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2017.07.25

橋本一子:Je m'aimeからUNDER WATERまで

1990年。

日本の全盛期。バブルはまだ弾けていない。イカ天ブーム。たま『さよなら人類』。

我らが橋本一子は,というと,この年の4月にベスト盤ともいうべき"Je m'aime"をリリースした。


Je m'aime


"ジュ・メーム"は丸井「赤いカード」CMソングとなった表題曲"ジュ・メーム"を含む新旧11曲で構成されたベスト盤。だから,"BEAUTY"収録曲の"ナジャ・ナジャ"や"きつね"のように懐かしい曲も入っている。締めはやはり"チューズデー・モーニング"。

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  1. ジュ・メーム
  2. ナジャ・ナジャ
  3. ハートはダイアモンド
  4. No No ボーイフレンド
  5. 夢の羽根
  6. イザベルの未来
  7. スイート・スイート・ダイヤモンド
  8. SEED
  9. 夢見る動物達
  10. きつね
  11. 羽根の気持ち
  12. チューズデー・モーニング

「エキセントリック」と「乙女心」が橋本一子の2大モチーフだとすれば,このアルバムのモチーフはブックレットの写真からも窺えるように,「乙女心」である。

"BEAUTY"以来,橋本一子はポリドールからアルバムをリリースしてきたが,このベスト盤がポリドールからの最後の作品となった。


ロマンティックな雨


92年,MMG(後のイーストウエスト・ジャパン)からアルバム"ロマンティックな雨"がリリースされた。

1ko92romanticrain

前述の"ジュ・メーム"は丸井「赤いカード」のCMソングだったが,このアルバムに収録されている"はるかな想い"は日産ブルーバードのCMに使われた。

90年代前半は橋本一子の感性が宣伝広告業界の空気とマッチし,この分野での才能を開花させた時期だと言えよう。この後,橋本一子は東京電力,花王,住友林業,アイフル,カネボウ化粧品,と次々にCMの仕事を手掛けるようになる。

  1. ロマンティックな雨
  2. 愛する
  3. はるかな想い
  4. もっとはやく
  5. Season
  6. 自分を抱きしめるように
  7. モ・ノ・ガ・タ・リ
  8. 4月の神秘
  9. ほんとの生命
  10. すこしときどき
  11. 生まれつづけるために
  12. 練習しましょ

アルバム全体を包むのは大雑把に言って「乙女心」だと思うが,むしろ母性に近い優しさを感じる。


UNDER WATER


"UNDER WATER 水の中のボッサ・ノーヴァ"は,初めアイオロスからリリースされた(1994年)。


↑アイオロス版(1994年)

だが,当時はまだインターネットは普及途中で,老生はいかなるリリース情報も掴んでいなかった。首を長くして待っているうちに月日は流れ,1998年になって,徳間ジャパンから出た盤を入手した。だから今,手元にあるのは徳間ジャパンのCDである。

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↑徳間ジャパン版(1998年)

  1. あなたの…
  2. Triste
  3. オーロラ
  4. Happy Birthday
  5. 銀色の風に乗って
  6. Under Water
  7. 3月の水
  8. 楽しい気持ちで
  9. I Think So
  10. Papa et la
  11. こもりうた

ボサノヴァへの興味は橋本一子の"Mood Music"によって引き起こされた。"UNDER WATER"を手にする頃には,むしろ,小野リサを聴くようになっていた。橋本一子のニューアルバムを待ち望む間に,老生の音楽経験は他のジャンル,他のアーティストへと広がっていたのであった。


◆   ◆   ◆


"UNDER WATER"を最後として,その後,橋本一子のアルバムは入手していない。もちろん,橋本一子の活躍は続いている。先に述べたようなCMの仕事,映画『白痴』のサントラ,アニメーション『ラーゼフォン』への参画,"Ub-X", "duo"等々,アルバムのリリース……。

先ごろ,YoutubeでYMOの映像資料(夜のヒットスタジオ,1980年6月2日)を見たのをきっかけとして,懐古の念に駆られたわけだが,それだけで終わるのはどうかと……。今の橋本一子を追ってみようかと老生は思っている次第。


↑件の映像資料。

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2017.07.24

橋本一子:HIGH EXCENTRIQUE PIANO MUSICとD.M.

