1972年,160分)。スタニスワフ・レムの原作だと,「生きている<海>と人類との奇妙な交渉を通して,人間の認識の限界に挑む」のがテーマなのだが,タルコフスキーは,愛,良心,郷愁について深く考察させる作品に仕上げた。原作と全然違うものになってしまったため,レムとタルコフスキーの間に亀裂が走ってしまったというのは有名な話。あと,首都高が未来都市として登場するのも有名。

◆   ◆   ◆


というわけで2日続けてのタルコフスキーマラソン。タルコフスキーの長編は7つだけなので,そのうち4本をまとめて観るという,滅多にない機会を与えてくれたYCAMに感謝。

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2017.11.25

【YCAMでタルコフスキーマラソン】『鏡』と『ストーカー』を観てきた

YCAMで「タルコフスキー特集2017」というのをやっている。

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any会員だと500円で見られるというので,『鏡』(1975年,110分)と『ストーカー』(1979年,163分)を2本続けて観てきた。

タルコフスキーと言えば,テオ・アンゲロプロス並みにしんどい映画ばかりである。だが,今回,マラソンないし耐久レースのつもりで,できる限り見てみることにした。

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』も『ストーカー』もタルコフスキーらしく,水分たっぷりの映像。地面はぬかるみ,草ぼうぼう。霧が広がり,雨が降る。それを詩情たっぷりに撮るのがタルコフスキーである。

』は,<私>の過去と現在を交錯させた映像詩。幼いころの思い出,若い頃の母,いなくなった父,扁桃腺を腫らして寝込んでいる現在の<私>,第二次世界大戦,中ソ国境紛争などなど家族とロシアの激動の20世紀を重層的に映し出した作品。ラストで,現在の老いた母が幼い<私>と妹の手をとって,森の中を歩いていくシーンは音楽と相俟って感動的だった。


◆   ◆   ◆


ストーカー』は,「ゾーン」と呼ばれる,人を容易に近づけない空間を巡る物語。「ゾーン」には<部屋=комната>と呼ばれる願いが叶う場所がある。そこに行くためには「ゾーン」の案内人である「ストーカー」を頼らなくてはならない。ある時,「ストーカー」と「教授」と「作家」の3人が<部屋>を目指して,「ゾーン」に侵入するのだが……。

意地の悪い見方をすると,『ストーカー』は,主人公たち一行が小難しい議論を繰り広げながらびしょびしょに湿った森や野原やトンネルや廃屋を延々と彷徨っているだけの映画に見える。だが,閉塞的なソビエト社会の暗喩だという話を聞くと納得。


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上映中,あえなく討ち死に(睡眠)してしまう客もいた。まあ,そのぐらい,タルコフスキー作品は気力・体力が必要な映画である。ところが,観終わってみると,あのシーン,このシーンと思い出されてきて,また見たくなってしまうから不思議。中毒性が高いと言われる所以である。

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2017.11.24

海王丸のセールドリルを見てきた

この祝日,ツマと共に下関のあるかぽーとまで出かけて,練習帆船「海王丸」のセールドリルを見てきた。

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だいぶ前のことになるが,「海王丸」を同じ下関港で見たことがある(参照)。その時は船内見学をしてきたわけだが,今回は実習生が帆を張る訓練,すなわちセールドリルを見ることにあった。

1時頃からセールドリルは始まった。

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↑実習生がマストに上って,帆を展開し始める。

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↑帆の展開が進んだ。

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↑あとは一番下の帆を展開するだけ。

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↑展開終了。

上の写真で海王丸をタグボートが抑えているのがわかるだろうか?

