八木澤高明『ネパールに生きる』を読む
ネパールに行ったのは今年の3月が初めて(参照)で,しかもカトマンドゥから一歩も出ていないので,ネパールについては知らないことばかり。
なので,ちょっと勉強しようと手に取ったのがこれ,八木澤高明『ネパールに生きる』(新泉社,2004年)である。
本書の表紙を飾っているのは,笑顔が印象的なマオイストの女性兵士,コムレット・ノビナ。戦闘服を着て,ダルバートを食べている。
ノビナは取材後,政府軍との戦闘で命を落とす。ノビナとは誰か,マオイストとは何か,政府軍とマオイストがなぜ戦っているのか,その辺りが気になった人は本書を読んでいただきたい。
本書で取り上げられているのは今から十数年前,2000年代あたりのネパールの実情。今述べたマオイストと政府軍による内戦のほか,児童労働やアウトカーストのことが記されている。さらに,ミャンマーに生きる元グルカ兵のことや「東電OL殺人事件」のことなど,ネパール国外のネパールに関わる話題も取り上げられている。
<目次>
- プロローグ ヒマラヤの向こうへ
- 児童労働 こどもたちの現実
- 王宮事件 見えざる王室の闇
- マオイスト1 銃を取る若者たち
- マオイスト2 出口なき混迷
- グルカ兵 忘れられた兵士たち
- アウトカースト・バディ 逃れられない宿命
- エイズ 日常に潜む影
- 東電OL殺人事件 夫の無実を信じて
- ある女性兵士の生と死 あとがきにかえて
「東電OL殺人事件」は本書が出たずっと後,2012年にゴビンダ・プラサド・マイナリ氏の無罪が確定して一段落したため(事件自体は未解決だが),隔世の感を覚える。しかし,それ以外の章は現在のネパールの社会経済状況に直結する話ばかり。特に,貧困,不平等という,本書のあらゆるところに顔を出す問題は,この国が今もなお抱える病魔である。
内陸国で貧乏国といえば,老生がよく訪れるラオスもそういう国なのだが,ラオスとネパールとでは貧困や不平等の性質が全く異質。
ラオスの場合は現金の流れが悪いだけ。自給自足・物々交換のおかげでお金が無くても生きていける。貧富の差は拡大しているが,それが即差別等に結び付いたりはしない。
ネパールの場合は貧困・不平等の背後にカースト制が存在し,それが貧困・不平等の解決に対する大きな障害となっているように思う。カースト制度を何とかしない限り,この国に明るい展望は開けないのではなかろうか?
ちなみに,「立命館大学人文科学研究所紀要 No.102」(2013年11月)所収の「ネパール人のカースト序列認識の客観性と恣意性―ポカラ市住民のアンケート調査による考察―」(山本勇次,村中亮夫)という論文によれば,ネパールのカースト制度はネパール最初の成文法「ムルキ・アイン(Mulki Ain):民法典」(1854年)によって恣意的に導入されたものであるという。本家インドのカースト制度が長い年月を経ながら自生的に確立されていったのとはだいぶ異なる。ネパール人自身がネパールのカースト制度の歴史の浅さと恣意性を強く認識すれば,状況は変わるかもしれない。ということで,教育は重要だ。
著者は1972年生まれの写真家・作家。写真週刊誌「フライデー」専属カメラマンを経て,フリーに。1994年からネパールに通い,児童労働,カースト制,マオイスト等,同国の社会問題を取材してきた。1998年には現地の女性と結婚している。本書の取材テーマから派生して,『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』や『娼婦たちから見た戦場』等の本を出している。
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