1989年。この年の初めに天皇が崩御。ほぼひと月後の2月9日に,手塚治虫若王子支店長が死去し,昭和の終わりを実感させた。

春,老生は大学に進み,清水から大阪へと居を移した。平成時代の始まりである。

大阪では,通学途中,よく梅田のナカイ楽器に立ち寄った。そこで最初に買ったのが,橋本一子の"HIGH EXCENTRIQUE PIANO MUSIC"である。


HIGH EXCENTRIQUE PIANO MUSIC


"HIGH EXCENTRIQUE PIANO MUSIC"は,こでまでの声楽曲を中心としたアルバムとは趣が異なり,ドビュッシー,メシアン,そして橋本一子本人による器楽曲を収めたアルバムである。橋本一子自身のピアニスト/現代音楽家としての側面が全面に出ている。

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  1. プレリュード第1集 音と香りは夕暮れの大気に漂う
  2. プレリュード第1集 雪の上の足跡
  3. プレリュード第1集 亜麻色の髪の乙女
  4. 幼児イエズスに注ぐ20のまなざし XI.聖母の初聖体拝受
  5. 幼児イエズスに注ぐ20のまなざし XIV.天使のまなざし
  6. 幼児イエズスに注ぐ20のまなざし XVI.予言者と羊飼いと東方の博士のまなざし
  7. Frozen - The World's End 凍りついた終末又は柔らかな悲しみのために I.プロローグ-閉ざされた夢は静かにきらめく-
  8. Frozen - The World's End 凍りついた終末又は柔らかな悲しみのために II.悲しみは甘く柔らかな記憶
  9. Frozen - The World's End 凍りついた終末又は柔らかな悲しみのために III.銀色の光は香りの中を踊る
  10. Frozen - The World's End 凍りついた終末又は柔らかな悲しみのために IV.すべての眠りと目覚めのために
  11. Frozen - The World's End 凍りついた終末又は柔らかな悲しみのために V.恍惚の惑星
  12. Frozen - The World's End 凍りついた終末又は柔らかな悲しみのために VI.エピローグ - 終わりは始まりの始まりは終わりのために -

初めの3曲はドビュッシーの名作。そして4から6曲目は,メシアンの大作"幼児イエズスに注ぐ20のまなざし"からの3曲。

7曲目からはいよいよ橋本一子による作品。ジャズやポップミュージックだけでなく,現代音楽も手掛けることができる,橋本一子の多才ぶり。器用するぎる。かつて手塚眞が激賞しただけある。老生が好きなのは11曲目で,「恍惚」を音で表すとこうなるか,と感心した。「世界のおわり」は前作"HIGH EXCENTRIQUE"から続くモチーフだが,エピローグのサブタイトルが示すように,「終わりは始まりために」あるというのが大事なポイント。シヴァ神みたい。

ドビュッシーを演奏する段階では"excentrique"さは感じられないが,メシアンを演奏するにいたって,凍った狂気のようなものを感じ,"Frozen - The World's End"に至って,狂気が炸裂するような構成だ。

ちなみにメシアンの曲を聴いたのはこれが初めて。その後,マルタ・アルゲリッチ&アレクサンドル・ラビノヴィチによる『メシアン:アーメンの幻影』とかジョン・オグドン『幼児イエズスに注ぐ20のまなざし』とかに手を出すきっかけとなった。

ドビュッシーについては,坂本龍一がドビュッシーにあこがれてサインまで練習していたというのは有名な話(「スコラ・音楽の学校」より)。ドビュッシー→坂本龍一→YMO→橋本一子→ドビュッシーという強引な連想ゲームが思い浮かぶ。


D.M.


この年,もう一枚,アルバムが出た。"D.M."である。

1ko89dm

  1. D.M.NO.4
  2. コミュニケーション
  3. エリクシール
  4. レテ
  5. ボサ
  6. ナイト・バード・フライング
  7. フローズン・エクスタシー
  8. イール
  9. フローズン NO.2
  10. 生まれた時から
  11. 羽根の気持ち
  12. 終わりは始まりの 始まりは終わりのために

お気に入りは8曲目の"フローズン・エクスタシー"と10曲目の"フローズン NO.2"。

"フローズン・エクスタシー"はインストゥルメンタル。荘厳な何かが壊されていくのを目の当たりにしつつ天の高みへと上昇し続けるような快感がある。

"フローズン NO.2"は狂女の歌。わざと音程を外したかのような歌い方には冷や冷やするし,「ラジオの電波で目をくらませて」というまさしく電波系の歌詞にも凄みを感じる。