帆が風をはらんで,今にも動き出そうとしている。これを押さえつけておかないといけないのでタグボートが全力で岸壁に押さえてつけているわけである。

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↑帆の数は全部で35。これらを全部人力で広げ,また畳むわけである。

2017年11月26日(日)には船内の一般公開が行われる。

27日(月)11時には出航の予定。

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2017.11.23

「暁の寺」ワット・アルンに行った

三島由紀夫「豊饒の海」第三部『暁の寺』の舞台となったワット・アルンに行った。

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公共交通機関でここを訪れようとすれば,こんな感じになる。

たとえば,アソークのあたりに宿をとった場合,

BTSスクンビット線アソーク駅からサイアム駅に移動。サイアム駅でシーロム線に乗り換え南下,サパーンタークシン駅で降りる。

サパーンタークシン駅から水上バス・チャオプラヤーエクスプレスに乗り,ワット・アルンに移動する。

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↑水上バスで移動開始。初心者なので青い旗の船に乗った。料金50バーツ。

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↑20分もすればワット・アルンに着く。

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↑ワット・アルンからの帰りはオレンジの旗の船に乗ってみた。観光客だけでなく,地元の人も通勤などに利用している。料金は15バーツ。

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オレンジの旗のチャオプラヤーエクスプレスは満員。まあ安いから仕方ない。

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2017.11.19

ジム・トンプソン・ハウスに行った

シルク王ジム・トンプソンの邸宅を訪れようという気が起こったのは,「失踪」の二字によるものだった。

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ジム・トンプソン・ハウスはバンコクの公共交通機関で行きやすいところにある。

まず,「スカイトレイン」ことBTSで,アソークからサイアム経由でナショナル・スタジアムに向かう。

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ナショナル・スタジアムに到着すると,観光客がぞろぞろとジム・トンプソン・ハウスに向かうので,それを追っていく。すると,すぐに到着する。

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↑美しいタイシルク。

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↑ジム・トンプソンが設計し,作り上げた邸宅。中は撮影禁止。

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↑ジム・トンプソンが集めた中国の陶器。火鉢のようなもの。これは家の外にあるので撮影OK。

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↑これも撮影OK。ここに置かれているのはイミテーションかもしれないが,7~8世紀ドヴァラヴァティ派の仏像。

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↑ジム・トンプソンは屋敷の設計に取り掛かっていた頃,庭園のことを「ジャングル」と呼んでいた。都会にありながら,ジャングルを思わせる邸宅。それがジム・トンプソンの理想だったのだろう。


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1906年3月,米デラウエア州に生まれたジム・トンプソンは第二次世界大戦終了直前,対日作戦のため,OSSの諜報員としてインドシナ半島に派遣された。任地のタイに魅了されたジムは永住を決意。衰退していたタイのシルク産業を復興し,巨万の富を得た。

1967年3月,休暇で訪れていたマレーシアのキャメロン・ハイランドで失踪。大規模な捜索にもかかわらず,その後の足取りは杳としてつかめないままである。

彼が残した邸宅は今や私設美術館として開放され,バンコク有数の観光スポットとなっている。


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マレーシアのジャングルに消えたシルク王ジム・トンプソン。この事件は松本清張にも影響を与え,推理小説『熱い絹』を執筆させるきっかけとなった。

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バンコクにおります

所用のため,チェンマイからクルンテープ(バンコク)へ。

空港から都内へは"AIRPORT RAIL LINK"を使ってみた。

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スワンナプーム空港からパヤタイまで45バーツ。

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↑こういうトークンを使って乗車する。

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大都会ですなー。

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2017.11.18

まだチェンマイにおります

チェンマイをうろうろしているわけである。

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↑すごい店構え。アクセサリーショップらしい。となりはゴールドショップ。

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↑ここ,BEER LABでは世界各国のビールが飲める。タイ産のビールはあまり無い。フレンチフライズを肴に,オーストラリアやベルギーのIPAを飲んだ。

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↑ムエタイの興行。白人(ファラン)の観衆が多かった。

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2017.11.17

チェンマイにおります

現在,所用のため,チェンマイにおります。

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↑黄昏のスワンナプーム空港

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↑チェンマイ空港の国際線ターミナルに到着

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↑チェンマイ大学の学生たち。

タイの大学には制服があるのはご存知のことと思う。
女学生に関しては高校生のようだ。スカート丈がバラバラ。ラオスのように伝統の巻きスカート(シン)にしたら統一感が出ると思うのだが,余計なお世話か。

