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2017.09.19

NHKで『眩(くらら)~北斎の娘~』を観た

老生にとって,北斎の娘・葛飾応為(おうい)ことお栄のイメージは杉浦日向子の『百日紅(さるすべり)』で形成されていた。

あっさりとした顔立ちで,肩の力が抜けた感じで・・・。

今回,NHKのドラマ『眩(くらら)~北斎の娘~』(原作:朝井まかて)を見ていたら,イメージが一新された。宮崎あおいの演技力もあるのだろうが,もっと男っぽい画業一途な人物へと変化した。Wikipediaには「男のような気質で任侠風を好み」と記されており,今回のドラマはこの人物像に近い。

偉大な浮世絵師の娘,というのは作家たちの興味を引くらしく,カナダの作家,Katherine Govierもまた,お栄についての作品"The Ghost Brush"を上梓している。

↑表紙がかっこいい。

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2017.09.18

(続)『チベット仏教王伝』を読む

怠け心が起きたら,命の無常について瞑想せよ。
執着にとらわれたら,それは夢まぼろしであると瞑想せよ。
(『チベット仏教王伝』298頁)

ソナム・ギェルツェン著・今枝由郎監訳『チベット仏教王伝』(岩波文庫)のクライマックスは,ソンツェン・ガンポ王が孫のマンソン・マンツェンに仏教の神髄を説く,第17章「ソンツェン・ガンポ王と妃たちの最後」だと思う。

だが,面白いところと言えば,ネパール妃ティツン中国妃文成公主の輿入れを描いた12~14章だろう。

ネパール王と中国皇帝はそれぞれ娘をソンツェン・ガンポ王の妃として送り出すことを渋るのだが,これをソンツェン・ガンポ王とガル大臣とがうまく説き伏せてしまうあたり,一種の頓智ばなしとなっていて面白い。

チベットへの輿入れ後,ティツン文成公主との間でちょっとした口論があったりするのも面白い。どちらも観音菩薩の涙から生じた女尊の化身だというのに自覚はないのかと。

この二人については「中国妃とネパール妃」という独立物語があるそうだが,未読。

ティツンはネパール王アンシュ・ヴァルマンの娘とされているが,実在性については疑問があるらしい。そういえば,ティツンの輿入れの話は文成公主の輿入れの話に比べると三分の一程度の長さしかない。

文成公主は中国側資料『旧唐書』・『資治通鑑』にも記録があり,実在の人物であるが,太宗(李世民)の娘ではないらしい。毛利志生子著『風の王国』では太宗の娘ではなく,姪という設定である。

チベット(吐蕃)に輿入れした中国妃は文成公主だけではない。後に中宗の養女・李奴奴がティデ・ツクツェン王の妃・金城公主となっている。

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2017.09.13

(続×12)最近のおこま嬢

うらめしニャー。

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2017.09.12

厚保(あつ)くりを食べる

「美祢市で厚保(あつ)くりの出荷が始まりました」というローカルなニュースが流れたわけだが,実は,この報道よりも前,レストラン「倉」に行ったついでに,「楠こもれびの郷」の農産物直売所で厚保(あつ)くりを手に入れていた。

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↑「厚保くり」。「厚保くり」は「岸根(がんね)ぐり」と並ぶ,山口のブランド栗である。大玉でとても風味が良い。

早速,調理して食べてみたわけである。

一個一個,切れ目を入れて,グリルで15分焼く。

そうすると,ホックホクの焼き栗の出来上がり。

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切れ目を深く入れすぎて殻が大きく開き,水分がちょっと抜けてしまったものも多い。次はもっと浅めに切れ目を入れて水分を保ち,よりおいしく調理してみたい。

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またまた,宇部市万倉の古民家レストラン「倉」でランチを食べてきたわけで

過去何回も通っている(参照参照参照)万倉の古民家レストラン「倉(そう)」。何かおいしいものを食べたいなーと思ったらここに来る。

この休みもまた,ツマとランチを食べに行ったわけである。

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ここのコース料理は地元の新鮮な食材を味わえるのでとても良い。

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↑これはマンサク(シイラ)のソテー。シイラはクセが無く淡白な味で,どんな料理法にしてもおいしく食べられる万能魚。漁獲量は8~9月にピークを迎える。

添えてある小茄子やディルなど,野菜の色合いも美しい。


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↑これはメインディッシュ,知る人ぞ知る宇部牛のステーキ。芳醇な肉をトリュフ塩やイチジクのソースでいただくわけである。

ということで,リーズナブルなお値段で県産の食材で作られたフレンチ料理を堪能できました。

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2017.09.11

『チベット仏教王伝』を読む

このところ,ソナム・ギェルツェン著・今枝由郎監訳『チベット仏教王伝』(岩波文庫)を読んでいる。

ソナム・ギェルツェンは14世紀のサキャ派の学僧である。この本ではチベットへの仏教伝来とチベット(吐蕃)の統一者・ソンツェン・ガンポ王(在位:581年~649年)の生涯が記されている。

チベットに仏教が伝来したのはソンツェン・ガンポ王の治世下,7世紀前半のことだった。唐から嫁いだ王妃・文成公主とネパールから嫁いだ王妃・ティツンの進めによってソンツェン・ガンポ王は仏教に帰依した。

チベットは観音信仰の強い国であるが,『チベット仏教王伝』によれば,それは,遥か昔,観音菩薩が辺境の有雪国チベットを教化することを強く誓い,同地に赴いたことに由来する。