◆   ◆   ◆


ということで,89年に出た2つのアルバムを取り上げたわけだが,聞き直してみると実に良い。時代とかあまり感じない。というか,老生の時間が止まっているのかも。

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2017.07.23

橋本一子:BEAUTYからHIGH EXCENTRIQUEまで

「橋本」は「マナミ」ではなく「一子」の枕詞だ,と老生は思っている。

先日,YoutubeでYMOの古い映像資料(夜のヒットスタジオ出演,1980年6月2日)を見ていたら,細野晴臣の後ろにいるキーボード奏者が橋本一子だったので,とても懐かしかった。

濃いファンの方々には恐れ多い話だが,老生は高校の時からファンだったので,感興の赴くままに手元の橋本一子のCDを引っ張り出して並べてみた。今回は"BEAUTY"から"HIGH EXCENTRIC"まで:


BEAUTY


まず,これ"BEAUTY"(1985)

1ko85beauty


収録曲は歌とインストゥルメンタル合わせて11曲:

  1. I LOVE YOUR MUSIC
  2. TAMARE KURAWANKA
  3. SCULPTURED BLUE
  4. PACHACAMAC
  5. CINNAMON AND CLOVE
  6. ROMANTIC BLUE
  7. NAJA NAJA
  8. PEGASAS
  9. KITSUNE
  10. WE ARE ONLY DANCIN'
  11. CATCH ME ON MERRY-GO-ROUND

CDについているブックレットには,谷山浩子による短い物語「セピオラ」というのがついている。

2曲目の"TAMARE KURAWANKA"はタイトル勝ちの曲。脳裏に焼き付いて消えない。

4曲目の"PACHACAMAC"。豊田有恒の『パチャカマに落ちる陽』が頭に浮かぶ。

7曲目の"NAJA NAJA"は後々まで続く橋本一子の音楽のモチーフである。NAJA NAJAが何なのかは未だに分かっていない。アンドレ・ブルトンの「ナジャ」を真っ先に思い浮かべていたのだが,それだと"NADJA"のはず。"NAJA NAJA"だとインドコブラのことだ。


VIVANT


実は最初に買ったCDはこの"VIVANT"(1986)。「SFマガジン」誌に激賞気味の紹介記事があったので,興味を持って購入したのだった。

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  1. 遊園地の恋 (introduction)
  2. D.P.
  3. JUKE BOX
  4. DREAMIN' ANIMALS
  5. FLOWER
  6. LA BELLE EXCENTRIQUE
  7. VENUS
  8. IZABEL IN FUTURE
  9. SEED
  10. MUSEUM
  11. LAND OF A 1000 DANCES
  12. FINE (encore)

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2曲目の"D.P."を初めて聞いたとき,とても驚いたのを覚えている。とてもカッコよかった。

6曲目と7曲目はいずれもドラマチックな楽曲。"LA BELLE EXCENTRIQUE"を寝る前に聞くと悪夢を,"VENUS"を聞くとサスペンスタッチの夢を見そう。

11曲目の"LAND OF A 1000 DANCES"(ダンス天国)にはちょっとクレージーさが垣間見られ,後で紹介するアルバム"high excentrique"の前兆ではないかと思われる一曲である。


MOOD MUSIC


この"MOOD MUSIC"(1987)はジャズだのボサノバだの,文字通り,ムーディーな曲ばかり。

1ko87moodmusic

  1. The Girl From Ipanema
  2. Poinciana
  3. Night And Day
  4. How Insensitive (Insensatez)
  5. Flower
  6. ile de etrange
  7. Moanin'
  8. One Note Samba (Samba De Uma Nota So)
  9. A Stranger in Paradise
  10. April In Paris
  11. Je Te Veux

これらのうち,"The Girl From Ipanema", "How Insensitive", "One Note Samba"はあのアントニオ・カルロス・ジョビンの名曲である。

ただし,"The Girl From Ipanema"については,

もとの歌詞(英訳だが)で

"Tall and tanned and young and lovely, The girl from Ipanema"

であるべきところ,

"Tall and tan and young and handsome, The boy from Ipanema"

と歌われている。対象が女性から男性に,そして視点が男性から女性に切り替わっている。橋本一子はイパネマの少女になりきって,イパネマの少年のことを歌い上げているわけである。橋本一子の楽曲の重要なモチーフである,永遠の乙女心とでもいうべきものがここにある。


high excentrique


本記事最後に取り上げるのは"HIGH EXCENTRIQUE"(1988)である。


1ko88highexcentrique

  1. Crazy People in the Secret Club
  2. Excentrique Underground
  3. Sweet Sweet Diamond
  4. 夢の羽根
  5. Strange Paradise
  6. The Door
  7. Money
  8. Hold On I'm Comin'
  9. Lunatic Radicals
  10. 世界のおわりと世界の創造
  11. Blue Cathedral
  12. Tuesday Morning