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↑会議の休憩時間に供されたお菓子。

この菓子は豆粒程度の大きさ。豆の餡を固めて,周りをゼリーか寒天でコーティングしたもの。フルーツを模した形をしている。色どりが美しい。淡い甘みでおいしい。

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2017.11.15

千田稔『伊勢神宮―東アジアのアマテラス』を読む

インドネシア出張の帰路,千田稔『伊勢神宮―東アジアのアマテラス』を読んでいた。

本ブログではこれまでにアマテラスにフォーカスした本として

の2書を紹介してきた。

前者・筑紫申真版『アマテラスの誕生』は「アマテラスはもともと男神(蛇神)だったのであり,太陽神そのもの(アマテル)→太陽神をまつる女(オオヒルメノムチ)→天皇家の祖先神(アマテラス)と変転していったのだ」という「アマテラスの神格三転説」を唱えており,非常に刺激的な本だった。地方神アマテラスが皇祖神に昇格する過程を「壬申の乱における神助」説と「持統女帝=アマテラスのモデル」説とを用いて明確に提示しているところが特徴的である。

後者・溝口睦子版『アマテラスの誕生』は「タカミムスヒ=太陽神」説や,天智・天武両朝における皇祖神の交代説,すなわち「外来神タカミムスヒから土着神アマテラスへの交代」説を唱えておりこれも刺激的な内容だった。しかしながら天武天皇がアマテラスを重視した理由についてはあいまいな記述で,この点では筑紫申真版に及ばない。

さて,今回読んだ,千田稔『伊勢神宮―東アジアのアマテラス』は,アマテラスの原像を探ることから始まり,古代・中世・近世・近現代におけるアマテラスおよび伊勢神宮の位置づけの変遷について論じている。

上述の筑紫・溝口両氏が追ってきた「アマテラスの誕生」過程を扱っているのは本書第1章「アマテラスの旅路」と第2章「中国思想と神宮」である。

第1章「アマテラスの旅路」では,アマテラスの祖型がアマテル系神社に祀られている海洋民の神・ホアカリノミコトである可能性,そしてホアカリノミコトの起源は中国の江南の地にありそうだという可能性などが述べられている。

また,第2章「中国思想と神宮」では,古代の都と伊勢神宮との位置関係に道教の神仙思想の影響が見られること,アマテラスと西王母は「織女」というキーワードで結び付くことなど,アマテラスおよび伊勢神宮に道教の強い影響が見られることが述べられている。

これらの章で強調されているのは,アマテラスならびに伊勢神宮は東アジア世界で孤立した存在ではないということである。日本神話の源流を考えるときに,よく取り上げられるのが,朝鮮半島を経由した北方系神話,黒潮に乗って島伝いに到来した南方系神話であるが,中国大陸からの直接の影響も忘れてはならない。

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2017.11.14

勝手に直虎:氏真が本能寺の変の引き金を引くと思うね(妄想)

チラシの裏に書くべきことを,ここにメモしておく。

おんな城主直虎』第45回の終わり頃,太守様こと氏真が急に覚醒した。これに刺激を受けて,今後のドラマの展開を勝手に予測した:

  • 氏真が本能寺の変の引き金を引く
  • 龍雲丸が伊賀越えをサポートする


◆   ◆   ◆


はじめの「氏真が本能寺の変の引き金を引く」について。

第46回以降,氏真は,今川一門の血を引く築山殿と信康を死に追いやった信長に対して復讐の念を抱く筈。そして,ある機会をとらえて,明智光秀に信長を討たせるのではないか,というのが老生第1番目の妄想である。

もちろん,今川氏真が明智光秀を裏で操るようなことは不可能。だが,信長に対する不満で爆発寸前になっている光秀が,氏真の一言で,クーデターを決意する,ということはあるかも。