チベットの衆生が苦しんでいる姿を見て観音菩薩は涙した。そのとき,右目からこぼれた涙はブリクティー女尊となり,左目からこぼれた涙はターラー女尊となった。この二女尊は観音菩薩を支えることを誓った。

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↑ターラー女尊(ターラー菩薩)

後世,ブリクティー女尊はネパール妃ティツンとなり,ターラー女尊は中国妃文成公主となったという。勘のいい読者はこれでだいたい想像がつくと思うが,ソンツェン・ガンポ王は観音菩薩の化身として現れたのである。そして,両妃の助けを得て,チベットの教化にあたったというわけである。

文成公主に関しては,コバルト文庫から毛利志生子著『風の王国』というシリーズが出ており,『チベット仏教王伝』の解説では同シリーズを読むことを薦めている。

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2017.09.04

『馬賊の「満洲」 張作霖と近代中国』を読む

ラオス出張中,毎日わりと忙しくて一冊だけしか本が読めなかった。

読んだのはこれ,澁谷由里『馬賊の「満洲」 張作霖と近代中国』(講談社学術文庫)のみである。

著者は中国近代史が専門で,浅田次郎の『中原の虹』の歴史考証を担当したことがある。

日本での張作霖のイメージは?というと,おそらく

「馬賊の親分で,中国東北部に勢力を張っていて,関東軍の傀儡だったが,利用価値無しと判断した河本大作大佐らによって爆殺された」という

というぐらいのものだと思うが,本書を読むとだいぶイメージが変わる。


◆   ◆   ◆


そもそも,「馬賊」とは何か,という定義をきちんと済ませてから本書は張作霖の話を進める。

本書の定義(本書30ページ参照)では,「馬賊」というのは,満洲で活動している匪賊全般(これを胡子<フーヅ>と呼ぶ)のカテゴリーの一つであり,次のような特徴を持つ:

  • 少なくとも頭目・副頭目は騎馬
  • 「保険隊」「大団」という名称で縄張りを持つ
  • 縄張り内の有力者の支援を受ける
  • 支援者の財産を襲うことはなく,むしろ防衛する
  • 縄張り外で匪賊として活動する

ということで公権力がまともに機能しなくなった時代・場所に登場した,一種の武装自衛集団ということになる。

張作霖が馬賊の親分だったのは事実だが,別に関東軍の支援で成り上がったわけでなく,張作霖個人の才覚と周囲の人々の協力によって,馬賊の頭目→地方軍の幹部→軍閥の総帥へと成長を遂げたことが,本書では詳述されている。


◆   ◆   ◆


張作霖政権(通称:奉天派)の成立に関して重要なことは,王永江という清廉潔白で優れた行政家がいたことである。

王永江は警察制度や税制の改革に腕を振った(保境安民)。警察制度の近代化によって張作霖政権は馬賊集団からの脱皮を果たした。また,税制の改革によって張作霖政権の財政状況は好転した。

張作霖の軍事的な才能と王永江の行政手腕とが相俟って,奉天派は有力な軍閥政権として地位を固めた。張作霖は王永江に厚い信頼を寄せ,宴会の席次は同等とし,呼び方もただ一人,「卿」としたという(本書145ページ)。

後に,張作霖が地方から中国全土へと勢力拡大の野心を抱き,北京での政権闘争に積極的に関与するようになると,張作霖と王永江の間には隙間風が吹くようになる。やがて,王永江は北京政権への介入をやめない張作霖の下を離れる。張作霖は王永江に復帰を求めたが,王は故郷に閑居して1927年に生涯を閉じた。王永江の死の翌年,張作霖は河本大作大佐らの謀略によって爆殺された。


◆   ◆   ◆


張作霖が日本軍と関係を持っていたことは事実だが,傀儡という表現はあたらない。清朝や民国政府の力が及ばず,また日本やロシアなどの列強の介入が著しく,政治・軍事・社会・経済的に不安定極まりない状況にあった中国東北部/満洲に現れた,自主自立的な政権として張作霖の政権をとらえなおす必要がある。

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2017.09.02

タイ・スマイル・エアウェイズに乗った

ラオスからの帰路に就いた。

今回のヴィエンチャン~バンコク間の移動は,初めてタイ・スマイル・エアウェイズを使ってみたのだが,なかなか良い。

タイ航空の子会社だと思っていたのだが,タイ航空のブランドの一つらしい。低価格で運行している。ちなみにスターアライアンスのマイルは貯まらないらしい。

シートも機内食もなかなか良い。ヴィエンチャン~バンコク間に関しては,夜に飛んでいるタイ航空の機体や機内食の方が劣るかもしれない。

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ついでに。

窓から外の景色を移してみたのだが,ヴィエンチャン近辺とバンコク近郊では開発の度合いが全然違うのがよくわかる。

↓これがヴィエンチャン近辺

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↓そしてこれがバンコク近郊

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農地がきれいに区画整理されている。

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2017.09.01

派手な色使いのラオスのノート

ラオスの文房具店に入ってみると,タイから輸入されたノートの他に,ラオスで作られていると思しき,派手な色遣いのノートがあった:

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A5サイズで164頁(82枚)。

中身は方眼紙になっている:

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1冊7000キップ。100円ぐらいだろうか?

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ラオスはやはり雨期

ラオスは現在,雨季なので,こういう風に雨が降る。

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写真だとあまり迫力が無いが,実は,会話が聞き取れなくなるほどの豪雨なのです。

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