"excentrique"(英語だったら"excentric"よりも"eccentric"と綴る方が多いようだ)と銘打っているだけあって,風変わり,というよりもクレージーな曲揃い。テナーサックスを菊地成孔が担当していて,なんだか納得。"VIVANT"収録の"LAND OF A 1000 DANCES"(ダンス天国)にあった予兆が,ここで現実のものとなった感がある。橋本一子の楽曲の重要なモチーフには,"excentrique"もある。しかし,最後の"Tuesday Morning"には別の重要なモチーフである「永遠の乙女心」が満載されており,クールダウンして終了。


◆   ◆   ◆


というわけで,4枚紹介したが,これらは老生が高校生の時に聞いたもの。聞き直したら疲れたので,残りのアルバムについては稿を改めて述べる。

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2017.07.20

意識は肉体の中にあるのか外にあるのか

魂というべきか,精神というべきか,どのように呼んだらよいか議論があると思うが,とりあえずここでは意識と呼んでおこう。

意識がこの肉体の中の神経ネットワーク上にあるのか,それとも肉体の外にあるのか,地味だが長い論争が続いている。

先日のトカナの記事:

【ガチ】“魂”は天国に行かないことが判明! 英化学者『意識はこの世に留まり,存在し続ける』」(2017年7月17日)

で紹介されているのは「外」派の意見である。「外」派の考えはこれまでにもロジャー・ペンローズダグラス・ホスフタッターによって唱えられてきた。

「外」派の考え方を,ものすごくざっくりと述べると,次のようになる:

  • 神経ネットワークを含め,肉体というのはテレビやラジオのような受信機
  • 受信機が時空間に漂う情報を拾うことによって意識が顕在化する

要するに,「人体テレビ仮説」

「外」派の中で最近特に注目を浴びているのがハメロフの「微小管(びしょうかん: microtubule)量子コンピュータ」説である。

微小管というのは細胞骨格の一つで,チューブリンというタンパク質でできた微小な管である。

2015年1月に出たワイアード日本版Vol.14からこの説についての記述を引用しよう:

「ハメロフがこの生体構造に目をつけた理由は,麻酔がどのように意識だけを消失させるか明らかにするヒントが微小管にあったからだ。『麻酔薬の働きはとても選択的なんだ。意識をブロックしても,脳のほかの活動は正常に機能する』。

これまでの研究によると,ニューロンの樹状突起の微小管にあるチューブリンの隙間に麻酔薬の分子が嵌まり込んで,意識に必要だと思われる双極子的な振動を分散させていることが示唆されている。となると,微小管の働きは意識の発生に重要な役割を果たしているはずだとハメロフは考えた。

『ゾウリムシのような単細胞生物でも,学習したり,餌を探したり,天敵を避けたり,生殖して子孫を残したりするんだ。ニューロンもシナプスもないのに,どうしてこんな賢い行動をすると思う?ゾウリムシの繊毛は微小管でできている。これがコンピューターのように情報のプロセスを処理しているんだよ』」
("Death in a quantum space ハメロフ博士の世界一ぶっとんだ死の話 意識と『量子もつれ』と不滅の魂" by Sanae Akiyama, ワイアード日本版Vol.14,2015年1月, pp.28 -29)

ハメロフはこうも言う:

「意識は,物質でできた肉体から離れてそのまま宇宙に留まるんだ。時間の概念がない,夢に出てくる無意識にも似た量子の世界だよ。ひょっとすると『量子もつれ』によって塊になった量子情報が『魂』と呼ばれるものなのかもしれないな」
("Death in a quantum space ハメロフ博士の世界一ぶっとんだ死の話 意識と『量子もつれ』と不滅の魂" by Sanae Akiyama, ワイアード日本版Vol.14,2015年1月, p.31)

もちろん,「外」派に対する「内」派の主張もある。神経ネットワーク上に意識が存在するという考え方である。

この神経ネットワークとは,我々の頭蓋骨の中にある炭素由来の生物学的神経ネットワークだけに限られるものではない。

以前,ニック・ボストロムの「シミュレーション仮説」を「われわれはシミュレーションの中に生きている/われわれはオメガポイントに達し得ない」という記事で紹介したが,そのとき,意識はシリコン製のCPUの中にも宿る可能性があるという「Substrate-indepenence (基盤独立性)の仮説」に触れた。この仮説は,とにかく神経系と同程度の複雑な情報処理の構造があれば,そこに意識が存在する,という考え方である。AIもいずれは意識を持つかもしれない。というか既に持っているかも。