氏真と光秀が出会う機会はあるのか,という疑問があると思うが,氏真はしばしば京を訪れ,歌や連歌や蹴鞠などの文化活動に励んでいる。光秀も教養人として名高い。都の近辺で連歌の席があれば,高名な二人が出会う機会はあるかも。

さて,光秀が謀反を決意したのは天正10(1582)年5月28日,愛宕山・西坊威徳院での連歌会,通称「愛宕百韻」の席でのことであった――というのが,よくある俗説である。この席に氏真が混じっていたとすれば? そして連歌,もしくは席上での雑談によって,光秀を刺激したとすれば……。

氏真は1614年まで生き残る人物である。駿河を失った後もこのドラマでは準レギュラーのようにぴょこぴょこ出続ける。このドラマが,戦国の人々,それも敗れ去った人々のしぶとさを一つのテーマとしているのであれば,最後の最後まで氏真は出続けるだろう。そして,何か大仕事をなすのではなかろうか,ということで考えたのが上述の妄想である。


◆   ◆   ◆


つぎの「龍雲丸が伊賀越えをサポートする」について。

『おんな城主直虎』第38回で龍雲丸はおとわ(直虎)と別れ,堺に移った。そのままであれば,本能寺の変の頃も龍雲丸は堺で商売を営んでいたことだろう。

さて,本能寺の変の際,家康一行(井伊直政含む)は堺を遊覧中であった。窮地に陥った一行は三河を目指して伊賀越えを行うわけだが,このとき,山賊やならず者の間にネットワークを築いている龍雲丸が手助けをする可能性はありそうだ。

ついでながら,本能寺の変の翌々月,天正10(1582)年8月,直虎は死去する(参照)。家康と直政を無事に領国に送り届けた後,龍雲丸が直虎の最後を看取ったとすれば,まさしくドラマの如き大団円。これが老生二番目の妄想。


◆   ◆   ◆


『おんな城主直虎』を担当する森下佳子の脚本は,伏線だらけでさらに伏線が意外な形で回収される。素晴らしい職人芸。

だとすれば,氏真,龍雲丸といった強烈なキャラクターたちが最終回に向けてこのまま捨て置かれたままなどということがあろうか?

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2017.11.13

【太守様,徳川に力をお貸し下さい】氏真ぼったま,輝く

『おんな城主直虎 第45回』は激アツでございました。

信康自刃事件の始まりを描いた回で,信長の言い掛かりによって,徳川家が窮地に陥るのだが,最後の最後になって,家康から,われらが太守様,今川氏真への救援要請の密書が届く。

それまでナイト・サッカー 蹴鞠に打ち興じていた氏真ぼったまが今川一門の血を引く築山殿と信康の窮地を救うため,立ち上がるところで,この回終了。

こんなカッコいい氏真は大河史上どころか,映画・テレビ・小説・漫画その他芸能史上初の快挙である。

Twitterでも大盛り上がりだ。例えば,これ:

演じているのが尾上松也だが,これまでの回も含めて,氏真役ははまり役だと思う。他のメディアで松也見ると,「太守様だ」と思うぐらい。

凡庸に見えた人が,輝く瞬間がある。

フォークナー『サンクチュアリ』の弁護士ホレス・ベンボウしかり,田中芳樹『銀河英雄伝説5 風雲篇』の自由惑星同盟国防委員長ウォルター・アイランズしかり(参照)。

今回,この列に『おんな城主直虎』の氏真公が加わった。

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時枝誠記(ときえだ・もとき)『国語学史』を読む

時枝誠記(ときえだ・もとき)の『国語学史』(岩波文庫)は言うまでもなく,国語の研究史の本である。だが,本題に入る前の序説が予想外に面白かった。

国語学とはこういうコトをする学問だ,というような天下り式の説明があるのではなく,国語研究者が持つべき認識と姿勢が述べられているからだ。

そもそも国語とは何か。これは国語研究者が常に考えなくてはならない究極の問題である。

本書では一応,「国語」の定義が示されている:

