『馬賊の「満洲」 張作霖と近代中国』を読む
ラオス出張中,毎日わりと忙しくて一冊だけしか本が読めなかった。
読んだのはこれ,澁谷由里『馬賊の「満洲」 張作霖と近代中国』(講談社学術文庫)のみである。
著者は中国近代史が専門で,浅田次郎の『中原の虹』の歴史考証を担当したことがある。
日本での張作霖のイメージは?というと,おそらく
「馬賊の親分で,中国東北部に勢力を張っていて,関東軍の傀儡だったが,利用価値無しと判断した河本大作大佐らによって爆殺された」という
というぐらいのものだと思うが,本書を読むとだいぶイメージが変わる。
そもそも,「馬賊」とは何か,という定義をきちんと済ませてから本書は張作霖の話を進める。
本書の定義(本書30ページ参照)では,「馬賊」というのは,満洲で活動している匪賊全般(これを胡子<フーヅ>と呼ぶ)のカテゴリーの一つであり,次のような特徴を持つ:
- 少なくとも頭目・副頭目は騎馬
- 「保険隊」「大団」という名称で縄張りを持つ
- 縄張り内の有力者の支援を受ける
- 支援者の財産を襲うことはなく,むしろ防衛する
- 縄張り外で匪賊として活動する
ということで公権力がまともに機能しなくなった時代・場所に登場した,一種の武装自衛集団ということになる。
張作霖が馬賊の親分だったのは事実だが,別に関東軍の支援で成り上がったわけでなく,張作霖個人の才覚と周囲の人々の協力によって,馬賊の頭目→地方軍の幹部→軍閥の総帥へと成長を遂げたことが,本書では詳述されている。
張作霖政権(通称:奉天派)の成立に関して重要なことは,王永江という清廉潔白で優れた行政家がいたことである。
王永江は警察制度や税制の改革に腕を振った(保境安民)。警察制度の近代化によって張作霖政権は馬賊集団からの脱皮を果たした。また,税制の改革によって張作霖政権の財政状況は好転した。
張作霖の軍事的な才能と王永江の行政手腕とが相俟って,奉天派は有力な軍閥政権として地位を固めた。張作霖は王永江に厚い信頼を寄せ,宴会の席次は同等とし,呼び方もただ一人,「卿」としたという(本書145ページ)。
後に,張作霖が地方から中国全土へと勢力拡大の野心を抱き,北京での政権闘争に積極的に関与するようになると,張作霖と王永江の間には隙間風が吹くようになる。やがて,王永江は北京政権への介入をやめない張作霖の下を離れる。張作霖は王永江に復帰を求めたが,王は故郷に閑居して1927年に生涯を閉じた。王永江の死の翌年,張作霖は河本大作大佐らの謀略によって爆殺された。
張作霖が日本軍と関係を持っていたことは事実だが,傀儡という表現はあたらない。清朝や民国政府の力が及ばず,また日本やロシアなどの列強の介入が著しく,政治・軍事・社会・経済的に不安定極まりない状況にあった中国東北部/満洲に現れた,自主自立的な政権として張作霖の政権をとらえなおす必要がある。
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