『バウドリーノ』下巻読了
この連休中に『バウドリーノ』を読み終えた。
上巻の舞台はイタリア・ドイツ・フランス,そしてせいぜいコンスタンティノープルといった範囲に限られていた。それが下巻では物語世界が一気に広がる。バウドリーノ一行はフリードリヒ1世(バルバロッサ)の遠征に従って,小アジアへ,さらに東方へと旅を続ける。
下巻で多くのページが割かれているのが,東方にあるという伝説のキリスト教国「
この旅の途上で,バウドリーノたちは奇妙奇天烈な自然の産物や住民に出会う。
触ると全身が黒く変化するブブクトル川の黒い石,全く光が射さないアブハジアの森,獅子の頭・ヤギの胴・竜の背を持つキマイラ,人の頭・獅子の体・サソリの尻尾を持つマンティコア,岩と土砂が流れるサンバティオン川,一本足のスキアポデス族,頭を持たず,胴体に顔があるプレミエス族……。なんか澁澤龍彦『高丘親王航海記』 (文春文庫)を彷彿とさせる。
上巻では神聖ローマ皇帝,教皇,イタリア諸都市の対立,ビザンツ帝国内の帝位を巡る争いといった当時の政治状況の中でバウドリーノたちが活躍するという,わりとリアルな世界が描かれていたのに対し,下巻は完全にファンタジーの世界である。バウドリーノの語る東方への旅はまるっきりほら話ではないのか? だが,それはそれとして果してバウドリーノ一行は司教ヨハネの王国に到達できたのだろうか? バウドリーノの話し相手であるニケタス・コニアテスにとっても,本書の読者にとっても司教ヨハネの王国への到達は最大の関心事なのだが,ネタバレになるのでここでは省略。
本書にはもう一つ重要な謎がある。皇帝フリードリヒの死の謎である。これは上巻から続く謎である。
一般に知られるところでは,フリードリヒは溺死したことになっている。しかし,バウドリーノによれば,フリードリヒは実際には,小アジアの領主アルドズルニの城の,誰も近づくことができない一室で死んだという。病死か,事故死か,殺人か? 殺人だとすれば誰が犯人か? 物語の終盤,バウドリーノによってこの密室殺人事件(?)の真相が解き明かされる。これもネタバレになるのでここでは省略。ただし,大どんでん返しがあるということだけは述べておく。
上下巻で900頁近い長編だが,著者の中世に関する該博な知識が散りばめられているため,読んでいて飽きない。
小生が気に入っているのは,ヒュパティア族の美しい女性(この部族は全員女性で,名前も全員,ヒュパティアである)とバウドリーノの間の会話。ヒュパティアはグノーシス主義を奉じているのだが,その発言内容は極めて簡潔なグノーシス主義の要約になっており,かつてグノーシス主義をちょっと勉強した者(参照)としては,とても楽しく読めた。
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