私は国語という名称を,日本語的性格を持った言語を意味するものと考えたい。(19頁)

そしてまた,誤った「国語」の定義や研究の方向についても注意を喚起している:

従来,しばしば国語を定義する場合に,国家の観念あるいは民族の観念をもって基礎づけようとした。そして,それがあたかも国語研究の正しい方向を示すものであるかのごとくいわれたことがあるが,それは誤りである。(21頁)

このように国語の定義が示されたからには,国語研究者はその定義の下で粛々と研究活動を展開すればよいのだろうか。

いや,そんなことはない。長くなるが重要な一節を引用しよう:

私は国語学の対象を規定するのに,国家や民族の観念を排除し,純粋に言語的特質に基づいて,国語,すなわち日本語的性格を持った言語であるとした。ところが,日本語的性格ということは国語学の究極において見出されるものであって,最初からこれが明らかにされているのならば,もはや国語研究の必要も消滅してしまうことになる。そこで,国語を他の何か明らかなもの,すなわち国家とか民族とかによって規定しようとする立場が現れてくるわけである。しかしながらこの立場は,あたかも「魚は水に住むものである」という定義に等しく,対象を外部的原理によって規定することであって,対象それ自体の持つ原理によるものではない。そこで必要な態度はともかくも対象として与えられた無規定な日本語を,それ自体の内に具有する原理,すなわち日本語的性格なるものを明らかにしつつ,対象を輪郭づけて行くことである。(25頁)

つまり国語研究者の仕事は国語の持つ日本語的性格とは何かということを明らかにする作業なのである。この研究作業において何が必要か時枝はこう述べている:

そこで必要なことは,最初に対象の本質をしっかり見通すことである。もちろん,この見通しは対象についての省察が進展すると同時に訂正せらるべき性質のものであるかも知れないが,その故にかかる見通しが不必要であるということは出来ない。国語学はむしろかかる対象の本質観の不断の改訂によって,次第にその目標に到達することが出来るのである。(28頁)

まず研究対象に対するイメージを描くこと。そして,研究を進めるにしたがって,そのイメージを修正し続けること。そうすることによって,研究対象を明らかにできるわけである。

結局のところ,国語学の任務とは何か。時枝はこう述べている:

国語学の任務は,国語の事実を適切に整理し,体系化するところにあるのではなくして,国語の発見ということが根本の任務であり,少なくともそれが他の科学的操作に先行するものでなければならないと思うのである。(29頁)

「国語の発見」,これこそが国語学の任務であるというのは実に名言で,他の学問分野でも通用しそうな言い回しである。

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2017.11.12

ジム・ジャームッシュ『パターソン』を見てきた

YCAMでジム・ジャームッシュ監督作品『パターソン』を見てきた。

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ニュージャージー州パターソン市に住む,パターソンというバス運転手の日常を描いている。

朝6時10分から30分の間に起き,まだ寝ている妻のローラにキスをし,シリアルを食べた後,出勤。市バスを運転し,水力発電所跡地で昼食を済ませ,再び市バスを運転。夕方には家に戻る。夜は愛犬マーヴィンを連れて散歩に出かけ,なじみのバーで一杯だけビールを飲んで帰る。

毎日,この繰り返しである。それでいて単調かというとそうではない。

実は彼は詩人であり,仕事の合間等,時折思いついたことや体験をもとに,秘密のノートに詩を書き綴っている。日々,新たな詩が生まれていく。

また,妻のローラはいろいろな夢を追いかけるアーティスト気質の女性で,部屋の模様替えをしたり,ギターを習い始めたり,マフィンを大量生産したり,何か新たなことをしている。