複雑で動的なシステムは自然の計算機と見なすことができる。そうすれば,地球だって(ガイア仮説),マグマの対流(スティーヴン・バクスター『ジーリー・クロニクル』の「クワックス」)だって意識を持つ可能性がある。あらゆるところに知的な存在を認め得る「内」派「内」派で魅力的な考え方だ。とは言え,システムが壊れた時,意識は消え,いわゆる死を迎える。

さて,小生がどちらに傾いているかというと,時空間に意識が漂っていると考える「外」派かなぁ。

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2017.07.17

『バウドリーノ』下巻読了

この連休中に『バウドリーノ』を読み終えた。

上巻の舞台はイタリア・ドイツ・フランス,そしてせいぜいコンスタンティノープルといった範囲に限られていた。それが下巻では物語世界が一気に広がる。バウドリーノ一行はフリードリヒ1世(バルバロッサ)の遠征に従って,小アジアへ,さらに東方へと旅を続ける。

下巻で多くのページが割かれているのが,東方にあるという伝説のキリスト教国「司教プレスター・ジョンの国」(司教ヨハネの王国)に向かうバウドリーノ一行の苦難の旅についての記述である。

この旅の途上で,バウドリーノたちは奇妙奇天烈な自然の産物や住民に出会う。

触ると全身が黒く変化するブブクトル川の黒い石,全く光が射さないアブハジアの森,獅子の頭・ヤギの胴・竜の背を持つキマイラ,人の頭・獅子の体・サソリの尻尾を持つマンティコア,岩と土砂が流れるサンバティオン川,一本足のスキアポデス族,頭を持たず,胴体に顔があるプレミエス族……。なんか澁澤龍彦『高丘親王航海記』 (文春文庫)を彷彿とさせる。

上巻では神聖ローマ皇帝,教皇,イタリア諸都市の対立,ビザンツ帝国内の帝位を巡る争いといった当時の政治状況の中でバウドリーノたちが活躍するという,わりとリアルな世界が描かれていたのに対し,下巻は完全にファンタジーの世界である。バウドリーノの語る東方への旅はまるっきりほら話ではないのか? だが,それはそれとして果してバウドリーノ一行は司教ヨハネの王国に到達できたのだろうか? バウドリーノの話し相手であるニケタス・コニアテスにとっても,本書の読者にとっても司教ヨハネの王国への到達は最大の関心事なのだが,ネタバレになるのでここでは省略。

本書にはもう一つ重要な謎がある。皇帝フリードリヒの死の謎である。これは上巻から続く謎である。

一般に知られるところでは,フリードリヒは溺死したことになっている。しかし,バウドリーノによれば,フリードリヒは実際には,小アジアの領主アルドズルニの城の,誰も近づくことができない一室で死んだという。病死か,事故死か,殺人か? 殺人だとすれば誰が犯人か? 物語の終盤,バウドリーノによってこの密室殺人事件(?)の真相が解き明かされる。これもネタバレになるのでここでは省略。ただし,大どんでん返しがあるということだけは述べておく。


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上下巻で900頁近い長編だが,著者の中世に関する該博な知識が散りばめられているため,読んでいて飽きない。

小生が気に入っているのは,ヒュパティア族の美しい女性(この部族は全員女性で,名前も全員,ヒュパティアである)とバウドリーノの間の会話。ヒュパティアはグノーシス主義を奉じているのだが,その発言内容は極めて簡潔なグノーシス主義の要約になっており,かつてグノーシス主義をちょっと勉強した者(参照)としては,とても楽しく読めた。

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この3冊:1969年

松岡正剛率いる編集工学研究所が「三冊屋」という企画をずっと前からやっている。本を三冊組み合わせることで新たな読書体験,新たなストーリー,新たな世界観が生まれるというわけである。

小生も真似してやってみようと思う。最近出た本を中心として。テーマは「1969年」


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今年の3月,岩波書店からこんな本が出た:

安彦良和×斉藤光政『原点 THE ORIGIN 戦争を描く,人間を描く』(岩波書店,2017年)

安彦良和が『ガンダム』,『アリオン』,『ナムジ』,『虹色のトロツキー』,『王道の狗』等々,SF,古代史,近現代史作品で描きたかったことは何だったのか。東奥日報記者の斉藤光政によるルポルタージュと安彦良和による自叙伝の組み合わせによって,この疑問に迫るというのが本書の主題。

