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2017.10.08

水島司『グローバル・ヒストリー入門』を読む

グローバル・ヒストリーが興隆していることは書店の棚を見ていてうっすらと知っていたし,うちの本棚に鎮座するブローデル『地中海』はその先駆けなのだろうということも感づいていたものの,具体的に旧来の世界史とグローバル・ヒストリーの違いについては明確な答えを持っていなかった。

そこで,グローバル・ヒストリーについての入門書を読むことにした。

歴史書でおなじみ,山川出版社から出ている世界史リブレットの一冊,水島司『グローバル・ヒストリー入門』である。

ありがたいことに,冒頭からグローバル・ヒストリーの特徴が示されている。それは次の5つである:

  1. 時間の長さ: 数世紀にわたる長期的な歴史動向を扱う。宇宙史・人類史のスケールに至ることも。
  2. 空間の広さ: 一国史ではなく,陸域・海域の歴史というように空間が拡大。
  3. ヨーロッパ世界の相対化
  4. 地域間の相互連関・相互影響を重視
  5. 対象となるテーマの幅広さ: 従来だと戦争・政治・経済活動・宗教・文化に焦点が当たっていたのが,疫病・環境・人口・生活水準など従来の歴史研究で扱われてこなかった日常的なものに拡大。

本書では,「ヨーロッパとアジア」,「環境」,「移動と交易」,「地域と世界システム」という4つの項目を立てて,これまでのグローバル・ヒストリーの研究例が紹介されている。

上述のブローデル『地中海』は,ウォーラーステインの世界システム論(『近代世界システムI―農業資本主義と「ヨーロッパ世界経済」の成立―』),チョードリーのインド洋世界論("Trade and Civilisation in the Indian Ocean: An Economic History from the Rise of Islam to 1750"),リードの東南アジア論(『大航海時代の東南アジア〈1〉貿易風の下で』)に影響を与えた,グローバル・ヒストリーの先駆けとして「地域と世界システム」の章で紹介されている。

ウォーラーステインの世界システム論は,グローバル・ヒストリーの金字塔ともいえる研究成果なのだが,「ヨーロッパとアジア」の章では,ウォーラーステインすら「ユーロセントリズム(ヨーロッパ中心主義)」と批判を受け,これを乗り越えようとするグローバル・ヒストリー研究が陸続と行われている様子が描かれている。ケネス・ポメランツ大分岐―中国、ヨーロッパ、そして近代世界経済の形成―』,アンドレ・グンダー・フランクリオリエント 〔アジア時代のグローバル・エコノミー〕』,ジャネット・アブー・ルゴドヨーロッパ覇権以前――もうひとつの世界システム』といった研究は,その流れに乗ったものである。


◆   ◆   ◆


グローバル・ヒストリーにおける日本人研究者の活躍も見逃せない。「発展の多経路性」,つまり,全ての国が西欧諸国のように発展していくわけではない,ということを実例を以て示したのは,歴史人口学者の速水融なのだそうだ。ヨーロッパの「産業革命 (Industrial Revolution)」に対して,日本の「勤勉革命 (Industrious Revolution)」という概念を提示して,日本の経済発展の独自性を示し,内外研究者にインパクトを与えたという。

そして小職にとって何よりも重要だと思ったのが,「環境」の章において,中尾佐助の『栽培植物と農耕の起源 』が,グローバル・ヒストリーの先駆的研究として取り上げられていることである。この本については以前,本ブログで取り上げたことがある(参照:「日本の農耕文化の起源:ニジェール河畔からのはるかな旅」)が,「農耕文化基本複合」という概念を用いて,人類と地域と農耕と文化の相互の関連を明確に説明したあたり,世界に誇ってよい研究事例と言えるだろう。


◆   ◆   ◆


本書『グローバル・ヒストリー入門』は,従来の歴史学に飽きた読者をグローバル・ヒストリーの世界へと誘<いざな>ってくれる本である。本書で紹介されたグローバル・ヒストリーの研究書は,いずれも入手したくなってしまうような物ばかり。著者の紹介の仕方が上手いのだろう。だが,この間,書いたように,「本で床が抜ける」のではないかという懸念があって,悩ましいところである。

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コメント

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