見る目,聴く耳さえ持てば,日常は変化に富んでいるということがわかるのだ。


◆   ◆   ◆


主演はアダム・ドライバー。『スターウォーズ』のカイロ・レン役や『沈黙ーサイレンスー』のガルペ神父役など,最近,引っ張りだこの俳優である。この人の抑えた感じの演技が良い。部屋をモノトーンに塗り替えてしまったり,ギターを買ってしまったり,変なパイを作ったり,いろいろと奇矯なことを仕出かすローラに困惑しつつ,優しく見守っているところがとても良い。

ローラを演じるゴルシフテ・ファラハニの演技も良い。夫の詩の才能を信じ,自分の夢を追い続け,とてもキュートだ。

愛犬マーヴィンの演技も良い。パルム・ドッグ賞を獲得したとかいう話も。

最後にちょっとだけ出てくる永瀬正敏の演技も良い。米国映画に東洋人が登場すると奇異な感じになってしまうことがあるが,永瀬の登場は本作のキー・イベントだし,無理が無い。


◆   ◆   ◆


本作を見ていてふと思い出したのが,パーシー・アドロン『バグダッド・カフェ』である。あれは変な人ばかり集まっていたが,ユーモアの散りばめ方や,同じような毎日の繰り返しの中で静かに少しずつ変化が生まれていくプロセスは似ているかな。

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2017.11.09

ラーベ『雀横丁年代記』を読む

海外出張の道中では訪問先の国と関係のない本を読むことが多い。そのことは前にプノンペンに滞在したときに記した(参考)。

今回のインドネシア出張でも例に漏れず,インドネシアと関係のない本を読んだ。その一冊がヴィルヘルム・ラーベ『雀横丁年代記』である。

これはラーベの処女作であり,同時に代表作となっている。シュトルムと言えば『みづうみ (Immensee)』,ラーベと言えば『雀横丁年代記』というわけである。

西岸良平『三丁目の夕日』を横丁モノと分類するならば,この『雀横丁年代記』もまた横丁モノである。
アマゾンの書評を見ると,この『雀横丁年代記』に対して「リアリズムと言いながら,牧歌的」という批評もあるが,詩的リアリズムであると考えれば,リアリズムと牧歌との間に齟齬はない。

ベルリンの片隅,雀横丁(Die Sperlingsgasse)に住む貧しい人々の悲哀を日記体で描いた小説である。全部で21日分の日記で構成されており,1954年11月15日の記事から始まり,翌年5月1日の記事で終わる。

雀横丁に長年住んでいる一人の老人,ヨハネス・ヴァッハホルダー(Johannes Wacholder,本書ではヴァッハホルデル)がこの小説の書き手であり語り手となっている。

日記の記事にはその日の雀横丁の出来事だけが記されているのではない。むしろ,語り手ヴァッハホルダーの追憶,さらに追憶の中の人々による追憶の方が多くを占め,複雑な構成となっている。つまりは複数の時間軸が絡まり合う作品である。

例えば,2月28日。ヴァッハホルダーはその日降り続いている雨のことを描写している。そしてやがて,友人ヴィンメル学士から送られた昔の手紙を取り出し,過ぎた日々のことを思い出す。そのうちに,意識は現代に戻り,ヴァッハホルダーは2月28日の雨の中,彼のもとを訪れた漫画家シュトローベル(Strobel)と会話し始めるのだった――という具合である。

同じ日の午後11時,日記には雀横丁で起きた悲劇が描写される。雀横丁に住むある踊り子の一人息子が病に侵され,死を迎えようとしているのだ。ヴァッハホルダーはつい先日,クリスマスの市にシュトローベルや踊り子親子と一緒に出掛けたばかりである。死を迎えようとしてる男の子の傍には,ヴァッハホルダーの他,家主の妻・アンナや医師エアハルトがいるだけである。踊り子は息子の命の炎が消えようとする中でも,生活の糧を稼ぐために劇場で踊らなくてはならないのだ――。

このように様々なストーリーラインが交錯する中,もっとも重要なストーリーが展開される。それは,ヴァッハホルダーが養育した美しい女性,エリーゼ・ヨハンナ・ラルフの成長記である。