安彦良和の軌跡をたどっていくと,弘前大学での闘争が思想形成に重要な影響を与えていることがわかる。

斉藤光政による前書きにはこの本が誕生するきっかけが紹介されている。2014年の暮れ,安彦良和のバイオグラフィーを書きたいという斉藤の申し出に対して安彦良和はこう答えた:

「二,三年前から弘前大学時代の仲間と話していることがあります。『あの時代』を総括しておかないか,ということです……」(本書,viiiページ)

今,あの時代についてまとめておかないと,という一種の焦燥感も感じられる。


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安彦良和は弘大闘争の中心人物だったわけだが(そのあたりのことは山本直樹『レッド Red』にも描かれている),全国に吹き荒れる学園紛争の嵐の中心となっていたのが,東大闘争である。その中心人物・山本義隆が著したのが,私の1960年代』(金曜日,2015年)である。

山本義隆はこれまでに教育者・科学史家として予備校の教科書や科学史の大著を上梓してきた。しかし,1960年代の東大闘争については沈黙を守ってきた。その山本義隆が,ついに口を開いた。

「はじめに」で山本義隆はこう語る:

「回顧談のようなものを公にする気にはこれまでなかなかなれなかったのですが,1960年の安保闘争から,ベトナム反戦闘争をまたいで,1970年の安保闘争まで,そして1962年の大学管理法闘争から1968・69年の東大闘争までの,その10年間の一人の学生の歩みと経験を活字にすることは,今の時代にあって,それなりに意味があるのではないかと,自分に言い聞かせて,承知しました。こうして出来上がったのが本書です。」

この時代だからこそ語りたい,という気持ちは先の『原点 THE ORIGIN』と同じである。


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最後はこれ。大学紛争の陰で忘れられかけている,「高校紛争」をまとめた一冊:

小林哲夫『高校紛争 1969-1970』(中公新書)

著者は教育ジャーナリスト。当時は高校も燃えていた。この本もまた,今(2012年に出版された本だが)まとめておかないと,関係者,とくに当時の高校の教職員が鬼籍に入ってしまうという焦燥感に駆られて取材が行われたという背景がある。

なお,当時,高校生だった押井守や坂本龍一や村上龍らの証言もチラッと出ます。

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2017.07.12

『サルまん2.0』出た,そして読んだ

うちの本棚には『サルでも描けるまんが教室』,略して『サルまん』の21世紀愛蔵版上下巻が鎮座している。今から11年前に買ったものだ。

この21世紀愛蔵版の出版に合わせ,著者たちが新たにチャレンジし始めたのが『サルまん』の続編,『サルまん2.0』であった。ブログ「たけくまメモ」や「サルまんブログ」を通じて企画内容,漫画内漫画「デスパッチン」の設定等が公表され,読者を巻き込んでのメディアミックス展開が期待されたのだが……連載は8回で中断,幻の作品と化した。

それが今頃になって(10年経過して)単行本化したのだから読まないわけにはいかない。

今,『2.0』を読んでみると,絵柄も話の運び方(途中にいろんな小ネタが挟まれる)も『サルまん』の頃とあまり変わらない。結局,『サルまん』こそがピーク,金字塔で,以後はこれを乗り越える作品を世に送り出すことができなかったのだと思う。

作者たちもこう述懐している:

「ああ,マンガとしてやれるネタは15年前の旧『サルまん』の時点でほぼやり尽くしていたのだなあ」(竹熊健太郎談,『サルまん2.0』,89頁)
「あんたら本当に『サルまん』を超えられると思ってたのっ!?」「『サルまん』は我々の全盛期に描いた作品だよ!!」(相原コージ談,『サルまん2.0』,92頁)


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時間の経過というのは残酷なもので,『サルまん』が大昔(バブル期)の作品となっているのは当然のこと,『サルまん2.0』もまた昔の作品と化している。作者たちも年を取った。読者も年を取った。

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ナンガ・パルバットにてアルピニスト2名行方不明

先月に報道されて以来,続報がない:

パキスタンの『人食い山』で登山家2人が行方不明」(AFP, 2017年6月28日)