◆   ◆   ◆


エリーゼはヴァッハホルダーの初恋の人・マリーと,ヴァッハホルダーの親友にして画家のフランツ・ラルフの間に生まれた娘である。ラルフ一家は,ヴァッハホルダーの家の向かいに住んでいたのだが,ある日突然マリーが死ぬ。夫フランツも心労によって衰弱,程なくして死去。天涯孤独となったエリーゼはヴァッハホルダーに引き取られることになる。

エリーゼはヴァッハホルダーの下で,横丁の太陽の如く明るく美しく育つ。やがて,同じく雀横丁に住んでいる幼馴染グスタフ・ベルクと恋に落ち,結婚する。エリーゼ,グスタフともに,生前からの奇縁で結ばれているのだが,ここではその説明を省略。

雀横丁年代記最終章,5月1日の記事の中では,エリーゼとグスタフの結婚式,二人のイタリアでの新生活,そして二人が幸福に暮らしていることに対するヴァッハホルダーの喜びが記されている。

雀横丁で起きてきた幾多の悲喜劇を見続けたヴァッハホルダーは最後にこう記して年代記を閉じる:

さらば,健在なれ,昼となく夜となく,我が愛する諸君よ。さらば,汝,夢見る偉大な祖国よ。さらば,汝,小さき狭き横丁よ。さらば汝,永遠の愛と呼ばるる,偉大な創造の力よ。――アーメン。これをもって,雀横丁年代記の終わりとする。

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2017.11.08

巨大梨「にっこり梨」届く

老生がインドネシアにいる間,拙宅にツマの実家から巨大梨「にっこり梨」が届いた。

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以前にも紹介したことがある(参照)が本当に大きな梨である。

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おこま嬢の頭より大きい。


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2017.11.07

バンドンに来ております

現在,バンドンに来ております。

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摩天楼こそ無いが,延々と建物が続く大都会。

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植民地時代にオランダ人たちが避暑地として開発したのが,この街の発展の始まり。

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2017.11.03

YCAMで『メットガラ』を見てきた

心を揺さぶるものを芸術というのであれば,ファッションもまた芸術である。

しかし,アンドリューによれば,19世紀美術観に捕らわれる人々にとっては絵画や彫刻のみが芸術であってファッションが美術館に展示されるようなことはあり得ない。

このような古い価値観を打ち破るのが,NYメトロポリタン美術館(MET)で開催される「メットガラ」である。

仕掛けるのはMET服飾部門の革新的キュレーター,アンドリュー・ボルトン,主宰するのはVOGUE編集長"プラダを着た悪魔"ことアナ・ウィンター。

豪華セレブが集うメットガラの収益はMET服飾部門一年間の活動資金となる。

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今回,YCAMで見た映画『メットガラ』は,2015年5月に開催された「メットガラ」,「鏡の中の中国 (China: Through the looking glass)」の裏側,そして開催中の状況を描いた映画である。

陶器やチャイナドレスなど,中国美術は,ジョン・ガリアーノやジャン=ポール・ゴルチエら錚々たるデザイナーたちに影響を与えてきた。中国美術がファッションに与えた影響をMETで総括しようとするのが,この展示会の目的である。

開催日が迫りくる中で,必死に最高の展示を実現しようとするアンドリュー・ボルトンら服飾部門スタッフの奮闘には手に汗握るし,鶴の一声で展示内容を変更し,豪華セレブたちに影響力を行使するアナ・ウィンターのパワーには圧倒される。そして,「メットガラ」当日,並み居るセレブ達の最後に,グオ・ペイの豪華ドレスに身を包んだリアーナがレッドカーペットに登場するシーンでこの映画はクライマックスを迎える。

映画『メットガラ』の直前に別の美術館映画『エルミタージュ美術館』を見たのだが,そちらはオーソドックスなドキュメンタリーであったため,この『メットガラ』の前では霞んでしまった。

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