ナンガ・パルバットはヒマラヤ山脈(パキスタン領内)に属する山。標高は8125 mで世界第9位。

ウルドゥー語で「裸の山」という意味だが,なぜかというと,周囲に高い山が無いため。

初登頂は1953年7月3日。ヘルマン・ブールによる。冬期の登頂はなんとつい最近,2016年2月26日に達成された。

初登頂まで30名以上の登山家が命を落としたといい,そのため,「人食い山」とも称される。

南側は登攀が困難なことで知られ,かの有名な登山家,ラインホルト・メスナーとその弟ギュンターによって,1970年に初登攀された。ちなみにギュンターは下山時に雪崩で命を落とした。

登山自体とは関係ないが,2013年6月23日には"2013 Nanga Parbat massacre"という(テロ?)事件が起きている。ナンガ・パルバットのベースキャンプに滞在していたトレッカーら11名がテロリスト16名(タリバン系と言われている)に襲撃され,死亡したという事件である。この山自体も危険だが,山のある地域もまた危険極まりない。

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2017.07.11

梅雨空続く…「笠も漏りだしたか」

当県も梅雨空が続いており,カッと晴れて強い日差しがあったかと思うと,急に激烈な雨が降ってきたりする。

気象庁のデータによれば,山口県を含む北部九州の平成22年(2010年)までの30年間の平均の梅雨入り,梅雨明けの日付は,それぞれ6月5日ごろと7月19日だそうだ(参照)。来週あたりで梅雨明けを迎えるかどうかという感じである。

急な雨に見舞われたときに,ふと思い出すのが,山頭火『草木塔』所収の俳句

「笠も漏りだしたか」

である。1930(昭和5)年,山頭火48歳のときの句である。<述懐>という前書きがついている。梅雨時の俳句とは限らないが,イメージ喚起力のある凄い句だと思う。

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2017.07.09

今日は細野晴臣の誕生日だそうで

文春オンラインを見て気が付いた:

ご存知ですか? 7月9日は細野晴臣の70歳の誕生日です

今年で70歳だそうだが,以前から70代に達していたと思っていた。そのぐらい飄々としたイメージの人である。

「はっぴいえんど」で日本語をロックに乗せるのに成功した偉人でもある。

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2017.07.03

選挙っつうのは投票箱を開いてみないとわからないもので

小生のように都民でない人にとっては,都議選はゲームのようなものだろう。

選挙前の報道に基づいて,素人なりにいろいろと予測してみるわけである。

民主党政権崩壊以来,国内政治について語ることがほどんどなくなってきたfinalvent氏が,近年では珍しく都議選について記事を書いていた(極東ブログ2017年7月2日記事「都議選は数字上は革命的な結果になりそうだが」)ので,興味深く読んだ。

同氏は6月29日までの情報をもとに,都民ファーストが最大限優勢になる仮定で,次のような票読みを行った:

都民47,都民系6,自民40,公明23,共産9,民進2

都民ファースト(実際には49議席獲得)と都民ファースト系無所属(実際には6議席獲得)に関してはお見事としか言えない。

公明党については,誰が予測しても,候補者全員生還で23議席となるだろう。

問題は(別に問題でもないが)自民党と共産党の議席の予測が,実際の値(自民党23議席,共産党19議席)と大きく異なることである。

共産党が議席を減らす可能性についてfinalvent氏はこのように仮定した:

「共産党についても,壊滅とまではいないもの惨敗としたのは,この仮定,つまり都民ファーストの対応で予想されるのは,対自民党では対立の構図を打ち出せても,対都民ファーストでは対立の構図が打ち出せない,ということもあるだろうからである」

しかし,実際にはそうはならなかったようである。産経ニュースが報道しているように(産経ニュース2017年7月3日「共産・小池晃書記局長「非常に手応え。今後の国政に重大な影響」共産党2議席増の19議席を獲得 「反与党・非小池」票を巧みに吸収」),共産党は非小池・非自民層の支持をうまく得て,議席を維持するのみならず,増加させたのだろうと思われる。

あと,民進党も意外に踏ん張った。現有7議席から全滅するかと思われたが,2議席減にとどまった。

結局,選挙前後で共産党と民進党の合計議席数24は変化していない。

都民ファースト旋風で共産党と民進党は吹き飛ばされるかと思ったが,非小池・非自民層というのは不動で,両党を支え続けたようである。

猛烈な逆風の中,自民党が議席を減らすだろうことは誰もが予想していたが,どこまで減るのかについては予測が難しかった。

finalvent氏の予測の延長で,自民党の獲得議席について検討してみるとこうなるのではなかろうか?

(1)まず,127議席中,都民ファーストが47議席,都民ファースト系無所属が6議席,公明党が23議席獲得すると,残りは127-(47+6+23)=51議席となる。

ここまではfinalvent氏の予測値に基づく。

(2)ここで,非小池・非自民層が選挙前の共産党+民進党の議席を維持すると仮定すると,残りは51-(17+7)=27議席。

つまり,自民党を積極的に支持する人々が少ないと,他の政党が議席を獲得していってしまうので,自民党の獲得議席数は最大でも27議席となってしまう。

ここで,(3)都民ファーストがさらに数議席延びたり,ミニ政党が議席を獲得したりすると,27議席から数議席減って,自民党の獲得議席数は20議席前半にまで落ち込む。

以上の考察・票読みは,あくまでも選挙後のものであり,いわば後出しジャンケン。事前に予想してみろ,と言われたら,無理です,としか言いようがない。床屋談義ですみません。

結局のところ,選挙っつうのは投票箱を開いてみないとわからないものである。

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読売,大丈夫か?

今回の都議選。

なかなか大変な結果になったが,都民ではない小生としては,結果よりも報道の方に注目した。

NHKや民放各社のTV報道,関連するwebサイトのチェックなどをしていたのだが,読売新聞のwebサイト,"YOMIURI ONLINE"が大変なことになっていたのでご報告する。

まず,2017年7月3日午前1時時点のトップページが変だった。こんな感じ:

Yomiuri20170703_2
("YOMIURI ONLINE"トップページより)

開票状況が2日の22時30分で止まってますやん。

そして3日の0時32分に書かれたトップ記事,「小池氏支持勢力が79議席・・・自民は惨敗23議席」の内容だが,こんな感じ:

Yomiuri201707032_2
("YOMIURI ONLINE"当該記事より)

記事の前半は特に問題ないが,後半がこんな感じ:

Yomiuri201707033_2
("YOMIURI ONLINE"当該記事より)

「前回全員を当選させた自民党は,島部を除く1人区で全敗するなど改選前の57議席を大きく下回る情勢だ。」

って,0時32分に書く内容ではない。おそらく,開票直後の記事に追記してそのままにしておいたのだろう。予想外の事態で混乱したのか?

読売,大丈夫か?

【追記】

3日の1時20分にはトップページの開票状況が更新された。指摘があったのだろう。それはそうと,0時32分に書かれた記事は約1時間たっても直されないまま。

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2017.07.02

バウドリーノもイブン・ジュバイルもアッシジの聖フランチェスコも義経も同時代人

ウンベルト・エーコ『バウドリーノ』の下巻を読んでいるところだが,今回はその内容について触れるのはお休みにして,バウドリーノがいた時代について考えてみたい。

上巻の内容でわかるように,バウドリーノは1142年生まれで,自分の半生を物語っているのは1204年のコンスタンティノープルでのこと。

登場人物である神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ1世ニケタス・コニアテスが同時代人だというのは当たり前のことだが,よくよく考えると,以前本ブログで紹介した(参照)バレンシア生まれの旅行家,イブン・ジュバイル(1145-1217)も同時代人である。バウドリーノはイブン・ジュバイルより3つ年上となる。

ちなみにイブン・ジュバイルはイスラムの英雄サラディンと十字軍勢力がエルサレムを巡って闘いを繰り広げている時代に,キリスト教徒であるジェノバ人の船で巡礼の旅に出て無事に帰ってきており,当時の人々が全て宗教戦争に関わっていたわけではないことがわかる。

ほかにどんな同時代人がいるのか調べてみたら,アッシジの聖フランチェスコ(1182-1226)も同じ時代の人だった。なお,アッシジの聖フランチェスコについてはニコス・カザンツァキの名著『アシジの貧者』があるので,読んでみて下さい。

ほかにもグルジアの黄金時代を築いた女王タマル(1160-1213)も同時代人。この人の場合,コンスタンティノープル陥落後にビザンツ帝国皇族によって建国されたトレビゾンド帝国に助力をしているわけで,本書『バウドリーノ』の内容と無関係とは言えない。


(↑タマルの娘,ルスダン女王のお話)

さて,わが国ではどうだったかというと,バウドリーノの時代は,平家が栄華を極め,そして滅亡していった時代である。清盛,義経,頼朝がバウドリーノの同時代人。

というように羅列したバウドリーノの同時代人に関する事跡を簡単にまとめた年表を下に示そう:

Baudolinotimelines

小生にとって興味のある人々の事跡をまとめてみたわけだが,実はこの時代にはこの表に出てきた人々をはるかに凌駕する人物がいる。それは・・・

世界帝国を創建した男,

チンギス・カン(1162-1227)

である。

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